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おつかい道中記  作者: Ash Rabbit
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精霊宿し

 シャイナが宿泊部屋の扉を開けると、風が通り抜けた。

 正面の窓が開いていて、月が夜空に浮かんでいる。


「たっだいま~」

「……もどりました」


 窓際に立っていたビーは、振り返って二人を迎える。


「おかえり。思ったより早かったな」

「お湯熱かったから、あんまり長く入れなかったんだよね」

「すみません、先にあがってきちゃいました」

「別にかまわねぇよ」


 エチルスはビーの前に並べられているものに気づく。


「ビービー、それは……?」

「あ、準備できたの」


 シャイナが窓辺に並んだ皿をのぞきこむ。


 皿は計五つ。

 白い深皿はひとつひとつに水が満ちていて、今日購入した分の水晶球が入っている。

 よく見ると、水には鳥の羽が一枚ずつ浮かび、きらきらと光る何かがはいっている皿や木の枝が差してあるものもあった。


「お前らが帰ってくる前に済ませたかったんだけどな」


 そういって一番左側の皿に灰を振りかける。


「何かするんですか?」

「精霊を呼んで、ビー球を作る」


 エチルスの質問に、ビーは五つの皿を確認しながら答えた。


「ほ、ほんとにできちゃうんですね」

「そのためにいろいろ買ったからな。ちょっと下がってくれ」

「はーい。オレ、これ見るの好きなんだ。ほら、エチルスも」

「あ、ああ、はい」

「騒ぐなよ」

「わかってるって」


 二人がソファーに座ったのを視認し、ビーは再び前を向いた。


 水を張った皿には、月が映りこんでいる。

 月の光を受けて、中の水晶球がきらめく。


「――月の光、清き水、磨かれし水晶

  古より続く盟約に従い 縁を辿りて 我が呼びかけに応えよ」


 ビーの呪文に呼応して、にわかに水晶球が光を帯び、開け放たれた窓から風が舞いこんでくる。


 部屋の灯りが明滅し暗くなると、それと同時に部屋に無数の小さな光の粒が現れた。

 色とりどりの光の粒はビーを中心に旋回する。

 それはさながら、部屋の中に小さな宇宙が誕生したような光景だった。


 ビーは自分の周囲を巡る光を確認すると、おもむろに左手を挙げる。


「――火には、蘇りの灰を」


 力ある言葉とともに、一番左端の皿を指さす。

 一部の光が吸い込まれるように左側の皿の中に入っていく。


「――風には、若葉の梢を」


 ビーが右側の皿を示すと、星の一部が向かう。


「――稲妻には、鉄の石を

   光には、太陽を閉じ込めたガラスを

   水には、澄んだ宝石を」


 それぞれ示された場所へ、光は導かれるように飛んでいく。


 シャイナとエチルスは、ビーの操る星の天体ショーに見入った。


「――我とともに道を歩まん 万物に祝福あれ」


 ビーがそう締めくくると、星屑のような光は消え、室内は再び明るさを取り戻す。


 額の汗をぬぐって小さく息を吐くと、ビーは二人のほうを向いた。


「終わったから、もういいぞ」


 その言葉を受けて、ショーを見終わった観客のようにシャイナが拍手する。


「わー、やっぱすごかった! めっちゃきれいだった」

「……ほんと、夜空に舞いあがってるみたいでした」


 シャイナにつられてエチルスも手を叩く。

 その顔は、半ば放心気味だ。


 なりゆきで儀式を二人の前で披露することになったが、諸手を挙げて褒められるとビーは気恥しくなった。話題をそらそうと、さっき気づいたことを口にする。


「この部屋の灯り、ビー球使ってるんだな」

「え、そうなんだ」

「ああ、さっき俺の言葉に反応してただろ」

「そういうところに使ったりするんだね、知らなかった。ね、エチルスは知ってた?」


 隣に座っているエチルスに声をかけるが、反応がない。


「おーい、エチルス? 大丈夫?」


 シャイナがエチルスの目の前でぶんぶんと手を振ってみせる。


「え、あっ、はい! だいじょうぶです」

「どったの?」

「……いえ、初めて見たもんですから、びっくりしちゃって。ああやってビー球ってできているんですね」

「マーは今までどうしてたんだ? 昼間みたいに店で購入するのか?」


 ビーは道具屋で抱いた疑問を尋ねた。


「はい、大抵のひとは魔術道具屋で買います。

 自分で作るのは、店にビー球を納めている術師か、ほんの一部のひとたちだけだと思いますよ」

「そうか」

「ふーん、それで店員さんもエチルスも驚いてたんだね」

「はい。まさか『精霊宿し』の場に立ち会えると思ってなくて」


「「せいれいやどし?」」


 今度はビーとシャイナが不思議そうな顔をした。


「精霊を宿すって書きます。エレメント・ステイともいいますね。さっきの儀式の名前ですよ」

「そういう名前がついてんだな。じじいの見様見真似だったから、知らなかった」

「オレも。いつもビーかじいちゃんにお願いしてた」

「別に知らなくても、実際にできるんですから問題ないですよ。僕は教科書の知識ばかりで、実体験が伴ってませんから。昼間買ってた羽とか鉄鉱石とかがこんな風に使われるなんて、思ってませんでした。それぞれのエレメントに関係しているものですよね?」


「ああ、精霊呼ぶときの『縁』として使う。火には灰、水にはアクアマリンって感じでな」

「鳥の羽は、象徴としてですか?」

「たぶん。すべての神の御遣いが鳥だからな。縁と精霊の結びつきを強めるための媒介だ」


 そういって、ビーは再び視線を皿の中にうつした。


 これまで無色透明だった水晶球は、それぞれの要素に近い色に変化している。


「あの精霊宿しが終わった後はどうするんですか?」

「今夜一晩そのままだ。明日の朝になれば光もおさまって、普通に使えるようになる」

「ちょっと覗いてもいいですか?」

「触らなければ大丈夫だ」


 ビーと入れ替わりに、エチルスが窓辺に立つ。

 興味深そうに、いろいろな角度からビー球を眺める。


 その後ろ姿を見ていると、ビーの目の前にタオルが差し出される。


「はい、いつもありがとな。疲れただろ、風呂行っといでよ。広くて気持ちよかったよ」


 湯上りで頬を紅潮させたシャイナが、にっこりと笑う。


「あぁ、さんきゅ」


 タオルを受けとると、ふわふわした感触と昼間の太陽の匂いがした。


「お風呂は食堂の奥だよ」

「わかった、いってくる」






 その夜は何事もなく、三人は柔らかなベッドで眠りにつく。


 翌朝、何気なく食堂で朝食を取っていると、あちこちから昨晩は灯りの調子が悪かっただの、部屋が暗くなっただのという話が聞こえてきた。


 エチルスは思わず、飲んでいた紅茶を喉につまらせる。


 きまり悪そうに、苦々しくビーはつぶやいた。


「……次は、気をつける……」

「……そ、そうしたほうがいいみたいですね」


 シャイナはおいしそうにパンケーキを頬張っていた。


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