記憶
最終的に、無色の水晶球を五ダースほど購入することにした。
またビーが女性店員にいくつか指定した品も合わせて買う。
ほとんど望み通りのものが手に入ったので、他の店を回る必要はなかった。
空が夕焼け色に染まるころ、三人は買ったものを抱えて宿に着く。
この村には宿が二軒しかなかったが、最初に入った宿に運よく空きがあったので、そのままそこで宿泊することに決めた。
「飯うまかった~!」
部屋に入ると、シャイナは満足そうにベッドにダイブする。
受付で宿泊手続きをすると、先に食事を勧められた。
宿に泊まるのも、食堂を利用するのもビーとシャイナにとっては、初めての経験だった。
宿泊する部屋には、幅広のベッドが二つ。
クロークがあり、小さな机とソファーが置かれたシンプルな部屋だ。
宿屋の手続きはすべてエチルスがやってくれた。
そこはさすがに慣れていて、こういう時は頼りになると二人は感心する。
荷物をクロークにしまいながら、エチルスはいった。
「美味しかったですね。結構ボリュームもありましたし」
「あのチキンソテー、また食べたいなぁ」
「俺にはちょっと量が多かった」
「ビー、少食なんだもん」
「お前は食べ過ぎだ」
「ビービーが残した分も、シャイナ君が食べてましたしね」
「残したらもったいないじゃん。おいしいのに」
子犬のように、シャイナはうれしそうにベッドを転がる。
白いシーツでメイキングされた広いベッドは、シャイナ一人が寝ても余裕がありすぎるくらいだ。
窓からのぞく空はすでに暗く、月がのぼり始めていた。
「さてと、あとはお風呂ですね」
エチルスの言葉にシャイナがすぐに反応する。
「お風呂?」
「ここは大浴場があるそうですよ。つまり、大きなお風呂にみんなで入るんですよ」
「え、そんなとこあんの?」
シャイナが勢いよく跳ね起きる。
「こういう宿はときどきありますよ。行ってみます?」
「いくいく! めっちゃ楽しそう」
「遊んじゃだめですよ」
「うんうん」
「ビービーも行きましょう」
エチルスは、机の前で買い物を整理しているビーを振り返った。
「いや、俺はあとでいい。先にいっといてくれ」
エチルスのほうを見向きもせず、ビーは言った。
袋から商品を取り出して、机に並べていく。
「じゃぁ、もうちょっと」
あとに、とエチルスが口にする前に、シャイナがエチルスの腕をひっぱった。
「わかった、オレたち先に行ってるなー」
「え? シャイナ君っ、わわっ」
シャイナが待ちきれないといった様子で、エチルスを強引に連れて行く。
「ああ、はしゃぎすぎんなよ」
ビーは手をとめずに、二人を見送る。
「おう」
「え、あの、ビービー? シャイナ君!?」
部屋に残ったビーの耳には、シャイナの楽しそうな話し声とまだ戸惑うエチルスの不規則な足音が遠ざかっていくのが聞こえた。
二人が出ていくと、部屋は急に静かになる。
シャイナのあのはしゃぎようだとしばらく帰ってこないだろう、とビーは思った。
――風呂場で遊んでしかられなきゃいいが……。
そんなことを思いながら、先程買い物をしたものを机に順番に並べていった。
ひとつ、またひとつと商品を置くたびにコトリと木製の軽い音がする。
これから行う儀式には、ビー球の無色、いわゆる水晶球以外にも必要なものがいくつかあった。
鳥の羽、灰、鉄鉱石、若葉のついた木の枝、アクアマリンのかけら、太陽の光を浴びたガラス。
ビーは、食堂から深めの皿も借りていた。
品物を確認しながら、頭の中で手順をシミュレーションする。
水晶球が少し足りないような気がするが、特に問題はない。
「あとは、井戸水だな」
確か宿の裏に井戸があるからと勝手に使っていいと、受付でエチルスがいわれていたのを思い出す。
自宅では道具がそろっているからあまり気にしたことはなかったが、外でやるのは初めてだった。
思ったより準備に時間がかかる。
――勝手も違う、いつもより慎重になった方がいいかもしれない。
ひとまず井戸水を汲みにいかなければと、自分とシャイナの水筒を持ち出した。
そのころ、風呂場ではシャイナが大人しく湯船に身体をしずめていた。
満足そうな顔で肩までしっかりつかり、太陽色の髪を上のほうでひとつにくくっている。
その隣では、エチルスが少し疲れた様子で、同じように風呂に入っていた。
ビーの想像した通り、シャイナは先程まで初めて入る共同風呂に歓喜していた。
そこまで大規模ではない風呂だが、シャイナは見たことのない大きさの浴室にテンションがあがり、はしゃぎすぎて注意されてしまう。
まがりなりにも旅の保護者であるエチルスは、宿の従業員や他の宿泊客に平謝りだった。
「ごめんなー、エチルス。つい」
「いえ、楽しくなる気持ちはわかりますから」
「今度から気をつけるな」
そういって本当にうれしそうに笑うシャイナに、エチルスはあまり強くは叱れなかった。
悪気はない、ただ見るもの体験するものが初めてで、気持ちが昂るのも無理はない。
エチルスは、彼に笑顔を向けられると陽だまりの中にいるようなあたたかさと、澄んだ水のように濁りのない純粋な心を感じた。
ふと、もう一人の少年のことを思い出す。
「そういえば、ビービーはまだ来ないんですかね」
「ん~どうだろ。集中すると、周り見えなくなるからなぁ」
「せっかくですから、一緒に入りたかったですね」
「ははは、そだね」
シャイナはお湯を両手ですくって、顔を洗う。
「……あの、ビービーがいないところでこんなこと聞くのも何なんですが」
「なに?」
「シャイナ君は、ご両親と一緒に暮らしてますよね」
「うん。ビーんちの隣だよ」
「ビービーは、その、あの家でずっとおじいさん、おばあさんと暮らしているんですか?」
「そだよ」
躊躇しながら、声を抑えてエチルスは尋ねた。
「……ビービーのご両親は……?」
「あぁ、ビーのお父さんやお母さんのこと?」
「本当は直接聞くべきなんでしょうけど、ちょっとお伺いしにくくて……」
「んー、別に秘密にしてるとかじゃないんだけどね。
ビー、無愛想だし、聞いても教えてくんなそうだもんね」
エチルスの心を見透かしたように、シャイナは明るく笑う。
少しの間があって、シャイナは答えた。
「オレ、ちょっとうれしいんだ。エチルスがビーに興味持ってくれて」
「どういうことですか?」
エチルスは小首を傾ける。
「ビーってエチルスに対してだけそっけないっていうか、無愛想っていうわけじゃなくて、いつもああなんだ。
オレやじいちゃんたちには遠慮なく接してくれるんだけど、学校とか外では基本余計なことはしゃべらないし。昔から一緒に遊んでる友達とも、なんていうか、オレと同じ距離にいるって感じじゃなくて……。
だからエチルスが、めげずにビーのこと気にしてくれて、うれしいんだ」
シャイナの真っ直ぐな瞳に、エチルスは自然と笑みがこぼれた。
「まぁ、出会って間がないっていうのもありますけど、こうして旅の同行者になったのも何かの縁です。シャイナ君とも仲良くなりたいですし、ビービーとも仲良くしていきたいと、僕は思ってますよ」
シャイナは安堵した表情を見せた。
「だから、エチルスになら話してもいいと思う。口止めされてるわけじゃないし」
オレたちの命の恩人だしね、とシャイナは自身に確認するように頷いた。
「ビーの両親は村にいないんだ」
「……ほかの場所にいらっしゃるんですか?」
「ううん、わかんないんだって」
「わからない……?」
どんな答えが返ってくるか、エチルスはいくつか考えていた。
しかし、シャイナの口から出た真実は予想を裏切るものだった。
「オレ、ビーと初めて会った時のこと覚えてるんだけど。小さい時だよ、四歳とか五歳ぐらい。
ビーは、オレと会う前の記憶がないんだって」
「記憶が、ない……!?」
頭を殴られたような衝撃を、エチルスは感じた。
「ビーはレフュジ村で生まれたんじゃなくて、他のところから来たんだ。
でも、村に来た時も、その前に何してたのかも、覚えてないんだ。
確かにそんな小さい頃の記憶ってオレもはっきり覚えてたりはしないけど、なんとなくはあるじゃん」
エチルスは静かにうなずく。
「ビーは村に来る前はお父さんお母さんと暮らしてたらしいんだけど、全然覚えてないんだって。
どんな人だったのか、どこにいたのか……」
頭の中の記憶の引き出しを片っ端から開けても、エチルスはなんと答えていいのかわからなかった。
「前にビーにお父さんお母さんのこと、聞いたことあるんだ。
寂しくないのかって。そしたら、全然平気っていってた。
覚えてないんだから、懐かしがったり寂しがったりする材料がない」
「……本当に記憶がない」
「うん、なーんにもないって」
「それって……」
「……それに、『俺には手のかかるくそじじいと、美味しいご飯をつくってくれる世話好きのばあちゃんがいる。寂しがるひまなんか与えてもらえねぇよ』ってさ」
「そう、だったんですか……」
エチルスはそういったきり、考え事をするかのように黙ってしまった。
シャイナも特に話しかけたりはしない。
湯船にじんわりとつかって、あのセリフの続きを思い出していた。
『それに……お前もいるしな』
聞こえるか聞こえないかぐらいの小声。
呟くようにいったビーの横顔が今も鮮明に思い出される。
自分がよろこんだ顔をすると、すぐに嫌そうな顔をされた。
あの夜ビーに初めて出会った時から、自分の気持ちは変わっていない。
ビーがいたから今の自分がある、シャイナはそれを再認識した。
2018年12月29日
どなたかわかりませんが、読んでいただき、また評価してくださり、ありがとうございます。
今後も精進していきたいと思います。
2019年1月11日 加筆修正しました。




