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おつかい道中記  作者: Ash Rabbit
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きっかけ(1)

 ――十年後



 街道から少し逸れた場所に一つの村がある。名をレフュジ村という。

 多くの動植物を育む森に囲まれ、広く澄んだ湖がある、豊かな土地だ。

 人口百人前後。

 人々は、畑を耕し作物を育て、家畜を飼いならし、時折他の町や村と交流しながら生活している。村人同士はほぼ顔見知り、起こった出来事や目新しいことはすぐに周知される。

 

 いわゆる、田舎と呼ばれる場所だった。

 

 働く場所を求めて都心部へ行く若者も珍しくはない。

 しかし、村に残る、もしくは帰ってくる人間が多いのも事実だ。


 自然とともに生きる人々が助け合って日々暮らしていた。



 


 時刻は早朝。

 

 地平線を鮮やかな橙に染めながら、太陽が顔を出した。

 暗かった森に光が差し込み、夜行性の動物たちはしばし息をひそめる。

 小鳥たちのさえずりが、朝が来たことを告げていた。

 

 この時間、起き出す村人はまだ少ない。

 

 村の南東の端、湖のすぐそばにある二階建ての赤い屋根の裏庭。

 そこにひとつ人影があった。

 

 年のころは十三、四歳。

 

 まっすぐに一点を見つめる鋭い銀の瞳は、鷹の目を連想させた。

 瞳と同じ銀色のショートヘアは、少し硬そうな髪質のせいか、その短さ故か、四方八方にはねて何かしらの主張をしているかのようだ。

 

 ノースリーブの白いTシャツからのぞく腕は細いが、しっかりとした筋肉がついていた。

 

 カーキ色のズボンは、少し大きすぎるのか、黒いベルトで無理やり腰に留めている。

 茶褐色のブーツがしっかりと大地を踏みしめていた。

 

 体躯をぴんと伸ばし、左手を真っ直ぐ前に突き出している。

 

 その手には、華奢な身体に不似合いな、がっしりとした黄金色の銃が握られていた。

 その特徴的な色合いから、子どもが持つおもちゃのようにも見える。

 

 白銀の子どもは、難なく引き金を引いた。

 

 銃口から飛び出した球は、すばやく空を裂いて、的を射抜く。


 その的は、真ん中がきれいにくり抜かれ、五㎝ほどの穴が開いていた。

 穴の向こうには、中心を通り抜けた球を受ける厚手の布が木から吊され、下の方が地面に固定されている。見ると、木の根元のあたりにはいくつもの透明な球が転がっていた。

 

 銃を構えたまま、子どもは一つ息を吐いて呼吸を整える。

 

 狙いを定めた銃に、全神経を集中させた。

 

 銃を握る手、支える腕、姿勢、体幹、踏みしめた大地の感触、的を正確に見る眼、それらをイメージ通りに動かせる神経――全ての筋肉を緊張させるのではなく、動きやすく、力が素直に身体を伝わるよう、ほどよく弛緩させる。

 

 そして、一気に打った。

 

 放たれた球は三発。

 寸分の狂いもなく的の真ん中を通り抜ける。そして、バスッと立て続けにくぐもった音を出して、設置された布に受け止められ地面に転がった。

 

 よし、と小さく呟やいて子どもは姿勢をくずした。

 緊張から体をほぐすため、一度大きく伸びをする。


「さてと、そろそろ切り上げるか」


 そういうと、その場で静かに瞼を閉じた。

 

 ゆっくりと息を吐いて吸って、新鮮な空気を体に取り込む。

 さわやかな風が、髪を揺らし、白い頬を撫でて通り過ぎる。

 水面が岸に打ち付ける音が、かすかに耳に届く。


 海が時化から凪に変わるように、心が静まるのを待って、その白銀の瞳を開いた。

 

 いつもと変わらぬ見慣れた風景が目に入ってくる。

 木々の隙間から湖面に反射する朝日がきらきらと眩しい。

 

 その時一陣の強い風が吹き抜けた。

 

 湖は波が起こり、鳥たちは驚いて一斉に飛び立つ。

 木々は煽られ、その身を震わせた。ざわざわという音とともに、枝から一部の葉が離れて宙に舞う。

 その舞い上がる一枚の木の葉に咄嗟に狙いを定めた。

 

 最大限のスピード、最小限の動きで銃を構える。

 

 それはまるで、水鳥が獲物を狙う、その刹那に似ていた。

 

 左手の人差し指に力を込め――――



 うへっドタバタガタうぎゃぁぁぁああああっっがらがらがらぁぁがっしゃーーーんっ!



 緊張感を無に帰す絶叫と盛大な音がこだました。


「はぁ!?」


 不満を露わにして、子どもは振り返った。そこには、自分の家がある。

 ちっ、と舌打ちをした。引き金を引き損ねた左手が、やけにむず痒い。


「あんのくそじじい、朝っぱらからなんなんだっ!」


 木の枝にかけたホルスターを手に取り、腰に巻き付けながら、家の裏口へと走った。

 聞き間違えようのない声に、ほんの僅かな不安と、訓練の仕上げを邪魔された苛立ちがふつふつと沸いてくる。




 裏口のドアを乱暴に開けながら、叫んだ。


「じいちゃん、何かあったのかっ!?」

「……いたたたたたた」


 奥の方で小さく声がする。


「階段の方か……」


 急いで靴を脱ぎ捨て、廊下を走る。


「じいちゃん!?」

「あたたたたた」


 階段下でうずくまっている老人を目にした時、冷たい水をかけられたかのように心臓が縮こまった。

 老人は腰を強打したのか、自分の手で何度もさすっている。

 慌てて駆け寄った。


「じいちゃん、大丈夫か!?」

「お、おぉ、ビービー……。

 ちょっちょっとな、階段で足をすべらせて、あいたたたたっ」


 白髪の老人はビーを認めると、一瞬びくりと肩を震わせる。

 ビーはそれを見逃さなかった。

 しかし、一先ず状態を確認したい。

 祖父のそばに片膝をついてしゃがみ、顔色を窺う。


「だいぶ上から落ちたのか? 痛むんだろ、先生呼んで診てもらわねぇと」

「たた……い、いや、これくらい」

「あらあら、どうしたの? ものすごい音がしたけど」

 

 ビーが来た方向とは逆の廊下奥の部屋の扉が開いて、寝間着姿の老婦人が顔を出した。

 ゆっくりと優雅な動作で老眼鏡をかけて、二人を交互に見つめる。

 先程の騒音で起こされたようで、まだ状況をわかっていないようだ。


「おじいさんとビーちゃん、何があったの?」


 おっとりとした口調で優しく聞きながら、ガウンを羽織って廊下に出てくる。

 歩く度に、長く伸ばした金色の巻き毛がふわりと揺れた。

 この家に住む、ビーの祖母だった。


「ばあちゃん、じいちゃんが階段から落ちたらしい」

「まぁ、おじいさん、大丈夫?」


 老婦人はうずくまる夫の側にくると、その背に優しく手を添えて、顔を覗き込んだ。

 祖父はその緑色の瞳をうるうるとさせて、甘えるような声で泣きついた。


「ううう、ばあさん……わし、わし」

「まぁまぁ」


 まるでいたずらがばれた時の子どものようだ、とビーは思った。

 祖母は祖母で、慣れた様子で夫の頭をなでる。

 

 ビーはため息をついて立ち上がり、左手で頭をかきながらいった。


「命に別状はなさそうだな。

 ばあちゃん、俺学校行く前に診療所によって先生に声かけとくよ」

「そうね、まだ朝も早いし、先生も起きてないだろうしね。ビーちゃんに頼むわ」

「あぁ。にしても、何だってこんな朝早く……」


 ビーはふと周りに散乱している物に目が止まった。

 

 大きなリュックサック。

 そこから飛び出たであろう、りんご数個、ペン、洋紙、ランタン。

 それにロウソク、マッチ、携帯食糧、シート、方位磁石に地図……

 

 どれもこれも、ビーにとって見覚えのある品ばかりだった。祖父の私物だ。

 

 こんな早朝にそれらを持ち出す理由――ビーはすぐ答えにいきついた。

 それは先ほど感じた苛立ちを再燃させるのに十分なものだった。

 

 座り込んだままの祖父を見下ろして、ビーはいった。


「うぉぃ」

「ぎくっ」


 先程とはうって変わったビーの低い声色に、老人の体がびくりと震えた。


「また、俺とばあちゃんを置いて、旅に出る気じゃなかったろうなあ?」

 

 ビーは、自分の口の端が小さく痙攣しているのを感じた。

 こめかみのあたりも、ぴくぴくと小刻みに動く。


「ぎくぎくぎくっ」

「あらまぁ、性懲りもなく?」

「ば、ばあさんまでそんな風に言わんでも」

「こんの、あほじじい――――っ!!」


 今度はビーの怒号がこだました。


2018年11月25日 修正を加えました。

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