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おつかい道中記  作者: Ash Rabbit
18/55

二日目の朝(1)

 鳥のさえずりが耳に届く。


 ビーはゆっくりと目を開けた。

 少しの間、意識が落ちていたようだ。


 周辺が明るい。

 広場だけでなく、昨日見通せなかった森の奥まで光が届いている。


 朝だ。


 すぐに周囲の気配を確認する。

 静寂で清涼な空気、すべてを受け入れるようにたたずむ木々、穏やかな気配に包まれていた。


 目線を動かすと、シャイナが相変わらず足元に寝っ転がっている。

 昨日と違うのは、寝相のせいで外套が防寒の役割を果たせずにいることだ。

 向こうには、まだ横になっているソルがいる。テントの中のエチルスも、まだ夢のなかのようだ。


 ビーは音を立てないよう、そっと立ち上がった。


 嫌な気配はない。

 いつも通りの朝だ。


 広場を離れて、少し森のなかへ踏み入る。


 朝の日課をこなすためだった。


 当然あまり離れるべきではないとは思っているが、みんなまだ眠っている。

 そんな中、自分のせいで起こしてしまうのは本意ではなかった。






 少し湿った地面。

 朝露に濡れた葉。

 陽が木々の間から差し込み、高いところから鳥の鳴き声が降ってくる。

 少し冷えた空気を吸うと、いい香りがした。


 昨日の夜の殺伐とした出来事が、本当に嘘のようだ。


「このあたりでいいか」


 しばらく進むと、茂みがきれ、比較的地面が露出しているスペースを見つけた。

 ここでなら少し動けるだろう。

 三人がいる広場からもそう遠くない。


 ビーは、外套と上着を脱いだ。

 適当にたたんで置くと、かばんも肩からおろした。


 身体を動かす前に、軽く準備運動をする。

 首を左右に傾けたり、肩を大きく回す。


 普段ならば、この後村の外周や近くの森の中を走ることから始めるのだが、今日は筋トレが中心になるだろう。


 ビーは、この日課をほぼ欠かしたことがなかった。


 外が嵐の日や、たまに寝坊したりするとき以外は、基本的に朝早く起きて運動することにしている。

 やるときはいつも一人だ。


 シャイナはこのことを知ってはいるが、参加したことはほぼない。

 こちらが朝練を終わるころ、自分の家の部屋の窓から顔を覗かせる程度だ。


 身体を動かしていると、じんわりと汗がにじんでくる。

 汗は水滴となって頬を伝い、息は少し荒くなった。


 温まった身体は、最初より動きが滑らかになる。


 誰にいわれたわけでもない。

 ただ何となく始めたこの日課は、今では欠かさせないものになってしまった。


 つらいし、めんどうだと思った日は、数えきれないほどあった。

 やる気が出ない日だってある。

 しかしサボると、やらなかったことに一日中思考を奪われる。

 こんなことなら、最初からやっておけばよかったと後悔する。


 要は貧乏性なのだ、とビーは思っていた。


 ただ、それだけではない。

 誰もいない朝を独占できる楽しみもあるし、何より身体を動かすことは気持ちがよかった。

 小さな積み重ねは、やがて自分を活かしてくれる。


 何の苦労もなしに同じような身体能力を持っている幼馴染がいると、時折歯がゆく感じてしまうのも事実だ。

 





 ――今日は銃の訓練のほうは、どうするか……。


 トレーニングもほとんど終わりに差し掛かった頃。

 大木のそばで逆立ちをしていたビーは、器用にバランスを取りながら、考えていた。


 普段より回数を増やしてのぞんだ日課は、それなりに身体に負荷をかけた。

 汗が次から次へと流れて、地面へ落ちる。


 ――あんまりへとへとになっても、意味ねぇしな。


 ビーがもう切り上げようかというとき、がさがさと草を踏み分ける音と、自分を呼ぶいつもの声が聞こえてきた。


「おーい、ビー。いる~?」


 そのままの姿勢で黙って待っていると、自分が来た方向からシャイナがやってくる。


「あ、やっぱりいた。あれ、今日逆立ちもしてんの?」


 ビーは、足をゆっくり倒して、静かに両足を地面につけた。


 今まで頭のほうに向いていた汗は、重力に従い、今度は顎を伝う。

 普段からぼさぼさな銀の髪は、いつも以上に乱れていた。


 近くに置いていたタオルを引きよせ、乱暴に顔を拭く。


 シャイナは水筒を差し出した。


「はい、水。エチルス目を覚ましたよ」

「ほんとか!?」


 咄嗟にタオルから顔を上げる。


「うん、だいぶ体調もいいみたい」

「そっか、よかった……。さんきゅ」


 ビーは、シャイナの手から水筒を受け取った。


 すでに水筒の蓋はあけてある。そのまま口をつけて、水筒を傾けると冷たい水が喉を潤してくれた。


「もうそろそろ朝ごはんできるから戻ろうよ。エチルスとソルおじさんが作ってる」

「……あの二人、料理できんのか」

「エチルスはわかんないけど、ソルおじさんは慣れてたよ」

「ふーん……」

「大丈夫、いい匂いしてたから」


 ビーがいた位置は風上らしく、その料理の匂いはこちらまで届いていない。


「お前、よく俺がいる場所がわかったな」

「朝どっか行くの、なんとなく見てたから」

「起こしたか?」

「ううん、たまたま。あ、さっき帽子とゴーグルも見つけたよ」

「……探してくれたのか?」

「ちょうど川に顔洗いにいったら、岩場にひっかかってたんだよ。

 昨日は暗くて見えなかったけど、すぐ近くにあったんだ」


 今乾かしてる、と続けた。


「ありがとな」

「あと周りを見てきたけど、昨日の魔獣たちはぜーんぜんいなかった」

「そうか……。やつら昼間は息をひそめてるからな。森は早めに抜けたほうがいい」

「うん。でも、ほんとに何だったんだろう」

「じじいだって何回も通ってる森だろうけど、そんな話聞いたことなかったしな」

「エチルスも、そういってたもんね」

「ああ……」


 昨日のゴブリンもそうだ。

 昼間に遭遇する相手ではない。


 それに魔獣が集団で襲ってきたりするだろうか。

 どれか一種族なら、まだわかる。

 昨晩は、普段天敵同士の、群れをなさない魔獣たちが足並みを揃えていた。

 これまでいろいろな魔獣に遭遇してきたが、そんな出来事は初めてだ。


 まるで誰かに先導されているように――


「ひとまず、戻って朝めし食おうぜ。日課は終わったんだろ?」


 シャイナの言葉で、思考の海から浮かびあがる。


「……そうだな」


 ビーは再び上着をはおり、シャイナとともにエチルスたちが待つ広場へと戻った。






 昨晩の野営地に近づくと、おいしそうな香りがして、空っぽな胃を刺激する。


「ただいまー、やっぱこっちにいたよ」

「おかえりなさい。ちょうどご飯できてますよ」

「あ、あぁ、おかえり」


 焚き火には携帯用の鍋がくべられ、白いスープがぐつぐつと音を立てて煮えている。

 その周りをエチルスとソルが囲んでいる。


 昨日の黒猫もいつの間にか戻ってきていて、ソルの横で一足先に餌にありついていた。

 シャイナに促され、ビーも火のそばへむかう。


「マー、もう体調はいいのか?」

「はい、おかげさまで。ありがとうございます、シャイナ君とソルさんから話を聞きました。

 すみません、また迷惑かけちゃいました」


 項垂れるエチルスに、ビーは首をふった。


「いや、俺たちのほうが助けてもらったんだ」

「うん、エチルスがいなきゃ、オレたちどうなってたかわかんないよ。エチルス、本当にありがとう」

「悪かった。無茶させたと思う」

「い、いえ、そんなことないです! お二人を守るのは僕の役目ですから」

「……あり、がとう」


 ビーは気恥ずかしそうに、エチルスから少し目を逸らす。

 面と向かってきちんとお礼をいうのには、慣れていなかった。


 視線をそらした先にいたシャイナが、うれしそうににやにやした笑顔を浮かべている。

 睨むがあまり効果はない。

 





 シャイナはビーとエチルスの距離が少し縮まったように感じて、素直にうれしかった。

 普段、ビーは近しい人間以外に心を閉じている。

 昨日一昨日会ったエチルスなら、なおさらだ。


 しかし、今回の一件でその関係は変わりつつあった。


 それがわかってしまって、自然と顔がゆるむ。

 ビーに睨まれようが、関係ない。


 あんまりそうやっていると鉄拳が飛んできそうなので、シャイナはソルに話をふった。


「おっちゃん、なにか手伝うことある?」

「だ、だいじょうぶ、だよ。もう食べられる」

「すみません、ソルさん。お任せしてしまって」

「いや……、い、いつも食糧を持ってき過ぎて、しまうんだ。食べてくれるなら、こちらも助かる……」

「わーい、ありがとう、おっちゃん」


 シャイナの明るい声を合図に、四人は焚き火を囲んで食事をはじめた。



2021年10月11日 修正しました。


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