協力プレイ
漆黒の幕を斬り裂くように、シャイナの炎の剣がすばやく縦一文字の赤い軌跡を描く。
その瞬間、ギャウンッ!と三つ目狼が悲鳴を上げた。
集団の先頭にいたその狼は、痛みに耐えかねて後退する。
「よっしゃ!」
「油断すんなよ、雷槌!」
銃が金色の火花を散らした。
ビー球が光った直後、再び狼たちの悲鳴がこだまする。
「水の輪舞曲」
エチルスの右手が素早く空を水平に切る。
手から離れたビー球は、一度地面を叩くと、その姿を水流へと変えた。
それは生き物のようにうねりながら、残りの狼たちに襲いかかる。
激しい水の攻撃をまともに受けた狼は、苦痛の声を上げて逃げていった。
「おー。やるじゃん、エチルス」
「いえいえ、お二人に比べたら足元にも及ばないですよ」
薄明りの獣道の上で、二人は世間話をするような口調で話す。
「お前ら、しゃべってる暇があんなら走れ! 次が来てんぞ、雷撃弾!」
三人は追われ続けていた。
暗闇の中、ひた進む。
しかし、そこは森の中だ。第一に視界を確保できない。
そして道は草木が生い茂り、木の根が張り出して、石や岩がゴロゴロと転がっている。
高低差もあり、歩くのがやっとのところもあった。
それでも、一歩でも早く前に進むしかない。
先頭をつとめているシャイナが、大木の根が階段上になっているところを登りながら、呟いた。
「おとりに引っかかんなかったのかな?」
「いや、減ってるとは思うぞ」
後ろの様子を確認しながら、最後尾からビーが答える。
「いつまで、追って、はぁはぁ、くるんで、しょっと」
両手を使い、身体を支えてエチルスは目の前の岩に上がった。
シャイナとビーの間に挟まれて、懸命にペースを維持している。
息は切れ、汗だくになっているが、まだ会話に参加する余力はあるようだ。
ビーはエチルスの様子を見ながら、進む速度を調整する。
「減ってるからこれくらいで済んでんじゃね」
「そっか、でももうちょっとおとり作っててもよかったかな」
「はぁはぁ」
「いや、持ち球に余裕はねえ。あれが限界だろ」
「早くあきらめてくれるといいんだけどなあ。てか、エチルス、その服動きにくくね?」
シャイナが少し後ろを振り返った。傾斜がある場所なので、自然エチルスを見下ろす形になる。
思わぬ質問に、エチルスは足を止めた。
そばにあった、まだ幹の細い木を掴んで支えにしている。
「え? はぁはぁ。
そうですね、ちょっと、げほっ、こういう場所には、不向きかもしれません」
その答えを聞いて、二人は思った。
普段でも動きにくそうだ、と。
三人が初めて顔を合わせた時もそうだった。
エチルスは自分で自分の服の裾を踏んで、盛大に顔を廊下に打ち付けていた。
その光景が、二人の脳裏にありありと思い出される。
エチルスが転ぶのは、おおむねその服が原因かもしれない。
彼の服は、伸縮性があるとはいえ、上下が繋がっていて、足首まである。
そして両肩には、動くには明らかに邪魔な青の羽織をかけていた。
木の根と岩でできた不規則な階段を、シャイナは軽く飛び越えていく。
「なんか、どっかの絵本で見た神官みたいだな。
ビーもよく本読んでるけど、エチルスも机に座って勉強とかしてそうだもんな」
「よい、しょっと。確かに、あまり運動は得意じゃないですね」
多少の明かりがあるとはいえ、エチルスは足場を確認しながら前に進む。
それでも時折、危うくバランスを崩しそうになる。
「ビービーは、本読むの、好きなんですかっと、とと」
「落ちるなよ」
ビーは、眉間に皺を寄せてエチルスに忠告する。
そして、帽子を深くかぶり直した。
「……嫌いじゃねぇよ」
「え? はぁ、はぁ、あの今」
その小さな声に、エチルスは思わず聞き返す。
「……何でもねぇよ。早く進「本、好きなんだって」
どこまで聞こえているのだろう、シャイナが岩の上で二人を見下ろしながらいった。
エチルスに聞こえなかったビーの返事を、シャイナが代わりに伝える。
ビーはエチルス越しに、シャイナがいたずらっぽく笑っているのが見えた。
今すぐシャイナの頭を小突きたい気持ちに駆られたが、状況が状況だ。
バツが悪そうにして、ビーはエチルスを急かす。
「ほら、早く進め。のんきにおしゃべりしてる場合じゃないだろ」
「え、あああ、はい」
道はまだまだ傾斜が続いている。
大小さまざまな岩や、張り出した大木の根っこや枝を利用しながら三人は登っていく。
時に急な斜面も行く手を阻む。普通の獣も登ってくるのは容易ではないだろう。
幸い、追っ手も今は見当たらない。
エチルスの額に滴る汗や、汗が滲んで背中にくっついている服を見て、ビーは声をかけた。
「この登りあがったところで、一旦休もう」
「おっけー」
「は、はい……」
岩場がむき出しになり、段違いに組まれている場所をようやく攻略し終えると、平らな道が続く場所に出た。
エチルスは最後の段差を這い這い登りきったところで、四つん這いのまま動きを止めた。
呼吸するたびに肩が大きく上下している。
その後に続いて、ビーが易々と岩の壁を越えてくる。
「ここなら、少し休めるだろ」
「はぁ、はぁ、つ、疲れました……」
ビーがエチルスの様子を見ていると、先を行っていたシャイナが戻ってくる。
「おーい、先見てきたけど、大丈夫だったよ」
「ありがとな」
手を上げてシャイナに合図したビーは、その瞬間、嫌な寒気を感じた。
そばでヘタレているエチルスの背後に何かいる。
「マー、立てっ!」
「えっ?」
まだ膝をついたままのエチルスは、状況がわからなかった。
ビーはすかさず銃を構える。
エチルスの背後の暗い森の中に、薄ぼんやりと二つの目玉が浮かび上がる。
それは一つが人の頭ぐらいの大きさだった。
灰色のような白の輪郭と、ほのかに発光する黄緑色の眼球。
それが対となって暗闇に浮かんでいる。
その目玉を認識した途端、ビーは足元から肌の下を通って何かが這いのぼってくるような感覚を覚えた。
迷わず、引き金を引く。
「雷弾っ!」
球の軌道は、両目の間を正確に打ち抜いた。
目玉は重低音の奇声をあげて、二つに折れたかのようにその形を曲げる。
目玉の輪郭はブレて、分散するかのように見えた。
いや、実際にそれは別れたのだ。
無数の白い塊が目玉から離れていく。
白と薄黄緑色の物体が、目玉のあった周辺に広がった。
「こ、これは……」
エチルスも言葉をなくす。
敵を撃ちぬいたにもかかわらず、ビーの悪寒は増した。
「ビー!」
走ってくるシャイナのその一言で、ビーの身体の縛りが解ける。
ビーは、エチルスの腕を無言で無理やり引っぱり、その場を急いで離れた。
「ビー、大丈夫!?」
「シャイナ、お前が適任だ、お前にまかせる」
「えっ、ちょっ」
ビーはエチルスを引きずってシャイナの後ろに回る。
「来るぞ」
「来るぞって」
シャイナは、前を見た。
先程ビーとエチルスがいた暗闇に、こぶし大の白い塊が無数に羽ばたいている。
細かい産毛の生えた白色の四枚の翅、その翅に描かれたぼんやり光る灰白色と薄黄緑色の大小の円。
ねこじゃらしのような触覚、細長い胴体。
「げっ! あれ蛾じゃん」
思わずシャイナが青い顔をした。
そう、それは蛾の群れだった。
ひとつひとつが手のひら大の蛾。
最初にビーが目視したのは、その蛾の集合体だ。
目玉だと思ったのは、蛾の翅に描かれている模様だった。
シャイナの後ろに隠れながらも、ビーの気持ち悪い感覚は消えていなかった。
肌が泡立つ。
エチルスは口を開けたまま、闇夜に発光するまがまがしい蛾の群れから目を逸らせないでいる。
ざっと、四、五十匹はいるだろう。
「ちょ、これ一人でやんのかよ」
シャイナがぎこちない動作で、顔を自分の背後に向けた。
「大丈夫だ、お前ならできる」
ビーはシャイナが下がってこないように、両手でシャイナの背中を押す。
シャイナも前線に立たされまいと、踏ん張る。
「ビー、蛾が苦手だからってずるいぞ」
「あいつら虫だから、お前の炎が一番効果あるだろうが」
「さすがに数が多いって」
「お前ならできる」
「限度があるーっ」
「援護射撃してやるから、がんばれ」
「がんばれって、もしかしてあれやんのかよっ」
「できるできる」
「ええー、結構いてぇんだけど、あの技」
「なんとかなる」
二人がいい合いをしているうちに、蛾の群れはゆっくりと上へ、空中へと広がっていく。
シャイナを盾にしながら、ビーはその様子をちゃんと見ていた。
「ほら早くしねぇと、高さが届かなくなるぞ」
「わかってるよっ!」
半ばやけになって叫んで、シャイナは再び前を向いた。
蛾の群れは、優に大人の身長の倍ほどに高く舞っていた。
「そっちこそ、外すなよ」
「外してたまるか。マー、少し下がれ。背中は見せるなよ」
ビーは素早く銃の球を入れ替える。
シャイナは正面を向いたまま、ビーたちよりもさらに後退する。
「くっそ、高ぇな」
空を舞う蛾たちは、その翅を大きく動かして、発光する粉を飛ばし始めた。
「マー、あの粉吸うなよ」
「はっはい!」
エチルスは慌てて口をふさぐ。
「行くぞっ」
シャイナは、掛け声とともに駆け出した。
姿勢を低くして、獣のようにビーたちの前を一瞬にして走り抜けると、蛾の群れの前で力強く大地を蹴って跳躍する。
その高さは、ちょうど蛾の群れの一番高いところに届いた。
シャイナが剣を振り上げると、刀身は炎へと変わる。
それを合図に、ビーはシャイナに向けて銃を撃った。
カキンッ!と金属音がして、剣のまとう炎が今日一番の大きさに膨れ上がる。
「双頭の竜爪ッ!!」
力強い掛け声とともに、シャイナは巨大な炎の刃を振り下ろした。
炎の刃は、蛾を頂点から焼き尽くしながら、降りてくる。
あるものは翅を焼かれ、あるものは胴体を二つに割かれる。
振りまかれた鱗粉も、炎に触れると一瞬で燃え上がった。
火の粉の降る中、最後の獲物をその炎で圧倒して、シャイナは着地する。
「きっつうーー、でもなんとかなった」
シャイナは額の汗を拭った。
「だ、大丈夫ですか?」
状況に戸惑いながらも、エチルスはシャイナに駆け寄る。
「いや~、ちょっと疲れた」
シャイナは剣を持ちかえて、しびれを払うように右手を軽く振った。
ビーは身体に降りかかりそうになる火の粉を払いながら、シャイナに声をかける。
「な、大丈夫だったろ」
「なんとかはなったけど、やっぱちょっとしんどい。手もしびれるしさ」
「もうちょっと負担へらせる方法考えとく」
「頼んだ」
不安げに二人を見ながら、エチルスは疑問を口にした。
「あの、お二人は何を? ビービーはシャイナくんを撃ったように見えましたし、あの蛾は一体……?」
「あれは、人喰い蛾だ」
ビーが周囲に目を配りながら、答えた。
「そうそう、蛾の化け物だよ。正面向いてるときは襲ってこないんだけど、背中を見せたら目の色変えて飛んできて喰われちゃうんだ」
「えええええぇぇっ! もしかして、その蛾がいた場所って……」
「お前の背後だな」
ビーの淡々とした答えに、エチルスは血の気が引いた。
「……だから、僕に背中見せるなって」
ビーは、静かにうなずいた。
「エチルス危なかったなあ」
先程まで戦っていたとは思えないほど、シャイナの口調は明るい。
「途中であいつらから粉っぽいの出てたじゃん。あれ、鱗粉でさ。
吸いこんじゃうと身体がしびれたりしてくるんだよね」
「え、シャイナくんの手のしびれって」
「あ、それはまた別」
「シャイナの剣の炎がでかくなったのは見えただろ」
「ええ、確か攻撃の直前に」
先程の光景を、エチルスは思い浮かべる。
攻撃の直前、炎は倍以上に膨らんだように見えた。
ビーは、左手に持った金色の銃をあごで指す。
「オレのビー球でシャイナの炎の力を増幅させたんだ」
「そ、それって、同一もしくは同系統に属するエレメント球による外部からの魔術増幅作用を使ったってことですか?」
エチルスの教科書から出たような言葉に、シャイナは首を傾げる。
「んーーーー。よくわかんないけど、たぶんそういうことかな。だよな、ビー」
「ああ、そんな名前ついてんのか。
単純にシャイナの炎に俺の炎を上乗せした。
そうすれば一時的ではあるが、より強力な力を宿せる」
「ということは、ビーは狙ったんですか?」
「そう、オレの剣のここ」
そういって、シャイナは赤く色づいた剣の腹を指さした。もうすでに炎は収めている。
「正直、炎のコントロールがむずいんだよなあ。
しかも、ビーが剣を撃った衝撃もこらえなきゃなんないし」
「それって、少しでもずれたら」
「オレの頭がドカンっ、だね。でも炎は剣が吸収するだろうから、ビー球が当たる痛みだけかな」
あははは、とシャイナは軽く笑った。
――さすがにもう外さねぇな、昔はよく失敗してたもんね、てか外してもらっちゃ困るよ、もう少しビー球のスピードを遅らせられれば、でもビー球一回当てなきゃ――
二人はふざけているのか真剣なのか、絶句しているエチルスを気にもせず、改良点について話し合っている。
エチルスは、今日は何度驚かされることだろう、と思った。
他人の魔術によって生み出されたものを自身の術に取り込むなんて、いくら同一のエレメントで、波長や力を均等にするにしても、そんな簡単にできることではない。
世の中は広い。
確かに実践できる人間もいるのだろうが、半ば机上の空論だと考えていたのだ。
エチルスの額に汗が浮かぶ。
すごいものを見たせいか、心が熱くなる。
いや、実際背中のほうにも熱さを感じた。
「ん? あつい?」
「わーーーーーっ!!」
エチルスが現実の感覚を知覚した時、シャイナの叫びが夜の森に響いた。
「ど、どうしました?」
「やっば、やり過ぎた。ちょ、エチルス水、急いで水出してっ。
火の粉が、炎が森に燃え移ってるーー!」
「ええええええええーーーー!?」
エチルスの後ろで、赤い炎が煌々と周囲の木々を燃やしていた。
ビーはその光景を見ても、あまり動じなかった。
「お前、力の加減しなかったろ」
「いや、久しぶりだったから、調節しそこなった」
右手で頭をかきながら、シャイナは少し照れたようにいった。
「ふあぁああっ、消します、消します~~」
2021年10月10日 修正しました。




