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おつかい道中記  作者: Ash Rabbit
13/55

真夜中の森(1)


ガバッ!


寒気を感じて、ビーは跳ね起きた。


いいようのない不安が心臓を激しく打ち鳴らす。

服の上から右手で心臓のあたりを握りしめた。

左手は反射的にすぐ横に置いていた銃に伸びる。


 出口のない袋小路に追い詰められたような、絶望的な気分だった。


――なんだ!? 焦るな、冷静になれ――


寝起きの頭をフル回転させ、周囲を素早く見渡す。


「!」


 森は闇の中だった。

灯した明かりはいつの間にか輝きを失い、静かな深い暗闇が森を支配していた。


段々と目が慣れてくる。


先程まで食事をしていた場所が、月の光を受けてうすぼんやりと浮かび上がる。

焚き火の燃えカス、予備の枯れ木、食事のあと、寝る前と今、一見何も変わったことはない様に思えた。


しかし、ビーの第六感は告げる。

 

――囲まれている――

 

不気味な静けさがその意見を後押しする。

そして、それが一匹や二匹ではないことを。






「起きろ、シャイナっ!」


 ビーは、そばで寝ているシャイナの肩を掴んで揺らし、できるだけ小声で呼びかける。


「……ん? な、に――っ!?」


シャイナの寝ぼけ眼は、二、三度またたきした直後、大きく見開かれた。

すぐに周囲を窺うと、シャイナも不穏な空気を察知する。


二人は顔を見合わせて、直ぐに行動に移った。 

シャイナはエチルスを起こしにむかい、ビーはホルダーを腰に巻いて、カバンを背負う。


幸い木陰に身を寄せていたので、真っ暗な影の中にいる。動きはわかりにくいはずだ。


しかし、油断はできない。


身体にひしひしと突き刺さるような殺気。

それが野盗や山賊などの類ではないと直感でわかっていた。

発する殺気は鋭く研ぎ澄まされ、純粋なただそれだけのものだったからだ。


「んん? どう――っ!」

「静かに」


 声を出さぬ様に、シャイナの手がエチルスの口を素早く覆う。


 無理やり起こされたエチルスは、すぐに状況が把握できなかった。

 栗色の視線が泳ぐ。

 目の前にいるシャイナの様子が昼間と違うことはわかるが、何が起こっているのかを判別する手段を彼は持ち合わせていなかった。


 シャイナは、もう一度小声で「静かに」と短く告げた。

 自分の人差し指を口に当てる。 

 

 訳が分からないままだが、エチルスは口を一文字に閉じたまま頷いた。


 そうこうしている間に、手早く身支度を終えたビーが合流する。

 二人の荷物もまとめられている。


 あまり時間はなかった。

 ビーはしゃがんでいる二人の目線に合わせて膝をつくと、顔を上げて空を見た。


 シャイナとエチルスもそれに倣う。


 寝る前までは綺麗な星空が広がっていたが、いつのまにか雲に覆われていた。暗雲はそのうち月を飲み込んでしまいそうな勢いだ。

 嫌な風が吹いている。


 再び視線を戻したシャイナは、ビーのいわんとすることが分かるのか、こくりと小さく頷いた。


 ビーも一度首を縦に振る。


 一方、エチルスはわけがわからず、二人の顔を交互に見た。

 昼間とはまた違う、幼い子どもたちの真剣な表情に、安易に口を挟めるような雰囲気ではない。


 そんなエチルスの様子を察したビーは、声を低く落とし、早口でいった。


「落ち着いて聞け。俺たちは囲まれてる」

「!!」

「数が昼の比じゃない。逃げるぞ」


 シャイナが大きく頷く。


 エチルスはビーから受け取った自分のカバンを抱きしめ、泣きそうになりながら、何度も首肯する。

 

 ビーの表情は依然厳しい。エチルスの目に見えるように、人差し指で空を指すと、


「月が隠れたら動く」


 エチルスが視線を動かして空を見ると、分厚そうな雲が月に迫っていた。


「ヤツらもこっちを窺ってる。この数で攻められたら勝ち目がない、だから先に仕掛ける」


 ビーの背中を冷汗が一筋流れる。こうして話をしている間にも、取り囲む殺気が増え続けていた。


 おそらくシャイナも同じ感覚でいるだろう。

 普段の明るい雰囲気は消えている。研ぎ澄まされた刃のような瞳がビーを見つめていた。


「どの方向に逃げる? こっち?」


 そういって、シャイナは親指で自分の後方を指す。


「あぁ、街道方向はリスキーだ。バラバラになるのも避けたい。

 こっちの川側はヤツらの気配がまだ少ない。

 川沿いに行けば、森からも迷わず出られるはずだ。そうだよな?」


 ふいに二人の視線がエチルスに向けられる。

 声を抑えて、エチルスは答えた。


「は、はい、そうです」

「決まりだ」

「うん」


 ビーは、帽子に付けている遮光性ゴーグルを装着しながらいった。


「俺の銃が合図だ。振り返るな、前だけ見て走れ」


 三人は、互いに顔を見合わせ頷き合う。


 意思疎通ができたのを確認したビーは、しゃがんだ姿勢のまま身体を反転させ、二人に背を向けた。

 底知れぬ闇を抱えた森と対峙する形になる。


 それを見たシャイナは、ビーと正反対の川の方を向き、すぐに走れるよう態勢を整えた。

 エチルスも、戸惑いながらもそれにならう。






 あと少しだ、とビーは自分の心を整えていた。

 深く呼吸をして、荒れそうになる鼓動をコントロールする。

 

 弾の充填はすでに終わっていた。

 こんなところで使うつもりはなかったのだが、短時間で思いつく手がこれしかなかったのだ。

 逃げ切れる可能性は五分と五分か。


 向こうの、無数にうごめく殺気の中には、こちらの姿がはっきり見えているものもいるかもしれない。 恐らく、彼らも攻撃のタイミングを図っている。


 闇がすべてを包む、その時を―――


 銃口を正面に構え、ビーは小さく呪文を呟く。


「我らに一条の光を」


 ビーに勝つ気はさらさらなかった。

 あちらの正確な数は把握できないが、とても相手にできる数ではない。

 先攻逃げ切り、それしかない。


 その時、強い風が雲を一気に押し進めた。

 わずかな月の光は飲み込まれ、真っ暗な世界が訪れた。


 いまだ――!


閃光(フラッシュ)!!」


 ガゥガガガゥンっ!!


 四発の銃声が鳴り響いた。

 直後、目映い強烈な光がその場を埋め尽くす。


 それを合図に、シャイナ、そしてエチルスは地面を蹴った。


 そこかしこから、苦痛に満ちた叫びや驚きを含んだ奇怪な鳴き声が次々と上がる。


 ビーは、夜に活動する彼らが光に弱いことを知っていた。

 闇に馴れた目に、強すぎる光は武器となる。


 シャイナはすでに走り出している。

 エチルスもその背を追おうとするが、焦って足がもつれ、すぐに前のめりに地面にこけた。


 それを見たビーは舌打ちすると、エチルスのもとに素早く走ると、手を伸ばして起き上がらせる。


「バカ、早く立てっ!」

「す、すみませんっ」


 輝く光に後押しされるように、三人は闇の中へと駆け出した。






 バシャバシャバシャバシャ


 ビーとエチルスは川辺を並走していた。

 シャイナの走ったあとを、川の流れる先へ、この森の果てを探して。


 ビーは、エチルスに先を急かしながら、後方からの追撃に警戒する。


 決して走りやすい道ではない。むしろ道でもないだろう。

 河原には大小の石や岩が転がり、凸凹して足場は不安定だ。


 靴や服は、川の水を吸って重い枷となる。

 視界は悪く、暗闇は自分たちを飲み込もうと口を開けているようだった。


 幸いだったのは、月が雲間から再び顔を出したことだ。

 空が見える場所は、月明かりが届く。

 濃い闇を少し薄くし、足元を照らしてくれる。


 エチルスの身体能力を考えると、明かりを灯したかったが、それではこちらの居場所を相手に教えてしまう危険性が高かった。森の中を行く方法もあったが、どこに敵が潜んでいるかわからない中、これ以上死角を増やすのは不利だ。


 エチルスの背中越しに、ビーは少し前を走るシャイナを見た。

 肩より少し伸びた太陽色の髪が、月のわずかな光と夜露で、揺れるたびにキラリときらめく。


 自分一人なら追いつくのは容易だったが、エチルスを置いてはいけない。

 ビーがいなければ、エチルスはシャイナの姿を追うこともできないだろう。


 迷わずに進むシャイナを見て、ビーは確信していた。この方向で間違っていないと。

 ビーはシャイナの感覚を信頼していた。

 理屈ではない何かを正確に感じ取り、素直にそれを行動に移せる。それは動物的カン、直感や霊感ともいえるのかもしれない。危険なもの、安全なもの、場所、状況、こういう時の道選び、その判断を間違えたことはほとんど無かった。


 ただ、本人はそれを意識的に判断しているのかといえば、そうではない。

 それは無意識下で行われ、シャイナにとって、ごく当たり前で普通なことだった。

 いいなと思うものを選び、嫌だなと感じるものは避ける、単純明快、そこに複雑な思考は存在しない。


 そうはいっても、不安は完全に拭えたわけではない。敵の出方が気になった。

 先手は取ったが、あれはただの目くらましに過ぎない。


 ビーは光属性の球を使い、瞬間的に光の洪水を起こしたのだ。


 完全なる闇夜に放たれたそれは、夜目が利く獣であれば(あそこに集まっていたのは基本的に夜行生物だろうから)失明、効果が弱くても暫く視界を奪うことはできているだろう。

 彼らにとって、強すぎる光は毒以外の何物でも無い。


 三人はその隙に野宿していた場所を離れ、また川に逃げ込むことで匂いによる追跡を防いでいた。


 しかし、相手は夜を主として動く獣たちだ。また数も多い。


 最初の攻撃で上がった雄叫びに、ビーは鳥肌が立った。 

 どれだけの獣が、あの闇に身を潜めていたのかを想像すると、絶望的になる。

 

 ダメージから復活、ないしはあまり影響を受けなかったものたちが、探索を始めれば追いつかれるのは時間の問題だ。


 発見されず逃げおおせることがベストだが、そういうわけにはいかないだろう。

 匂いを消せても、音は隠せない、存在を消せない。


 いくらビーやシャイナが魔獣に対する経験があるとはいえ、この追いかけっこにおいては、厳しい戦いを強いられるであろう。

 少しでも対峙するまでの時間を延ばしたかった。

 たとえ戦闘になったとしても、不利な状況になることだけは避けたい。


 ――どうすれば、この状況から抜け出せる?





 バシャンッ!


 どのくらい走った頃だろうか。

 派手な音とともに、エチルスは体勢を崩して川原に倒れ込んだ。


「はぁはぁはぁはぁ」


 酸素を求めて、呼吸が荒くなっている。

 立ち上がらなければという意識はあるようだが、エチルスの身体は思うように動いてくれない。


「シャイナ、待て!」


 エチルスに駆け寄ったビーは、すぐさま前を行く幼馴染を呼び止めた。

 

 呼ばれたシャイナは直ぐに踵を返して、川原の岩の間を軽快に飛び越えて戻ってくる。


「エチルス、大丈夫?」


 シャイナが心配そうに駆け寄った。


 エチルスは返事はできないが、うつむいたまま頭を縦に振って応える。

 しかし、その場にうずくまったままだ。


 シャイナはビーを仰ぎ見た。


「どうする、ビー?」

「……敵にまだ見つかってないが、時間の問題だ。朝まで待つわけにはいかないだろう。 

やつらは俺たちを追ってきてるはずだ」

「だよなぁ」

「だ、だい、じょ、で、す」


 息の切れ間から聞こえるエチルスの声は、返事とは裏腹に、体力的に厳しいことを告げていた。

 彼は何とか体を起こして座り直すと、カバンの中から、ビー球を取り出した。

 明かりがないとはいえ、それが白く色づいているのがビーとシャイナにもわかる。

 それは二人があまり見たことのない色だった。


「「白い」」


「はぁはぁ……

アディメイアの慈悲、ナキュルスの癒し、サーバストの涙……っ、我に、汝らの恵みの一欠片を。

 回復(キュア)!」


 エチルスがたどたどしく呪文を唱えると、それは淡く発光を始める。

 彼が一度そのビー球をてのひらでぐっと握って開くと、白い球は瞬く間にキラキラと輝く靄へ姿を変えた。 

 それは、たちまちエチルスの身体を優しく包みこむ。

 そしてパキンっと高く小さな音を立てて、はかなく消えた。


 ビーとシャイナは、置かれている状況を忘れて、その様子に見入ってしまった。


「「……」」

「さ、もう大丈夫です。行きま「す、すげー! すごいよ、エチルス! オレ初めて見たよ! な、な、ビーもびっくりだよな!」


 印象的な光景にシャイナのテンションは一気に上がり、先程までの緊迫感はどこ吹く風。


「それ、回復魔術っていうやつだよね!」

「え、ええ」

「うわぁ、使うところ生で見た! そんな風になるんだー!

 ね、ね、オレにも教え――」


 ガツンッ!!


 ビーの黄金色の銃が寸分違わず、シャイナの後頭部に落とされた。


「落ち着け」

「ちょ、ビー! めっちゃ痛いんだけどっ」

「聞くのは後にしとけ。今はそれどころじゃ無い」

「はっ、そうだった!」


 ビーはため息をつきながら、シャイナの素直さを羨ましくも思った。

 現状では優先されるべきではないが、本当はあれやこれや聞きたい気持ちは自分も同じだからだ。

 ここを無事に抜けたら、色々と教わろうと決めた。


 ビーがそんなことを考えていると、遠くから荒々しく川をかき分け進軍してくる音が聞こえてきた。

 その音の複雑さから、敵が複数であることがわかる。


「ちっ、追いつかれた」

「げっ!!」

「マー、急いで川から上がれ。シャイナ、マーを連れて先に行け。

 川に入んなよ!」


 ビーは矢継ぎ早に二人に指示すると、迫り来る軍勢を待ち受けるべく、素早く近くの岩場に飛び乗った。


「了解! さ、行こう、エチルス」

「え、ビービーは……」

「任せとけば大丈夫だって。ほら、巻き込まれないうちに走って」

2018年11月26日 修正しました。

2021年10月9日 修正しました。


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