野宿
三人は周辺の片付けをして、再び街道沿いを歩き始めた。
魔獣との戦闘があったものの、小一時間程は休めたので、思ったより足並みは軽い。
ビーとシャイナは、進みながら普段見ることのない景色を楽しんでいた。
特にシャイナは目新しいものを見つけては、エチルスに逐一尋ねている。
曲がりなりにも教師であるエチルスは、質問を嫌がることなく一つ一つ丁寧に教えていた。また彼は、時折地図を広げ、うーんとうなりながら、この先の道のりと時間配分を考えているようだった。
歩みを進めていくと、少しずつ周囲の景色が変わっていく。
木々が増え始め、それは低木から高木に移り、いつの間にか平原は森になった。
二度目の休息をとった時に、三人はすでに森の奥深くにいた。
比較的順調にきていた彼らだが、ここで予定を変更することになる。
エチルスが考えていたよりも、森は広かったのだ。
特に分かれ道にも差し掛からなかったので、方向は間違っていないと思われた。
しかし、いつしか森の中からは太陽の光が薄れつつある。
エチルスは、今日中に森を抜けることは難しいと判断し、野宿することに決めた。
実際のところ、エチルスは幼い少年たちに野宿を告げるのをためらった。
逆にビーとシャイナは、薄暗くなり始めた時点ですすんで寝る場所を探し始めたのだ。
彼らの住んでいる村は森や湖に囲まれ、子どもたちが遊ぶ場所は必然的にその中になる。自然から学び育ってきた彼らにとって野宿はさして大したことではない。
一方エチルスはというと、野宿はほぼ初めての経験となる。
ほどなくしてビーとシャイナは、野宿適した場所を見つけた。
彼らは慣れた様子で、地面を平らにならし、枯れ枝、枯れ葉を集めて、その場に軽く積み上げる。
エチルスはただ二人を眺めていた。
ビーは、腰に巻いたホルスターから、緑のビー球がつまった試験管を抜き出す。
コルクの蓋を器用に親指で押し開け、その中の一つ取り出した。
その間シャイナは、腰にくくりつけた布袋から赤い球を手に取る。
枯木の小さな山を挟んで相対した二人は視線を交わした。
それが合図となり、シャイナがビー球を握った手を振り上げ、元気な掛け声とともに投げつける。
「炎よ(ファイ)!」
枯木の山に赤い水晶球が突き刺さると同時にボッ!という音がして炎が上がった。
それを見たビーは、すかさず左手を振って緑色の球を火の側面に放つ。
「そよ風よ(リルウィン)」
その静かな声に呼応して、ビー球は一陣の風に姿を変えた。
風は、炎を巻き取って二人の腰の高さ程に燃え上がる。
炎を維持、安定させるため、二人は更に枯れ木を足し、エチルスが手伝う間も無く、一晩をしのげる立派な焚き火を完成させた。
焚き木が安定したのを見て、二人は一言二言交わすと、それぞれの別の方向に森へ入る。
残されたエチルスは、半ば呆然としながら、特にやることも思いつかず、一人焚き火に木をくべながら待つしかなかった。
ガサガサッ
「わぁっ!?」
不意に後方から聞こえた音に驚いて、エチルスは声を上げた。
「……どうした?」
音がした方の茂みから出てきたのはビーだった。両手には果物を抱えている。
「な、何でもないです」
ビーは表情を変えることなくエチルスの前まで来ると、手に抱えた果物を無造作に落とした。
エチルスは落とされた果実を慌てて拾う。
「それ、皮剥けばそのまま食べれるし、村の近くの森にもなってたやつだから、大丈夫だと思うぞ」
「……あ、ありがとうございます」
ビーはそれだけいうと、エチルスから離れ、焚き火を挟んで反対側に腰を下ろした。
パチパチと木が爆ぜる音が、森の中に響いている。
辺りはすっかり暗くなっていた。
虫の声や鳥の低い鳴き声、時折遠くから獣の遠吠えが聞こえる。
その度にエチルスはビクビクして、周囲を見回してみる。
ビーは慣れた様子で、エチルスに話しかけるわけでもなく、静かに炎を見つめていた。
エチルスが不安と沈黙に耐えかねて、ビーに話しかけようとした時だ。
先程ビーが出てきた方と反対側の茂みが大きく音を立てた。
「わぁぁっ!!」
「どしたの、エチルス」
そこから出てきたのはシャイナだった。
その手には大きな魚を一匹抱えている。
魚は逃れようと必死にはねていたが、シャイナはしっかりとしっぽの付け根を掴んでいる。
彼の服や髪はところどころ濡れて、不規則に雫が髪を伝って流れる。
その姿を見たビーは、ようやく口を開く。
「でかいの捕まえたな」
「おう! 川がすぐそこじゃん、大きい魚のほうが小さい魚が沢山あるより食べ応えあんだろ」
シャイナはそのまま火のそばまで来ると、何かを探すように視線をめぐらせた。
「何か、串焼きにするのにちょうどいい枝ないかな」
「あぁ、それならさっき見たのが……」
ビーは立ち上がると、先程自分が出てきた茂みの中へ再び踏み入る。
二人が見守っていると、ものの数分もせずビーが戻ってきた。
「これならいけるだろう」
自分の身長と同じくらいの長さの枝を茂みから引き抜く。
枝の太さは大人の指二本分ほど、まだ折れたばかりの枝のようだ。
ビーは腰のホルスターから折りたたみナイフを取り出すと、不要な枝葉を取り除き、一本の棒にする。 その棒の先端を軽く削ぎ落とし、魚を突き刺すのに十分な鋭角をもたせた。
二人は、着々と魚を焼く準備を整えていく。
エチルスがその職人技のような動作に見入っているうちに、魚は火にかけられる。
しばらくすると、香ばしい匂いがただよってきた。
「お二人とも手馴れてるんですね」
そろそろ魚が焼き上がる頃合いになって、エチルスがポツリと独り言のように漏らした。
その呟きに、魚の焼け具合を調整していたシャイナとビーは一度顔を見合わせてから、エチルスを顧みる。
肩を落として膝を抱えて座るその姿は、少し哀れだ。
シャイナはフォローするようにいった。
「いや、俺たち昔から森だったり湖だったりで遊んでたからさぁ。
みんなでやってたっていうか、なぁ?」
「……だからいったろ。自分の面倒は自分でみるって」
「いや、どちらかというと僕の面倒もみていただいているといいますか……」
更に項垂れる。
「まぁ、あんま、気にすんなよ。ほら魚焼けたよ」
シャイナはそういうと、火にかざしてある魚の身を短剣でこぶし大に素早く切り取ると、お皿に見立てた葉っぱに乗せ、エチルスに差し出した。
その身は白く、湯気が立ち上っている。傍には小さな木の実が添えられていた。
エチルスにはあまり見覚えがない木の実だ。
不思議な顔をしていると、それに気づいたシャイナが補足する。
「あぁ、エチルスはあんまり見たことない?
この小さいのを一緒に食べると塩気があって、魚がおいしくなるんだ」
魚を更にエチルスの方に突き出し、受け取るよう促す。
ありがとうございますと、エチルスはそれを遠慮がちに受け取った。
そして、小さくため息をつく。
「あれ? 魚、嫌いだった?」
その様子を見たシャイナは、器用に魚を切りながら尋ねた。
「いえ、違います。ビービーのおじいさんおばあさんに今回の旅を任されましたが、僕の方がお二人に学ぶことがたくさんありそうです」
あ、魚は大好きですよ、と付け加えた。
シャイナは魚を切るのを止めて、短剣を持っていない方の手で照れたように後頭部をなでる。
「いやぁ、そんなことねぇよ。な、ビー?」
「シャイナ、さも当然のようにいるが、お前は勝手についてきてるだけだからな」
「ぎくっ!」
「マー」
その静かな声に、エチルスはビーを見た。
「あんたがいなかったら、じいちゃんもばあちゃんも俺一人を村の外に出そうとは(あのじじいならやりかねないが、たぶん、おそらく)思わなかっただろう。
ましてや俺とシャイナだけじゃ尚更無理だったと思う。
第一、村の外でもシャイナの面倒みてらんねぇし」
どういう意味だよっ、とビーの横でシャイナが抗議の声を上げる。
ビーはシャイナを軽くあしらいながら、再びエチルスを見る。
「あんたがいて、初めて成立した旅だ。
俺たちは森なんかには慣れてるけど、街は知らない。これから先どんな道を行けばいいのか、どこに向かうのか、それを知ってるのはあんただけなんだ。だからあんまり気負う必要はない、と思うぞ」
「……はい!」
エチルスの顔に笑顔が戻る。
「な、あんま気にすんなっていったじゃん」
「シャイナ、お前は少し気にしろ。
この先お前の旅費をどうにかしなきゃいけないんだからな」
「げっ?!」
「当たり前だろうが。
少し多めに貰ってるとはいえ、それは二人だった場合だからな」
「マジで??」
今度はシャイナが慌て始める。
「まぁ、僕も多めにお預かりしてますし、街に行けばお金も下ろせますから、大丈夫だと思うんですけどね」
「さすが、エチルス!」
「そいつ、甘やかさないほうがいいぞ」
「余計なこというなよ。ほい、ビーの分」
シャイナは切り分けた魚を、ビーに手渡す。
サンキュ、といって受け取ったビーは、湯気が上がる切身に何度か自分の息を吹きかけ、冷ましてから慎重に口に頬張る。
シャイナも自分の食べる分を少し大きめに切り分け、口に入れようとした。
「あ、そういや、もう水ないや。ビーまだある?」
そう聞かれたビーは、片手でカバンを引き寄せ、中から水筒を取り出す。
水筒を振ってみるが、パチャパチャと頼りない音がするだけだ。
「俺ももう無いな」
「エチルスもかな?」
魚を脇に置いて、エチルスはカバンの横に付けた筒形の水筒を手に取った。
上下させるが、ほとんど音がしない。
「そう、ですね。僕も飲み切っちゃいましたね」
「そっか、じゃあ、作らなきゃな」
「マー」
ビーは持っていた水筒をエチルスへ放り投げる。
突然のことに少し慌てながらもエチルスは何とか水筒を受け止める。
その空の水筒を見ながら、首をかしげた。
「あの……」
「水の魔術、得意なんだろ」
「え、そうなの?」
「お前も昼間見てただろうが。使う魔術はどれも水系統だったろ」
「へへへ、そこまで見てねぇや」
シャイナは頭を掻きながら、特に悪びれる様子もない。
「ビービーはよく見てるんですね。
そうですね、僕は水や回復魔術の方が得意ですね」
「へぇ~、そうなんだ」
「僕でも少しはお役に立てそうですね」
そういって、エチルスは右手のひらを握りながら軽く振る。
すると彼の手の中に水色の輝きを帯びたビー球がいくつか現れた。
「おお、すっげぇ! それ、どうやってんの?」
「秘密です、といいたいところですが……」
エチルスは袖をめくって中を見せる。
彼の右腕には甲から腕に沿うように一本、その一本をまたぐように三本の革製のベルトのようなものが巻かれていた。手のひら側には同じ革製の長細い筒が付いている。
その筒の隙間から水色の輝きを持つビー球がいくつか入っているのが見えた。
シャイナが頷きながら、感心している。
「こうやって腕に隠してるんです。
ちょっと振るうと、筒の蓋が開いてビー球が手元に落ちる仕組みですね」
「へ~、エチルスは便利なもの持ってんだなぁ」
「ちょっと腕がごわごわしますけどね」
照れくさそうに、栗色の瞳が笑った。改めて座り直して、水筒を正面に持つ。
「ちょっと待ってくださいね」
そういうとエチルスは右手にあるビー球を握り直し、唱えた。
「我らを育みし水の精よ 今一度乾き癒す恵みをこの手に与えん」
握ったビー球が輝きを放つ。エチルスはそれをビーの水筒に入れる。
一つ、二つ。
ビーは何気なくその様子を横目で見ていた。
何のことはない飲み水の生成、難しい術でもない。
三つ……
輝きを放つビー球が、ころんとエチルスの手から離れる。
銀の瞳は瞬時に見開かれた。
「――っ!! ば」
「湧き出る水!」
ビーが動いたのが早かったか、エチルスが声高に呪文を唱え終わったのが先か。
どちらにせよ、ビー球の力を遮ることはできなかった。
言葉は呪文になり、呪文は精霊を呼び起こす。
精霊は力を示すため、言葉を具現化させた。
ブシヤァァアアアァァァ
大きすぎる力は水筒の容量を超えて、外へ勢いよく飛び出した。
水筒から間欠泉のように飛び出した水は、焼きあがった魚を濡らし、薪木の火を消し、三人をずぶ濡れにした。
「「「……」」」
わずかに残った火種と月明かりが、微かに彼らの視界を保つ。
シャワシャワと降り注ぐ水はだんだんとその量を減らし、やがて止む。
水筒には満杯の水が残った。
誰もが口をつむぐ中、ビーが口を開く。
「……ビー球は、三個以上使うと量が倍になってくって知らなかったのか……?」
「……わすれてました……」
「……」
ポタポタと、髪や服から落ちる雫の音が静かに響く。
「……」
「……」
「……ふっ、ははっ、あははっ! エチルスってドジだなぁ」
シャイナの明るい笑い声が薄暗い中に響いた。
「いや、ほんとすみませんっ!」
「最初会った時も盛大にこけてたし」
「あの時は恥ずかしかったですね。僕、何もないとこでこけちゃうこと多いんですよ」
「天然だよなぁ、きっと」
「ええっ!? 違いますよ~」
二人の会話を聞いて、ビーのこわばった顔も緩んだ。
コケるのはその動きにくい服のせいじゃないのか、とビーは心の中で思いつつも口には出さない。
シャイナはエチルスをからかって遊んでいる。
底抜けの明るさ、晴れやかな笑顔。知ってか知らずか、シャイナの言動は暗い空気を和ませ、陽の光を当てたかのように場を明るく暖かくする。
ビーは自分がそれに何度も救われているのを知っていた。
そして、自分の性格もよくわかっているつもりだ。
シャイナのように、会って数日もしない人間とそう簡単に打ち解けることはできない。
また、それを隠して社交的に会話できるほど器用でもない。
そういう役目は、普段から一緒にいるシャイナに頼りきっていた。
なんだかんだいっているが、今回の旅にシャイナがついてきてくれてよかったと思う。
ビーは自分の、少し濡れた、硬くごわごわした銀の髪に触れる。
まるで自分の頑固さを表すかのように、少しの水では解けない。
ふう、と溜息を一つつくと、先ほどまで勢いよく燃えていた焚火を見た。
このまま月明かりだけで過ごすのは心許ない。
濡れた服も早く乾かさなければ、風邪を引いてしまう。
水の勢いは凄かったが、火種はまだ残っていた。
これならば少し火力を強めて、もう一度起こせば大丈夫そうだった。
濡れた焼き魚ももう一度火に翳せば、食べられそうだ。
「どう、ビー。もっかいいけそう?」
火種を調べていたビーに、シャイナが気づく。
「あぁ、少し火を足せばいい」
「よしゃ! サクッとやって、早く服乾かして、飯の続きしようぜ」
「でーきたっ!」
シャイナの、ひと際元気な声が上がった。
その声に、エチルスは思わずシャイナの方を見る。
先程の焚火を復活させ、つつがなく食事を終えた三人(主にシャイナとエチルス)は、話に花を咲かせていた。
そのうち、ビーがすっとその輪から離れ、日課である銃の手入れをし始める。
それをきっかけに、エチルスは明日の予定や道程を確認するため地図を取り出した。
シャイナも最初はエチルスと一緒に地図を見ていたが、何か思いついたらしく、離れて一人動き回っていた。
先程のシャイナの掛け声は、各自が思い思いのことをする時間が続いた後のことだった。
ビーはシャイナのやることに察しがついていたらしく、特に気にすることなく、胡座をかいて座っている姿勢を崩さない。手元の作業はそのままに、チラリと視線を投げただけで、すぐに戻した。
ビーの代わりにエチルスが反応する。
土を払って立ち上がると、エチルスはシャイナに近づいて尋ねる。
「何ができたんですか?」
「よくぞ聞いてくれました。
ジャジャーン! オレ特製、今日の寝床~!」
「え、作ったんですか?」
「そだよん。
落ち葉とか木の枝とかで。地面に直に寝るより、寝心地もいいし、あったかいよ」
自慢げに話す彼の向こう側には、二つの小さく盛り上がった山がある。
片方は横に広く、もう一方は縦に長い。
どちらも布で覆われて中は見えないが、おそらくシャイナのいうように落ち葉や草が敷き詰められているのだろう。
「こっちの方がエチルスの分ね」
そういって、縦に長い方を指差す。
「こっちのが、オレとビーの分」
よく見ると覆ってる布は、昼間彼らが外套として使っていたものだ。
エチルスは二つを見比べて、縦の長さが自分の身長に合わせてあることに気づく。
「すみません、わざわざ僕の分まで。作るの大変じゃなかったですか?」
「ちょっと時間はかかったけどね。エチルス、背高いから大きさ合うといいけど」
「ありがとうございます」
「飯も食ったし、寝床もできたし。
明日もたくさん歩くんだろ? 早く寝たほうがいいじゃん」
「そうですね」
「ビー、だってさ。聞いてた?」
シャイナが焚き火の向こう側にいるビーに話しかける。
ビーはというと、目線は銃に向けたまま答えた。
「あぁ、聞いてた」
ガシャン、と小気味良い音を立てて、銃倉が本体に差し込まれる。
組み立て終わった拳銃を、ビーは更に角度を変えて見たり、座ったまま構えてみたり、握り返したりと、自分の感覚との差がないように、調整を怠らない。
上着を干したままだったので、細い二の腕が炎に照らされている。
その手に握られた黄金色の銃は、やはり華奢な身体には大きくて不似合いなように思えた。
シャイナは小走りでビーのそばまでくると、その場にしゃがみ込んだ。
ビーは再び目線だけを向ける。手は慣れた動作でまた銃を解体し始めた。
「どうした?」
「もう少しかかりそう?」
「そうだな。先に休んでろよ」
「うん、そうする。
寝床はいつもみたいに作っといたよ」
「ありがとな」
ビーは解体した銃をもう一度、丁寧に、そして素早く組み立て始める。
シャイナはあくび一つすると、立ち上がり寝床のある方へ戻ろうとした。
その去り際、付け足すようにいった。
「あ、ビーの寝床はオレと一緒だから」
「は?」
ここまでよどみなく動いていたビーの手が止まる。
シャイナはビーの怪訝な反応を予想していた。
いつもなら二人で出かけて、二人分の寝床を作る。
いつからかわからないが、何とはなしに寝床は分けるようになっていた。
だから、最初はエチルスの分も合わせて三つ作ろうと思った。
しかし、作っているうちにだんだんと面倒くさくなったのだ。
もう、自分とビーは一緒でいいやと相談せずに結論づけた。
はぁ、とビーから大きなため息が漏れる。
手元の銃は組み立てる途中のままだ。
「なんでこの歳にもなって、お前と一緒に寝なきゃいけねぇんだ」
「え~、別にいいじゃんか。
敷物にする外套だって数が限られてるし、作るの大変だったんだもん。昔は一緒だったじゃん」
「小さい頃だろうが。お前自分の寝相の悪さ、わかってないだろ」
「えー、そんなひどかったっけ?」
「これだ……。添い寝するなら、さっき探してた猫にしとけよ」
「ねこちゃんは、途中までついてきてたけど、自分のいる場所に戻ったんじゃね。ここに来た時くらいからいねぇもん」
二人のやりとりを見かねて、エチルスが割って入る。
「僕が代わりましょうか?」
「エチルス、身長高いからなぁ。それだったら作り直さなきゃいけなくなるし」
ビーは諦めたように、もう一度ため息をつく。
「……わかった、わかった。ほら、もう眠いんだろ。先に寝とけ」
「ふわぁぁぁ、そうする。じゃぁ先に休むな。おやすみ~」
再び大きなあくびをすると、シャイナはふらふらと自分が作ったベッドへと向かった。
シャイナに手を挙げて応えると、ビーはエチルスにも声をかけた。
「寝床なことは気にすんな。あんたも早く休めよ。」
「は、はい。あの、ビービーはまだ寝ないんですか?」
「あぁ、もう少ししてから寝るよ」
そういうと、また手を動かし始めた。もう、エチルスの方を見ていない。
「……じゃぁ、すみません。先に休みます」
「あぁ」
エチルスは慣れないながらも、作られた寝床へと身を沈めた。
静かに夜は更けていった。
月明かりが優しく空を包み、火が枯れ木を燃やしながらぱちぱちと囁く。
そこに時折低い鳥の鳴き声が混じる。
二人が寝床に入って間もなく、ビーの耳に規則正しい寝息が聞こえてきた。
疲れているのだろう、とビーは思う。
長年の付き合いで、シャイナがベッドに入ってから寝つくまで、眠いと口にしてから寝入るまでの時間はとても短い。ものの数分、いや一分もかからないかもしれない、余計なことは考えない性質なのだろう。
同じようにエチルスからも、穏やかな呼吸音がすぐに聞こえてきた。
子どもとはいえ、つい数日前に知り合ったばかりの面倒を二人も見なければならないのだ。
しかも四六時中、寝食を共にする。大人は彼だけの不慣れな旅、責任をより一層感じてしまうのだろう、と考えを巡らした。
ガシャンッ
銃倉に試験管を差し込んだ。
あれこれ考え事をしているうちに、銃の組み立て練習は終わってしまった。
ビーは小さく息を吐き、天を見上げた。
木々の葉が額縁のように夜空を囲っている。
その絵の中には、小さく煌めく星たちとそれを見守るように光る月が配置されている。
しばしその光景に心を奪われた。
明日も晴れそうだ――ビーは、今日一日の出来事を振り返り、また明日の旅路を思う。
その時、ふと思い至った。
取り外していたベルト型のホルダーと鞄を引き寄せ、中身をいくつか取り出す。
ビー球の種類と残数、そして予備がどのくらいあるのか、確認しておかねばならない。
元々この旅に行く予定だったのは、ビーの祖父だ。
急遽とはいえ、彼が自分に依頼したことを考えると、そんな危険な旅にはならないはずだった(確かに、じじぃの言動は信用ならないことも多いが、さすがに孫を危険な旅には出さないだろう。ばあちゃんも特に止めなかったことを鑑みても、その読みは間違ってはいないはずだ)。
マーからも事前に、野生の猛獣や魔獣と戦うことは滅多にないとも聞いていた。
それは街道ですれ違った人たちの装備の軽さからも窺える。
そのため、持ってきているビー球の数はそう多くない。
予備があるとはいえ、戦闘を想定した備えは必要ないと思っていたのだ。
袋から出して、ザッと見渡し数えてみる。
銃倉には球が最大で八つ入る構造だ。
今嵌めている銃倉には雷球が残り二つ。
地水火風、それぞれの銃倉が一つずつ。
小さな袋に予備として入れておいた雷球が銃倉1つ分、あとは適当に入れてきた他の種類のものがいくつか。
予定している街まであと数日はかかる。途中小さな村によるはずだが……。
ビーは、残球から想定する。
あと一回――昼間のゴブリンたちと同程度、同数の相手との戦闘があったとすれば、そこでビー球は尽きてしまう。
シャイナの持ち球はあてにできない。
あの能天気な性格と短剣の特性を考えると、少ないと思ったほうがいい。
手を顎に当てて、ビーはしばし考えた。
「仕方ない、次の村で作るか」
今ここで、あること無いこと心配しても仕方がない。できることをしよう―――そう結論づけた。
大きく背伸びをし、固まっている筋肉をほぐす。
心を決めると、気が緩んだのか、睡魔が頭をもたげる。
眠気はみるみるうちにビーの体を支配して瞼を閉じようとする。
珍しいな、と思った。
普段は眠気が襲っても、我慢が効く。しかし、今日は睡魔の方が優勢のようだ。
ビーは、体を動かすのが億劫になってきた。
このままここで寝てしまおうかという考えも過るが、それは何とか堪え、適当に荷物を仕舞い、ホルダーと拳銃を手に携えて、立ち上がる。
身体が一瞬震える。上着を着てないせいか、少し冷えたようだ。
ビーは自分自身を抱きしめながら、干してある上着を羽織る。
寝る前に、煌々と燃える火を処理しなければならなかった。
起きたら山火事とか、勘弁願いたい。
ホルダーに収めてある銃倉から赤い球を一つ取り出し、焚き火に投げ入れながら呟く。
「燃やし尽くせ、火炎」
ゴォッと炎が勢いを増して、残りを燃えあがらせる。
普段なら何気ない作業なのに、この時ばかりは待ち時間がやけに長く感じた。
待っている間に、ランタンともう一つビー球を取り出す。
「光よ(ライト)」
ビーは小さく呟くと、軽くビー球を指ではじいた。
すると掌のビー球が穏やかな光を放ち始める。
ランタンの蓋を開けて、その中に光るビー球を入れた。
カランコロンと音を立てて、足元を照らす光になる。
その間に、闇を押しのけていた炎は勢いを失い、小さくなっていく。
その分夜が領域を広げてビーたちを包んだ。
火種が完全になくなったことを確認すると、ビーはシャイナが作った寝床に身体を委ねる。
幸いシャイナは奥の方に寝ていたので、広いスペースが空いていた。
あれこれと文句はいったものの、寝床の思っていたよりやわらかな感触がビーを眠りへと誘う。
ビーは横になったことで、疲労が溜まっていること実感した。
日中は気を張っていて気が付かないが、やはり一日通して歩くと負担が大きいらしく、足が悲鳴を上げている。
俺も疲れたんだな、と微睡みながら考える。
身体を受け止めた寝床の心地よさと、鼻腔をくすぐる草木の匂いを感じながら、意識は落ちていった。
2018年11月26日 修正しました。
2021年10月9日 修正しました。




