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おつかい道中記  作者: Ash Rabbit
11/55

二人の武器

 エチルスは再び呆然としていた。

 

 河原に横たわるゴブリンの数々。

 そこで平素と変わらぬ様子で戦いの感想を話している、少年二人。


 どう考えても、異様な光景だった。


 自分から見れば、いや世間一般から見てもまだまだ幼い少年二人が、ゴブリンに臆することなく戦い、圧倒的な勝利を収めたのだ。


 軽やかな身のこなしや、スピード、判断力、技の精度、どれをとってもエチルスが今まで見知った子どものそれではない。

 

 いや、自分よりも彼等は戦い慣れているし、強い。


 聞きたいことはたくさんあるはずなのに、うまく気持ちと状況を整理できない。

 エチルスは二人にどう話しかけていいか、わからなかった。






 自分が放った一撃が最後の敵を打ちぬいたのを確認して、ビーは立ち上がった。

 

 周囲を念入りに見回し、残党がいないことがわかると、銃をホルスターに収めた。


 倒れているゴブリンたちを避けながら、シャイナと合流する。


「片付いたな」

「何とかなったね。ん〜久しぶりに動いたー!」


 シャイナは両手を天にあげて、背伸びをした。

 右手に握られていた炎の剣は、いつの間にか普段通りの短剣に戻っている。

 シャイナは短剣を腰の後ろに差した。


「あ、さっきはさんきゅー」

「さんきゅー、じゃねぇ。すぐ対応できたからよかったものの。

 お前今日はちょっと気抜きすぎだろ」

「村の外にいるからかな、何か変にわくわくしてるんだよね」

「それは浮ついてるっていうんだ」

「あー、動いたからまたお腹減ったな。ごはんの続き、食べようぜ」

「――ったく、少しは人の話聞けよ」


 二人は元の木の下まで戻り、昼食を再開した。

 

 シャイナが機転を利かせて弁当に覆いをしてくれたおかげで、あれだけの戦いの後でもごはんは無事だった。

 残っていたから揚げをひとつ口の中に放りなげて、シャイナはきょろきょろと辺りを見渡す。


「あれ? エチルス先生は?」

「まだ川のとこ」


 ビーはもう食べる気はなかったので、おかずの残っている包みとそうでない包みを分けながらいった。


 ビーの言葉を受けて、シャイナは改めて川岸の方を見た。


「あ、ほんとだ」


 少し離れた場所に、座り込んでいるエチルスの姿がある。


 シャイナは大きく手を振りながら、呼びかける。


「おーい、エチルス先生。戻ってきなよー、もう大丈夫だよ」

「……え、あ、はい!」


 エチルスは反射的に返事をした。

 ふらふらと立ち上がり、覚束ない足取りでこちらに戻ってくる。


 その様子を見ていたビーは、シャイナに昼食場所を少し変えようと提案した。

 シャイナは一瞬不思議そうな顔をするが、すぐ快く承諾した。






 三人は、先程の場所から少し下流へと移動した。

 あたりにゴブリンの死体はもう見えない。焦げ臭いにおいもしなくなった。


 シャイナは残っているお弁当を平らげると(それでも少し残ったので、ビーは夕飯用に取り分けた)、再びビーのカバンから出てきたおやつを一つ手に取る。


 これもビーの祖母が手作りし、弁当と一緒に持たせたものだった。


 そのまま口に運ぼうかと思ったのだが、エチルスの姿が目に入った。


 先程昼食を食べている時と同じように座っているが、どこか遠くの空を見ているかのように視線があわない。心ここにあらず、といった様子だ。


「はい、先生!」


 シャイナは、少し大きな声でエチルスを呼ぶと、手に取ったマドレーヌをエチルスに差し出した。


 半ば呆けた状態で座っていたエチルスだったが、シャイナの強めの語気が効いたのか、はっと我に返る。


「あっ、え、なんですか?」

「先生、手出して」

「こう、ですか?」


 エチルスは両手をお椀のようにしてシャイナの方に差し出した。すると、その手のなかに、ころんと、おいしそうに焼けているマドレーヌが転がる。


「……ありがとう、ございます」


 シャイナは再びマドレーヌをつまむと、白い歯を見せて、嬉しそうに笑った。


「これ、めっちゃうまいんだー! ビーのばあちゃんが作るお菓子はどれもおいしいんだ

けど、オレはこれが一番好きかも。ビーも好きだよな?」

「……」


 ビーは祖母のお手製菓子を口に頬張ったまま、無言で頷いた。

 

 シャイナは早々にマドレーヌを頬張ると、満面の笑みで頷く。


「あー、やっぱおいしい! ほらエチルス先生も食べなよ。ぜったいうまいから!」

「じゃぁ、お言葉に甘えて」


 シャイナの強い薦めを受けて、エチルスもふっくらと焼けたマドレーヌを口に運んだ。

 二人はその様子をじっと見守る。


 しっとりとした生地は口の中でほろりととけた。

 バターの香りと砂糖の甘さを卵がきれいに包む。それは心をほっとさせる味をだった。


「お、おいしいっ」

「だろー! やっぱビーのばあちゃん、最高」

「ビービーのお祖母さんって、本当に何でもおいしく作っちゃうんですね」

「……」


 ビーは黙って、水筒の水で喉を潤した。

 その間に、シャイナがまた焼き菓子を取ってエチルスに渡す。


「はい、エチルス先生、もう一つ」

「あ、いただきます。いいお天気に、美味しいお菓子、お茶するには最適ですね~」

「だよなー」

「……」


 穏やかだが、何かが違った。

 形は似ているがしっくりはまらないピースを繋いだような、妙な違和感があった。


「――って、違いますよ!」


 そんな空気に耐えられなくなったのか、頭の中を巡り巡っていた疑問がとうとう噴出したように、エチルスが声を荒げた。


「へ?」

「?」

「なんで二人ともそんなに平気なんですか!?」


きっ、と二人を睨んでエチルスは声を張り上げた。


「あんなにゴブリンが来たのに冷静すぎでしょ? 

普通はもっと慌てふためいたりするのに、逃げろっていっても逃げないし、向かって行っちゃいますし、すごい音がしたらゴブリンは倒されてて……。

 もうわけがわからなくなって、見れば剣から炎出てるし、子どもなのに倒してるし。

 鮮やか過ぎというか、普通じゃないっていうか、ありえないですよ! 

 てか、なんでそんなに強いんですかっ!!?」


 エチルスの質問は、あまりにも要領を得ていない。


「「……」」


 質問か感想か、どれに応えればいいのかビーとシャイナはわからなかった。

 ただ、最後のセリフだけは頭に残った。


 エチルスは一人、もしかしてあの村のお子さんたちはみんなお二人みたいなんですか、だとしたら僕は体育なんてとてもついていけないじゃないですか……、などと泣き言を呟いている。


 ビーが答えずに黙っていると、シャイナがぽつりとこぼした。


「オレたち、強いんだ」

「え?」


 めそめそしていたエチルスは、その一言を聞いてシャイナの方を見た。

 シャイナの口元は綻び、太陽色の瞳は大きく見開かれ輝いている。


 シャイナはエチルスの方に身体を乗り出して尋ねる。


「ねぇねぇ、オレたちって強いの? どんぐらい強い?」

「え? え?」


 エチルスが戸惑っていると、シャイナは嬉しそうにビーに向かっていう。


「ビー、聞いた? オレたち強いんだって!」

「さわぐな」


 ビーにたしなめられるも、シャイナのテンションは変わらない。


 またエチルスの方を向いた。


「今までオレたちみたいにビー球使える人って見たことがなくて、実感なかったんだよね。

 ビーのじいちゃんもビー球使えるけど、戦う時はビーとオレだけだったし。

 うちの村は田舎だから、特殊なのかなって。

 ビー球使うのは簡単じゃん。

 だから、都会の方はもっとすごい技とか持ってて、オレたちよりうまい? 強い人がわんさかいると思ってた。でも、都会から来たエチルス先生に強いっていわれて、オレうれしいかも!

 先生もビー球使ってたよね。他にもたくさん使える人知ってんの?」


 先程と立場が逆転し、今度はエチルスが質問攻めにあう。


 クリスマスプレゼントを心待ちにする子どものように、シャイナは期待に胸膨らませて、エチルスの言葉を待っている。


「え、あ、えーとですね、使える人はたくさん見てきました、よ?」

「やっぱり! ね、ね、どんな人がいるの? どんな技使うんだろ? オレたちその中でも強い? それとももっとすごい人はいっぱいいる?」

「えーと……」


 自分より勢いのある人を見ると、人間不思議なもので、エチルスは冷静さを取り戻したようだった。


 嬉しさのあまり、シャイナは座ったまま体を左右に振っている。

 久しぶりに主人に会う犬のような素直さだ。


 エチルスは、姿勢を正し座り直してからいった。


「僕は、教師になるためにビー球を覚えました。

 覚えるまでに、いろんな方に教えていただいたと思います。すべてのビー球使いを見てきたわけではないので、僕の個人的な意見になってしまうとは思いますが……」


 エチルスの話に、ビーは自然と耳を傾ける。


 彼の話は、ビーの興味を引いた。

 自分の祖父母以外から聞く、外の話、ビー球に関する話。

 祖父母は、自分が魔術関連の知識を必要以上に得ようとすることを嫌っていた(ビー的には、知識に不必要なことなどないと思っていた)。あからさまに反対はしないのだが、確実に一線引かれている。 

 

 勝手に本を読んで勉強しようと思うと、基礎的な本以外はいつの間にか本棚から消えている。


 村の住人たちは、そういうことにほぼ無縁だった。

 自分の祖父母から知る以外に、子どものビーには手段がない。  

  

 そんな日々の中、村に新たにやってきたエチルスは、ビーにとって警戒する相手であり興味の対象にはならない、そう思っていた。


 しかし、意外と得るものはあるのかもしれない。


 ビーの視線がエチルスに注がれた。


「街に行くと、ビー球は日常生活のいろいろなところで活躍してます。

 よく見るのは、軒先の明かりとかですね。技の大小や種類はありますが、使える人はたくさんいます。

 でも、ビービーやシャイナ君たちみたいにここまで戦える人は、そんなにいないでしょう。

 お二人は正直、強いです。

 君たちほどビー球を使いこなす子どもは、いや大人でもなかなかいないと思いますよ。

 先生として赴任しましたが、僕こそ教えてほしいくらいです」


「やった! やっぱ強いんだ」


 シャイナはガッツポーズをした。


「ええ、かなりの腕前だと思います。

 ゴブリンと対峙した時の身のこなしといい、一体どこでそんな訓練受けたんですか?」

「……訓練? 訓練っていうか、全部ビーのじぃちゃんのお陰だけどな。な、ビー?」

「うるせぇ……」


 明らかに不機嫌そうな声で、ビーは答えた。

 ビーの興味がない方向に話がすすみそうだ。

 目線だけ、外に逸らす。


「どういうことですか?」

「実は、ビーのじぃちゃん旅に出るたびに珍しいもんを拾ってくるんだ。

 それが、よく当たるんだよね」


「当たる?」


 ビーはバツが悪そうに舌打ちすると、胡坐をかいて座っている膝の上に頬杖をついて話し出した。


「……うちのジジイが拾ってくるのは、基本的にいわくつきなんだよ。

 夜な夜な森の怪物どもを呼び寄せる歌う鉢植え、動物の闘争本能に火を付ける実がなる木、宿主を探して彷徨う人形、天災を呼び寄せる本、どんなものにでも自我を持たせる香水とか」


「えっと他にはね、植えるとすぐにでかくなる人食い植物の種とか、キメラを呼び寄せる匂い袋、使う人間の命を削るペンとか」


「ほんとろくなもんがねぇ……、あのくそじじい」


 過去の思い出の品を辿るうちに、その時に経験した嫌な思い出や苦労がビーの中に蘇ってくる。

 ビーは、手の中で転がしていた包み紙に力を入れてぐっと握りしめた。


「最初はビーがやっつけてたんだけど、面白そうだからオレも混ぜてもらって」

「俺は面白くない」


 間髪入れず、ビーはシャイナの話に口出した。

 しかし、シャイナは気にも留めずにしゃべり続ける。


「そこからはほとんど二人で、じいちゃんが起こした事件を解決してたんだよね。

 これが訓練ってやつになるのかなぁ」


 子どもが対応するには無理がある相手を、指折り数えながら平然と列挙していく二人に、エチルスはまた驚かされた。経験値が違い過ぎる。


「それで、ゴブリンに対してもあんなに手際良かったんですね」

「ゴブリンは何回か相手したことあったんだ。

 まぁ、あとは普通に森で狩りとかはするけど。

 何か体鍛えてるってわけじゃ……あ、ビーは毎朝してるか」

「あんなの訓練じゃねー」

「何かしてるんですか?」

「……別に」


 素気なく返すビーに変わって、シャイナが答える。


「朝早くから走ったり、筋トレしたり、技磨いたり? 毎朝欠かさずやってるもんな」

「見てるんなら、少しは降りて来いよ」

「え、眠いもん」

「お前な……」


 エチルスは改めて、幼い二人を眺めた。

 まだ成長段階の小さな身体、あどけない顔、裏表のない心、それらは一見他の子どもたちと何ら変わらない、どこにでもいそうな少年たち。


 しかし、こんなに日々危険に向き合ってきた子どもは、そうそういないだろう。

 人里離れた集落の生活環境もあって、街の子どもたちと比べると身体能力が高くなるのは想像に難くない。それ以上に、能力を活かす出来事が、(良くも悪くも)あったものだ。


 エチルスは二人の強さに、納得できた気がした。それと同時に、思い出す。


「あ、そうです! 肝心なこと忘れてました」

「ん、なんかあった?」

「あの、ゴブリンと戦う時にビービーとシャイナ君が使っていた武器のことなんですが」

「ああ、これ?」


 そういうと、シャイナは腰の後ろを指差した。


「そうです、あとビービーの」

「これ?」

 

 シャイナは反対の手でビーのホルスターを示す。


「そうです、そうです、その武器です!」


 エチルスは何度も頷いた。少し興奮気味に尋ねる。


「お二人の身体能力にもおどろきましたが、その武器もすごいですよね」

「そうなの?」


 シャイナは腰から短剣を引き抜き、胸の前で持った。


 刃渡り十五センチほどの両刃の剣。

 剣の腹はやや広く太めだが、子どもの手でも扱いやすい大きさだ。

 深紅の柄から伸びる刀身は、ほのかに赤い色を帯びている。


 金と黒で装飾を施された鍔の部分には、ひときわ目立つ緋色の水晶がはめ込まれていた。

 不思議なことに、その水晶は刻々と色を変え、まるで燃え盛る炎を宿しているかのようだった。


 シャイナは短剣の角度を変えながら、いった。


「これ、ビーのじいちゃんから借りてんだよね」

「そういや、そうだったな」

「借り物、なんですか?」


 エチルスは、短剣をまじまじと眺めた。

 刀身が赤く色づいている以外は、どこにでもあるような普通の剣だ。


「うん。なんか使いやすくて、返しそびれてるや」

「別にいいんじゃねぇの。ずっと蔵に置きっぱなしになってたやつだし」

「できたらこのまま使いたいけど」

「あ、あの、話してるところすみません、これ炎出てました、よね?」


 二人の会話に割って入る形で、エチルスは先程から気になっていることを質問した。

 シャイナは、そのことを特に気にすることなく笑顔で頷く。


「うん、出るよ。こうやって……」


 左手を少し刀身に寄せて、意識を剣に集中させる。

 すると、ぼっと音がして、短剣の刃はみるみるうちに炎に包まれた。


「今はあんまり気合入れてないから大きさはこんくらいだけど、さっきみたいに戦う時とかは、もう少し長くできるよ」

「す、すごい……」


 エチルスは、目の前で炎を上げる剣に見入った。


 少し赤黒い炎は、ゆらゆらと絶えず形を変える。

 これは、剣が炎をまとっているだけではない。この炎自体が刀身なのだ。


 目を見張るエチルスに、シャイナは悪い気はしなかった。


「初めの頃はうまく調整できなかったけど、最近は結構自由自在かな」

「こんな、こんな剣どこにもないですよ。

 一生をかけて世界中探しても、お目にかかれるかどうか……」

「へー、やっぱそうな「そうですよ!しかもこの剣を使いこなせるなんて、シャイナ君すごいです!」


 エチルスに食い気味に言われ、シャイナは一瞬圧倒される。

 しかし、すぐに満足そうに笑った。


「へへ、さんきゅー」

「あれ、そういえば炎が出てるのに、少しも熱くないですね」

「うん、熱くはならないかな。戦ってるときに、たまに熱くなるくらいかな」

「それも、シャイナくんが調整してるんですか?」

「んー、そこらへんはよくわかんないや」


 特別気に留めることもなく、シャイナはいった。


 たぶん勘だな、とビーは思った。

 シャイナは、昔からそういう要領を感覚的に覚えるタイプだ。

 頭で考えて動くほうではない。


「あんま出してると疲れるから戻すな」


 と断ってから、シャイナは炎を引っ込めた。

 再び短剣を腰の鞘に戻す。


 ありがとうございます、とエチルスが座ったままシャイナに深々とお辞儀した。

 シャイナもそれにつられてお辞儀を返している。


「ビービーのおうちにはいろいろあるんですね」


 顔を上げて、エチルスはいった。


「仕事道具、だったっけ? な、ビー?」

「まあな」


 シャイナに話を振られても、ビーは興味なさそうに答えた。

 エチルスは、もう一つ気になっている、ビーの武器に視線を向けた。


「ビービーの、その不思議な銃もそうですか?」

「……あぁ」

「最初おもちゃかと思いましたよ、はは」

「……」


 ビーは、エチルスと視線を合わせない。

 態度でこれ以上の質問を拒んでいるのだった。


 エチルスはこれ以上聞くべきかどうか逡巡したが、好奇心が勝った。


「……あの、少しだけ見せてもらったり……」

「……」

「あ、差しさわりなかったらですけど……」


 ビーは、答えなかった。


 しばらく黙って見守っていたシャイナだが、仕方がないといった様子で肩をすくめる。


「エチルス先生、気にしないで。

 オレもあの銃にはあんま触らせてもらったことねぇんだ。ビーって人見知りだから」

「い、いえ! 僕こそすみません。珍しいものにすぐ夢中になっちゃって」

「いーの、いーの、気にしなくて。ビーの人見知りは折り紙付きだから」


「うるせぇな」


「今回の旅も、オレめーっちゃ心配だったもん。

 ビーは、もともと口下手だし、自分から話しかけるタイプじゃないしさ。

 普段から一緒にいてもそう思うのに、慣れてない人には尚更ひどいもん。

 だから、エチルス先生も気にしなくていいよ。ビーの態度は普段からこうだから」


「お前な」


 散々な言われように、ビーは不満そうにシャイナを見た。

 シャイナはビーのほうに顔を傾ける。


「だって、ほんとじゃん。オレがいなかったら修羅場じゃね?」


 シャイナがいっていることはあながち嘘ではないことを、ビーはわかっていたが、素直にうなずけるような性格ではない。


 そういうのは修羅場とはいわねぇんだ、とビーは両こぶしを上げてシャイナに突っかかる。

 それを予想していたように、シャイナは馴れた動きで、頭に飛んできたビーの手を押さえた。


 互いの両手をがっちり合わせた状態で、ビーとシャイナの力は拮抗する。


 そんな二人の様子をみて、エチルスはくすりと笑った。


「シャイナ君はビービーのことをよく知っているんですね」

「まぁ、昔っから一緒に、いる、から、やべっ」


 力比べを継続したままでシャイナが答える一方、ビーは無言でシャイナの手を少し押し返す。


「いつも、悪いなっ、シャイナ君?」

「思って、ねぇだろっ」


 二人は一歩も譲らない。張り合ったままなので、力んで自然と顔が赤くなる。


「仲がいいんですね」


 エチルスの言葉に、二人はにらみ合ったまま同時に反応する。


「仲良くねぇっ」

「仲いいよっ」


 シャイナの言葉を聞いて、ビーの赤い顔に若干違う赤みが加わる。


 ビーは、幼馴染の裏表のない素直な性格をうらやましいと思う反面、自分には絶対に真似できないと確信を持っていた。「仲がいい」と断言されると、例えそうであっても、肯定などできない。

 こみ上げてくる恥ずかしさで、ビーは更に腕に力を込めた。


 お前はまたそんなことを人にいうな、別にいーじゃんまちがってないじゃん、そういうことをいってんじゃねぇ、じゃぁどういうことだよ、と二人の応酬は止まらない。


 エチルスは、子どもらしい二人のやりとりをほほえましく思った。


「僕もお二人と仲良くなりたいんで、『先生』っていうの止めにしません?」

「えっ? いいの?」

「わっ!」

「おわっ!」


 シャイナが急に力を抜いたので、必然的にビーはシャイナの方に倒れこんだ。

 ビーは状態を確認しながら起き上がると、シャイナを睨む。


「てめ、急に力ゆるめんな」

「ははは、わりぃ」


 エチルスが二人の顔を心配そうにのぞき込む。


「大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫だよ。それより、『先生』って呼ばなくてもいいの?」

「ええ、今はまだ正式に君たちの先生ってわけじゃないですし。

 僕もまだ呼ばれ馴れてないんで、正直むずがゆかったんです。

 学校が始まったらあれですが、今はエチルスでも、マーでも、呼び捨てで構いませんよ」


 シャイナはその場で両手を上げて、喜んだ。


「やった! なんか『先生』って呼びにくかったんだよね。呼び捨てでいいって、ビー」

「ああ」


 ビーは、シャイナの切り替えの早さにあきれながらも、頷いた

「じゃ、エチルスって呼んでいい?」

「ええ、もちろんです」


 シャイナの嬉しそうな表情につられて、エチルスも笑顔で首肯する。


「じゃ、エチルスだね、よろしく」

「はい、よろしくお願いします。ビーも、改めてお願いしますね」


 春の陽ざしのようなあたたかな瞳を向けられ、ビーは小さく嘆息してからいった。


「よろしく、マー」




2018年11月28日 修正しました。

2021年10月9日 修正しました。


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