昼時の攻防(2)
ガゥゥゥンーーーーーーー!!
次の瞬間、落雷のような轟音が鳴り響く。
エチルスは、何が起きたか理解できなかった。
身体中をびりびりとした衝撃が駆け抜け、耳がキーンとしている。
自分は死んだのだろうか、それとも痛みが体の許容範囲を超えおかしくなっているのか――恐る恐る、目を開けた。
不思議なことに身体は何一つ傷ついていなかった。
「!?」
安堵したのも束の間、顔を上げると、そこには不思議な光景が広がっていた。
それは、エチルスが目を閉じる直前までの光景が、そのまま残っている。
エチルスを襲おうとしたゴブリンは右手を振りかざした体勢のまま、まるで時が止まっているかのようだ。
エチルスが呆然としていると、それはゆっくりと地面に倒れこんだ。
ゴブリンは地面に伏したまま、それ以上ぴくりとも動かなかった。
他のゴブリンたちも動けないでいた。
すさまじい轟音と衝撃、彼等にも何が起こっているかわからないのだ。
エチルスが絞り出すように、呟いた。
「……一体何が……」
その時、静寂を打ち破るように、後方から声があがった。
「――っ耳いってぇっ! 撃つなら撃つっていえよ」
シャイナだ。
エチルスが反射的に振り返ると、先程昼食を取っていた場所で、シャイナは耳を押さえてビーに文句をいっている。
一方ビーはというと、立ち上がっていた。
仁王立ちになり左手をこちらに向けている。
その手には、金色の銃が握られていた。
幼い体に大きすぎる銃は、真昼の太陽の光をきらきらと反射している。
ビーは構えを崩さず、横目でシャイナを見ながら答えた。
「気づくだろ、普通」
「俺はご飯に夢中だったの」
「お前、気ぃ抜きすぎ……」
「だって、ビーがちゃんと見てるじゃん。あー、ほら、猫ちゃんだって固まっちまってるじゃん」
オオオォォーーー!
二人の会話を打ち消すように、群れのゴブリンの一匹が雄叫びをあげた。
それまで唖然としていたゴブリンたちも、倒された仲間の怒りからその声に呼応する。
エチルスも我に返った。
「二人とも、早くそこから逃げなさいっ!」
声を張り上げると、自身も態勢を整える。
しかし、そんなエチルスを尻目に、緑の巨体の群れはビーとシャイナの方へ駆け出した。
攻撃の対象が二人に変わっていた。
エチルスは焦る。
しかし、突進してくる魔獣の群れを前にして、ビーは顔色一つ変えず、ため息もらした。
「マー先生、俺いったよな。自分の身は、自分で守るって」
「えっ?」
エチルスは混乱していた。
年端もいかない子どもたちを無惨な目にあわせるわけにはいかない。
そう思いながらも、体はすぐに動かなかった。
あの二人の落ち着いた態度、変わらぬ表情、物怖じしない言動、落雷のような衝撃、不思議な銃――何もかもが予想外で、想像とちぐはぐで。
焦る思いが、エチルスから冷静な判断能力を奪う。
だが詮索している時間はなかった。魔獣たちの怒りは、二人の喉元に迫っている。
「シャイナ」
「ほいほいっと」
ビーが呼ぶと、シャイナは立ち上がった。
シャイナはビーのいわんとするところを、名前を呼ばれただけで理解しているようだった。
右手を腰の後ろに回し、姿勢を低く構える。
地響きと咆哮が近づいてくる中、二人は普段と変わらぬ調子で会話を続けた。
「ビー、あいつら前とおんなじかな?」
「たぶんな。ここで奴らを待ってたら、弁当が台無しになる」
「お、オレちゃんと蓋しといた」
「ナイス判断」
「それじゃ、反撃だな」
「行くぞ」
「おう」
二人は、向かってくるゴブリンの群れめがけて、同時に大地を蹴った。
両者の距離はみるみるうちに縮まっていく。
ゴブリンたちは、先程とは比べようもないほど殺気立っていた。
血のような真朱の瞳はさらに妖しさを増し、額や手足の血管が盛り上がっている。
彼等に仲間意識が存在するかはわからないが、攻撃を受けて明らかに敵意を増している。
駆け出した二人に躊躇することなく、猛進する。
その中でも、スピードの速いゴブリンが一匹、群れから躍り出た。
手には、太い木の棍棒が握られている。
二人の正面に、棍棒を持ったゴブリンが迫る。
しかし、ビーもシャイナも、大地を駆けるスピードを落とす様子はない。
棍棒は、二人に向けて勢いよく振り下ろされた。
その瞬間、二人は別々の方向へ飛んだ。
シャイナは左に、ビーは右に。
棍棒を紙一重で避ける。
振り下ろされた棍棒は、地面を激しく穿った。
右側に避けたビーは、自分の身長の倍以上もある巨体の横をすり抜けながら、その頭に銃口を向ける。
シャイナは左に避けると、すぐさま再び地面を蹴ってゴブリンの方へと方向転換する。
そして、怒りでゆがんだ緑の顔をめがけて、腰から短剣を引き抜いた。
「目覚めよ、炎の剣!」
「雷撃!」
二人の力強い声が重なった。
棍棒で地面を殴った姿勢のままのゴブリンの頭に、一発の銃声とともに雷が落ちる。
「ガァァアウッッ――!?」
苦痛の声を上げるゴブリンの顔に、シャイナの剣が一閃する。
ゴブリンが剣の痛みを知る前に、顔は一気に業火に包まれた。
仲間が瞬時にやられた様子に、突進してくるゴブリンたちに再び動揺が走る。
その隙を、二人は見逃さなかった。
ビーは、ゴブリンの顔が燃え上がるのを目の端で確認したのち、スピードを緩めることなく、そのままゴブリンの群れに突入する。
ゴブリンは体が大きい分死角が多い。
一番近くにいるゴブリンの足元を滑り抜け、背後にまわった。
振り向きざまに、通り抜けたゴブリンの頭を打ちぬく。
再びゴブリンの頭部に轟音とともに落雷が炸裂した。
後方にいたゴブリンが、ビーを狙って襲いかかってくる。
そのがむしゃらに殴り掛かってくる腕に、すばやく影がよぎった。
次の瞬間、ゴブリンの腕から炎が上がり、それは、みるみるうちにゴブリンの身体を包む。
その影の正体は、シャイナだった。
右手に持っている短剣からは炎があがり、それが刃の形を成している。
二人はアイコンタクトを交わすと、再び走り出す。
真っ直ぐ走り出したシャイナは、ゴブリンの目の前まで来ると、跳躍した。
跳躍すると同時に、ゴブリンのお腹から顎にかけて剣を走らせる。
その傷口は、瞬く間に炎を放ち、ゴブリンの身体を燃やしていく。
すぐに別のゴブリンがシャイナに拳を突き出した。
シャイナはそれを後方に宙返りしながら、華麗にかわす。
着地するその足で大地を力強く蹴って、ゴブリンの横を駆け抜ける。
駆け抜けた時には、ゴブリンの頭部と脇腹には炎の傷口がメラメラと燃えていた。
シャイナが次の標的に向けて走り出そうとした時、真昼なのに自分のいる場所だけが陰った。
それに気づいて上を見上げると、シャイナの上にゴブリンが跳躍して降りてくるところだった。
「げぇっ!?」
慌ててその場所から離れる。
ドォォォンという落下音がして、土ぼこりが舞い上がる。
シャイナは視界を奪われた。
「やっべ、見えねぇ」
シャイナの背後に敵が迫る。
一方ビーは、シャイナと別方向に駆けた後、手近にあった木へと向かった。
幹を一気に蹴り上がり高く空に舞い上がると、ゴブリンの頭上から狙いを定めて撃った。
「雷撃!」
ガンガンガゥンン――!
銃口がうなりを上げると、迸る光を伴い三つの雷がそれぞれゴブリンを天上から打ち抜く。
ビーが体勢を整え地面に着地すると、落雷を受けたゴブリンたちは力なく地面に伏した。
その時だ。
何かが勢いよく地面に落ちる爆音と、それに混じってシャイナの慌てた声が聞こえる。
ビーが視線を向けた時には、シャイナがいるはずの場所には土煙がもうもうと上がっていた。
――まずいっ――!
膝をついた姿勢のまま、ビーは素早く腰から新しい試験官を抜き出し、今の弾倉と取り換える。
ゴブリンは視界が悪くとも、鼻が利く。
こちらは見えなくても、敵には自分たちの居場所はすぐに把握されてしまう。
声を頼りに、シャイナに当たらないように狙いを修正して、引き金を引いた。
「旋風!」
ビーの低い声とともに、二発の銃声が鳴り響いた。
瞬く間に河原につむじ風が発生し、土煙が晴れていく。
視界がクリアになったことで、ビーのいる場所からでもシャイナを狙う敵の位置が容易に把握できた。
ゴブリンはシャイナのすぐ後ろにいる。
「貫け、風の槍!」
黄金の銃から放たれた一撃は、寸分違うことなくシャイナの真後ろにいるゴブリンの額を貫通した。
ゴブリンは、大きな音を立てて頭から後ろに倒れ込む。
「あっぶねー」
そういってシャイナが額の汗を拭っているのが、ビーから見えた。
気が緩んでいるように見えて、つい乱暴な言葉を投げてしまう。
「バカ! 油断すんな」
「分かってるって、よっと!」
軽い身のこなしで、シャイナは迫りくるゴブリンの拳をよける。
ビーは再び弾倉を交換する。
試験官のように透明な筒が、この銃の弾倉だった。
グリップより少し長めに作られた弾倉には、黄色に輝くビー球がつまっている。
ガチンと小気味よい音がして、弾倉がしっかりはまったのをビーは確認した。
あたりをざっと見回すと、残っているゴブリンは、シャイナのところにいる二匹だけだった。
一匹はすでに交戦中で、シャイナが仕留めにかかっている。
ビーは照準を最後一匹の頭に合わせると、迷うことなく引き金に手をかけた。
2018年11月25日 修正しました。
2021年10月9日 修正しました。




