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無縁---3

「それじゃ、こちらも自己紹介というか、キミたちが一番知りたいであろう、ボクらのことについて、説明しておこうかな」


 テクテクと集団の中心に向けて歩を進めながら、団長が言葉を紡いでいく。


「こちらの一団はね、旅芸人の一座なんだよ」


 その言葉に示された方を見渡せば、沢山のテントが立ち並び、傀儡人形や楽器の手入れをしている人々。


「ボクはこの一座で、座長なんかをしてるだけどね。この山脈に沿って旅しながら、最低限入り用な旅費と、道具の修繕費を稼ぐために、行き着いた村々で、傀儡踊りや楽器の演奏を披露しているんだね」


 気さくな人間が多いようで、三人にひらひらと手を振って見せたり、あるいは笛を吹いて挨拶代わりにするような者もいた。


「対してこちらは山家サンカの人々。基本的にはボクらと一緒。決まったところに定住しないで、山の中を歩き回っている。ボクらと違うのは、あんまり堅気カタギの人達とは関わらないことかな」


 そちらには一張(ひとは)りもテントが立っておらず、木の根元でゴロゴロしている人達ばかりがいた。三人には興味が無い様子である。


「彼らは同胞にしか興味が無くてね。キミらは今のところカタギ寄りの人間だから、彼らは興味が無いのさ」


 だけどすごいよ、と座長は言葉を続ける。


「彼らは必要なものは何でも自分たちで作り出しちゃうんだ。だからおカネも彼らには無用の長物なんだけどね。ほら、背中に包丁みたいな刃物を持ってるでしょう。あれで器用に何でも彫ったり割ったりしちゃうんだ」

「「「へぇ~~」」」


 三人ともまじまじと見つめてしまう。

 山家の何人かが、じろりとこちらを睨め付けた。


「ご無礼! お気になさらず!」


 座長がすかさず言い放ち、それでこちらを向いた人々はふっと視線を切ってしまう。


「あまり気にしないようにね。あの人たち、身内以外にはちょっと容赦が無いんだ」


 焚き火を迂回して、ひときわ大きなテントへ歩を進めていく。


「さて、自己紹介も終わったし、キミたちのこれからのことなんだけどね」


 くるりと振り返り、芝居がかった様子で両手を広げる。


「明後日くらいには村に着く。それまではなんにも気にせず付いてきなよ。食べ物をそろそろ食べ切っちゃわないといけなくてね。クラッカーなんかはそろそろ湿気しけってきちゃってて、固くて食べられない状態の一歩手前なんだ」


 あははと笑いながら、後頭部を叩く座長。

 ふっと、ほんの若干だけ雰囲気が変わる。

 底抜けに明るかったところに、微妙な温もりが加わる。


「食えないツラさはボクらも知っているからね。“ワタリ”初心者にはツラいものがあるでしょう。まずボクらの生き方を見て、覚えられるだけ知恵を覚えて、持って行けばいい」


 三人は顔を見合わせる。

 口を開く前に、座長が言葉を続けた。


「いやぁ、特に裏があるわけじゃないんだよ? ただキミたちの在り方が、とっっっっても美しかったからね。ちょっとだけ手助けする気になったのさ。その証拠に次の村で付き添いはおーしまい。ちょうどあそこは“ムエン”には優しい土地だし、キミらがこれからどんな道を歩むにしても、都合のいいことだろうさ。いやーこれも縁なのかねぇ」


 ニコニコと笑いながら、三人を眺めている座長。ダメ押しの一言。


「これはボクらが好きでやってるお節介だからさ。小難しいことは考えずに、乗っかっちゃえばいいんだよ」


 一番最初に動いたのは織姫だった。


「ありがとうございます!!」


 大きく頭を下げる。

 その言葉に、瑞希が一歩前に踏み出した。


「えっとー、正直町の方向も分かんないし、生きていくための知恵もなかったので、教えていただけるなら助かります」

「初めて会った人が優しい人達でよかったねー!」

「うん、どうやって生きていくかの想像もつかないもんねー」


 唯一、一真だけがじっと座長のことを見つめている。

 そんな三人に、ニコニコと微笑みかける座長。

 若々しかった雰囲気が、一気に人生の酸いも甘いも知り尽くした老人のそれへと変わる。


「絶対にお互いを離したらいけないよ」


 ポツリとこぼれた一言は、一真の耳をかすめるのみで、その後は虚空に散ってゆく。

 一真の表情は動かない。

 それに気付かない二人が、安堵のため息をつきながら座長の方へと振り向く。


「だけどこの一団、すごい楽しそうだよね~! あの笛吹いてみたいなぁ。吹けるかな……」

「あたしたちでもできることしてみたいよねー」


 生活の目処が立ったために、周囲に目を向ける余裕が出来ている。

 ケラケラと座長が笑う。


「まぁ、やって出来ないことはないよね~。ただし十年くらい修行してやっとお金を取れる芸になるんだけど」

「やっぱりそんなに時間がかかるかぁ」

「えっ、見てよあれ!! 人形が生きてるようにしか見えないよ!」


 興味津々な二人なのだが。


「ただし! キミたちには早く定住することを勧めるよ。考え方を変えない限り、ボクらと同じ“ムエン”の生き方は無理だ」


 座長の言葉に、ピクリと一真の眉が動く。

 今まで話を聞いてきた間よりも、瞳に籠もる光が強くなる。

 それが表すのは、一真の好奇。

 瑞希や織姫は、それよりももっと根本的なところでつまずいていた。

 代表するかのように、瑞希が質問を投げかける。


「あのー、さっきから、ムエンとかワタリとかって慣れない言葉を聞くんですけどー、それってどういう意味ですか?」

「あぁ、そりゃ気になるよねぇ」


 ポンと手を打ち、座長が説明をしてくれる。


「縁が無いと書いて“無縁ムエン”。渡り鳥と同じ字で“渡り(ワタリ)”。無縁ってのはそのまんまの意味で、先祖代々から続くような“血縁けつえん”とか、あるいは同じ町に住むっていう“地縁ちえん”からいっさい切り離された、根無し草のことさ。今のキミたちは、状態として“無縁”状態ではあるよね」


 淡々と、天下の理を説くかのように言葉を紡ぐ座長。


「渡りの方は、無縁の人々の中でも、ボクらみたいに土地土地を渡り歩いて生活をする人達のことを言う。ボクがキミらを渡り初心者って言ったのは、旅をする必要に駆られている感じを受けたから」


 一真は思考の海に沈んだ様子で、その瞳はどこでもない虚空に向けられている。

 瑞希はただ感心した様子で頷いていた。

 織姫はそんな無縁の境遇を想像したのか、寂しそうに眉根にシワを寄せている。唇もへの字に曲げていた。


「わたしたちには無理なんですかー?」


 なにが問題なのか分からないという瑞希の言葉に、座長はヒョッと肩をすくめる。

 低い声で迫力たっぷりに、しかし口調そのものは先程と全く変わらず、告げてくる。


「無縁のやからは、文字通り“無縁”だ。どんな生き方したって、どこで野垂れ死んだって、助けてくれる人はいないし、また居てはならない」


 そう言う座長の雰囲気は、寒風吹きすさぶが如く冷え切っていた。

 辺りが一気に暗くなっていく。気温も実際に下がっていた。


「自分の起こした行動の結果は、自分で始末を付けて、自分で収めるしか無い。ケツを拭いてくれる人は居ないんだもんなぁ。そして本来、自由ってそう言うもんだろう? 自分のエゴで他人の道を曲げさせるんだからさ」


 背筋が震えるほどの、厳しい意見。

 しかし次の瞬間には、座長はあっけらかんとした雰囲気に戻り、言葉を次いでいた。


「じゃあなんで私たちを助けたの~って話になるとは思うけど、どうも見た感じ、キミらは特殊な事情がありそうだったからねぇ。無縁たることの引導を渡されることも無かったろうから、その役目を僭越ながら買って出ようかと思った次第だよ」


 光る眼鏡が表情を隠してしまっている状態の一真。

 不安そうに目尻を下げる瑞希。

 二人を交互に見上げる織姫。

 三人の後ろでゴウゴウと燃え盛る焔を眺め、座長は締めくくる。


「助けてくれる者はいないんだ。自分で生きていかなきゃならないんだ。その心持ちが整わない限り、無縁の生き方はできっこないよ」


 ちょっと親切すぎたなぁ、などといいながら空を見上げる座長。

 いつの間にやらとっぷりと日が暮れ、空は青と朱のマーブル模様を描き出している。

 あたりを囲う栗の木が、風に吹かれてざわざわと騒いでいた。


「ま、こんなの口で言っても分かるものじゃないしね~。身に染みるような重大事件が起きてからじゃないと。今日のところは、一緒に宴を楽しもう」


 既に食事の用意は出来上がっていたらしい。

 暗くて手元はよく見えないが、焼いた肉と、木の器によそった汁物、乾パンのような平たいビスケットが、綺麗なお姉さんによって手渡される。

 座長が地面にそのまま腰を下ろしたので、三人もそのまま腰を下ろす。


「あ、親切ついでに言っておくと、無縁の生き方って助けてくれる人がないって言ったでしょ。当然お金も自分たちで稼がないといけないわけ。だから無縁で生き残れる人って、強烈な芸を必ず一箇いっこは持ってる」


 自分たちの場合は音楽と傀儡だね、などと言いながら、座長は早速食事にかぶりついていた。


「まぁキミら、芸の片鱗くらいは見せてるんだけどね」


 ポロリとこぼれた座長の言葉。

 瑞希などは聞き返そうとしたものの、座長はそれをさせない。

 口を開く前に、言葉を継ぐ。


「食べないの? 汁物冷めちゃうよ」


 クラッカーを汁につけ、ふやかしてみ始める。

 さも美味しそうにに笑み崩れる座長にもう言及できないと悟って、瑞希は手元に視線を落とした。

 そんな瑞希の隣、腕が触れ合うほどの至近距離に織姫は腰を下ろし、無邪気な様子で串に刺さった肉をついばむ。

 今まで不気味なほど言葉を発さなかった一真が、ここに来て口を開いた。


「美味しいですね、このスープ」


 座長がピクリと眉を動かし、その唇に大きな笑みを浮かべる。

 その笑みは、ただ同胞がほめられたと言うだけでは説明がつかないほど深いもの。

 その原因が一真にあるということまでは、瑞希たちにも容易に想像できた。

 座長が応える。


「そりゃあね、渡りの人間は旅することに慣れてるから。携帯できる調味料なんて塩くらいなものだけど、それだけでも美味しく食事する方法を知ってる」

「それちょっと知りたい~!」


 織姫がその話に食いついた。

 目をキラキラさせながら、座長の話を身を乗り出して聞こうとする。


「キノコや山の獣なんてさ、においが強いわけじゃない。そのままじゃちょっと美味しくないくらい。それらを鍋にぶち込んであげれば、逆にそれらの滋養が水に溶け込んで、塩やその辺に生えてる香草で味を調えてやれば、美味しくいただけるって寸法」

「出汁か」

「あー!! 香草って言うのは?」

「ネギとか紫蘇が考えられるな」

「あーー!! 香り強いもんね! 臭みを消すわけだ」

「お、なんだ知ってるんじゃん。最近の町人ちょうにんは野草を食うようになったのかな?」


 つまらなそうに、口を尖らせる座長。

 仕草がまるっきり子供だ。


「いやー、あたしたちはちょっと特殊なんで」


 座長に対して苦笑いする瑞希。

 一真がポロリと言ってしまう。


「我々は攫われたんですよ」

「ちょっ!?」


 焦る瑞希だが、一真の言葉を継いだのは織姫。


「いきなり目がくらんでね、そのまま気を失っちゃったんだけど、次に目を覚ましたら山の中。たまたまこの三人が一緒に寝かされてて、近くに住んでたことが分かったから、一緒にいることにしたの」


 そんなことまで、と頭を抱える瑞希に、織姫があははと笑いかける。


「この人たちは信用できるよ、だって助けてくれたもん」

「補足するのであれば」


 一真がそれに言葉を重ねた。


「彼らは自分たちに利することは何もないのに、我々を拾い上げた。なぜか? そこにある思考はただ共感。自分の命が明日をも知れないがゆえに、順当にいけば死ぬしかない我々を拾い上げ、食事を与えるのが当然だった。きっとこの『渡り』の生き方をしていれば、明日は我が身という考えがいやでも身に染みるんだろう。十分、信用に値する」

「そっか……」


 顎を指先でとんとんと叩きながらの思案を終え、瑞希が顔を上げる。


「理論派の一真くんと、感覚派の織姫ちゃんの意見が一致するなら、その意見、信じる」


 話を終えて座長に振り返れば、座長は目を見開いたままフリーズしていた。


「……座長さん?」


 瑞希の呼びかけに、ハッとする座長。


「話はついた? ……ボクの言葉でも待ってるようだけど、残念ながらもう、ボクからは言うことなんてない」


 何事もなかったかのように平然と話を続ける座長。


「確信した。キミらは絶対に生き残れる。自分たちの感じたこと・考えたことを信じて、思うがままに生きていけばいい」


 座長は最後の一言だけは、口にせずに胸裏に留め置く。


(それが『道々の者』の生き方だよ、落来者フォーリナーたち)


 三人は顔を見合わせる。

 クスリと笑みが浮かんだ。

 それぞれが言葉を紡ごうと口を開いたとき……


  ぴー、ぴりり


 笛の音が響く。

 音のした方を向けば、笛を持った男が、ニヤリと笑いながら息を吸い込んで笛の吹き口を唇に当てたところだった。

理で動く人間には、感情で動く人間の考えが追いかけられない。合理的に筋が通らないため。行動に物理的な根拠を必要としないため。

ゆえに疑心暗鬼に陥り、腹を割って話すなんてことは、絶対に出来ない。

西洋文明に染まった日本人は、生きやすくなった反面、心持ちを大切にする旧来の集団形態の中では存在しづらくなった。

現代日本人はなんて矛盾を抱えているんだ……

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