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事件---6

 日も暮れた後、明かりも差さない暗がりに膝をつき、一真とアムの二人は穴倉の入り口を見詰めていた。

 外でウロウロしていた見張りが、穴倉の入り口にかかった松明によって、逆光に照らされている。

 何かあったのか、穴倉の内側へと駆け込んでいった。

 それを察知した途端に、一真がアムの肩に手を載せながら立ち上がる。


「さぁて、んじゃ作戦通りに」

「あぁ。……ボクはだいぶん損な役回りな気がするが、とりあえず行ってきなよ」

「そうでもねぇよ。どれだけの人間がいるか分からない穴倉に潜入するのと、多人数相手の乱闘、どっちの方が簡単だと思う?」

「……作戦がそもそも無謀なんだね」

「安心しろ。お前の得意な持久戦だ。上手いこと時間を稼いでいれば、敵は後ろから崩れていく」

「一年経って腕を上げたあの二人と神官様、黒ずくめ暗殺者アサシンの増援が入るわけだ」

「まぁまぁ、よろしく頼むぜ」


 それを最後に、一真は木の枝に飛び乗り、宵闇の中に姿を消してしまった。

 しばらくじっとしていると、上の二つの覗き穴の左側にムササビのような黒い影が飛び移る。

 その影は明らかに肩幅よりも小さなその穴をくぐり抜け、穴倉の中へと消えていった。

 三つ数えるうちに森の中にあがる、九つの火の手。

 打ち合わせ通りの展開に、アムはマントを脱ぎ捨て、韓服のような着物を翻し、雄叫びを上げながら穴倉に突っ込んでいった。

 空中前転をしてもまだ余裕がある穴倉は、大男が大剣を振り回しても、まだ若干余裕があるだろう。

 そんなアムの前に、慌てて飛び出してきた男が一人、立ちふさがる。

 アムは壁面を使った三角飛びで距離感を狂わせ、その男のこめかみに拳骨を叩き付ける。

 その拳は青白い板状の障壁でコーティングされており、打撃によるダメージを大幅に強化してある。

 男は一発で意識を刈り取られた。

 一旦立ち止まり、頭を振って逸る気持ちを抑え、ゆっくりと歩みを再会する。

 もう少し奥に進んだところで、やっと剣や槍で武装した集団が姿を現した。

 両端の二人が松明を掲げ、前に躍り出た二人が剣をかまえる。その真ん中に、二本の槍が突き出されていた。

 練度の高い連携に、自然、ため息が漏れる。

 息を吐ききったところで、倒れ込むようにしてすり足で一気に距離を詰めた。

 両腕は自然に垂らしてある。

 無形の構えだ。

 剣の二人が、大上段からの振り降ろしと下段からの突き上げという、正反対の攻撃を仕掛けてくる。

 槍が、虎視眈々と隙を窺っていた。

 アムは、剣の腹を叩くことで振り降ろしの軌道を変える。

 突いていた剣が振り下ろしにより叩き落とされ、アムは体を壁面に寄せるようにして捌く。三人の武器が交錯することにより、防衛側の攻撃にためらいが生まれる。

 その一瞬に、アムは松明を持った一番外の男を前蹴りで吹き飛ばした。

 ついでに剣の男の顔面を鷲掴みにし、ラリアートの要領で後ろに倒す。

 自身の体勢を整える代わりに深く身体を沈み込ませ、剣の男の後頭部を地面に叩き付けた。

 いくら粘土とはいえ、踏み固められた土はそれなりに固い。

 男の頭は割れ、脳震盪で視界をホワイトアウトさせる結果になった。

 その事を確認する前にアムは地面を蹴っており、槍の男の鳩尾に魔力の乗った拳を叩き付けている。

 衝撃が通り抜け、槍の背後に衝撃波が走る。

 剣と松明が同時に吹き飛ばされ、壁面に叩き付けられた。

 槍は既に半死半生であり、剣と松明も再起不能。

 眉をひそめて立ち上がりながら、アムは吼えた。


「足りなぁい……。もっと出てこいよ! 各個撃破で殲滅しちまうぞぉ!!」


 穴倉じゅうに、その声は響き渡った。




「敵襲だぁぁぁ!」


 穴倉の一番奥、集会場にも食堂にもなるようにと大きく作られた空間に、伝令が駆け込んでくる。


「穴の外に松明九本、穴の中にも獣のように強い男が躍り込んできて、味方が次々やられてるぅ!」


 松明で照らし上げられたその空間では、十人を超える強面の男達が、三つある長机を全て使って、酒盛りをしているところだった。

 伝令男の言葉に追い打ちをかけるようにして、穴倉全体に響き渡る雄叫び。

 男達の顔色が変わった。

 長机の一番奥に座っていた細面の男が、声を張り上げる。


「臨戦態勢! 全員武器を取れ! せっかく上玉が手に入ったのに、取られたら分け前はねぇぞ!!」


 手斧やマチェット、拳銃やライフルと、思い思いの得物を手に、その場にいた十人ほどが、入り口に殺到した。

 後詰めとして残った五人を警戒に当たらせながら、リーダー格の男がブツブツと独り言を呟いている。


「どういうことだ、ここを嗅ぎつけるのがあまりにも早すぎやしないか。まだ仕事は一回だけ。それもまだ納品してない段階だぞ……」


 五人の男達は、それぞれ手にナイフを遊ばせながら、残ったメシを口に運んでいる。

 それでも視線は、油断なく方々に向けられている。

 ……と。


  ガシャァン!


 奥の宝物庫に近い所にあるワイングラスが、唐突に砕けた。

 全員、はっとしてそちらを見る。

 次の瞬間。


「わぁぁぁぁ……」


 正反対の位置にいた一人が、机の下に引きずり込まれていった。

 そのまま音沙汰がなくなる。

 近くにいた別の男が机の下を覗き込むも、そこには何の影もない。


  プシュゥゥゥゥゥゥ


 次の瞬間には、どこからともなく謎の煙幕が吹き出していた。

 視界が煙に覆われる。

 視界の端に、黒い人型がユラリと映り込む。


「あぁぁぁぁ……」

「うわぁぁぁぁ……」


 さらに二人、恐怖に塗れた悲鳴を途切れさせた。

 残された二人とリーダーが、めちゃくちゃにナイフを振り回しながらわめき散らす。


「なんだ、なんなんだお前はぁぁ!」


  パァン!


 恐怖の叫びと銃声が、ほぼ同時に響く。

 あとはリーダーともう一人だけだった。


「こっちに来い!」

「はいぃ!!」


 リーダーは残った一人と背中合わせになり、煙の向こうを見透かさんと目を見開く。


「かへっ」


 妙な声に背後を振り返ると、黒くて細い鎖を首に巻いた配下が、煙の中に引きずり込まれる所だった。


「うわぁぁぁぁぁ!!!!」


 半狂乱でナイフを振り回すリーダー。

 ナイフが止まった瞬間。

 煙の中から滑り出てきたのは、眼窩に底知れぬ闇を宿した、羊の骸骨だった。




 食堂が混沌に飲まれる直前。

 瑞希と織姫、セレナイトの三人は、猿ぐつわを噛まされ、縄で手足の自由を奪われた状態で、物置の一角に転がされていた。

 三人で身を寄せ合い、なんとか縄を解けないかと後ろ手にお互いの縄を探りあっている。

 武装解除をされ、ナイフ一本も手許にない。地道ではあるが、こうするのが一番早かった。

 今さら一日食糧を食べない程度で死ぬとは思わないが、いつまでこの状況が続くのかが不透明である。

 手をこまねいていられる状況ではない。

 そんなことをしているうちに、表の方が騒がしくなりはじめる。


『足りなぁい……。もっと出てこいよ! 各個撃破で殲滅しちまうぞぉ!!』


 反響して聞き取りづらいが、その内容から、外部からの攻撃を受けていることを掴む。

 三人で目を合わせ、頷き合った。

 急いで縄を解こうとするものの、焦りのせいかうまくいかない。

 そうこうしているうちに、入り口に異様な人影が現れた。

 逆光でよく見えないが、シルエットから見て取れる特徴は、高身長、丈の長い外套、ねじれた角、むき出しの頭蓋骨。

 三人は息を呑んだ。


「お久しぶりです」


 聞こえてきたのは、淡々としたマイペースな言葉で。

 言うなり、()()はあごに手を当てる。

 そのままあり得ない方向に頭蓋骨が回り……。下から現れたのは、一真の顔だった。

 露骨に脱力する三人。

 一真は大ぶりのナイフを腰から引き抜き、瑞希の手を縛める綱を、一気に断ち切る。


「もう二本置いておくので、各自で縛めを解いてください」


 瑞希にもう二本のナイフを手渡し、一真は周囲を見回す。


「みんなの武器は」


 一真がそう聞きながら、新しく取り出したナイフで織姫の猿ぐつわを切り落とすと、織姫が小声で言い募った。


「一番奥の宝物庫! なんだけどいつも人がいるから取ってくるのは無理! ここから早く出よう!!」


 瑞希が手の綱を切り落とした所で、足の綱を切るよりも先に、一真に縋り付く。

 それをなだめながら、一真は女子三人に向けて語りかけた。


「出口の方向は分かりますね。各一本はナイフを置いていくので、入り口でわちゃわちゃしてる奴等に奇襲をかけてください。私は武器を持ってすぐに戻ります。ナイフは後で返してくれると嬉しいですが、まぁ文句は言いません。投擲することなんかもあるだろうから、事が終わったときに手許にあったら返してください」


 それじゃ、と即座に立ち上がり、入り口付近の壁に一瞬で移動する一真。

 羊の骸骨を被り直し、止める間もなく穴倉の奥へと踏み込んでいった。

 入り口の影に身を隠して広間を覗くと、そこにいるのは六名。

 まずは広間全体にまんべんなく散っている注意を一カ所に集めるため、適当に拾った小石を宝物庫付近のワイングラスに投擲。


  パリン


 音を立てて割れたワイングラスに、広間全体の注意力が集中する。

 その間に煙玉を二、三転がしながら広間に滑り込み、本来なら登攀に使うアンカー付きチェーンを、宝物庫から正反対の位置にいる男の足に絡めつけ、引き寄せる。

 男の首を抱え込み、頸動脈と気道を抑えて落としながら、靴に仕込んだ特殊な術式で、踏み込む力を強化し、部屋の隅から隅に一足で移動する。

 そこで煙玉が発煙。

 広間全体が高濃度の煙幕で満ちる。

 煙幕の効果で、正確な位置は補足されない。

 人間の習性から、自由に視界が利かない状況では基本的に動こうとしない。煙幕が出る前の人員配置を思い返しながら、歩いて宝物庫まで移動する。

 二人ほど煙幕の奥に姿を補足したので、後ろから締め上げて落とし、転がしておく。

 宝物庫を開けると、一番手前に瑞希たちの武器一式が投げ捨てられていた。

 全てを抱え、織姫のリボルバーだけ構える。

 ボタンとなっている水晶に溜めてある魔力を利用して気弾を装填し、すれ違いざまにもう一人吹き飛ばしておく。

 先程の部屋に戻るとまだ三人が準備しているところだったので、武器一式を引き渡して、すぐに広間に戻った。

 都合良く二人が固まっていたが、リーダーには尋問しなければならないため、もう一人を引き離さなければならない。

 一人目と同じように、登攀用のチェーンを首に巻き付け、一気に引き寄せる。

 それだけで締め落とされ、男は意識を失う。

 残るはリーダー格の男だけだった。

 現在の恐怖心を尋問に利用しない手はない。

 羊の仮面を被り直し、不気味な化物に見えるよう、できる限り上下動を少なくしたすり足で駆け寄る。

 下からあごを掴み上げて、そのまま後ろの壁に叩き付けた。


「何が目的でここに来たぁ……」


 あごを握りつぶすつもりで力を込め、掠れた低音で脅しつける。


「はがッ」


 リーダーも抵抗しようとはするものの、雰囲気に飲まれて手足に力は入っていない。


「話せぇ!」

「かぺっ」


 服に仕込まれている魔導回路を起動させ、握力を強化する。

 間もなくリーダーの男が自白した。


「ふっ、麓の王国が、国民の数を正確に把握するとかで、オレらみたいな元軍人を使って、コセキとかいうリストを作らせてんだよぉ!」

「……つづけろ」

「国民のリストを作るために、オレらは王国に雇われてんだよこんなことして――」

「――なぜ人を攫う必要があるぅ!!」

「ひぃぃっ!」


 魔導回路を利用した強化パンチを背面の壁に食い込ませる。

 恐怖にすくんだリーダーは、脅しの言葉を飲み込んで目を見開く。


「言え!」

「リストを作る権限の他に、国民たり得ない連中を奴隷のリストに加える権限をオレらがもらってんだよぉ


 涙をこぼし始めたリーダーの頬を、全力で強化した平手ではたく。

 あごを掴んでいた手を離せば、脳震盪を起こしたリーダーはそのまま地面に倒れ込んだ。


「奴隷にして奴隷商に売り払えば、手頃にカネを調達できる、ということか」


 妙に練度が高いのは、元軍人の集団であるせい。

 今回の騒動は、故国がなくなって職にあぶれた元軍人が、あぶく銭を得るために起こした混乱ということだった。

 踵を返し、出口に向けてカツカツと足を進める。

 乱闘の現場に辿り着くも、ちょうど最後の一人に瑞希が大帝の剣でトドメを刺すところだった。


  ドカッ


 兜の上から剣を叩き付けられた男が、意識を飛ばして崩れ落ちる。

 立っているのは、アム、瑞希、織姫、セレナの四人だけだった。

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