事件---5
ギルドを出たアムと一真の二人は、その足で村の中央広場に向かった。
広場に辿り着くと、行きよりも多くのテントが立ち並び、その一番奥に、ひときわ大きなテントが鎮座しているのが見える。
そちらに歩いて行けば、すれ違う人々がにこやかに挨拶をしてきた。
座長が認めた男と、元同行者。二人とも彼らからすれば身内だった。
「邪魔するぜ」
「……どうも」
二人そろって革をまくって、テントの中に足を踏み入れる。
「やぁ、カズマ。一年間元気だったかい?」
ハンモックに悠々と寝そべり、ワインをあおる座長が、正面にいた。
開口一番で一真はインパクトの強い言葉をあえて並べていく。
「報告までに言っとくが、奇跡的に始末屋には会えた。それからオレとアムの二人で、術なんかも指導してもらったよ」
その言葉に、座長の目つきが変わる。
上半身を起こし、手をついて二人を見る。
「それはすごい。彼女等を置いて出て行った甲斐があったね」
「その彼女等について」
一真は改めて背筋を伸ばした。
「始末屋の下でとある占いの法を学んだんだが、それによれば彼女等は今日、よからぬ事に出くわすんだという」
「……ほう」
「心当たりがあったら教えてくれねぇか」
飲み干したタンブラーを放り、頭の下で手を組んで再び横になる座長。
「………」
「ギルドの情報によれば、隣国の宰相が行っている国境明確化が怪しい」
「…………」
「旅の途中、なにか怪しいものを見たということがあれば、是非教えてくれ」
「……………」
「頼む――」
「――うるさいな、今思い出しているんだから静かにしてくれよ」
頭を掻き、うなる座長。
「誰が教えないって言ったよ、まったく……」
眉をしかめながらのその言葉に、一真は押し黙った。
しばらくの静寂。
「……ガラの悪い連中がこちらに向けて移動していたな」
ポツリとこぼされた言葉。
続く。
「その割に近隣住民からは排斥を受けていなかったから、国みたいな権威ある組織が使わした集団なんだろう。動きはそれなりに腕が立つような感じだったかな」
一真が食いつく。
「そいつらは今どの辺にいるかわかるか? あの二人を攫えると思うか」
「まぁ落ち着きなって。……ついこの間追い越したところだから、そろそろこの辺りに辿り着いている頃じゃないかな。でも前々から山間目指してたみたいだし、案外この近くに先に砦を作ってるかもしれないよ」
一真の目線が、空間に浮かぶ文字を読むかのように泳ぐ。
おもむろに口を開く。
「他に、彼女等の脅威たりうる事柄に心当たりはないか」
「うーんどうだろうねぇ。ちょうどお昼過ぎにすれ違ってるんだけど、彼女たち、かなりの腕だったからねぇ。よからぬことなんて言ったら、それこそ事故の可能性もあるよね」
「無事にオークの間引きをこなしてきた彼女等が、か?」
「……それはすごい。そこまでのやり手なら、事故って線は薄いだろうね。一つのミスが命取りになる世界に住んでる」
一真は遠い目をして思考に耽るが、一瞬ですっと視線を上げた。
踵を返し、天幕を後にする。
「……ありがとう」
天幕を押して、太陽の下に姿を出す。
後ろから、最後に声がかけられた
「今晩か明日くらいには、酒の一杯でも奢ってくれよ」
一真とアムは会釈を残し、村の外に向けて歩き出した。
道を辿って、森の中へと入っていく。
後ろについているアムが声を掛ける。
「……彼女等の居場所、見当はついたの」
「まぁな。順番に追いかけてやればいい」
足を動かしながら、説明を始める。
「彼女等は薬草採取に出て、村の入り口からやってきた一座とすれ違った」
「……なるほど、村から見てこっち半分くらいには、行動範囲が絞れるわけか。他にも出口は沢山あるからな」
「その上で彼女等が人為的な危険にさらされるシチュエーションなんざ、そう多くねぇ」
「……パッと思い付くのは人買いか」
「その線が強いだろうな。下手すると一生使い潰されるぞ……」
「……彼女等が人買いに捕まるかな?」
「心を乱してちゃ、避けられる危険も避けられやしねぇよ。流石に事故に遭いそうなほど注意力散漫なら、山に出るのをやめただろうが、そもそもそんな心配をしてる状態じゃ、プロの偽造は見破れない」
「……キミが言うと説得力があるね」
「オレのスペックはそんなに高くねぇからな。それでも技術と演出と努力次第では、化物相手でもいい所まで持って行けるのさ」
肩をすくめる一真。
身を以て一真の戦闘方法を知っているアムは、苦笑いをするしかない。
いつの間にか道から逸れ、青い下生えを踏み分けて進んでいる。
「で、人買いが攫ったとして、その後は? ズラかられた後じゃ、追いかけようがないだろう」
「さっき座長が言ってたろ。案外近くに砦があるかもってな」
「……この近辺に砦が作れるような場所はそうないだろう」
「だから探せる。例えば……あそこ」
一真が指差した先にあるのは、山間から北に上ったところにある崖。
その斜面には、一年前にはなかった穴倉ができている。
地面に面したところにちょうど身長程度の高さの穴が、その上に銃を突き出すのに手頃そうな小さな穴が二つ、空いている。
防衛の観点からか、穴倉の前に生えていた木は綺麗に切り払われており、ちょっとした広場になっていた。
一真達が足を止めたのは、その広場の一歩手前、木立のなかだった。
「……一発目で引き当てた?」
「逆だな。自分が拠点を作るなら、だ。それにこれがねらった場所とも限らない」
「どう確認するの」
「さて……どうしようか」
コートの裾を払い、その場に腰を下ろす一真。
アムもそれに習ってしゃがみ込む。
一真は足の裏をあわせて胡座をかき、フラフラと首を振りながら周囲を見回している。
周囲にあるのは杉やコナラの木立、それから落ちた褐色の落ち葉、足下を覆う雑草。
崖は赤土などのやわらかな粘土で構成されており、崖の上までは十メートルとすこしくらいの高さだ。
一真の視線が崖の上で固定される。
黙って一真の様子を眺めていたアムは、一真にしては珍しく分かりやすい着眼点に苦笑いする。
「アム」
「崖の上だろ。ボクの後についてきなよ」
言うが早いか、木立のなか移動を始める。
二人は穴倉の入り口が見えなくなった所で、崖に手をつく。
その辺りは木が切られているわけでもないので、空を見上げるには木々が邪魔をする。
先を歩くアムは、そこでおもむろに足を上げ、宙を踏んだ。
パキンと音を立てて、足の裏に半透明の膜が出来上がる。
硬質なそれを次々と作り出し、それを踏み台にして、アムはどんどん崖を上っていく。
一真もそれに続き、程なく崖を登り切ってしまった。
アムが崖のてっぺんに手をついて身体を持ち上げると、目の前でクローバーが揺れている。
登り切って、手についた土をパンパンと払っている間に、一真も崖の上に足をかけて上がってきた。
一陣の風が吹き抜け、二人の髪をあおる。
立ち上がるなり、一真は崖の先端にゆったりと移動をかける。
「なにするの」
「……言って通じるかねぇ。ソナーだよ」
「そなー……」
聞き覚えがない言葉に、そっくりそのままオウム返しするアム。
一真は懐から、水袋、タンブラー、ヤモリの黒焼きが詰まった瓶、小さな石炭が入った瓶と、さまざまな物を取り出しながら説明を始める。
それらは単にこれから行うことの準備のようで、それらをたとえ話に使うわけでもないようだった。
「水面に触れたら波紋が生まれる。その波紋が水面を渡り……、そうだな、水の中から生えてきた葦に触れたら、どういう現象が起きると思う」
「……新しい波紋が生まれる?」
「葦から生じた波紋が我々の元に返ってくるな」
「……その波紋を使って、周りの状況を知る事ができると?」
「こちらで一般的な魔術とは、根本から発想が違うだろ?」
「本当だな」
タンブラーに水を注ぎ、地面に突き刺す。
乳鉢に黒焼きと石炭を入れ、ゴリゴリとすりつぶす。
その粉末を、タンブラーの前を中心に地面へまく。
腰の後ろからスキットルを取り出し、中に入れてあったワインを一滴、タンブラーに落とす。
そうしてやっと、一真は腰を上げた。
「さぁて、いくか。アムは動くなよ」
そう言って手で制すると、山になっている粉末に、足を真上から踏み下ろす。
ダンッ!!
土を踏んだにしては大きすぎる音が鳴り、踏んだ所を中心に、光の粒子が舞い上がる。
一真が足に込めた魔力が、土に属するヤモリの粉末や石炭によって土の魔力に変換され、その二種類の共鳴により増幅される。
その波動は速やかに土を渡り、相反する風の気に触れ、跳ね返ってくる。
その波動を水が拾い上げ、血に見立てたワインを触媒にして地下の様子をタンブラーの中に再現した。
エレメントを三種類も用いた、鮮やかな術である。
タンブラーの中には、蟻の巣のような模様が形成されていく。
ワインによるその模様が水に溶け始めた瞬間に、一真はタンブラーを取り上げ、一気に飲み下した。
「ぷはぁ、当たりだ!」
タンブラーにもう一度水を入れ、それを飲み干す。
手首で振って水気を飛ばし、タンブラーに巻き付けてある紐を使って腰にぶらさげる。
その作業中も、視線はずっと宙を彷徨ったままだ。
「とりあえず、ギルドに戻ろう。内部の見取り図と作戦を書き起こす。依頼の権利は使わない方が平和裡に事を運べそうかなぁ」
ブチブチ言いながら、早急にギルドに移動する。
救出作戦は、日が暮れてから開始することになった。




