事件---4
「事件---1」から大幅に書き直してあります。
是非そちらから読み返していただきたいです。
『カバラ』という技術体系がある。
数字や計算によって、宇宙の法則を量ろうという学問(?)だ。
キリスト教の前身、ユダヤ教にまつわる神秘主義思想であり、ユダヤ教徒が彼らの経典である旧約聖書を解釈するのに用いる暗号術でもある。
これは後の世でキリスト教に応用され、その神秘的側面が大幅に強調される。占星術や数秘術、錬金術、果ては神学と、さまざまな学問分野の根幹をなす思想となった。
カバラの概念は非常に面白い。
ユダヤ人の母語たるヘブライ語は、アルファベット毎にそれぞれに固有の価数を持ち、それにより半自動的に算出される言葉の価数によって、そのものがもつ性質が決まる。つまり宇宙の法則を紐解ける。そういう考え方が、カバラの根幹をなしているのである。
全ての言葉が価数を持つこの世界は、計算によってその法則を知ることができ、その法則を用いれば、通常ではあり得ない奇跡も引き起こせる、と考えたわけである。
卑金属たる石に適切な価数をもつ物体を掛け合わせれば、貴金属たる金を生成できるのではないか、とトライアルをしたのが、有名な錬金術というわけだ。
カバラは、厳密な計算により、世界の物理法則を覆してきたのである。
織姫たち三人と入れ違いで、村に踏み入る二人組があった。
片方は色素欠乏症の身体を茶色いマントで覆い、その白いウルフヘアーを風に遊ばせている。
もう片方は黒いシャツの上に黒いコートを羽織り、黒い髪をオールバックにまとめていた。
マントの男が口を開いた。
「久しぶりだね、この村も」
落ち着いた、ともすればぶっきらぼうとも取れる話し方だが、不思議と声に暖かみを感じる。
目許や口許が緩んでいるせいだろう。
黒ずくめが、そんな言葉を受けて視線をちらりとマントにやる。
「そりゃあ、体感は別にして一年ぶりだからなぁ」
マントの形のいい白眉が、急カーブを描く。
「……そういえば、まだ一年なんだっけ」
「色々あったが、こっちじゃまだ一年なんだよ」
一瞬だけ、二人の目が遠のく。
すぐに首を振って、意識を現実に引き戻した。
「彼女等、ちゃんと生きてるかな」
「何があろうが、オレはあの二人と一緒にいるだけだ」
黒衣の男――数々の経験を得た一真は、その顔に緊張を滲ませながら、白髪のアムを連れて村を縦断するのだった。
アムが表情を曇らせながら、一真に問う。
「今さらなんだけど、キミの数秘術って、本当にアテになるの?」
一真が鼻の頭を掻いた。
「オレの体感で話をすれば、アテにはなると思う。ただしオレが数秘術による計算結果の解釈を間違えたり、前提条件を捉え違えたりしてたら、当然結果が変わってくる。その場合はアテにならないことになる」
「今回の卦に自信は?」
一真の足が止まった。
「難度も計算をやり直した。条件の見直しも厳密に行った。その上で出た結果が――」
「――瑞希ちゃんと織姫ちゃん、それからもう一人の女の子に、ちょうど今日、よからぬ事が起きる、と」
一真の視線が足下に落ちる。
アムが立ち戻り、一真の肩をポンポンと叩いた。
一真の肩を抱き込み、半ば引きずるようにして足を踏み出す。
「とにかくできることをしよう。占った結果が間違いなら、それほど嬉しいことはない。場所はこの近辺なんだよね」
歩きながら頭を振り、顔を上げる一真。
手を掛けることでアムの手を下ろさせ、改めて足取りに力を込める。
広場に点々と立ち始めている天幕を横目に、まずはギルドを訪ねることになっていた。
西部劇で見るような戸を押し、フロアに上がる二人。
見知った顔を窓口に見出し、そちらに歩み寄っていく。
「こんにちは……って、カズマさんですか?」
「こんちは」
アイシスが目を丸くした。
一真はカウンターに片手をつき、ちょっと頭を下げる。
アムはその後ろでスッと立ち止まった。
「瑞希さんたちは今、どこにいますか」
その言葉に、アイシスが笑みをこぼす。
「ご機嫌取り、頑張ってくださいね。彼女たち、あなたが姿を消してからしばらく泣いていたんですから」
首をすくめる一真。
「彼女たちならついさっき、薬草やら毒草採集の依頼を受けて出て行きましたよ。ちょうど入れ違いですね。こちらで待っていたら今日中に会えるとは思いますが……」
一真はアムと顔を見合わせた。
「彼女等、文字は読めるようになりましたか」
頭の中で種々の算段をつけながら、アイシスに向き直り、表面上は淡々と問いかけていく一真。
「ええ、依頼書程度なら難なく読めるようになっています」
「書き置きを残すので、彼女等が帰ってきたら渡していただいていいですかね」
「その程度ならボランティアで引き受けますよ」
「よろしくお願いします」
「それでは今から紙とペンを用意しますね」
一旦奥に引っ込んだアイシスが、羊皮紙と羽根ペン、インク壺をもって帰ってくる。
一真はそれを受け取り、紙にペンを走らせながらも、ぽつぽつと話し掛け続ける。
「彼女等は元気にしてますか」
「それはもう。この前なんて亜豚の間引き依頼を達成して帰っていらっしゃいましてね」
その言葉に思わずあごを引き、紙面から視線をずらさずに目を見開く一真。
後ろでアムも絶句している。
「オーク! そこまで成長してるんスか」
「あはは、何を驚いているんですかカズマさん。そんな彼女たちだからこそ、無茶をして力をつけてきたんでしょう?」
事も無げに言うアイシスに、一真がペンを止めて視線を向ける。
アイシスはにこにこしたまま首を傾げた。
一真はそのまま視線を戻し、ペンを走らせ続ける。
「オークの討伐は三人で?」
「おや? セレナさんの事ご存じですか?」
「……いえ、詳しくは」
「ミズキさんとオリヒメさん、そしてセレナさんの三人で出向いて、三人で帰っていらっしゃいましたよ」
「なるほど」
ペンを置き、羊皮紙の内容を読み直す一真。
すぐに視線を上げ、それを丸めてアイシスに手渡した。
「これ、よろしくお願いします」
「承りました」
頭を下げて、諸々をカウンターから下ろすアイシス。
一真が重ねて問いかける。
「最後に、良くない噂など、この辺りに流れていませんか」
ピタリと、アイシスの動きが止まった。
今までとは打って変わった真剣な顔で、じっと一真を見詰めている。
一瞬視線を泳がせた一真は、すっと姿勢を正し、目に力を込めて問い直す。
「瑞希たちに、良くない兆しが見えました。心当たりは?」
一真を見詰めたまま、アイシスはボソリと言葉を紡ぐ。
「対価は?」
一真は懐から、一本の葉巻を取り出した。
カウンターの上にそれを置き、ゆっくりと手を戻していく。
アイシスはそれを手に取り、指先で撫でたり、匂いを嗅いだりして検分していた。
それを受け取ると、ため息をついてカウンターに置き直す。
「これではこちらが貰いすぎです」
「……それもそうか」
腕を組んだ一真は、視線を様々な方向に泳がせながら、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「……万が一のため、依頼の発注権がほしい。オレは、ここの人たちと仲良くなる前に、この村を出ましたので」
「それで手を打ちましょう。情報と依頼の発注権をそちらに渡します。発注権については、一応一度限り、今回の騒動についてに内容を限定させていただきます」
「了承しました。まずは情報が欲しい。この辺りに存在する、瑞希たちにとって驚異たりうるものについて、全て教えてもらいたい」
アイシスは眉根にシワを寄せた。
「可能性はいくつかあります。もっとも強い可能性は、西の方で暴れまわっているオークがとうとう山間に足を踏み入れてきた」
「オークを直に見たことはねぇが、その線は薄い気がするな」
「そうでしょうね。オリヒメさんの索敵なら、敵に気付かれる前に撤退することができるでしょう」
「他には」
「大きな討伐が成功して気が抜けたがゆえの凡ミスによる窮地」
「セレナとか言う女の子は気を抜くような性格かね」
「……ないでしょうね」
「んじゃそれも違う」
一真が淡々と可能性を潰していく。
「どうもしっくりこない。彼女等が、そんなので窮地に陥るなんて、予想ができない」
アイシスも手をあごに当て、うつむいて考え始めた。
「これは未確認情報なのですが……」
「ほう」
「……隣国で新しい宰相が就任し、国家体制の再構築を謀っているという噂があります」
一真が手を打ち鳴らした。
「この村はどこかの国に属してますか」
「いえ。強いて言うなら旧シュメール皇国から流れてきた人間が多いですが、この近辺が明確な国境線で区切られているわけではありません」
「その宰相、いつ頃から活動開始しているんスか」
「宰相自体は一年前から就任しているそうです。若い男であるため、地盤固めに奔走しているという話ですが……」
「十中八九それだな。都の中での根回しが終わったから、国内に手を伸ばそうとしているわけだ」
「しかしあくまで未確認情報です」
「確認する方法はある」
「???」
一真はニヤリと笑みを浮かべた。
「ほらいるだろう。日々旅にして旅を住処とし、その目で社会情勢を体感し続けてるような人種が」
その言葉に、アイシスが目を見開いた。
「まさか……」
「ちょっくら座長の所に行ってくる」




