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異郷---1

本日中にもう数話投げます。

 優しい陽光が、森の一角を柔らかに照らし出す。

 そこで寝ているのは、一人の少年と二人の少女。

 それらのあどけない寝顔の傍らには、平和そうな雰囲気に似つかわしくない、厳つい武器がそれぞれに横たわっていた。

 やがて、少女のうちの一人、身の丈ほどもある大剣の傍らで眠る彼女が目を覚ます。

 Tシャツの上に革ジャンを羽織り、ジーンズで下肢を包んでいる。茶色っぽい髪色をしているのも含めて、少女と言うには少々大人びすぎた雰囲気の持ち主だ。

 彼女は起き上がると、寝ぼけているのか、ストレートな髪に手を差し入れ、頭を掻きながら周囲を見渡した。しばらくそうしていたが、意識がはっきりするにつれて慌て出す。


「まってー、なにが起こってんの?!」


 冷静に考えれば、目を覚ましたら傍らに大剣が転がっており、そしてその周囲に二人も人間が倒れているその状況は、軽めに見積もってもかなりの異常事態と言えた。

 さらに。


「あたし普通に公園を散歩してただけなんだけどー……」


 そんな状況では、呆然とするしかない。

 そして、もう一人の少女が目を覚ましたのは、彼女が途方に暮れている真っ最中だった。


「うぅん……」


 セーラー服をその身に纏った、柔らかなショートヘアを持つ少女は、ひとつ声を上げて仰向けになり、寝ぼけ眼で空を見上げる。

 気持ちよく晴れ上がった真っ青な空に、幸せそうに口元を緩ませた。

 その傍らには、マスケット銃のような、ゴツい木製のライフルが横たわっている。


「えとー、起きてる?」


 剣の彼女が、銃の少女に遠慮がちながら声をかける。


「ふぇ?」


 その声に、少女はやっと覚醒したようだった。意識がはっきりするそこそこ早い段階で、服の裾が乱れるのも構わず、がばりと起き上がる。


「わわわわわ、なんかすみません! ……ここどこですか?」

「あたしも知らない」


 二人して周囲を眺め回した。

 銃の少女の短めの髪は、日に当たることで、金髪にも似た様相を呈している。


「……とりあえず! わたしは西谷織姫にしたにおりひめっていいます。十五歳の中学三年生です! よろしくお願いします!!」


 銃の少女が挨拶をした。

 剣の彼女の方も、その自己紹介に応じる。


「あ、それじゃあたし先輩だねー。河伯瑞希かはくみずきっていいます。十七歳の高校三年生。よろしくねー」


 二人は相性がいいのだろう。自己紹介が終わっただけでも、かなり打ち解けた雰囲気がかもし出されていた。

 互いに自己紹介が終われば、自然、その関心はあとの一人に及ぶ。

 顔を見合わせてにやっと笑い合うと、二人して少年の方へと這い寄っていった。

 少年は黒い学生服を纏っていて、髪質が硬いのか、寝ているというのに前髪が宙にはねている。

 前髪の奥には、丸眼鏡が隠れていた。

 その傍らには、彼の持ち物と思しき、合成革の青黒い斜め掛け鞄。

 パッとみて武器があるようには見えない。

 そっと近づき、起きる様子のない少年の脇腹をチョンとつつく。

 少年は眉間にシワを寄せ、脇腹を守るかのようにして丸くなった。

 顔を見合わせる二人。

 にまっと笑うと、今度は脇腹と言わず、そこら中をつつき回す。


「えいえいえい!」

「あはは、まだ起きないこの子」

「よし、もっとやっていいってことだよねこれは!!」

「もちのロン♪ やるぞー!!」

「あはははは!!」

「……んああああなんだよ!?」


 そうなれば、少年も寝ているわけにはいかず。

 鬱陶しさに飛び起きれば、目の前にあるのは二人の少女の無邪気な笑み。


「おはよー」

「おはよう!!」


 寝起きがいいのが災いして、少年はそれ以上がなるわけにはいかなくなってしまう。


「……なんなんスか」


 ボサボサの髪を掻き回し、努めて不機嫌さを押し殺しながら――もともと彼のしゃべり方はぶっきらぼうなのだが――少女らにそう問いかける。


「キミ、ここがどこだかわかる?」

「どこってそれは……」


 瑞希の言葉を受けて周囲を見回した彼を襲ったのは、思考の停滞と盛大な困惑。

 周囲を覆い尽くす、見たことも聞いたことも、まして触ったこともない木々。さらには意識をなくす寸前、彼がいたのは開けた芝生のド真ん中だった訳で。どこという質問には答えようがない。


「知らないかぁ」


 その様子から彼も答えを持たないことを悟った二人は、とりあえず自己紹介を再開する。


「この子には名乗ったんだけどー、改めて。河伯瑞希、十七歳の高校三年生です。よろしくー」

「わたしは西谷織姫です! 十五歳の中学三年生、よろしくお願いします!!」


 律儀に頭を下げながらの挨拶に、少年の方も、とりあえず背筋を正す。


鍾馗一真しょうきかずま。十六歳、高一。……私に現在位置を訊いたってことは、皆さんもここがどこだか分からない、そういうことでいいんスか」

「あたしは地元の公園を散歩してたところだったねー」

「わたしも! 空が綺麗で眺めに行ってた!!」


 別の口から、同じ公園の名前が飛び出してくる。


「そしたらいきなり目眩がして……」

「目の前が真っ白になって、気付いたらここに寝てた!」


 二人の証言に、一真と名乗った少年は、あごを撫でながら思案を巡らす。


「私もその公園で昼寝してましたね……。とりあえずあの公園にいた人間が、こうしてこの場所にいる、と」

「……なんでなんだろうねー」

「……分かんないス」


 瑞希と一真がお互いにそう言い合った直後。


「やっぱりあの声のせいかなぁ」


 眉根にシワを寄せて、織姫。

 凍り付く、瑞希と一真の表情。


「…………あの、声?」


 代表するように、瑞希が問う。


「うん。さっき寝てた時にね、なんか声が聞こえてきたの」

「それってさ、なんか偉そうな男の人の声で、適職だ、スキルだ言ってたヤツ?」

「あれ~? わたしには女の人に聞こえたけどなぁ」

「うーん、言われてみれば女の人の声な気がしてくる……。厳ついおじちゃんだと思ってたのになぁ。なんでなんだろ?」


 微妙な食い違いはあるものの、指している内容の大枠は同じに思われた。


「実は、あたしもその声聞いててね。さすがに夢なんて非科学的なこと、関係ないかなーって思ってたんだけど……」


 寒気を覚えた様子で自分の腕を撫でる瑞希。一真もそれに続けて言葉を紡ぐ。


「実は私も聞いてるんスよ。……ただの夢にしちゃ、この偶然、出来過ぎてますね」

「三人で同じことを夢に見るなんて、あり得ないもんね……」


 そら恐ろしい感覚に、一同は背筋を震わせる。常識では計り知れない出来事が、我が身に降りかかっているという実感が、強烈に三人にのし掛かっていた。


「さてー」


 悪寒を振り払うかのように、瑞希が声を張る。パンパンと手を鳴らした。


「いつまでもここには居られなそうだし、周囲の探索を始めよっかー」


 言うが早いか、早速木々を通り抜けようとする彼女。


「待って!! ……現在位置も方角も分からないんスから、先に持ち物を確認しましょう。探索に役立つものがあるかもしれない」


 一真のその言葉に、頬を赤らめながら瑞希が戻ってくる。三人は、自分が持っているもの、周りにあるものについて、それぞれ確認を始めた。


「この大剣は文句なしに武器だねー」

「このライフル、弾がない!! 銃は本体だけあっても意味ないのになぁ」

「バッグとかが見当たらないね。タオルとかティッシュとか、あるだけで違うのに」


 あーだこーだ言いながら、少女二人は持ち物の確認をしている。対照的に、一真は一人で黙々と作業を行っていた。


「だけどその銃、なんか不思議」


 唐突に、瑞希がそう言う。


「と言うと?」

「なんか大きな宝石が銃身にはめ込まれてるじゃん? 実用品にしては装飾過多じゃないかなーって」

「確かに!!」


 織姫は銃を取り上げ、しげしげと眺める。

 木製の銃把や銃身の側面には、螺鈿の細工が緻密に彫り込まれ、火縄銃のようなそのフォルムに合うように、華やかに装飾されている。その螺鈿の中心、火縄銃で言うところの火口に当たる部分には、鮮やかな紫水晶が輝いていた。


「でもその剣だって、結構装飾されてるでしょ? つばの所とか特に」


 その剣は、無骨な刃の部分に対して、柄頭から鍔に至るまでの部分の装飾が異常なまでに凝っていた。剣を振っている最中に手を滑らせないためだろう、握りの所にはさらしが巻かれているものの、それ以外の所には金箔がはられ、鍔に当たる部分の中心には、大きなダイヤモンドがはめ込まれている。


「確かにねー。なんか豪華な武器だよね。あたしたち使っちゃっていいのかな?」


 言われてしまうと気が引ける。誰かが何かしらの偶然によって、彼女らのそばに落としていっただけかもしれないのだから。

 そんな偶然は、かなり出来過ぎているが。


「どうも使っても問題なさそうですよ」


 ここで、一真。

 その手には、二人の武器に負けず劣らず大きな石がついた道具が握られている。


「これが私の鞄に入っていました。私の持ち物ではないので、ここへ我々を運んだ誰かが、鞄の中に入れたものと考えられます。……まぁ、何に使う道具なのかは、まるで見当がつきませんが」


 手の中の道具は、一見して、剣の()にしか見えないものだった。

 ……そう、肝心の刃がついていないのだ。

 他に変わったところと言えば、柄頭に据えられている、燃え盛る焔を瞬間的に凝固させたような形の蒼い石程度。

 本来刃があるべき空間には、鍔と思しき環状の(ぎよく)からつき出す、小さな爪が突き立っているのみで、しかもそれは鍔の一部とみなすべき、攻撃するには貧弱すぎる飾りである。後付けで刃を付けるような機構すら、どこにもうかがえない。


「まぁ、わざわざ持たせたんスから、いつかは役に立つでしょう。そちらの銃と同様に」


 そう言うと、一真はそれを鞄の中に戻す。


「あぁ、持ち物ではない繋がりで、保存の利きそうなジャーキーや三切れのパン、インスタントのコーンスープも入ってました。ここがどこだか分からず、しばらくこの辺りで過ごさなければならなくなった場合、今晩の食事はこれで決まりとしても、明日の朝からは、どうするか考えなければならないスね」

「うーん、難しい問題だね……。一真の持ち物はそれだけ? この際持ち物の共有をしておきたいんだけど」

「他に入っていたのはすべて私物です。筆記用具一式と『方法序説』の文庫版。タオルにジャージ。それと先程の何か」

「……ホーホージョセツ?」

「一七世紀の数学者、デカルトの著書です。もちろん和訳版ですが。フランス語なんて読めませんし。まだ読み切ってないので内容についての言及は控えます」

「「……ほー」」


 探索に使えそうな道具などは、特に見つからなかったようだった。


「わたしはこの銃くらいしかめぼしいものは……。あとは今着ているこの制服」

「あたしもおんなじー。着てる服一通りに、この剣だけ」


 二人はひらひらと手を振る。

 ほとんど着の身着のままで放り出された、と言うべき状況らしかった。


「じゃあ持ち物も確認し終わったし、どうやってこの辺を探るかを相談しよっかー」


 しきり役が板についてきた瑞希が、一同に問いかける。


「人を見つけたいね!」

「そうだねー。人に会えれば嬉しいよね。ここがどこかとか、一気に疑問が解決しそうだし。……一真はどう思う?」


 口を開かず、ずっと何かを考えている一真に話を振る。


「……人を探したいならば水を探せ、なんて言葉はよく聞きます。人間水がないと生きられませんので、妥当な話なんでしょう。ただどうしたら水を見つけられるのか、私は知らないので考えてました」


 ほう、と息をつく女子二人。異常事態になんやかやで舞い上がっていた二人は、そっと深呼吸した。一真を見習い、冷静に状況分析に努める。


「三人で分かれて川を探してみるー?」

「……悪手でしょう。先程の夢の件があるので、危険には備えるべきだ」

「三人で一緒にこの辺を散策するんだね! なんかピクニックみたい!!」


 頬を緩める織姫。


「そんな悠長なこと言ってらんないよー。何があるかわかんないんだし、しっかり周囲に気を配ること!!」

「はーい!」

「ほんとに分かってるのかなー……」


 お気楽な感じの織姫に、瑞希まで緊張感を霧散させられる。その瞳は、困った様子で一真を見ていた。


「一真、三人で纏まって行動するとしてー、何か気をつけることは?」


 その言葉に、一真は目を細めて思案を始める。


「……食糧の確保は急務です。問題は、食べられると我々が知っている植物が生えているのかどうか……。なんにせよ、正体不明の敵――敢えて敵と言いましたが――それらへの警戒も含めて、周囲の確認はしっかり行っていく必要があるでしょう」

「りょうかい!」

「それじゃ、そういうことで、探索をはじめよっかー」


 この空き地を中心に、周囲を見て回ることが決まった。

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