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ギルド---7

 訓練場に足を踏み入れると、その中央に既に人影が立っていた。

 こちらに気付くと、大きな所作で振り返り、ひげ面をさらす。

 腰程度までの高さの杖をつき、右足を引きずっているのが特徴的だった。

 足を引きずってはいるものの、筋骨隆々とした肉体とその強面から、豪快な傭兵崩れといった印象を抱く。

 四人が目の前に来ると、彼は大きな声で叫んだ。


「ガハハハハハ! わたしが相手だぁ!」


 アイシスが、補足説明を入れていく。


「この方――(ビアード)様が、この検査における試験官となります。足を負傷しておられますが、元凄腕の傭兵ですので、死ぬ気で打ちかからなければ、命の保証はありません。お気をつけください」


 それだけ言うと、数歩ほど後ろへ下がる。

 審判という立ち位置なのか、付きすぎず離れすぎずの距離を保っている。

 その状態で、最初の一歩を踏み出したのは瑞希だった。


「まずアタシからね」


 闘志に目をギラギラさせた瑞希を見て、一真と織姫がかなり後方まで下がる。

 かなり離れた状態で、面白そうに口を歪めたひげ面と、同じく唇を歪めた瑞希が向かい合う。

 アイシスが両者を確認し、右手を地面と平行になるように上げる。

 一瞬の緊張。


「始め!!」


 瑞希の戦いが始まった。




 開始の合図が聞こえた瞬間、弓から放たれた矢のように瑞希が駆け出す。

 体勢を低くし、大剣を身体の下で抱えるように構えることで、髭からはまるで剣が点のようにも見える体勢だ。


「ほう」


 髭の口元が、さらに曲がる。

 間合いに入った瞬間、大剣が一気に浮かび上がり、身体の勢いと剣の勢いが加算されて髭の喉元に向けて突き刺さっていく。

 しかし彼は、するりと体を捌くことで、軽やかにその攻撃を避けた。

 瑞希はそのまま走り抜け、元と同じほど離れてから振り返る。

 試合が始まってから、この間一秒。

 また、仕切り直しになった。

 今度はじりじりと、お互いににじり寄っていく。

 瑞希の気迫が、ハリネズミの針のように同時多発的に繰り出されるも、髭は涼しげに受け流す。

 段々と、瑞希の息が上がっていく。

 戦いのなかでは、勢いを流されるほどスタミナ奪われることはない。

 攻撃ができる距離のギリギリまで近づき、気迫でし合う。


「ふふん」


 髭の爪先に、ほんの少しの力が籠もる。

 その瞬間。

 大剣を振り下ろしながら瑞希は踏み込んだ。

 振り上げる動作を感じさせないほど素早く振り上げられた剣は、頭上から綺麗な弧を描いて髭の脳天に落ちてくる。

 あくまで冷静に、杖で大剣の腹を叩き、剣先を逸らすことで避ける髭。

 そのままいけば地面に食い込むであろう大剣は、しかし瑞希が剣を捻ったことにより空気抵抗が生まれ、一閃のうちに軌道をL字に曲げてしまう。

 振り降ろしから、一瞬すら間が開かない追撃。

 髭は剣の上に腰掛けるように身体を動かし、剣の上を転がることでその攻撃を避ける。

 渾身の追撃を避けられた瑞希は、そこからさらに身体ごと回転することで、剣の勢いを殺さずに再度攻撃に転じた。

 そこから始まる、大剣の質量と円運動によって生じる遠心力を最大限利用した、嵐のような連撃。

 その勢いは凄まじいもので、外から見ていれば、瑞希が優勢に試合を押し進めているようにも見える。

 しかし。

 髭はそれら全てを、いなし、避け、かすりそうには見えるがその実一撃さえかすらせないという完全な見切りでもって、やり過ごしていく。

 攻撃を避けながら、ぼそりと呟く。


「粗いな」


 あくまで冷静な色をした瞳で瑞希を捉え、その攻撃を確実に避けながら、瑞希に話し掛ける。


「そんなのを振り回せる技量はっ、……見事だが。いささか刃筋が愚直すぎるっ。攻めが単調なんだよ。っ! だからこんな風に予想だにしない動きをされると……」


 大剣を身体ごと振り回している瑞希に向けて、初めて踏み込み、振り下ろす直前の柄頭を、自身の杖で突き上げる。


「あぁっ!?」


 すると剣が瑞希の腕からすっぽ抜け、あさっての方向に飛んでいってしまう。

 瑞希の喉元に、杖の先が突き付けられた。


「まったくもって対応できない。……剣の才能はあるぜ。磨いていきな。もうちょっと落ち着いてもいいんじゃねぇの?」

「やめ! 検査終了です」


 髭が杖を降ろすと、瑞希は立ち上がり、飛んでいった剣を拾い上げてから、織姫と一真のいる場所に戻ってくる。

 その足取りは行きに比べれば遙かに遅く、とぼとぼと自信のない物である。


「……負けた」


 息を荒げたまま、瑞希がぼやく。

 瑞希に抱きついた織姫。


「おじさん強かったね~」


 頭を撫でてから瑞希を離すと、背中に背負っていた瑞希の大剣とライフルをそのまま受け渡す。

 それを半分無意識に受け取りながら、瑞希は呟いた。


「落ち着け……か」


 虚空を見つめる瑞希を尻目に、織姫が一真の方へ顔を向ける。


「次わたしが行っていいー?」


 茫洋とした目で闘技場を見渡していた一真は、なにも言わずに一つ頷く。

 次は織姫が戦うことになった。




 “ストライカー”を抜き、その手を髭に向けて振ってから、背中を向けて距離を取る。

 拳銃を見せられた髭は、なにも言わずにその背中を見つめている。

 十二分に距離を開けて、織姫は振り返った。

 それを準備完了と見なし、アイシスが右手を肩の高さまで上げる。

 そのまま旗を振るように、上に向けてさっと手を振った。


「始めっ!」


 号令がかかった瞬間、織姫が銃を握った右手に左手を添え、身体の真正面に構える。

 織姫の気迫に呼応して銃身が燐と光り、蛍のような色合いをした光の帯を展開した。

 ひとりでにシリンダーが回転し、気弾がチェンバー内に生成される。

 髭は自然体で、散歩でもするかのようにゆっくりと足を進めてくる。

 ものも言わず、織姫はただ引き金を引いた。


  ドゴォォォォォォン!


 凄まじい音を立てて、銃口から閃光がほとばしる。

 恐ろしい速度ではしるそれを、髭は真正面から杖で打ち散らした。

 木製にしか見えない歩行補助用の杖で、髭は土塊を吹き飛ばす威力の気弾を打ち消したのである。

 二度、三度と引き金を引き続ける織姫。

 その全てを真正面から打ち散らしていく髭。

 残弾がなくなると即座にシリンダーをスイングアウトし、気弾を込め直す織姫。

 今度は二発の連続射撃を三回ずつ、タイミングをずらして打ち放つ。

 それすら全て打ち落とす髭。

 じりじりと詰まる距離。

 世界の色さえ消えてしまいそうなほどの緊張感。

 何度も何度も放たれる、魔力の閃光。

 どれだけ工夫しても、何度やっても結果は変わらなかった。

 やがて完全に距離を詰め切り、有無を言わさず瑞希の手を掴む髭。

 肩をすくめる織姫。


「こうさーん。やっぱり強いねー! おじさんは!」


 あはは、と声を出して笑った。


「フン」


 鼻の頭を掻き、プイとなにも言わずに踵を返す髭。

 織姫はその背中に大きく頭を下げ、大きく息を吸い込んでから二人の所へ戻っていった。


「負けちゃった~」


 からからと笑いながら二人に話し掛ける織姫。


「あれなんなのかなー……。闘気? 魔力とは違うなにかで杖をコーティングして、気弾を打ち落としてきたよ。あとはわたしの撃つゾ~っていう念が感づかれちゃってるんだと思うんだけど……。あれは工夫が必要だねー」

「おつかれさまー」


 瑞希が織姫の頭をポンポンと叩いて迎え、ライフルを渡す。

 織姫はそれを受け取ると、一真の方に視線をやる。

 その顔からは笑みが消え、ただただ心配の色に染まっている。

 瑞希はそれを横目で見ながらも、視線を一真の方に移し、口の横に手を添えた。


「一真がんばれー。死なない程度にボコしてくれるから、遠慮なく突っ込んでけばいいぞー」


 過激とも取れる瑞希の声援に目を見開きながらも、織姫は顔に笑みを貼り付け、瑞希と同じように口元に手を添える。


「がんばれかずまー! 危険なことはしなくていいからねー!!」


 一真はそれに反応することもなく、黙々と足を進めた。

 左手に持った片手剣を手の中で回しながら、先程の瑞希と同程度まで、髭との距離を詰める。

 ぴたりと立ち止まり、直立状態から右足だけ半歩前に出した。

 剣は柄頭ギリギリを握り、右手を鍔元つばもとに添える。

 剣道の中段構えと同じような姿勢で、一真は微動だにしなくなった。

 一真の目は、視線をどこかに固定するのではなく、大気全体を見渡すかのような無表情。

 そのくせなにか、鬼気とした気迫を感じる佇まい。

 髭は、そんな一真に目を瞠った。

 それと同時に、瑞希の時以上に笑みを深めている。

 そんな二人を確認し、アイシスはスッと手を上げる。

 例のごとくその手を振り上げ、開始の掛け声と共に試合は始まった。




 アイシスが掛け声を言い終わる前に、一真は足を踏み出していた。

 倒れそうな身体を足の回転で前に進めていくという、アムから見て取った歩き方で、上体が倒れている分、自然と剣を抱えるような形で進んでゆく。

 それはさながら、先程の瑞希の試合の再来のようで。

 瑞希にこそスピードで劣るものの、それなり以上の速度を保って、一真は髭に剣を突き込んでいた。

 髭は先程とは多少異なり、剣の腹を叩くことで体幹をえぐりに来る剣から逃れる。

 髭はそこから、無防備にも見える一真の背中に、杖を振り下ろした。

 瑞希ほどにはスピードがなかったがゆえに可能な追撃。

 しかし一真は、伸びきった身体を引き起こす勢いでくるりと振り返り、振り下ろされる杖に、剣を叩き付ける。

 得物を弾き飛ばされないようにと杖を握り直した隙を突いて、一気に距離を引き離した。

 またも瑞希と同じ状態に。

 瑞希と織姫は訳が分からず、ただじっと一真を見つめている。


「ふむ……」


 一真は思案気に息を吐き、ごくごく自然に右手を離す。


「「「はっ!?」」」


 瑞希と織姫のみならず、アイシスまでその行動に目を瞠った。

 笑っているのは、一真を相手取っている髭その人のみ。

 一真は、左手で今までと同じ柄頭の所を握りながら、首を左右に傾げることで、首の関節を鳴らす。

 グイッとつま先立ちになり、背筋を伸ばした。

 肩甲骨を左右別々にぐりぐり動かす。

 剣を手首だけでくるくると回した後、ぴたりと止めた。

 手のひらを上に向けた状態で、肘が九十度よりも少し曲がる程度の位置。

 そのまま、微動だにしなくなる。

 しかしそれは肉体のみの話。

 身体から漏れ出るようになった魔力や、気迫とも取れそうなほど濃密な生体エネルギー。そういうものが、一真の周りで渦を巻き、立ち上っている。

 たまらなくなった髭が、昂ぶりに任せて叫び声を上げる。


「来ぉい! 小僧ぉ!!」


 髭の背筋が伸び、左足一本で立ち、杖を握り直す。

 声に乗った覇気に弾かれたように、一真がパッと走り出した。

 そのスピードは先程の比ではなく、一番最初の瑞希にも匹敵する。

 剣を身体の外側に垂らしたまま、地面の上を滑るようにして髭に詰め寄った。

 手首の力と腕を振り下ろす勢い、そして詰め寄る速度を全て乗せて、剣を打ち下ろす。

 髭はそれを手を掲げて受け、そのまま鍔迫り合いに持ち込んだ。

 一真は離していた右手を添えて、踏み込んだ勢い全てを髭にぶつける。


  ドンッ!


 肉と肉がぶつかり合う生々しい音が響き……。

 押し負けるのは、一真。

 トランポリンに突っ込んだかのように、一真は大きく弾き返されてしまう。

 その隙を見逃す髭ではない。

 鍔迫り合いのまま腰元にためてあった手を振り上げ、逆袈裟に一真を切り上げる。

 間一髪、剣をあいだに挟んだ一真だが、闘気の乗った杖に勝てるはずもなく。

 レールガンのような勢いでブンッとはじき飛ばされてしまう。


  ドゴォォォォォォン!


 人が壁にぶつかっただけとは思えないほどの、凄まじい破砕音。

 顔を青くしたアイシスが、慌ててやめをかける。

 半狂乱直前の瑞希と織姫が、一真の飛んでいった方に向けて走り出した。

 煙が晴れるとそこには、壁にできたクレーターの中心で目を閉じて横たわっている一真の姿が。

 二人が駆け寄るよりも早く、一真の目蓋が持ち上がり、上体を起こす。

 靄を払うかのように頭を振り、膝をついて立ち上がったところに、二人が縋り付いた。


「かずまぁ……」

「ごめん、ホントにこんなになるまでしごかれると思ってなかったから……」


 口々に思いを言い募り、目に涙を浮かべて一真を見上げる二人を、理解不能なほど澄み切った目が見下ろす。


「なにしてんスか……?」


 予想外すぎる一真の言葉に、二の句が継げなくなる二人。

 そこにアイシスが到着し、一真の状態を確認し始めた。

 アイシスに任せ、不安そうに胸の前で手を組む二人。

 アイシスは一真の周りの四点に手をついてまわった後、手許に魔法円を展開する。

 魔法円をのぞき込み、アイシスの目が髪に隠れた。

 ……顔を上げないまま、それなり以上の怒りを滲ませて言葉を紡ぐアイシス。


「……お忘れかもしれませんが、これは、検査です」


 魔法円の中を流れる文字群を読みながら、訥々と話を続ける。


「どの程度実践で戦えるかを判断するのがこの検査の目的であり、その上限を追求していくのは目的外の事柄になります」


 髪を流し、凍り付くほど冷たい笑顔を見せる。


「検査という以上のダメージ量が確認されたので、強制的にこの身体力検査を終了させていただきます」


 有無を言わさぬ迫力に、頷かざるを得なかった。


「結果をすぐにお持ちしますので、ギルドの酒場で適当の食事でも摂っていてください」


 そう言い置いて踵を返すアイシスの背中を、一真はため息を吐きながら見送った。

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