ギルド---2
今回は少し短めです。
スミレ亭という名前のその店は、三階建ての大きな宿だった。
玄関を入ってすぐ右側にカウンターがあるが、今そこには誰も居ない。
左手奥は食堂になっている様子で、大きな笑い声などが聞こえてきていた。
正面には階段が二階へと続いており、その他は奥で左に折れる廊下しかないことから、その階段の先が客室なのだろうと予想が出来る。
……と、内装を見回していた三人に声がかかった。
「そろそろかと思ったら早速来たかい」
食堂から出てきたのは、恰幅の良い、ハーフアップに髪をまとめた中年女性。髪色などは、カウンターにあるランプの明かりだけでは判別できない。
眉間によった一本の縦皺が彼女の気の強さを示しているが、その雰囲気は決して暴力的などではなく、口元の豪快に笑みによってか、近所のおばちゃんといった様子の包容力を持っていた。
「いらっしゃい。晩飯か宿泊どっちだい? メシならうちのがちょうどいま作り始めたところだからね、暖かいメシがすぐに食えるよ」
カウンターへ入り、羽根ペンをインクにつけ、ノートに何ごとか書き付ける女性。
「あの、これギルドから預かってきたんですけどー……」
瑞希が紙を差し出すと、受け取ってそれをちらりと一瞥した。
「なるほど! 嬢ちゃんたち、流れ者初心者かい。だったらこちらで料金組んでもいいけど?」
三人を見回しながら、そう申し出る。
確認のため瑞希は二人の方へ振り向くが、織姫も一真も、無言で首を縦に振っていた。
「よろしくお願いしまーす」
「オーケー。んじゃ、朝晩メシ付き、弁当が欲しけりゃ別料金。部屋は三人で一つ。これで一週間銅貨で二十枚だ。ちなみに弁当は銅貨五枚ね」
「「「えっ!?」」」
唖然とする三人。
「男女で部屋は別なんじゃないの??」
代表するかのように、織姫が発問した。
それを受けて女将は、あきれ果てた様子で口を開く。
「その日暮らしのあんたらが、どうやってそんな生活するってんだい。三人だから銅貨二十枚にまけてやってるけど、一人と二人に別れるんだったら銅貨はつごう二十五枚だよ? 弁当買うってんなら一日で銅貨十五枚だ。ひと月で弁当代が銀貨四枚半、宿代と合わせて銀貨五枚半の計算さ。あんたらが持ってるのは銀貨が七枚強。手許に残るのは銀貨が二枚で、怪我やらの薬代でそんなの終わっちまうと考えたら、そんな贅沢は命を削る行為さ」
滔々と説教が流れ、三人はぐうの音も出ない。
特に一真は、眉根にシワを寄せてじっと考え込んでしまった。
瑞希と織姫は顔を見合わせ、少しだけ頬を染めたあと、女将に言う。
「それもそうだよね~」
「アタシらはもう自分たちで生きていかなきゃいけないんだもん、削れるところは削ってかないとねー」
「そうだが――」
「わたしはむしろ嬉しいよ!」
「アタシも気にしない」
「…………」
一真は眉間にシワを寄せたまま、難しい顔で顎をさする。
「……話し合いは終わったかい? そっちの男の子は、何か女にトラウマでもあるのかね」
「ううんー、ちょっと良心の呵責でうだうだしてるだけ~」
「まぁ、思春期だしねー。気にしたくもなるよね」
「……? なんの話だい??」
首を傾げる女将。
「え、思春期って言わないの?」
「ちょっと異性のことが気になっちゃうー、みたいな」
「はてさて、なんのことやら……」
女性間でそんな話をしている間に、一真は心の整理をつけたらしい。
大きく息を吐き、女将を含めた女性三人を見回す。
「提案通りでよろしくお願いします」
「決断が遅ーい」
「こっちがいいって言ってるのに」
「あはは、男なんてそんなもんさ。自分のこだわりがどうしても捨てられない」
笑いながら女将は、カウンターの下から鍵を取り出す。
アンティークな感じの、先の方が出っ張った、細長い鍵である。
「これが部屋の鍵だよ、部屋番号は308。三階の角だから分かりやすいはずさね。そこが食堂だから、荷物置いて一段落したら降りといで。今日はいい肉が大量に入ったからステーキだよ!」
それだけ言うと、階段を手で指し示す。
三人は軽く会釈して、階段を上っていった。
足下はフローリングになっているが、壁は完全に石が積み上げられたものである。
冷静になって歩いていると、エキゾチックも甚だしいことが身に染みる。
自然、みんなのテンションもふつふつと上昇してきた。
「なんだかわくわくするねー! こんな建物入ったことないから、すっごい冒険してるみたい!!」
「わかるー。冷静になって考えれば、さっきのギルドだってなんかすっごい外人さんばっかだったもんね」
「でも話してるのはどうも日本語だったみたいスよ」
「あー、言われてみれば! この辺に生えてるのは杉の木だったし、まるで日本の中に外国人が移住してきたみたいだね~」
「……」
「日本と同じところがあると思うと、ちょーっとだけ安心するね」
「日本じゃないんだけどねー、あはは」
話している間に階段を上りきり、三階へと辿り着いた。
右手に真っ直ぐ廊下が走っており、その左右に部屋が並んでいる。
301、302……と並んでいるので、角部屋だという先程の話を信じるなら一番奥にあるのだろう。
奥へ進めば、確かに308を発見することが出来た。
「開けるね……」
グッと息を呑む瑞希が、緊張を滲ませながら、部屋にかかった錠前に鍵を差し込む。
一真は淡々と、織姫はわくわくと瞳を踊らせながら、鍵が開くのを待っている。
ガチャリ
錠前が落ち、待ちきれなかったのか織姫が扉を勢いよく開ける。
そこそこ広い部屋だった。
右手の壁には外套を掛けるためのフックが打ち込まれ、左手の壁に寄せて、ベッドと机が並んでいる。真正面には大きな窓が付いており、月明かりを部屋の中に届けていた。
ちょっとの間、三人とも言葉が出なくなる。
「……すっごい」
一番最初に口を開いたのは、瑞希だった。
「妖精がここを飛んでてもアタシ驚かない自信がある……」
「ほんと幻想的だよねー!!」
「月ってこんなに明るいんだな……」
カンテラも買ってあることは買ってあるのだが、そんなものが必要ないほど、部屋は月明かりで明るかった。
感動さめやらぬままだが、そっと部屋の中に荷物を抱えて踏み込み、かさばる服類だけ、ベッドの上に置く。
瑞希と織姫はそのままベッドに腰を落ち着けていた。
二人は微笑みながら顔を見合わせ、次いで一真を見る。
一真は手持ちぶさたな様子で、バッグを肩に提げたまま、壁面を眺めていた。
月明かりの届かない入り口付近に立っているので、一真の表情をうかがうことは出来ない。
「かーずま」
ベッドの上で全身に光を浴びて、織姫が笑いかける。
瑞希もそれに乗った。
「一真ぁー」
「……なんスか」
「ちょっとちょっと」
二人して一真に手招きする。
一真は躊躇しながらも、半歩だけ、足を踏み出した。
「なにしてんの、もーっともっと」
「かずまはやくー!」
手招きを一層激しくし、満面の笑みを浮かべる織姫。
瑞希も、悪戯っぽく唇を曲げていた。
ため息をはいて、ベッドに歩み寄る一真。
二人は手のひらを上にするようにして返し、一言。
「手」
一真は大人しく、二人の手のひらに片方ずつ手を載せる。
……その途端。
その手をグッと引かれて、一真はバランスを崩した。
「うぉ……!」
倒れ込む先は、瑞希の胸の中。
ぎゅっ
そのまましっかりと、逃れられなくするように抱き締める。
織姫も一真の背中にまわり、ぼふんと飛び込んだ。
その衝撃で瑞希までバランスを崩し、三人でベッドに寝転がる形になる。
おふぅ、と苦しそうに息を吐きながらも、瑞希は頬を緩めて一真の顔を抱える
「いままでありがと」
耳許で、瑞希がそっと呟く。
よく頑張ったよね、と織姫が背中に頬を擦りつける。
「かずまのおかげで、ここまで辿り着くことができたよ~」
「これからもアタシ達、一真に迷惑かけることになるからさ」
「わたしたちに遠慮なんかしちゃダメだよ?」
「アタシ達にはもう家がないんだから」
「これから帰る方法探すって言ったって、見つかるのにいつまでかかるか分かんないもんね~」
二人が割り切っているように見えるのは、この世界に来て様々な生き方に触れ、価値観が大きく変わったから。
家がなくとも、物がなくとも、豊かで楽しく生きている人たちの存在を、その目にしっかりと焼き付けたため。
一真の方は、このようなことを自分がされるなど、欠片ほども想定していなかった。
脳が出来事に追いつかず、まんじりとも出来ず、慌ただしく視線を泳がせている。
そんな一真をますます強く抱き締め、二人は声を掛け続ける。
「だからこれから、アタシ達の帰る場所は、ひとまず一真のいるところ」
「かずまの帰る場所は、わたしたちの胸の中」
「そのくらいにはアタシ達、一真のこと信用してるんだよ?」
「みずきちゃんこうやって言ってるけどね、信用なんて言葉じゃ足りないくらい、かずまのこと大切に思ってるんだから」
「あっ、こら織姫ちゃんなにいってんの!」
織姫の言葉に、瑞希が先程までの余裕な雰囲気を霧散させて、顔を真っ赤にする。
「ほんとのことじゃーん。見てて分かりやすいのだよ、みずきちゃんは。はっはっは」
「そんなこと言ったら織姫ちゃんだって!!」
「そうだよ~? かずまはとっても優しいからね」
よじよじと一真の背中を這いながら、織姫は言う。
「そんな優しいかずまが、優しいからこそ人を遠ざけて、一人で寂しくしてるのは、ちょっと許せないんだ」
一真の左側に身体を降ろして、瑞希と一緒にその頭をかき抱く。
「自分自身のことは認められなくたって、認めた人に認められるんなら、それは喜ばないといけないんだよ」
全力で力を込めて、目一杯のエネルギーを使って一真を抱き締める。
それを見ていた瑞希は、一度手を離し、織姫も含めて全員を抱き締めた。
一真がやっと首を動かし、二人を視界に同時に収めて、じっと見つめている。
その目はまるで、迷子の子供のように揺れている。
「まったくー、アタシ達のこの関係はなんて呼べばいいんだー」
「もちろん家族!!」
「……構成が意味不明すぎる家族もあったもんだ」
「あ、それは大いなる偏見だよ、かずま」
やっと口を開いた一真がぼそりと呟いたことだが、織姫はそれを聞き逃さなかった。
「アムくんだって、血の縁はなくてもあの一座で立派に家族してたでしょ」
何とも言えなくなってしまう一真。
何かを吹っ切るように鼻で笑うと、手をついて身体を持ち上げた。
目の前で寝転がる二人。
その目はじっとりと潤んでいる。
…………。
一真はそのまま上体を持ち上げた。
ベッドから降り、二人に手を差し伸べる。
「腹減ったんでメシ食いに行きましょう」
二人とも、ふっと肩の力を抜いた。




