登校初日
私の名前は石井 霞
生まれつき力も弱く魔力も無い、そのため不足した二点を補おうと人一倍勉強をした。 魔術や戦闘技術など他の才能は無いに等しかったのだが勉強に関しては私は才能を開花させる。 だがそれが周囲の人間には面白くなかったらしく、それが原因で人から妬みを買うことになる。
「石井って、戦闘力も魔力も無いくせに成績だけは良くてムカつくよね」
「ああ、それ私も思った!! 戦えない、魔道具も作れないなら、せめて凡人らしくしてほしいわ」
周囲はそういう人間ばかりだった。
確かに現在の生活は魔族から都市を守る騎士や魔道具に頼るところが大きい。 だが魔力を持たない者が電気を発見し機械を作り文明を発展させてきたじゃないか。 私はそういう人になりたいと願い、努力しているだけなのに。何故イジメられなければならないのか?
だが努力して結果を出すごとに周囲の不満の声は大きくなる。 中でも高校に入ってからは最悪だった不良グループに目を付けられたため毎日のように陰湿な嫌がらせや暴力を振るわれた。
「やめて・・ください」
「いやだね、最近ストレスが溜まってんだよ」
放課後の人通りが少ない場所で10人ほどに囲まれ殴られ続ける。
笑顔で殴ってくるこの人達は私のことを人として見ていないようだった。 いつもそうだ、私の周囲は暴力によって支配される。
「おお、コイツ泣いてるよ、きめぇー」
「本当に死んじまえばいいのにな」
抵抗も出来ずに殴られ続ける。 心は、とっくの昔に折れている。抵抗することが意味を持たない事を理解しているので、泣きながらこの場を耐え続ける。 ソレがどのくらい続いたのか分からないが突然、足音が一つ近づいてきた。
「天さん、人がもうすぐ来ます早めにずらかりましょう」
見張り役が駆けてきたのだろう。 その声を合図に私を取り囲んでいた暴力がピタリと止む。
「まだ殴り足りないけどまあいいか、よし明日も頑張るか」
「天さん何かすごくオバさんくさいっすよ」
「まだ若いわ!!」
大勢の笑い声が徐々に遠くなってやがて完全な静けさがあたりを包むと心の底から安堵する。 そして、安心と同時にとめどなく涙が流れた。 それは、今日はこれで終わってくれたと感じてしまった事による悔し涙。
「なんで・・わたしが・・なにをしたっていうの」
「大丈夫か?」
声の主を見上げる気力もなく私はひたすらに地面に蹲り泣き続ける。
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「つかれた」
初めて授業を受け思ったことがこの一言に凝縮さてている。 菊池竜也となってから早くも、一月が経過した。 俺はこれから成人するまで教育の一環で学校という場所に通わなくてはならないらしい。
宮本高校、国内でも一番大きく外壁には結界によって魔物対策もされている国内屈指の安全地帯であるというのが木乃美さんから言われた学校の紹介だった。
「しかし広いよなココ」
「ええ、一応ですが、こういった学校は外部から隔離されても生活に支障がないように作られていますので、それなりの規模になります」
「・・・・それなり?」
椎名の言葉に思わず呟く。
学校の敷地内に、あみゅーず施設や飲食店、 しょっぴんぐもーる、に宿舎等があることがそれなりの規模の一言で一蹴されてしまった。 付け加えるなら俺の入院していた病院も、退院して一月過ごした庭付きの豪邸も高校の敷地内。
俺から言わせてもらえば軽い町レベルである。 学校という言葉がむしろ付属品のようにさえ感じてしまうのだが、こうなった形態にも理由や歴史があるらしい。 その辺も軽く椎名に説明を受けたのだが残念ながら俺の頭では理解できなかった。
それよりもだ、今日受けた勉強とはなんなんだ? 新手の拷問ではないだろうかと疑問すら覚える。 幼いころから剣を握ってきた身としては思い出すだけでも吐き気が込み上げてくるような所業だった。 一日机に向かい、ひたすら紙に文字を書きとるだけなど狂っているとしか思えない。
そして、どうして学校の制服がスーツなんだ? 授業だけでも精神的に疲れてるのに、堅苦しい服装で更に苦しませるなど最早、俺の理解を超えている。 しかもだ、俺はそんな思いをしているのに女子の制服はバリエーションが様々だった。 短いスカートに長いスカート、リボンにネクタイ、カーディガン。 多種多様なバリエーションの中から自分の好きな組み合わせで選んでいいらしい。 最初から選択肢はなかった俺とは大違いである。
もちろん服装に関してはそれとなく抗議したが、男性は人数が世界でもかなり希少な存在なので、そもそも服の種類が限られてくるらしい。 なので俺の場合は外に出る用の服は椎名の着ているようなスーツタイプしかないと説明を受けた。
どんな嫌がらせだよと喉まで出かかった言葉を飲み込む。 そして、その分、苛立ちは積もった。 そういった気分を紛らわすといった意味も含めて放課後に校内を探索している。 まあ、一応はこれからしばらくは通う施設なので何処に何があるかとか掌握するためでもあるのだが。
そこまで考えてチラリと横を見ると視線に気が付いたのであろう椎名が口を開いた
「どうかされましたか?」
「いや、目覚めてから、ずっと側に控えているから椎名が大変じゃないかなと思ってさ」
「大変ではないです、菊池さんをお世話するのが私の仕事ですし誇りすら感じます」
ニコッとまぶしい笑顔を投げかけてくる椎名を見て一瞬だけドキッとする。
そう、更にストレスを抱える原因として、先ほど椎名が言ったように彼女がほぼ一緒にいるのが問題なのだ。 家でも一緒、外出も一緒、何をするにも彼女は俺と行動を共にしている。 流石に寝室まで一緒だった時には抗議の声を上げたのだがそれすら却下された。
彼女いわく『私はアナタ専属の魔術師です、呪いの類の発作が出たとき私が対処できるようにアナタと一緒にいるのは当たり前じゃないですか』との事で取り付く島もなかった。
まあ、確かにその通りなんだけれど正直つらい、何がつらいって彼女が美人だから男として意識してしまうわけである。 そんな緊張状態が途切れることなく、一月を過ごすというのは、正直ストレス以外の何物でもなかった。
「・・・・でも授業中はいないんだよなぁ」
そんな俺にベッタリな椎名が唯一、俺の側から離れる時間が授業中だ。 休み時間などは何処からともなく現れて俺に付き添っているのだが、授業になった瞬間、まるで隠密のようにいなくなっているのである。
ちょうどいい、先ほどから二人並んで校内巡回するだけでは味気ないと思っていたところだ。 会話を始めるきっかけとして聞いてみることにする。
「椎名は俺が授業受けてる時ってどうしてるの?」
「保健室で寝てますね」
「えっ? 保健室にいるの?」
しかも寝てるって、職務的にはいいのだろうか?
「はい、授業中には流石に年上の部外者が菊池さんのお傍にいては教師やその他の生徒が集中できないでしょうし、菊池さんはそれを良しとしないと判断しての行動です。 呪いの類で苦しんだとしても教師が私を呼びに来る手筈となっているので安心してください」
椎名は、もちろん菊池さんが授業中も傍に控えてほしいとの事でしたらお傍に控えますけど?
と言葉を続けたが、自分から息苦しい環境を整える気は無いので、当然ながら現状を維持してくれと答える。
正直、仕事中に寝ているのは褒められたものではないが、やることをやっているなら俺が咎める事ではない。 それに前にいた世界では要領よくサボる奴が意外と出世してたりするから椎名もそういったタイプなのだろうと勝手に納得する。
「ん?」
考えを巡らせていたからだろう視界に入ってきたものが一瞬何か分からなかった。
「あれは人なのか?」
「そうみたいですね」
俺の言葉に椎名が答える。 学校という魔物の存在を許さない場所に人が地面に蹲り泣きながら倒れている。 一目で異常だと分かるのだが急な事で頭が付いていかなかった。
地面に蹲る彼女に駆け寄り声を掛ける。
「大丈夫か?」
原因は外傷や怯え方からして何となく予想はついた。
・・・・イジメだろうな、前の世界でもあったことだ、弱くて無抵抗な人間がストレスの捌け口となりイジメを受ける。こっちの世界でも人間の根本的なところは変わらないんだな。
「椎名、回復系統の魔術をこの子に使ってくれるか」
「嫌です」
「えっ?」
短くはっきりと聞こえる声で椎名が拒否する。 その返答があまりにも予想外すぎて俺は思わず椎名の方に顔を向けた。 表情はいつも通りだが、その瞳にはっきりと否定の色を浮かべている。 どうやら聞き違いではないらしい。 何故? と俺が聞き返すより早く椎名は言葉を続けた。
「私はアナタの魔術師です、もしも菊池さんが傷を負ったのならば私はできる限りの魔力を持って対処しますが、それは菊池さんのために使う技術であり初対面の彼女に私の魔術を行使したくありません。 それが負け犬ともなればなおさらです」
何となくだが椎名のいう事も理解はできる。 要は俺のために控えているのに他者に魔力を割いてしまっては、いざ必要になった時に魔力が足りなくなる可能性があると椎名は言いたいわけだ。
その考えは恐らく正しいのだろう。 だが俺は目の前の怪我人を無視できるほど精神的にタフではないのでとっさに言葉を切り返す。
「君が彼女をどう思おうと俺の知ったことではないし興味もない。 だが、俺が彼女を助けたいと言ったんだ、俺専門の魔術師だと言うなら、たまのわがままくらい聞いてくれ」
「・・・・分かりました」
発した言葉が俺の要望しか述べていないので椎名を動かすには言葉が足りないかと思ったのだが、椎名は俺が珍しく、お願いをしたことで少しだけ心境が変化したのだろう、渋々了解といった態度で彼女に近づき手をかざした。
良かった、納得はしていないだろうが何とか彼女を助ける事が出来そうだ。 彼女に対して癒しを与えてくれるであろう事に安堵した瞬間、青い発光体が彼女を包み込んだ。
「・・詠唱を行わない魔術?」
俺の世界では詠唱は神に力を分けてもらうための儀式であり祈りとされている。 なので詠唱は簡略化する事すら難しい、 簡略詠唱できるならば上級魔術師を名乗ることが許されるほどである。 それが椎名は祈りすら必要としなかった。
天才だな。 少なくとも俺のいた世界では間違いなく歴史に名が残る。 サクッと有り得ない事を目の当たりにした俺はちょっとした放心状態だ。
「もう痛みはないだろ、立ちなさい」
グズっている彼女を無理やり立たせる椎名の言葉で現実に引き戻された。
「・・ありがとうご・・ざいます」
「私じゃないだろ、菊池さんにお礼を言いなさい」
「椎名それはいい、それよりも誰にやられたんだい?」
「・・・・」
「お前は、口もきけないのか?」
目に見えて苛立つ椎名に怯えて彼女はより肩を震わせた。 何でお前はそんなに敵意むき出しなんだよ、これじゃあ俺らがイジメているみたいじゃねぇーか。
「椎名、悪いけど飲み物を買ってきてくれないか?」
「分かりましたダッシュで買ってきます」
このタイミングで凄く場違いな事を言っているのだが、椎名は何の疑問も抱かなかったのだろう簡潔に返事を返してお金も受け取らずにすごい勢いで走っていった。
「俺に対してはいい子なんだけれどな」
その背中を見送りながら俯き黙り込む彼女の手を引きながら歩き出す。 それは椎名に怯えている彼女をとりあえずは引き離し場所を変えた方が落ち着けるだろうと思っての行動だった。
「ここなら、落ち着いて話せるかな?」
しばらく無言で引っ張られていた彼女を中庭のベンチに座らせ、途中で買った飲み物を女の子に渡す。 そこで初めて女の子の顔をまじまじと見た。
カワイイ系だな。
前髪で片目は隠れているもののそれでも可愛いと分かる、身長はかなり低く、顔も体も小さくて小動物のようで可愛らしい。
「ありがとう・・・・ございます」
ジーと見ていたのが耐え切れなくなったのか顔を少し赤らめながら彼女の方から口を開いた。
「気にするなよ、俺は菊池竜也、君の名前は?」
「・・・・石井・・霞」
「そうか、石井ちゃんは趣味とかってある」
目の前の彼女は、こてんと首をかしげている。 表情からは何でそんな事聞くのだろうといった感情が読み取れた。
勿論、趣味話などきっかけに過ぎない、先ほどはいきなり暴力を振るった相手を聞き出そうとして警戒されたので、まずは彼女自身が興味のある話で場を和ませつつ徐々に核心へと話を進めていこうと考えたからだ。
そんな俺の完璧な計画に彼女が返した言葉が―――
「・・・・勉強が好き・・です」
―――予想外すぎるものだった。
・・・・俺の世界では女の子の趣味といえば手芸や、料理、甘味巡りと相場が決まっていたんだけどな、
この世界ではそんなものが趣味の女性もいるのか。
「・・勉強ねぇ」
勉強という言葉に思わず口に手をあて、顔をしかめる。
それは今日初めて学んだ機械とか電気とかの事だろうか、もしそうなら魅力を理解するのが難しいし和むような会話には不向きな気がする。
「・・・・勉強は嫌いで・・すか?」
「正直に言うと好きではない、でも来月テストがあるらしくてさ、流石に赤点だけは回避しないと・・ちなみに石井ちゃんはどれぐらい勉強できるの?」
「一応・・・・学年トップ・・です」
「教えてください!!」
両手を掴み懇願する。 石井さんは一瞬驚いた表情を浮かべるがそんなのは無視する。 冗談抜きで指導してくれる人がいないと来月のテストで赤点は回避できないだろう。
「わっわたしで・・良ければ」
俺のそんな必死さが伝わったのか快く了承してくれた。
「ありがとう、本当に基礎的な部分から分からないんだ、というのも俺この間、魔族に襲われてほぼ記憶を失っちゃってさ―――」
周囲の勘違いから設定した俺の現状を話す途中で彼女は目を見開き驚きの表情を見せた。 その表情をみて木乃美さんに釘を刺されていた事を思い出す。
あっ、ヤバッこれ言っちゃいけないやつだった。 たしかバレたら警護不備とかで国際問題になるんだっけ? まあ、言ってしまったものはしょうがない開き直ることにしよう。
「石井ちゃん、今言ったことは他言無用でお願いしていいかな、世間にバレたら俺の周囲の人達に凄く迷惑が掛かるんだよね」
「あっ・・はい、もちろん・・です」
良かった何とかなりそうだ、聞き分けのない子ならどうしようかと思った。
「まあ、そういった理由で記憶的に覚えていることが少なくてさ、実のところ一般常識すら怪しいんだよね」
「一般常識すら・・ですか? あの・・それじゃあ・・生活に支障が・・・・出るのでは?」
「そうだね、実際、目覚めてからまず覚えようとしたのは、この国の常識だったよ」
これは、かなり苦労した。俺の世界の常識が全くと言っていいほど通用しない、 軽くカルチャーショックになったほどだ。 だが、その甲斐あってこうして普通に学校という機関に通えるまでに一般常識を身に付けることができた。 まあ、椎名が側でフォローしてくれることが大きいのだが、この際それは置いておく。
「じゃあ早速だけれど勉強教えてもらってもいいかな?」
「はい、喜ん・・で」
先ほどまでの暗い顔ではなく笑顔で答えてくれた。 本当に石井ちゃんは勉強が好きなんだな。 でなければ喜んでなんて普通は言わないだろう。
カバンの中からプリントを取り出して教えてもらう。 プリントの内容は今日の復習と簡単な問題が数問とのことだったのだが、そもそも俺は機械や電気といった物が存在しない世界から来た。 当然だが、理解するには一つの問題でもかなり、かみ砕いて説明してもらわないといけない。
だが流石学年トップなだけあって教え方も上手かった。 問題に対する理解できない部分をピンポイントで説明してくれて学の無い俺でもなんとか数問解くことができた。
「ここにいらっしゃいましたか」
一時間位は経っただろうか、その声で現実に引き戻される。 顔を上げると、そこには10本ほど飲み物を抱えている椎名が立っていた。
「えーと、椎名怒ってる?」
「いえ、怒ってはいません、ですが何処かへ行くときには事前に言ってください」
椎名は悲しそうな表情を浮かべている。
護衛をしてくれている椎名を煙に巻いたのだから怒られても仕方がないと思っていたのだが、怒るどころか悲しんでいるのが心に響いた。
「そうか、ごめん彼女に勉強を教えてもらってたんだ」
「そうですか、菊池さんがお世話になりましたこちらをどうぞ」
「ありがとう・・ございます」
飲み物を受け取る石井ちゃん、初対面の時の投げやりな態度と違って丁寧に対応されて少し戸惑った様子だった。 勿論、丁寧に言葉を使ってくれるのならそれに越したことは無いのだが最初の態度とあまりに違うので俺も疑問に思う。
「えーと、椎名? 石井ちゃんに対する態度がさっきと違うと思うんだけど何かあった?」
「いえ、菊池さんがお世話になったんですから恩人として対応するのは当然です」
なるほど、こういうところは椎名は義理堅いよな。
「菊池さん、勉強も結構ですが、もうすぐ日も暮れてしまいます、夜になると魔物が活性化するのでそろそろ帰りましょう」
「そうか、それじゃあ今日はホントにありがとう」
「いえ、わたしなんかが・・お役にたてて・・・・嬉しかったです」
「出来れば、明日も放課後にこの場所で勉強教えてもらっていい?」
「はい、わたしで・・・・良ければ」
口約束を彼女と交わして、その日は帰路についた。