プロローグ
「ハァ・・ハァッ」
全体を確認できないほど巨大なドラゴンを背に向けて部下をかつぎ、炎で塗りつぶされた道をひたすら走り続ける。 数分前まで見渡す限り美しい木々で埋め尽くされていたこの場所は現在、炎によって赤々と塗りつぶされていた。
そもそもだ、今回俺らのいる部隊が遂行する任務は物資を他国に届けるだけの簡単な任務だったはずだ。 それが何故、超ド級の魔獣と追いかけっこをする羽目になったのだろうか。 意味が分からん、全く持って理解不能である。
・・・いや、この際、理由などはどうでもいい、理由が分かったところで降りかかる脅威が消えるわけもなし、どうしてこうなった、などと考えるだけ無駄だ。 どうやって逃げるかを考える方が先だろう。
だが、追われている魔物がよりにもよってドラゴンとはついていない。 ドラゴンは魔物の中でも上位種。 討伐できたならば間違いなく英雄として長く語り継がれるだろうが、俺はもう三十路目前の年齢であり、夢を見る年齢でもない。 現実がどのようなものなのかを正しく理解できている。
そんな俺が断言する。 ドラゴンに勝てる人などいない。
もちろん、それは単体で討伐といった意味である。 ドラゴンだって上位種とはいえ魔物なのだ。 絶対に倒せないという事はない。 ただし倒せると言っても戦争並みの人数と装備を整えて決死の覚悟で臨んで数日がかりというのが討伐する最低条件ではあるのだが・・・・。
そして当然ながら俺たちの戦力はそのような大規模なものではない。 付け加えると物資の運搬という簡単な任務だったため装備も軽装というオマケつきである。
当たり前だが、そのような状態では戦いにすらなるはずもなく、生き延びるためには撤退しか選択肢が無いという結論に至り、現在必死に逃げ回っている。
「ひょっとしてだが、騙されたのかもしれねぇな」
息を切らし思わず言葉を漏らす。
人間の肉体には魔力といった魔物を引き付ける力が宿る。 それは魔物が食すと力を増幅することができ神格化するためには必要なものであり魔物が人を襲う理由の一つであるとされている。
しかし、神格化するのは食した後の長期的な睡眠の後の話。
今回相手にしているドラゴンなどの上位種は普通に相手にしては国の兵力が大きく削られる。 なので生贄を用意して食わせ長期的な睡眠に入っている間に大多数で叩く、これが最も簡単な上位種の討伐方法なのだ。
大方、耳の速い司令官の事だ、俺らでは知りえないドラゴンの目撃情報を得たのだろう。 そして恐らくドラゴンの向かうであろう進路を割り出し数日後には大都で大量虐殺の限りを尽くすと考えたのだ。 司令官はどうすればいいか考えた、まあ、行きついた答えは、俺の今の状況から考えるに一つしかない。
ドラゴンの腹を満たすための生贄である。
だが、生贄などになりたがる人間は今のご時世、皆無と言っても良いだろう。
そこで簡単な任務を俺たちの様な即応できる部隊に依頼して大都で暴れまわる前にドラゴンと接触させ、腹と魔力を満たし、長期睡眠に入ったドラゴンを本命の部隊が討伐するといった実に合理的なシナリオが取られたのではと考える。
国のために死ねる、軍人の誉。 なんてことは全くもって思わない。
ひと昔前ならば進んで生贄になりたがる物好きな連中もいたらしいが、先ほども述べたように現代では生贄という風習自体が古臭い、はっきり言って、このご時世に国の為に自分から命を投げ出すような物好きはいないと断言できる。
「クソ司令が!! まんまとダマされちまった!! 絶対に化けて出てやる!!」
一杯食わされたことに腹を立てながら絶え間なく火の粉が降り注ぐ森の中、 司令の非情さを言葉に出して走り続ける。
「たいちょう・・・おれを・・おいて・にげて」
耳元でなければ聞き逃したであろう弱々しい声で背中に乗せた部下が戯言をほざく。 その掠れた声が感謝の言葉ならいざ知らず、俺の苦労に水を差す発言に思わずカチンときた。
「アァ? バカ言ってんじゃねぇーぞ!! 大体テメェを見捨てたところでもう手遅れなんだよ!!いいから黙ってろ!!」
火の粉を振り払いながら思わず怒鳴る。 俺の怒声に対し、泣き声交じりの感謝の言葉を投げかけられたのは気のせいではないだろう。 だが、この時注意を散漫しながら走っていたのが、まずかった。
「ッッッ!!」
ヒュンという風切り音とともに突然、右足に激痛が走る。 突然の足の痛み、当然足がもつれるが、この状況で立ち止まるわけにもいかず痛みを押し殺して走り続ける。 だが痛みを完全に無視することもできず視線を痛みのある右足に向けると、ありえない数の魔力を帯びた木々が足を貫いていた。 明らかに意図的に向けられた攻撃に思わず表情が歪む。
「クソッ、 こんな時に新手の魔物だと!!」
素早く鞘から剣を抜き、走るのに邪魔な足に刺さった大小様々な枝をぶった斬る。 同時に攻撃した魔物の姿が見えないか周囲を警戒するが、周りにそれらしき気配はない。 よりによって、姿を隠すタイプの魔物に狙われるとは、ついていない。
姿を隠すという事は直線的な攻撃は避け、陰ながら攻撃を仕掛け獲物をしとめる厄介なタイプの魔物だ。当たり前だが、そういったタイプの魔物は短時間で撃破するのは難しい、本来ならばこういった手合いは足を止め十分に周囲を警戒すべきなのだが、今は状況が状況なだけにそのような行動をとるわけにはいかない。
「ツッッ!!」
再び激痛、気が付くと今度は左足が貫かれていた。 不思議と痛みはすぐに引いたが、貫かれた反動で足がもつれ、受け身も取れずにその場に派手に転倒してしまう。 再び素早く剣を抜き、刺さった枝を薙ぎ払う。同時に立ち上がろうと足に力をこめるが。
「・・・・足が動かない」
枝にはどうやら神経を狂わせる毒が含まれていたらしい。 上半身は問題なく動くのだが肝心の下半身が思い通りに動かない。
「クソッ!!」
何度も足に力を入れるがピクリとも動かないことに思わず感情を爆発させる。 だが、それも当然だろう、今この状況で動けないという事は確実な死を意味する。 打開できる方法がないか必死に考えを巡らせるが、考えの途中、再び木々が矢じりにも劣らない速度で飛んできた。
「舐めるなァァ!!!」
この状況に対する怒りをぶつけるように叫び剣を振る。 先ほどとは違い確実に命を奪いにきた量の木々をすべて叩き落とす。 普通ならば間一髪だったことに安堵するだろうが、安堵するどころか体から血の気が引いて一瞬で全身から汗が噴き出す、原因は何か? 簡単である。
「・・・・ちくしょう、 追い付かれた」
目の前にドラゴンが降り立つ。 燃え盛っていた周囲の景色はドラゴンが降り立った瞬間爆風で鎮火し、まるで最初から何もなかったかのように本来の色に染まっている。
周囲は時が止まったかのように静寂に包まれた。 それはこの森という自然さえもがドラゴンという絶対王者を刺激しないように注意しているかのようだ。
ドラゴンの目が俺の姿を捕らえて放さないのと同様に俺も目線をドラゴンから外すことが出来なかった。
身動き一つとれば即座に殺されるような感覚。 その尋常ならざるプレッシャーを受けて心臓が大きく音を立てて跳ね上がり体中のあらゆる器官が警告音を鳴らした。
そして直感する、俺はここで死ぬだろうと。
「おい新人すまないがここで降りろ、そして振り返らずに逃げるんだ」
辛うじて、発した言葉は震えていた。 敵は強大、だが自分は動けない。 一瞬で命が飛ぶかもしれない状況で、その言葉を絞り出すことが精いっぱいだった。
だがその言葉は届かない。 力が無くなったようにズルリと背中から部下が滑り落ちると部下は砂埃を少し立てて地面に倒れ込む。
見ると部下の背中には無数の枝が突き刺さっていた。 そして、その光景を目にして同時に理解する。
・・・全滅か。
その結果は、自分でも驚くほど納得のいくものだった。 当然である途中で別の魔物に襲われたことを差し引いてもドラゴンに単身で戦いを挑み勝利するというのは、物語の英雄ぐらいのものなのだから。
だからだろうか彼は自分の死を受け入れる覚悟をする。 覚悟を決めたら後はあっけないものだった、体をちぎられひたすらに魂を蹂躙される。
薄れゆく意識の中、俺は確かな死を実感した・・・・。