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エピタフ  作者: 早生しあ
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02話『パラノイア』-1

 まだまだ中庭が自分の場所だと認識できるくらいには心地の良い寒さが続く秋。

 周りは落ち葉の絨毯だ。なんていう風物詩はなく、昨日降った雨と歩いている学生の靴のおかげで原型が分からないほどのぬかるみになっている。


「次の連休の用事は?」

 屋根のあるベンチに座り、昼食用に食堂で買った揚げたてのドーナツを口に運ぼうとしている時だ。

 金の髪を風に揺らし、挨拶も気配もなくいつの間にか前に立っていた先輩が第一声に放った言葉がこれだった。


「バイトしてきてほしい場所があるのよ」

 僕の返事を待たずにそう続ける。


 いや、僕の返事など最初から期待されてないだろう。相手の都合なんて彼女の思い付きの前ではどうでもいいことだ。少なくともこの人の中では。


「ちょっとレポートの評価が芳しくなくてですね……」

 一応の抵抗を見せる。

 このままだと僕の都合なんてあってないようなもので、本当に都合の良い従者になってしまうじゃないか。


「そう」

 心底どうでも良いような先輩の返事は僕をひどく落胆させた。

「レポートどころか出席も危ないらしいじゃない」

 馬鹿な。どこからそんな情報を。

 最近ではこの傍若無人の先輩の性質が浸透し始め、彼女に下僕扱いされている僕に同情が集まっているんだ。


 避けてた同級生たちは哀れに思ってくれているのか少しずつ構ってくれて、一応は友達と呼べる人間も何人かできたんだ。

授業にももちろん出ている。

 一応、は。


「とにかく、連休は幼馴染みがアパートに遊びに来るんです」

 次の連休、だけど。


「あら」

 先輩はここでようやく僕にきちんと意識を向けてくれた。


「幼馴染みって男の子? 女の子?」

「え?」

 一瞬戸惑ったが、特に隠す必要もなかったので答える。

「両方です。女の方は僕より一つ年上、その弟で僕より十歳下の子がいます」

「へーーーーーーーーぇ」

 妙に間延びして先輩はにやけた笑いを見せた。


「彼女?」

「違いますよ!」


 こんなことが聞きたかったのか。誤解だ。

 先輩はなおもにやけた顔から戻さない。


「さっきからちらつかせているそれは何なんですか」

 先輩の左手がぶらぶらと揺れ、その先には何かの冊子が持たれている。図書館にありそうな本でもなく、教科書でもなさそうだ。先輩の取ってる教科資料とかだろうか。


 話を変えるためにとにかく目についたものの話題を振った。


 そういえば先輩が何の専攻かについては全く知らなかったな。


「その幼馴染みに会わせてほしいわね」

 僕の質問には無視だ。


「来るのは、年末になりますけど……、あ」

 十月末の連休はもうすぐ。年末はずいぶん後だ。言ってしまって目線を泳がせる。


「次の連休はバイトね」


「お金には困ってません」


 困ってないなんてのは嘘だけど、先輩の紹介なんてきっとろくでもない。


 良くて狼の見世物か、悪いとなんだろうか……。


 頭で考えうる最悪の事態を想像する。たかが非現実的な映像を浮かべてるだけなのに顔をしかめてしまうくらい恐ろしい光景がリアルに迫って来る。

 頭の中の僕は尻尾をさっくり切られて研究所で捕らえられていた。


「別にそういうのは間に合ってると思うのだけど。狼種族なんて掃いて捨てるほどいるでしょ?」

 どこまでの思考を読まれているのか、先輩は表情を無にして言う。


 狼の種族を掃いて捨てるほどと表現されたことには若干腹が立ったが、勘当同然に群れを出た僕にとっては感情的になるほどのことでもないかとも思ってしまう。

 といっても完全に関係が切れたわけでもなければ、親からは仕送りという史上最強にして最低のアイテムをもらって生活しているのだから、やっぱり怒るべきかも知れない。


「行ってほしいのはパブよ」

「無理です」

 はい、即答に決まってる。

 酒は飲めないし、だいたい接客業とか無理だ。料理側でも無理だ。というか働くのが無理だ。


「バズビーさんの椅子」

「バズビーさんの椅子?」

 突然出た単語を僕はただ何も考えずに復唱した。


「そうよ」

 先輩は僕に手に持っていた冊子を差し出した。

「見て頂戴」

「いや、あの、これは……」


 お世辞にも綺麗とは言えない。

 むしろ最大限頑張ったお世辞だとしても『手に取れるような本』だと思い込むことすらできない。


 表紙には楽しそうに笑っている大人の男女が映り、大学付近の町名や通りの名前が書かれている。その隅にオカルトパブなんて文字が見えた。


「そうそう、オオカミくん。貴方の目線の先にあるその記事よ」

 先輩は僕に渡すのを止め、僕の隣に座った。


 食事する気も無くすような何らかの複数の液体で汚れたタウン雑誌を僕と先輩の間に置く。全体がしわになるくらい嫌な色に染まっている。


「ここね」

 ペリペリとかいう到底雑誌から聞こえて気持ちの良いものではない音を立ててめくられるページ。躊躇うこともなく先輩は平然と開いていく。


「その前に、ひとつ、いいですか?」

「ええ、構わないわ」

「そのきたな……年季の入った雑誌は」

「構内のごみ箱で拾ったのよ。先々週号ね」

 それ、『拾った』とは言わない。


 たしか会った時に先輩はどこかの国の貴族だとか豪語してなかったっけ?


 そのどこかの国の貴族はゴミ箱から捨てられていた雑誌を回収してきて、しかも後輩の『ランチの真っただ中の時間に』広げるのか?

 いや、そんなことより、この雑誌が目当てでゴミ箱を漁り続けたのか、常に漁っててこの雑誌を見つけたのか。


「もう売ってないのだから仕方がないじゃない。人気号だったみたいで古書店にもなかったのよ」

 僕の表情から考えを読み取られたのか、先輩は不機嫌に答えた。


 とにかく問題の記事を見せてもらうことにした。嫌だけど。


「パブ【淀みの底】であの呪いの椅子があるという情報を聞き、取材しました」

 なんだ、この記事の穴埋めで作りましたとも見えるような雑な記事は。


 見開きで特集されているその記事には、挑発的な表情で腕を組むパブのオーナーらしき男性が大きく写っている。体格はがっしりしていそうで、腕っぷしも強そうだ。

 その後ろには木の椅子。そして周りに踊る『死』『呪い』『殺人鬼』だの物騒極まりない文字。

『英国のサースク博物館にあるものは偽物で、この椅子こそが本物のバズビーズチェアだ』という文句。木の椅子に腕をかけて笑っている写真があった。


「この椅子に座ってきてちょうだい」

「店に行けってことですか?」

 店に行って椅子に座るバイト?

 先輩が給料でも出すつもりだろうか。


「そうね」

 先輩は小さく頷いて言葉を続けた。

「まずこの椅子に誰が座ったか、誰が触れたかを報告して。客としてずっと店内に居るわけにいかないから休暇中のバイトとして入ってね」

「ええー? やったことないですよ、パブとか! 今までやったことがあるバイトと言えば木の実拾い、水質調査、ベビーシッターですかね」

「貴方の職歴はどうでもいいの。とにかく仕事が出来なさそうだからオーナーを怒らせて、最終日に椅子に座らせられなさい」


 どういうことだ?


「まず、バズビーさんの椅子のこと、本当に知らない?」

「はあ、全く」

 僕の返答に先輩はふうんと呟く。

 あまり有名じゃないのかしらとも言っていた。


「バズビーさんの椅子、バズビーズチェア。そのままバズビーという人の持っていた椅子なのだけれど、殺人鬼として有名ね」

「殺人鬼!」

「ええ。といっても死後、有名になったのだけれど。彼は義父殺しで処刑されたのよ。生前の殺人罪はその一件。そして、愛用の椅子に呪いをかけた。座る人に災いが降りかかるようにって。その結果、椅子に座った人が次々亡くなったという話よ」

「そうなんですか……って、座れって言いました!?」


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