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集結

「精霊とは何ぞや?神とは何ぞや?極力自分の言葉で答えよ」


「ええっと…」


石造りの厳かな、だが威圧感のない、比較的小ぶりな屋敷、その一室に空気を震わす者二人。

焦げ茶色の大きな円卓を囲んでいる。

質問を投げかけた男性は、厳しげな語り口とは裏腹に、微笑みを絶やさないでいた。

質問を投げかけられた男子は、その質問について考えている素振りは見せるものの、落ち着かない様子で時に身を任せていた。


「エマーリン、お前はもう十一才だろう。随分前に、習っているはずだ。この程度のことを答えられないようじゃ、兄さん不安だよ」


「えへへ」


あくまで答えない少年に根負けしたように、青年アンゲルは口を開いた。

微笑んだままだが、それが示す意味は微妙に変わっている。

少年エマーリンは物覚えが悪いらしかった。

二人は兄弟のようである。


「ウィジェッタ、代わりに答えなさい」


「アンゲル兄さん正気?」


「正気さ、俺は衝撃で答えられない」


「衝撃って…まあいいけど。精霊とは、数多に宿りし世を形作るもの。大気や大地を育む、原初の存在。その中でも巨大な力を持ち、多大な信仰を集める存在が神と呼ばれ、いよいよ世を左右しうるものである」


「ウィジェッタ兄ちゃん凄い!」


「ああ、上手くまとめたな」


「凄いじゃないよエマーリン、アンゲル兄さんもからかわないでよ。全く」


円卓の外にいた少年ウィジェッタは、精霊と神について事も無げに答えてみせた。

それもそのはず常識の範疇であり、彼にとっては遙か昔に習った事柄だからである。

故に、彼は遊び半分な二人に向かって半ば呆れた様子だったのだ。

そのままに、エマーリンの横の椅子に腰かけた。

ウィジェッタもまた、兄弟の一員である。

しかし三者三様、あまり似ていない。

アンゲルは狐のような切れ長で角度のある目に長い鼻、横によく伸びる口、そして面長である。長く黒い髪の先はくるくると巻いていた。

エマーリンは褐色で、如何にもやんちゃな風貌だった。隠そうともしない寝癖だらけの短い髪は刺々しさすらあり、眉毛はかなりの角度を持ち眉間は短い。身体はおろか、顔にさえ切り傷擦り傷が見られる。口がよく伸びるところだけは、アンゲルとよく似ていた。

ウィジェッタは中性的で、ともすれば女々しさが勝った顔付きだった。肌艶は良く、頬も丸みがあり、やや垂れ気味の眉に丸くて大きな、正に珠のような瞠目を持つ。肩口まで延びたふんわりとした栗色の髪が、見目による性別を曖昧にしている。


「すまんすまんウィジェッタ。にしてもエマーリン、精霊については長々と伝えられてきた唄すらあるんだ、それを答えられないようじゃ兄さんは不安だ」


「だってわからないんだもん」


「末弟とはいえグラクーノ家の子息だぞ」


「うん」


「うんじゃなくてだな」


「まあまあ、兄さん。エマーリンも少しずつ、わかってくれるよ」


「そうだといいが」


ウィジェッタに宥められたアンゲルが溜め息を()くと、扉の開く音がした。

冷たさすら感じさせる鋭い目、それが少し隠れる程度に短い金髪の男性と、長い金髪を有する優しげな女性が、立っていた。


「オルチェラ兄さん、エンプティさん、どうしたんです」


「お前達、どうやら親父とイズゥが帰って来たようだ」


「夕方の食事の用意も出来たから、皆で出迎えて差し上げましょう」


「もう討伐が終わったのか?オル兄」


「そのようだ」


男性はオルチェラという名で、女性はエンプティという名だった。

二人は夫婦であり、オルチェラは長兄である。

エンプティは所謂入り嫁だ。


「父さんとイズゥ姉さんにかかれば、獰猛な魔獣達なんて一日で討伐しちゃうんだね」


「いつものことじゃないかウィジェッタ。特にイズゥなんて、武王ジグムントなんて大層な呼ばれ方してる親父すら超えてるみたいなんだから」


ジグムントは一家の家長、イズゥは義理の姉であるエンプティを除けば唯一の女性だった。


「俺もイズゥ姉ちゃんみたいになる!」


「エマーリンはじゃあまず勉強しような」


「えええ」


「イズゥ姉さんは頭も良いからね。頑張ろうエマーリン」


アンゲルの言葉に悪態を見せたエマーリンの頭を、ウィジェッタは優しく撫でた。

エマーリンは直ぐに笑顔を現わせた。


「さあ、そろそろ行きましょう」


「ああ、エンプティさん」


部屋に揃った五人は一頻りの会話を終えると父と姉、或いは妹を出迎えるために屋敷の門外に向かう。

最後にその場を後にしたウィジェッタは、静かに蝋燭(ろうそく)の灯を吹き消した。




「父ちゃん!イズゥ姉ちゃん!」


門を開け放ち待っていると、野草(のぐさ)の広がる小高い丘を越えて馬に乗った人間二人を視認出来た。

大きく傾いた陽は強く橙を放ち、戦士の帰還を祝うように皆を包んでいた。

大地から伸び揺れる、広大な草木は緑を失いつつあり、あらゆる角度から秋が生まれている。

エマーリンはうずうずしながら近付いてくるのを待ち、うねった道が門に向けて直線になったところで駆け出す。


「おお、よしよし!エマーリン、元気がいいな」 


「当たり前だよ」


二人の内、前を進んでいた男性に向かってエマーリンは突っ込む。

甲冑をまとっている父のジグムントである。

馬を折り掛けていた途中に抱きつかれて、ジグムントは体勢を崩したものの、回転しながら地面に降り立った。

エマーリンは満足げである。

その後ろでもう一人の女性が、ゆっくりと下馬した。


「イズゥ姉ちゃんおかえり!」


「ただいま、エマーリン」

 

甲冑を着ておらず、身体の線を分かりやすい黒い貫頭衣に、脛まで布の垂れた青白い腰巻き、足先から脛より上まで伸びている茶色い革靴を纏っている。

そんな女性に、エマーリンはまたも突っ込んだ。

腰までに成っている、黄金色の長髪は小さな衝撃で光の中を揺れる。

程々に実った胸の中で、少年は心底姉の帰還を喜んだ。

エマーリンに遅れて、他の四人も帰還した二人に駆け寄る。

それぞれ、おかえりと声を掛けた。


「おう、ただいま」


「ウィジェッタは来ないのか?」


「な、また…僕が何歳だと思ってるの姉さん?無理だよもう」


「ふむ、やはり無理なのか。残念だ」


「イズリンズゥ、ウィジェッタはもう十四歳だぞ。いつまでも姉に抱かれていられないさ」


家長であるジグムントは姉と弟のやりとりを見て、豪快に笑い出した。

それに釣られるように、オルチェラとウィジェッタ以外も笑い出した。

イズリンズゥは笑みを見せているものの、少し残念そうである。

ウィジェッタはこのグラクーノ家の三男で十四歳、思春期真っ只中である。

年を跨ぐ前までは、姉であるイズリンズゥに対して、愛称であるイズゥと呼びながら抱き付くこともあった。

だがやはり思春期、顔を紅潮させて、この歳で姉に抱きつけないと意図せずして恥じらいを表現している。

イズリンズゥは長女で、アンゲルとウィジェッタの間に生まれた。

彼女は二十四歳、ウィジェッタを出生直後に実母は亡くなり、エマーリンを生んだジグムントの後妻も亡くなってしまったため、姉でありながら母の代わりも努めていた時期がある。

そのせいか、歳の離れた弟二人からは甘えられて当然、という気持ちだった。

少し切ないのだ、寵愛する弟達の母離れ姉離れが。

エマーリンは一人だけ母親が違った。

先妻を失ったジグムントが新たに娶った、後妻が産んだ子である。

後妻もまた失ったジグムントは当時五十歳を目前としていた。

その頃には今と同じように、口の周りに豊かに蓄えられた金髭(きんし)の中には白髭(はくし)が混じっていたのである。

二人に先立たれて、加えていよいよ近付く老齢、彼はエマーリンを末子としたのだった。

イズリンズゥに抱かれ続けるエマーリンを眺めて、少し心配げなアンゲルは二十八歳、二男である。

勉学において同年代の子に後れを取っている弟を気にかけているのだ。

家族の中でも口数が多く、笑顔も多い彼だが、人一倍心配性でもあった。

一人だけ笑いを見せなかったオルチェラは長男で、感情の起伏の小さな男である。

三十一歳となり、大人の落ち着きが身に付いてある彼は、若かりし頃よりも顔を歪ますことが減った。

とは言え、冷めているというわけではない。

今のやりとりにも、彼は微笑ましさを覚えていた。

その証拠に微かに、口元は歪んでいた。

目を凝らさなければ認められない小さな変化だが、家族たるグラクーノ家の面々はそれを認めている。

それは正しく、家族仲の良さの証明だった。

オルチェラの妻たるエンプティも、そんな家族の一員でいられることが嬉しかった。

気持ちを指し示すように、顔を綻ばせている。

門が閉まるその時まで、外に響く喜楽が途切れることはなかった。

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