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不本意な婚約の末路(周囲の積極的な後押しで婚約者になってしまった少女と、心底彼女を愛している婚約者の男の話)3

「―――シモン、ごめんなさい。私はこの婚約を後悔している訳では無いの。ただ、まだ私の気持ちが追い付いていないだけ」

「セリーヌ…」

「あなたの事は、好ましく思っているわ。けれども私自身の心がまだ、この状況に追い付いてはいないの。本当に、ごめんなさい」


 セリーヌが深く、まるで項垂れるように頭を下げた。シモンは「気にしないで良い」と声を掛けながら、頭を上げるようセリーヌに促した。けれどもセリーヌはそれに同意せず、じっと頭を下げ続けたまま、流れ落ちる涙を拭いもせず唇を噛み締めている。

 そんな悲しい姿など見たくはなかったというのに。不甲斐ない自分に苛立ちが沸き起こり、シモンは努めて柔らかな声を掛けた。


「セリーヌ、君が悔やむ必要は無い。君が私に謝る必要なんて無いんだよ。だから、どうか顔を上げてくれないか?」

「そんな恥知らずな真似、出来ないわ…」

「セリーヌ、すまない。私の切り出し方が可笑しかったんだ。どうか顔を上げてくれないか? 君は何一つとして間違ってはいないし、悪くなどない。だから、謝らないで欲しい。これは、私達二人の問題なのだから」

「シモン」


 セリーヌの痛々しいその姿に、シモンは胸を抉られる思いだった。セリーヌは、苦しくて堪らないのに、どうすることも出来ないのだと全身で慟哭している。

 それなのにシモンはその悲愴な姿すら愛しく感じられて反射的に手を伸ばしそうになり、寸前でそれを堪えて、咄嗟に握りしめた拳を両膝に押し付けた。


「ごめんなさい、シモン。あなたに負担を掛けてしまって。この婚約を後悔している訳ではないの。ただ、私の心がまだついていっていないだけで」

「セリーヌ…」

「私は、あなたを大切な友として愛しているわ。それだけは本当よ」

「私もセリーヌの事を愛している。勿論、友としても婚約者としてもだ」

「シモン…」


 謝って欲しい訳ではない。寧ろ、セリーヌの本音の一端を垣間見せてくれたことに感謝している位だ。多分、今に至って初めて、セリーヌとシモンは己の本心をさらけ出しているのだと思う。本当なら、もっと早くにするべきだったことなのに、お互いに見ない振りをしていたから。

 体だけが大人になって、稚拙な心は上手く感情をさらけ出せないばかりか、処世術だけは巧みになっていて。

 そうして、自分達の思いの丈をぶつけ合うことが出来なくなっていた。


 この関係を壊すのが、怖くて。


「セリーヌ、私は君の気持ちに気付いていたというのに、こんなにも君を追い詰めてしまって、すまない」

「いいえ。そんな、そんなこと、ありませんわ。シモン、私はあなたのことを…」


 シモンが誠意を見せてくれている以上、セリーヌも同じように誠意を見せるしかない。

 シモンはとても誠実だった。言葉の端々からでもセリーヌを慮ってくれていることが良く分かる。でもだからこそ、どうしても頭が上がらなかった。セリーヌが自分の心に、現状に折り合いが出来ていない以上、この自体に至ったのは一重にセリーヌ自身の我儘に過ぎないのだから。


「ごめん、なさい」





 その翌日、セリーヌは自身の部屋から一歩も外に出ようとはせず、ただ泣き暮らしていた。昨日から何も食べてはいないから、普段であれば空腹感から起き出しているというのに、その気力すら沸いてこない。何て身勝手なことをしてしまったとのかと、罪悪感で胸が押し潰されそうだった。シモンに気を遣わせて、あんなにもセリーヌのことを大切にしてくれていたというのに。

 それでも、ここに至って漸く自らの本音をさらけ出すことが出来て、ほっとしている自分が居ることも確かなのだ。


「―――お嬢様、如何なさいましたか? 昨日からご様子が…」

「何でもないの。ただ、少し体調が優れないだけ」


 長年侍女として仕えてくれているハンネがそっと声を掛けて来るのが、今は少しだけ煩わしい。


「何か少しでも召し上がって下さいませ。…お嬢様、もしやアーデルハイト様との間に何かあったのですか?」

「いいえ、本当に何でもないのよ。昨日はシモンと少しだけ思い出話に花を咲かせていたら、色々なことを思い出して感極まってしまっただけ。朝食は後で頂くから、そこに置いていて貰える?」

「ええ、分かりました。結婚前ですもの。色々とナーバスになるのは仕方ありませんものね」

「…ええ、そうなのよ。今日は部屋でじっとしているから、下がって貰って構わないわ。何かあれば遠慮なく呼ばせて貰うから」

「畏まりました。では、失礼致します」


 侍女の姿が見えなくなると、セリーヌは張り詰めていた息を吐き、ソファに寝そべって天井を見上げた。


「これから、どうしたら良いのかしら」


 ぽつりと呟いた言葉は、空中に溶けて消えて行った。


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