不本意な婚約の末路(周囲の積極的な後押しで婚約者になってしまった少女と、心底彼女を愛している婚約者の男の話)2
それから婚約パーティーは、すぐにやって来た。浮かない表情を浮かべるセリーヌは、それでもパーティーの間中はきちんと婚約者として振る舞ってくれ、やって来た友人達を笑顔で持て成していた。けれどもそれが上辺だけのものであると知るのは、恐らくシモンのみだろう。
結局の所シモンはあれから、一度もセリーヌと話せていないのだ。いや一度も、とは少し語弊があるか。お互いにパーティーの準備に忙しく、お茶会をしても常にその周りには我が母や父がおり、二人で話す機会をことごとく逃していたのだった。
これはもう本当に、シモンの手落ちという他無かった。もっと積極的かつ強引にでもセリーヌを誘い出すべきだったのだ。
けれどもシモンと同じくセリーヌも日々多忙で、疲労を滲ませる横顔を見て居たら、どうしても連れ出すことなど出来はしなかった。これ以上、セリーヌの負担を増やしたくはなかったのだ。
けれどもそれが原因で、ここまでやってきてしまった。
きっとセリーヌはこの婚約を後悔していることだろう。
話さなければ。セリーヌと。そうでなければお互いに、行き着く所まで行き着いてしまう。
シモンは決意を新たにし、グラスを片手に近寄ってきた友人に微笑みを浮かべた。
*
パーティーの翌日、セリーヌは酷く憂鬱な心地で気を失うように眠っていたベッドから起き上がった。
昨日の婚約パーティーは滞りなく終わった。けれどもセリーヌの心は晴れることなく暗雲が立ち込めていた。
結局の所は、だ。セリーヌは昨日の婚約パーティーを以て正式にシモンとの婚約を交わして―――というよりも、これまで公には内々のものであった婚約を公のものとして発表したのだ―――婚約者となった。
結婚式は三か月後だから、少し駆け足になるけれど、衣装や新居が整い次第調整に入るから、実際の猶予は残り一か月といった所だろうか。
猶予、猶予か。
心は未だ晴れないというのに、セリーヌの周囲は今回の事をきっかけとして非常に華やいでいた。
接する侍女すべてが今回の婚約を喜び、会う先々で言祝いでくれる。それは気の置けない友人達も同様で、常々文を交わしている二歳年上の、昨年嫁いだばかりの友人など自分の事のように喜んでくれていて、特別な贈り物まで用意してくれていたのだ。
本当は、結婚などしたくはないのだと、そう声高らかに言えたらどんなに良いだろう?
けれどもそれは許されない事なのだと、セリーヌは知っている。もう後戻りはできないのだと、分かっていて足掻いて居るのだ。
―――シモンが悪い訳じゃない。ただセリーヌの心がまだ、この事態についていけていないのだ。
シモンは今日も我が屋敷を訪問するらしいと、侍女から先程先触れを受けた。重い体を引きずって、うきうきとした様子でドレスを用意してくれる侍女を横目に見つつベッドから腰を浮き上がらせた。
シモンがやって来たのはそれから二時間後の事だった。シックなダークグレーのジュストコールにワインレッドのアスコットタイを締めたシモンは、幼馴染の欲目を抜きにしても、とても格好良かった。
素直にそう口にすれば、シモンは照れたように目を細め、柔らかく相好を崩す。その心地よい日だまりのような笑顔にセリーヌも知らず頬が緩み自然と微笑んでいた。
その場に、沈黙とは違うほのぼのとした空気が流れ落ちた。壁際に控える侍女達もこの空気に当てられたのか柔らかく微笑んでいる。
シモンと共に居て嬉しいのは、こういう場の空気を一気に和やかにしてしまうシモンの人柄にこそあるのだろう。
「ごめんなさい、立たせたままだったわね。シモン、どうぞお座りになって」
セリーヌはにこやかにシモンに席を進め、ゆったりとソファーに腰かけた。それから間を置かず、控えていたメイドが二人分のお茶を運んでくる。昼下がりということもあって、出されたお茶はたっぷりとミルクが注がれたミルクティーだ。
お気に入りのティーカップを傾けて口元へ持っていくと、シモンもまたティーカップに口を付けた。
それからシモンはいつものように、その場に居た侍女達に人払いを頼んだ。その瞬間、侍女達の纏う空気が微笑ましいものでも見るかのように緩む。ああ、何か勘違いしているわね。そう思ったけれど訂正するのも野暮だからと、セリーヌは黙ったまま口や目元が緩んだ侍女を横目に見遣った。
大仰に頷いて心得たように下がっていく侍女達を見送って二人きりになると、シモンは何処か緊張した面持ちで口火を切った。
「すまない、セリーヌ。本当に、すまない」
「どうなさったの? シモン、頭を上げて頂戴」
「セリーヌ…私は、君は、この婚約を後悔しているのだろう? だというのに、私の落ち度でこうして君の意思を改めて確認することが出来てはいなかった。君は、この婚約に納得していなかったというのに」
セリーヌは鼓動が大きく跳ねたのを感じ、びくりと肩を揺らして反射的に胸元を抑えた。
「何を、仰っていますの? シモン、あなたどうして、」
「君を何年見てきたと思っている? 君の思っていることはすべて、余すことなく理解しているつもりだよ、セリーヌ。君の、君の本音を聞かせて欲しいんだ。嘘偽りのない、君の本音を」
真摯な、それでいて痛いほど真剣な眼差しを向けて来るシモンに、セリーヌは怯えた。すべて見透かされているかのような、そんな気がして。
いいや、実際にそうなのだろう。でなければ婚約披露パーティーをした翌日に、こんな不穏な話題をシモンが出す筈もない。
口内に溜まった唾を飲み込んで、震える舌先を叱咤し、セリーヌはシモンに向き直った。




