転生した先で、暗殺家業を営む(猫被り少女と、腹黒強引貴族令息の攻防)TwitterSS 2-4
「この度のグラディウス殿の訪問は、我が娘ユリアナのことですね?」
「はい。以前お送り致しました、私とユリアナ・エンライ様との縁談の件でお伺い致しました」
「そうですか。返答は後程、という訳にはいかないのでしょうね?」
無言で首肯するとエンライ伯爵は、「そうですか」と言ったきり腕を組んで静かに瞑目した。
何を考えて居るのか、グラディウスにはおおよその見当が付いている。けれどもエンライ伯爵は一枚上手の人物だ。もしかすれば、グラディウスの予測した範疇以上の答えを返される可能性すらある。
待つこと数分。エンライ伯爵は瞼を押し上げて対面に座るグラディウスを、厳しい眼差しで射抜いた。能面のように表情が抜け落ち、けれども眼差しだけは鋭くグラディウスを見つめるその目に浮かぶのは薄暗い光。
そこにあるのは、エンライ伯爵家の当主としての顔であり、同時に暗殺者の頭領としての顔だ。
「お断りする、というのがエンライ伯爵家の総意です。無論、理由は承知の上だと思いますが」
その瞬間、ピンと空気が張り詰めた。殺気だったグラディウスは鋭く探るような眼差しでエンライ伯爵を見つめた。
「それはエンライ伯爵家の家業が理由である、という事でしょうか?」
「ええ、その通りです」
エンライ伯爵は何のてらいもなく頷いた。それはグラディウスが一番聞きたくなかった言葉だった。眉間に皺が寄るのをはっきりと自覚しつつ、グラディウスは重ねて問いかけた。
「踏み込んだ事を申し上げますが、行く行くは婚約者候補であるラングレー・オレリス殿とユリアナ嬢を娶わせるものと解釈して宜しいでしょうか?」
「それをグラディウス殿に申し上げる必要はないのでは? ただ、そうですね。それも一つの道だろうとは考えております」
要約すると、部外者は引っ込んで居ろということか。グラディウスは膝の上に置いた手に力を籠めた。分かっていた事ではあるが、こうもエンライ伯爵が頑なであるとは思わなかった。勿論、後ろ暗い家業を担っている家柄なのだから、幾らこちらが公爵家の嫡男とて縁談がスムーズに進む筈もないとは思っていたが。
いや、結局の所エンライ伯爵家はユリアナの能力を、存在を政治的に利用するつもりはないという事なのだろう。そして、ユリアナを手放すつもりもない、と。握った拳に力が入り、形よく整えられた爪が手の平に食い込んだ。
―――だから、だからどうしたというのだろう?
そんなこと許せる筈もない。彼女は私のものなのだ。
「グラディウス殿であれば、ユリアナ以上に良い女性を伴侶に選ぶことも出来るでしょう」
「ええ。エンライ伯爵の仰る通り、公爵家に相応しい女性として考えれば、条件に合う令嬢は数多く居るでしょう。―――ですが私は、そういった令嬢を伴侶とするつもりはないのです。私は、ユリアナ嬢だからこそ、この縁談を持ち込んだのです」
既に腹は括っている。彼女を手に入れる為ならばどんな艱難辛苦でも笑って乗り越えてみせよう。
それグラディウスの覚悟だ。
「ですから私は、ユリアナ嬢との結婚を諦めるつもりはありません。これからもそれは変わらない。何年経とうとも、それが変わることはないのです」
グラディウスははっきりとそう宣言した。
「ユリアナ嬢は私に無くてはならない存在なのです。例えそれがどんなに難しい事であったとしても、必ずエンライ伯爵を頷かせてみせます」
「そうですか」
泰然とした様子で笑うエンライ伯爵に、グラディウスは噛み締めるように言った。
「私はユリアナ嬢の将来を潰すつもりなど毛頭ありません。勿論、もし結婚が成った際、ユリアナ嬢がエンライ伯爵家の家業を続けると言ったとしても、私はそれを受け入れます。それが彼女の望みであれば。本日はこれにて失礼いたします。また近々お会いできることを願っております」
「ええ」
ここまで言っても、エンライ伯爵の表情は変わらない。それも仕方のないことだと諦めよう。だがそれは今日だけだ。
今日は引く。けれども次は必ずうんと言わせて見せる。必ず、必ずだ。
グラディウスは強くそう決意して立ち上がった。
「ノエル、行くぞ」
「はい」
グラディウスはノエルを伴い、エンライ商会を後にした。
*
―――ユリアナがエンライ伯爵家の経営する商会に出向いたのは、その日の昼下がりの事だった。
今日は珍しくお父様が商会内に残ってらして、商会に着いた途端に商会の事務員からお父様の呼び出しを受け、私は商会の最上階にあるお父様の執務室へと向かった。
最上階のフロアは、実際の所お父様の執務室だけが存在している。フロアを仕切る階段には常に警備の為の職員が立ち、身元が明かされた者でないとこの先の執務室へは入れないようになっている。セキュリティとしては、まあ緩いのかもしれないけれど、実の所階段や天井、床に至るまで様々な箇所に罠や迎撃用のあれやこれやが仕込まれているため、執務室へ向かう階段を上った時点で大抵の不届きものは蹴散らすことが出来るのだ。
警備の職員は実際の所、これらの罠から目を逸らさせるために立っているに過ぎない。
「お父様、ユリアナです。失礼致します」
「ああ、ユリアナ。よく来たね。そこに掛けなさい」
「はい」
執務室のソファーに腰掛けた私に、お父様は酷く楽しそうな表情で言った。
「先程、というか二時間程前かな? グラディウス殿が来たよ」
「…ヴィッツ公爵令息が?」
「ああ。お前との縁談について話したいということでね」
うわーあの人、こっちにも来たんだ。そういえば、まだ縁談の返事を返して居なかったんだっけ。内心でドン引きながらも、楽しそうなお父様に続きを促した。お父様はお父様で、愉快で仕方ないとでも言うようにくすくすと押し殺した笑い声を上げている。
あの腹黒令息、一体どんな風体でここまでやってきたのやら。まあお父様の表情から察するに、中々楽しませて貰ったようだけれど。
「それでお父様は何と?」
「お断りしたよ。それがお前にとっても、エンライ伯爵家にとっても最善の選択だ。けれども彼は諦めるつもりは無いらしい。厄介な方に好かれたものだね、ユリアナ」
「本当に」
心の底から深く溜息を吐く私に、お父様は続けた。
「ラングレーとの婚姻を急がせることにしよう。どこで横やりが入るか分からない」
「ヴィッツ公爵家を敵に回しても構わないのですか?」
「多少のリスクは承知の上だよ。君を掻っ攫われるくらいなら、ラングレーに嫁がせる方が何倍も良い。とはいえ、あちらも黙ってはいないだろうけれどね」
「そうですか」
お父様がラングレーとの婚姻を進めるというのであれば、それで構わない。私は、私の縁談に口を挟む権利など端から持ち合わせていないのだから。
まあでも、まさか本当にラングレーと結婚することになろうとは思っても見なかった。勿論、可能性の一つとしては考えていたし、私自身、ラングレーを家族の一人だと思っていたから、別に抵抗感なんて微塵もないのだけれど。
それでも、ラングレーといずれ夫婦になると想像すると、何処か落ち着かなくなってしまう。家族と夫婦は、やっぱり少し違うものだから。
「とはいえ、情勢次第でひっくり返されるかもしれないからね。王の耳にも入れておくことにするよ」
「はい」
頷きながら、脳裏に王の姿を思い浮かべた。この国の王は、我がエンライ伯爵家にとって、真の主人たる存在だ。間違っても上司などという軽い言葉で語って良い方達ではない。
確か現国王には現在、二人の王子が居り、長子は既に立太子して、王太子として政務に励んでいるのではなかったか。下の弟王子も、兄に似て優秀だと評判で、確かあの腹黒令息とも年が近かったような…。
嫌な考えが浮かんできて、ぶんぶんと首を横に振る。考えても仕方のないことだ。
「ラングレーには、後で正式に私から話をする。ユリアナ、ラングレーの所に顔を出したら、今日は早めに帰りなさい」
「分かりました」
早速ラングレーの元に向かうべく席を立ち、優雅に執務室を後にすると、階段の側にある窓から見慣れない馬車が見えて、どうしてかそれが少しだけ気になってしまった。
何てことのない、辻馬車のようだったけれど。
まあ、少し動揺しているから、目についただけなのかもしれない。そう納得させた私は、後でその奇妙な光景を少しでも疑わなかったことを死ぬほど後悔させる羽目になるとは、この時の私には想像もしていなかった。




