転生した先で、暗殺家業を営む(猫被り少女と、腹黒強引貴族令息の攻防)TwitterSS 2-2
翌朝、居間に出てきたお父様に挨拶もそこそこに謝罪すると、朗らかな笑みを浮かべて傷を受けた頬とは反対側の頬を撫で、穏やかに言った。
「きちんと傷が治るまで、大人しく休んでいなさい。こちらの事は気にしなくて良い。ラングレー君にもそのように伝えてある」
「お気遣いありがとうございます。お父様」
「けれどね、最後の最後まで気を緩めてはいけないのだと、今回の事でよく理解出来ただろう? その傷は、お前の弱さの証でもある」
「はい」
「強くなりなさい。何者も寄せ付けない力を。大丈夫、お前ならばまた出来るはずだ。判断を間違うな、お前には多くの人の命と、そしてその命運を握っているのだからな」
「…はい。肝に銘じます」
反省はした。だからもうこんな拙い失敗などしないようにする。それが一重に自分を守る盾にもなるのだから。
ああ、今日はどうしようかしら。朝食を終えて部屋に帰って来たユリアナはソファに深く腰掛けながらぼんやりと宙を見つめた。
お父様はああ言っていたけれど、ただ屋敷大人しくしている事など出来はしないのだから、書類仕事でも出来る事があればやるつもりでいる。
―――いや、やるつもりだったというべきか。
「どうしてヴィッツ公爵令息、グラディウス様が我がエンライ家においでなのですか?」
昨日の今日よね? という副音声は多分駄々漏れだった筈だ。けれどもグラディウスは全くといって良い程気にした様子もなく、「見舞いに参りました」と宣うのだ。
どうやら昨日の一件は既に耳に入っているらしい。まあ、公爵令息という立場上、どうしても裏の事にも気を配らざるを得ないのだから、この腹黒令息にとってはごく当たり前のことなのかもしれないけれど。
「それはお気遣い感謝致します」
一応口先だけは礼をしておく。勿論本当に歓迎などしていないから、言葉だけだ。
部屋にはユリアナとグラディウス、それに給仕として控えたハウスメイドが居る。
エンライ伯爵家の応接室にある革のソファにゆったりと腰掛けたグラディウスがハウスメイドを呼ぶためか軽く手を振ると、それまで外で控えていたらしいグラディウスの従僕であるノエルが入室し、抱えきれない程に大きな花束を抱き抱えて側に寄って来た。
「見舞いの品です。どうぞお受け取りを、ユリアナ嬢」
ああ、ノエルも来ていたのか。やはりノエルは癒しだなあ。見ているだけで癒される。
手元にある大きすぎる花束は見ない振りだ。そうして無視していたけれども何処か重そうに嵩んだ花束を抱えるノエルがあまりにも可哀想で、結局立ち上がってそれを受け取る。
「…ありがとうございます、ヴィッツ様。ノエルも、重かったでしょう? ここまで運んで下さってありがとう」
「いいえ、とんでもごさいませ―――」
「ノエルに礼など無用ですよ。下がれ、ノエル」
「失礼致しました、グラディウス様。エンライ伯爵令嬢」
私がノエルに労いの言葉を掛けたのがいけなかったのか、一瞬で黒い笑みを浮かべたグラディウスはさっと手を振ってノエルを下がらせた。ノエルも心得たもので青い顔をしたまま即座にドア近くにまで下がってしまい、ああ、癒しが遠のいてしまったと思わず肩を落とした。
「こちらの花束を居間と部屋に飾って頂戴。残りは纏めてエントランスホールに飾っておいて」
「畏まりました」
重く嵩張った花束を部屋に控えていたハウスメイドに手渡し、後で飾るよう指示を出す。そうすればハウスメイドは自然と部屋を出て行き、残ったのはユリアナとグラディウス、それにノエルの三人のみとなった。
あーもう、本当に早く帰ってくれないかしら?
ハウスメイドが淹れてくれた紅茶を飲みながら、対面に座るグラディウスを観察する。
グラディウス・ヴィッツ公爵令息の容姿は一言で言えば類い稀なる美貌だ。すっと通った鼻筋に、薄い唇。整った顔立ちに理知的な印象を受けるアイスブルーの瞳が美しく輝き、生まれついてのプラチナブロンドが整った美貌に華やかさを添えている。上品なフロックコートを纏えば、もうそれだけで絵になるような存在だった。
悔しいけれど、容姿だけ見れば目を惹かれずにはいられない。勿論、あくまでも一般論として、だけれど。第一、私が目を惹かれるだなんていうことはあり得ないことだしね。
不意に、グラディウスが立ち上がった。一応、お客様だということになっているグラディウスが立ち上がれば、礼儀作法上はホスト役である私も立ち上がらなければならない。如何なさいましたか? という言葉を口に出す前に、グラディウスはにこやかな笑みを浮かべて辞意を口にした。
「ユリアナ嬢。本日は所用の為、ここで失礼させて頂きます。どうぞお体を大事になさってご養生下さい」
「えっ、ええ…お気遣い下さり、ありがとうございます。では、エントランスまでお見送りをさせて頂きます」
「いいえ、こちらで結構です。お体に障っては事ですから。ノエル」
「はい。エントランスに馬車を回して参ります。失礼致します」
「ああ、ええ。今日はありがとう」
さっと身を翻したノエルを見送り、入れ違いで戻って来たハウスメイドにグラディウスの見送りを頼む。そうしている内に側に寄って来たグラディウスが私の手を取って手の甲に口づけを落とし、許してもいないというのに私の頬へそっと触れた。
ちょ、それセクハラ!
頬を引き攣らせながらやんわりとその手をどかせば、グラディウスは輝くような笑みで更に髪の毛にまで触れて来る。手が早すぎるし近すぎる!
「ヴィッツ様も、本日はわざわざお見舞いにお越し下さり、誠にありがとうございました。どうぞお気を付けてお帰り下さい」
「ええ。ではまたお会いできる日を楽しみにしております」
名残惜しそうに私を熱く見つめたグラディウスは、ウスメイドを伴って颯爽とエントランスホールへと消えて行った。その背中を見送り、ユリアナはそっと首を傾げた。いつもならば何かしら理由を付けて長々と居座るくせに、どうして今日は直ぐに居なくなってしまったのかしら?
疑問符を浮かべ、けれども嫌な予感―――多分、これは当たらない筈だけど―――に背筋を凍らせながら、ユリアナは疲れたように応接室のソファーに深く沈み込んだ。
「後でラングレーの所にでも行こうかしら」




