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転生した先で、暗殺家業を営む(猫被り少女と、腹黒強引貴族令息の攻防)TwitterSS 2-1

 失敗した。

 屋敷に帰り、エンライ伯爵家の使用人から手当てを受けながら、幾度となくそう繰り返し呟いた。

 頬に手を滑らせると、先ほど塗ったばかりの軟膏が指先にぬるりと付着した。一度手を放してもう一度慎重に傷跡をなぞると、僅かな引っ掛かりと共にぴりりとした鈍い痛みが走った。


「まさかこんな失敗をしでかすなんてね」


 自嘲気味に呟いた言葉がどうしてか重く胸の内に沈殿していった。普段は結い上げている髪を背中に流したユリアナは、先程ハウスメイドが整えてくれた柔らかなベッドに沈み込んま。冷たいシーツが火照った頬を撫で、高揚した気持ちがが少しだけ落ち着いて来る。

 いつも通りの任務だった筈だ。けれども、きっと気付かぬ内に油断していたのだろう。だからこんな失敗を犯してしまったのだ。

 これからの事を思うと溜息をついてしまう。こんな傷を負ってしまったのでは、当分任務を行う事は出来ないだろう。

 当然、その間は自主的な謹慎、もとい屋敷に引き籠っているしかない。


「後でお父様に謝りに行かなければならないわね」


 ―――遡ること数時間前。ユリアナは夜会のただ中に居た。





「どうしてあなたがここにいらっしゃるのですか? ヴィッツ公爵令息グラディウス様」

「貴女がこちらの夜会にお出でになると聞いたからですよ、ユリアナ嬢。私のことはどうぞ、グラディウスとお呼び下さいと以前より申し上げている筈ですが」

「まあ、ファーストネームでお呼びするなど失礼でございますでしょう? 私は、ヴィッツ様とそれ程親しい訳ではありませんのに」

「つれない御方だ。ではまたの機会を楽しみに致しましょう」


 ぎろりと睨み上げれば、腰を折って私の耳元に唇を寄せ、「お邪魔は致しません」と囁いた。今晩この夜会で暗殺対象を弑する事などお見通しらしい。

いやに輝いた笑みで見下ろされ、思わず目を逸らす。負けた訳じゃないんだからね!という負け惜しみにも似た感情が駆け抜けた。それをぐっと堪えて下を向けば、ヴィッツ公爵令息ことグラディウスは何気ない仕草で褒め言葉を口にする。


「貴女は今日もお美しい」

「……ありがとうございます。ですがあまり私の周りで動かれては、差し障りが出て参ります。この後は離れて頂けますか?」

「ええ、勿論分かっています。ですから今日は、貴女の虫除けとしてお側におります」


 寧ろ居ない方が良い、離れなさいよ!という心の声は届いていないらしい。ああ、この腹黒令息め。けれど取り敢えず今は、対象者の捕捉が最優先だ。

 ラングレーと合流する前に、あらかじめドレスに忍ばせた香薬を焚き染めたレースを確認する。丁度ドレスの袖口にあたる、ふんだんにあしらったレースの中に紛れ込ませたそれは、対象を確保する際に素早く取り出すことが出来、なおかつ自然な形で忍ばせる事が出来るため、中々に役立つのだ。

 正直、この仕事を―――特に人を暗殺する場面など本来であれば赤の他人などに見せるつもりは無い。そもそもこれは、暗殺という名の殺人なのだから。


「ユリアナ嬢、飲み物でも如何ですか?」

「……ありがとうございます。ヴィッツ様」


 構わなくて良いから! と目線でそれを伝えても、何ら怯んだ様子もなく優雅にグラスを上げてシャンパンを煽るその様は、悔しいけれどとてもよく似合っている。

 ああ、もう腹立たしいっ。出来れば視界にすら入って欲しくはないというのに、この令息と一緒に居るだけで、どうしても目立ってしまう。

 勿論、他の場であれば歓迎するべきことなのかもしれないけれど、ピリピリとした緊張感を持った今は煩わしいことこの上ない。

 けれど、この腹黒令息はどんなに嫌みを言ったとしても、今は遠くに行くつもりなどないのだろう。邪魔はしないという言質は取ったのだ。取り敢えずは無視で良いだろう。


「ユリアナ嬢、如何なさいましたか?」

「なんでもございません。お気遣いありがとうございます、ヴィッツ様」


 それにしても、私達の周りで好奇と僅かながらに嫉妬を感じさせるような視線をちらちらと送ってくる令嬢の、本当に多いこと。扇で口元を隠しながらこっそりと嘆息する。

 まあ独身で地位も家柄も確かな優良物件が年頃の令嬢と親しそうにしていたら、こういう衆目を集めるのは仕方のないことなのかもしれないけれど。


「ユリィ」

「ラングレー」


 柔らかなその声に、私は救いを見た。品の良いライラックのアスコットタイにダークグレーのフロックコートを纏ったラングレーは、微笑みを浮かべて私の右手を掬い上げると、そっと唇で触れるように口付けを落として丁寧に礼をした。親愛の情溢れるその仕草は、私の苛立っていた心を宥めるような柔らかなものだった。

 温厚で、けれども同時に商才に優れた切れ者と噂されるラングレーも、グラディウス程ではなくとも社交界では十分に優良物件だ。とはいえ、私という婚約者のようなもの(・・・・・・)が居るお陰で縁遠いらしいのだけど。

 先程まで痛い程に私の背に刺さっていたご令嬢達の視線が、ラングレーの登場で一気に霧散する。ああ、やっぱりラングレーでないとだめね。

 私は素の笑みを浮かべてラングレーを見た。


「今夜の君も、とても綺麗だね。ユリィ」

「ありがとう、ラングレー。あなたの衣装もとても似合っているわ」


 朗らかに会話をしている最中、隣に立っていたグラディウスが黒い笑みを浮かべて二人の間に割り込んでくる。


「オレリス子爵令息、今夜も良い夜ですね」

「ヴィッツ公爵令息。ええ、本当に良い夜です」

「ヴィッツ様、ありがとうございました。こうしてラングレーも来たことですし、ここで失礼致しますわ。では、ごきげんよう」


 反論を許さない早口でそう言い切り、ラングレーの腕を取って強引にその場を離れた。

 ふふん。秘儀、お役御免だから、もう側に来ないで頂ける?だ。熱線の如きグラディウスの視線が私とラングレーに刺さっているけれど、それも無視だ、無視。今はこの場を離れることが最優先なんだから。

 そうすれば直ぐに周りに群がっていた令嬢達がまるで街灯に吸い寄せられる羽虫のようにグラディウスの周りを囲んだ。その輪が二重に厚くなっていく様を横目に、ラングレーの手を取ってホールを横切っていく。

 令嬢にあるまじき態度だっていうことは重々承知している。けれどもあの腹黒令息の側に居たら何をしでかすか分からないのだもの。

 そうして離れること数分。ああ、漸く抜け出せたとほっと息を吐くと、ラングレーが苦笑しつつ私の手を外し、紳士的な仕草で自身の腕に私の手を添えた。

 あくまでもエスコートしている、という体を装っているのだ。


「良かったのかい、ユリィ。あんな風に抜けてきて」

「構わないわよ。だって、あの人が勝手に私の隣を陣取っていたのよ? それに他の令嬢からすれば私はお邪魔無視じゃないの」

「そうだね」


 くすくすと優しく笑うラングレーに寄りかかりながら、密やかにこの後の段取りやスケジュールを確認する。暗殺対象者には既に一度接触してあるから、実の所、後は決行するのみだった。


「今夜もよろしくね、ラングレー」

「ああ、ユリィ」


 お互いに目線だけは真剣に偽りの笑みを浮かべて笑った。



 ―――それからは概ねいつも通り進んでいったと思う。けれども予想外だったのは、香を嗅がせたというのに脂汗をかきながらも最後の意地でか反撃をされたことだった。

油断していた訳ではない。けれどもシャツの袖に留めたカフスに仕込んでいたらしい太針で飛び掛かられては、受け身を取るのが精一杯だった。


「ユリィ!」


 ラングレーが焦ったように叫び声を上げるのを、何処か遠くに感じながら、首を狙ったそれをどうにか回避した。けれども一矢報いるかのように頬に一筋、赤い筋を付けた相手はすぐさまラングレーが床に引き倒して取り押さえる。

返す刀でその首に深く毒針を突き刺したラングレーは、絶命の声を上げさせぬよう口元を抑え込みながら、無防備に晒した喉を素早く掻き切った。

 手元から滴る赤い血がラングレーの腕と袖口を汚し、私は荒い呼吸と共に痛みの走る頬を抑え、ラングレーに駆け寄った。


「大丈夫? ユリィ」

「ええ、何とか。でも、私は先に撤退するわね。後を任せても良いかしら?」

「勿論だよ。馬車はいつもの場所に停めてあるから、先に帰っていて」

「ありがとう。それじゃあ、お先に失礼するわ」

「ああ、気を付けて」


 そうして私は一人、よろめきながら撤退した。

 ―――そして話は冒頭へと戻る。


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