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転生した先で、暗殺家業を営む(猫被り少女と、腹黒強引貴族令息の攻防)

残酷描写、グロ注意。私が転生した先は、暗殺を家業とする貴族だった。恋愛に悉く興味の無い私にもたらされた縁談は到底受け入れられない面倒なものたっだ。

 私が転生した世界は、魔法の代わりに地球と同じように科学が発達、発展を遂げた世界。私はその世界の貴族の家に生まれ落ちた。

 エンライ伯爵家は表立っては手広く商売を行う良心的な領主であり、王家の覚えも目出度い貴族。

 けれども、その影に隠れた本当の家業は、王家の手足となって秘密裏に暗躍し、王命によって貴族のみを対象とした表では成し得ない粛清、断罪を行う暗殺家業である。

 ―――そう、私は転生して暗殺者となったのだ。


 小さな頃から毒物に親しみ、耐性を付け、お父様直々の手合わせによって剣やナイフで戦う術を学んだ。

 非力な女性の力では手も足も出ない相手には、合気道によく似た、相手の力を利用して倒す攻撃方法とあらゆる攻撃から身を守る護身術を徹底的に体に叩き込んだ。

 そうして出来上がったのが、日夜暗殺家業に勤しむエンライ伯爵令嬢、ユリアナ・エンライ、十八歳。そう、私である。

 花も恥じらう十八歳という年齢は、貴族の令嬢であれば結婚適齢期である。早い令嬢となると、既に第一子を出産する年頃でもある。然しながら暗殺家業に勤しむ私にそのような常識は通用しない。


 初めて人を手に掛けたのは、丁度六歳の時だった。

 運悪くお父様達の粛清から逃れた貴族の令息を迷子と見せ掛けて近付き、母親譲りの庇護欲をそそる美貌を用いて籠絡し、『一緒にお母さんを探そう』と下卑た笑みを浮かべて手を伸ばし、私の頭を撫でた男の太腿にナイフを突き刺した。

 渾身の力を込めたものの、骨に阻まれた肉は厚く、大した傷を負わせる事は出来なかったけれど、男がその場に崩れ落ちたのを良いことに、男がはくはくと口を開いて驚愕に目を丸くする中、男の喉を掻き切った。

 頸動脈を狙ったナイフは皮膚の奥に流れる脈を的確に切り、突き刺さったナイフを力任せに引き抜く。傷口からどくどくと鼓動に合わせて大量の血液が撒き散らされる中、男が死に行く様を側でじっと見守った。


 手にべっとりと付いてしまった鉄錆び臭い血を適当にハンカチで拭き取り、男の目から光が消え、流れ出る血が固まり始めた頃、漸くお父様が私と男を回収しに来た。

 返り血を浴びて佇む私と、既に命の灯火が消えた男を見たお父様は、ただ一言私を労った後、『後は任せなさい』と言って、近寄ってきたエンライ伯爵家の手の者に引き渡し、私はそのまま馬車に乗せられて屋敷へと戻った。


 人を殺す、という事はどれだけ美辞麗句を並べようとも単なる殺人でしかない。普通の人間であれば、精神に異常をきたすか、或いは残虐な殺人鬼に転じるか、罪悪感で壊れてしまっていても可笑しくはない。


 けれど私は、育った環境が死と常に隣り合わせだったからか、無感情に淡々と心理的にも物理的にも処理出来てしまう。前世で住んでいた平和な国、日本とはこの世界はまるで別物だ。けれども生きる世界が真逆であるならば、私はそれに従うまで。

 既にこの手に掛けた人数は両手の指に余る。最早暗殺を行う事によって私が壊れる事はない。

 私はこの世界で、堅牢な鋼のメンタルを得たのだ。そうでなくては暗殺家業など行える筈も無いのだから。


 そんな私に、何故か執心する者が現れた。十八歳を過ぎてから、ほぼ毎日のように届くようになった求婚の手紙はいっそストーカーじみている。

 けれどもこれは、父を通してエンライ伯爵家に送られてきた正式な縁談でもあり、相手方はいわば婚約者候補である。これが貴族の中でも下位にあたる家ならばそれとなく袖に出来た。

 然しながら此度の縁談は、格上も格上、この国で王家に次ぐ双翼の一つであり、これまで親交が殆ど無かったヴィッツ公爵家よりもたらされたものである。

 断れる筈がない。


 実際の所、何がヴィッツ公爵家の琴線に触れたのかが分からない。

 確かに私の生家たるエンライ伯爵家は今や表では飛ぶ鳥を落とす勢いの豪商ではあるものの、婿に入るならばいざ知らず、王家の頭脳とも言われる宰相以下有能な文官を排出するヴィッツ公爵家に嫁ぐとなれば、私の持参金など端金である。

 ならばこの縁談によって取り込みたいのはエンライ伯爵家独自の人脈だろうか。

 商売柄人脈が広いエンライ伯爵家は、裏街道にもその人脈を広げている。それ自体は裏街道を取り締まりたいと願う者には喉から手から出るほど欲しいものだろう。

 但し、エンライ伯爵家がその人脈を持っている事を知っていればの話ではあるが。


「お嬢様、ヴィッツ公爵家よりお手紙が届いております」

「ありがとう、マヤ。今手が離せないから、そちらのテーブルに置いて頂ける?」

「畏まりました」


 またか。

 顔を歪めないようにするのが精一杯で、淡々とそう指示する。

 恰幅の良い侍女頭のマヤは飴色のテーブルに手紙を置くと、いつもの通り静かに一礼して部屋から出ていった。


「毎日毎日、よく飽きないこと」


 そっと呟いた声は、私自身が思っているよりずっと、忌々しく聞こえた。





「お久しぶりですね。ユリアナ嬢」

「…お久しぶりでございます、ヴィッツ様。どうぞ私の事は、エンライとお呼び下さいますよう」

「ほう。そのような他人行儀、私には必要ございませんよ。どうぞお気遣い無く。是非これからもユリアナ嬢と呼ばせて頂きたいものです」


 にこりと爽やかに微笑むヴィッツ公爵令息、グラディウス・ヴィッツは優雅な仕草で一礼し、私の手を取って手の甲にキスを落とした。

 芝居がかったその仕草に見え隠れするとんでもない腹黒さに、思わず頬が引き攣った。

 そこに制止を掛けたのは、グラディウスの従僕であり、共にエンライ伯爵家を訪問していたノエルである。


 貴方が神か、ノエル。

 思わず感謝の念を向けてしまうのは致し方無い事である。

 にも関わらず、グラディウスは浮ついた私を不機嫌そうに眼を細めて眺め、次いでノエルを見つめた。


「グラディウス様、どうかその辺りで…」

「ノエル、私は今ユリアナ嬢とお話しているのだよ? お前が口出しする事ではない。下がっていなさい」

「失礼致しました、グラディウス様」


 従僕の制止を無視して黒い笑みを浮かべるグラディウスは、傍から見ればまあ良い男っぷりだ。

 がしかし、折角助け舟を出してくれたノエルの言葉をすげなく斬り捨てる辺り、公爵家の貴族令息として相応しい振る舞いである。

 ああ、滅びれば良いのに。

 常日頃から身に付けている毒を塗り込んだ仕込み針に手が伸びそうになり、理性の力で自制する。王家の信頼も厚く、王家に次いで力を持つヴィッツ公爵家の令息、グラディウスの目の前でこれまでに磨いてきた暗殺技量を披露するのは流石に宜しくない。

 ああ、なんて面倒な立ち位置なのだろう?

 静かに一歩下がって壁に控えたノエルは僅かに表情を曇らせてグラディウスを見つめている。常に穏やかで柔和な雰囲気を纏うノエルは私にとって癒しそのものだった。けれどもグラディウスはそれが気に入らないらしく、ノエルに厳しい視線を送っている。

 全く、大人げない大人である。


 その複雑な空気を破ったのは、ワゴンを押してきたエンライ伯爵家のハウスメイドだった。

 よくぞ的確に空気を読むことよ。心の中で称賛を送る。

 テキパキとお茶を入れて壁際に下がったハウスメイドを見送り、そのままグラディウスを放置する事も出来ず、グラディウスを促して対面のソファーに座り、ハウスメイドが淹れてくれた香り高い紅茶を勧めた。

 無論、毒なぞ入ってはいないけれど、エンライ伯爵家の裏側をちらとでも知っていればカップに手を付ける事など出来はしないだろう。


 そのような内心などおくびにも出さず優雅にカップを持ち上げて紅茶を飲む。

 同時に、グラディウスが私を同じように躊躇いもなくカップに口を付けた。

 流石に、これには驚かずにはいられなかった。

 如何な高位貴族とて、僅かな逡巡が見えても良い筈なのに、馬鹿なのかはたまた少し抜けているのか、それとも本当にエンライ伯爵家の裏を知らない清廉潔白な人間なのだろうか?

 だとすれば益々、私に縁談を持ち込んだ理由が分からなくなる。


「ダージリンですか」

「ええ。摘みたての茶葉を取り寄せて貰ったのですわ。お口に合いませんか?」

「いいえ、とても美味しくて驚いています」


 そうしてハウスメイドが入れた二杯目を口にするグラディウスは、どこから見ても優雅としか言えない仕草でカップを傾け、柔和な笑みを浮かべて紅茶を飲む。

 ……なんだか、物凄く悔しい。

 何故だかそう思って、紅茶の味を楽しむことなく自棄気味に紅茶を飲み干した。


「今日のドレスはまた、ユリアナ嬢によくお似合いですね。コーラルピンクですか」

「ええ。お褒め頂き光栄でございます。このドレスは、ラングレーが選んでくれたものなのですよ」

「…ああ、ユリアナ嬢の従兄弟の方でしたか。確か、今はエンライ伯爵家の商会で経理部門を担っているという」

「ええ。彼は私を支えてくれる大切な方ですから」


 はい、アウト。完全な当て擦りです、はい。

 本来であれば無礼討ち…いやいや、社交界追放を覚悟しなければならない程の嫌味である。

 これには流石に壁際に控えていたグラディウスの従僕たるノエルも驚愕し、ほとほと困り果てた表情を浮かべた。

 ……ん? 困り果てた? 普通、ここは私を咎める場面なのではないか?

 僅かな疑問が浮き上がったものの、面白そうに目を細めたグラディウスの黒い笑みを見てしまい、何とはなしにもしかして言葉を間違えただろうかと後悔の念が浮かぶ。


 ラングレー・オレリスは、私の父たるエンライ伯爵の弟を父に持つ私の従兄弟。年はラングレーが二つ年上で、グラディウスと私は五つ年が離れている。

 表向き、ラングレーは私の婚約者のようなもの(・・・・・・)と認識されており、実際、貴族の中ではラングレーと私が正式に婚約を交わした婚約者であると見る者も多い。

 勿論、これはエンライ伯爵家の意向であり、わざわざそう見せている(・・・・・)のだ。


 元々エンライ伯爵家は私を嫁に出すつもりなど無い。

 まあ当然の事だけれど、今日ここに至るまで私を一人前の暗殺者として育て上げる為に少なくない労力を使っている。無論、私自身それを嫌だとか辞めたいだ等と思った事は一度として無い。

 だからこそ血縁に当たるラングレーと娶せる事によって、エンライ伯爵家の庇護と監視の元、エンライ伯爵家の本来の仕事(・・・・・)を生涯に渡って行う事が出来るように取り計らっていたのだ。

 幼い頃から特殊な環境の中で育った私同様、ラングレーも物心付いた時分よりエンライ伯爵家の裏事情を知って育ち、今現在ではエンライ伯爵家の表の仕事に従事しつつ、エンライ伯爵家の力が及ぶ範囲内で働き、生涯をこのエンライ伯爵家に仕える事を誓っている。

 つまりラングレーも私と同じく、お互いが表面上は婚約者のようなものであること等、とっくの昔に承知している。

 まあだからこそ、今回のヴィッツ公爵家から持ち込まれた縁談は些か裏があるような気がしてならないのだ。


 私は社交界で、婚約者…のような存在が居る事など周知の事実なのだから。


「ユリアナ嬢にそう言って貰えるなど、オレリス殿に嫉妬してしまいそうですね」


 ふうっと憂いを帯びた溜息を吐くグラディウスは、艶めいた眼差しを私に向けた。

 そんな眼差しを向けても、私の胸は高鳴りませんから。ええ、本当に。


「今後はユリアナ嬢に大切な方だと思って貰えるよう、私も精進致しましょう」


 ひくり、と頬を引き攣らせて思わず置物と化していた扇を引き寄せて口元を覆った。

 精進なんぞしなくて良いから。寧ろ私の事は放っておいてくれ。

 そんな願いを込めて、私はアルカイックスマイルを浮かべた。





「それで、用事があると言って逃げてきた訳だ?」

「ええそうよ、ラングレー。あんな人と一緒に居るだなんてもう絶対嫌よ、嫌。ああ、今思い出しても寒気がするわ!」

「ユリィ、本性が出てるよ。少しは取り繕わないと」

「あら、貴方と私しか居ないこの部屋で取り繕うだなんて、そんな面倒な事ごめんだわ」

「うん、いつも通りだね。まあ仕方の無い事かもしれないけど、元気そうで安心したよ」

「ありがとう、ラングレー。まあ、この調子でヴィッツ公爵令息を悉く幻滅させてやるわ!」


 令嬢らしさを欠片も見せずぐっと拳を握る私に、ラングレーは「そう上手く行くとは思えないけどね」と苦笑した。

 この部屋は、エンライ伯爵家所有の商会本部、その中でも限られた人間しか出入りを許されない一室だった。


「それにしてもユリィは令息の話になると本当に子どもっぽさが出てくるね。幼くなると言った方が良いのかな」

「まあラングレー、そんな事ありませんわよ。私、あの方とは心底合わないとそう感じているだけですもの」


 つんと顎を逸らせば、「ほら、やっぱり子供っぽい」と笑みを深めた。


「まあでも、あの方からの逃げ場位にはなるから、いつでも来れば良いよ。なにせ私達は婚約者のようなもの、なんだしね」

「ありがとう、ラングレー」


 流石は幼い頃から共に育った従兄弟である。今では甘やかしてくれる人も少なくなった今、こうして逃げ場となってくれるのは本当にありがたい事だ。

 何もかも、私の事も、エンライ伯爵家の一切合切すべてを知っているラングレーは、私にとって良き友人であり、良き戦友である。

 ラングレーが出してくれたお茶を飲みつつ、私は腕を組んで天井を見上げた。


「いっそ、ヴィッツ公爵様に直談判した方が良いかもしれないわね」

「いや、流石にそれは止めた方が良いだろうね。令嬢のするべき事ではないよ」

「…そうね」


 半分本気で呟いたにも関わらず、ラングレーは静かにそれを制した。

 こうなったらアプローチを変える他無いのだろうか?

 グラディウスは結婚するのであれば超優良物件である。顔だって整っているし、性格に難はあるけれど表面上は穏やかで物腰も柔らかい。女性の扱いにも長けている。

 私には別段グラディウスの事など何も思ってはいないが、他の令嬢から見ればどんな手を使っても結婚をしたい相手の筈である。


「常套手段だけれど、他に良い令嬢でも宛がってみましょうか。幸い、明日はルミネ伯爵令嬢のお茶会があるから、そこで情報を仕入れるのも良いかもしれないわね」


 幸いな事に、ヴィッツ公爵家が私に縁談を持ち込んだ話は表には一切出ていない。

 この縁談を避けるのならば今しか無いのだ。


「ラングレー、私、明日の準備があるからこれで失礼するわね」

「ああ、気を付けて。…っと、今夜の事は忘れていないだろうね? カルミアの君へ届けに行くのだろう?」

「勿論よ。いつも通り、エスコートをお願いするわ」

「了解」


 立ち上がったラングレーに手を振り、私は商会本部を出て馬車に乗り、家へ戻った。


 カルミアの花言葉は、裏切り。その人間に届ける物は、死だ。

 天気を気にするかのようにさらりと出た言葉ではあるけれど、その言葉の裏に隠された意味は重く、暗い。暗殺を家業とする人間であれば普通、表舞台には極力顔を出さないようにするのだろうけれど、私が暗殺をするのは王家に命じられた貴族のみである。

 それならば、ある程度親しくなって情報を洗い出した後に暗殺を試みる事が最も効率的な事ではないだろうか。


「明日は雨にならないと良いわね」


 薄暗い雲に覆われた空を馬車の窓から見つめ、私はぽつりと呟いた。


登場人物紹介


ユリアナ・エンライ:エンライ伯爵令嬢。エンライ伯爵家の暗殺者として活動している。基本的にドライな少女だが、縁談を持ち込んだグラディウスが関わると途端に子どもっぽさが顔を出す。周囲には従兄弟のラングレーとは婚約者のようなものと敢えて思い込ませている。


グラディウス・ヴィッツ:ヴィッツ公爵令息。ユリアナに縁談を持ち込んだ奇特な求婚者(ユリアナ談)。基本的な姿勢は、押して押して押しまくれ。縁談を持ち込んだ理由は不明。何やら裏がありそうだ(ユリアナ談)。


ラングレー・オレリス:エンライ伯爵家が経営する商会の経理部門を担当している。ユリアナとは表向き婚約者のようなものとして振る舞っているが、ユリアナに対しては可愛い妹のように思っているようだ。エンライ伯爵家の本業についてもすべて把握しており、生涯をエンライ伯爵家に仕える事を誓っている。

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