2015年2月22日の私
2月22日(日)の私 ―――悪魔と天使と私―――
「ねえ、三井くん」
声をかければくるんと振り向き、私を認めてその大きな瞳を少し細めてにこりと微笑んだ。そこらへんの女の子顔負けの天使みたいな笑顔。でも私は知っている。この子は、天使ではない。断じて。
「お疲れ様です。田部井さん」
玲ちゃんはどこへ行ったのだろう、三井くんはひとり休憩室でブラック無糖の缶コーヒーを開けている。なにこの子、飲んでるものまで可愛くない。
「玲なら、マスターと来週のケーキメニューで話し込んでます」
何も言ってないのに人の心を先読みしてしまうところもあまり可愛くない。
「ちょうどよかった。ねえ、次の春公演の先行チケット取れた?」
「・・・・・・」
隣に座ってその横顔を見上げれば、天使のように微笑んだまま彼は穏やかに言った。
「あんな倍率であの値段ですよ。取れるわけないじゃないですか」
言外に『嫌味ですか?』という一言をはらんで、見た目は天使の顔のまま、悪魔の声を漏らす彼・・・三井くん。
「その言い方から見ると、可愛い玲ちゃんのために尽力しつくしたってことね?」
「かもしれませんね」
何度も言うけど、この子は見た目に反して、本当に可愛くない。
「じゃあ、これ」
私は彼の白い大きな、びっくりするほど綺麗で指の長いその掌に結衣ちゃんたちにあげたのと同じ封筒を押し付けた。
「藤堂に先越されたみたいだけど、頑張って」
「田部井さん?」
三井くんは中身を確かめてその細い眉をしかめた。
「透から。この前のチケットのお礼もかねて。玲ちゃんと三井くんにって預かったの」
「この前のお金はいただきすぎるほどに頂きました。ですからこれはいただけません」
そこらへんの大人より、はっきりきっぱりと断る。この子には曖昧さなど無縁。つくづく見た目と中身が正反対の子なのだ。
「子供なんだから、大人がくれるっていってるものは黙ってもらっときなさいよ」
ここで大人効果を発揮してみる。が・・・。
「あと何か月かで二十歳になれますよ。田部井さんだって大好きじゃないですか。行ってきてください」
「誰と行くってのよ?」
「玲を貸しますよ」
長い脚をだるそうに伸ばしてゆっくりと立ち上がる。
「『貸しますよ』って、三井くんのものじゃないでしょ」
「俺のものも同然ですよ。じゃあ、そろそろ休憩終わりなんで」
律儀にも私に頭を下げて、有無を言わせぬ笑顔で私にチケットの封筒を返して休憩室から出ていった。
・・・本当に可愛くない上予想通り手ごわいわね。でも、玲ちゃんは中身も天使だから大丈夫!・・・
「玲ちゃ~ん!」
仕事終わりにロッカーで着替えている玲ちゃんを捕まえる。
「あ、田部井さん、お疲れ様です」
「お疲れ様。ねえ、実は玲ちゃんに、もらってもらいたいものがあるの」
コートを着た玲ちゃんに私はさっき三井くんに返された封筒を差し出す。
「なんですか?」
「玲ちゃんの大好きなもの」
「?」
玲ちゃんは首を傾げながら封筒を開けた。
「わぁ!春公演!しかもS席!」
予想通り、見た目も中身も天使の玲ちゃんは実に素直に喜んだ。ああ、中身悪魔の三井くんに渡すなんてもったいない!
「三井くんとふたりで行ってね」
「はい!・・・あ、でも」
玲ちゃんが可愛い眉をきゅっと寄せて少し考え込む。
「誕生日でもないのに、こんな高いもの・・・やっぱり、いただけません」
「それは私と透からのお礼だから、ふたりに受け取ってほしいの」
「お礼?」
「あの日、玲ちゃんがあのチケットをくれなかったら、私と透は別れちゃったままだったわ。だから、もらって」
さあ、素直な玲ちゃんは天使だから受け取ってくれるわよね?
「それなら、遠慮なくいただきます!ありがとうございます!」
玲ちゃんが私に抱き付いた。やっぱりこの子は可愛いわ。
「上条さんにも、お礼伝えておいてください」
「うん、わかった」
「では、お先に失礼します」
「気を付けてね」
心身ともに天使な玲ちゃんは私に手を振って、待たされたことで無表情になりつつある三井くんと一緒に従業員通用口から出ていった。
透、任務完了よ!私って、結構有能でしょ?




