2015年1月24日の私
2015年1月24日(土)の私 ―――出会い―――
「こんにちは」
待ち合わせ時間より10分早く着いたのに、彼女は先にきていた。
「ごめんなさい、私の都合でおよびたてしたのにお待たせしちゃって」
慌てて頭を下げると、彼女は首を振った。
「いえ、癖なんです。待ち合わせ時間より大幅に早く来ちゃうの」
そう言って彼女はなぜか悲しげに笑った。
「藤堂とは正反対だ・・・」
「彰、仕事も遅刻してるんですか?」
私の言葉に、彼女は驚いて目を見開いた。
「あ、違うの、大丈夫。ごくたまにあるけど、そんなにひどくないし、むしろ仮眠から起こすのがちょっと大変ってくらいで」
フォローしようと思ったけど、これじゃあ全然だめだ。ごめん、藤堂。
「そうなんですよね!彰、一度寝ちゃうとなかなか起きないし、寝起きも最悪。身体がでかいからゆすって起こすのも体力使っちゃいますよね」
藤堂が予約したイタリアンレストランで向かい合って座る。ディープブルーのVネックセーターはとても彼女に似合っていて彼女と付き合いたいという藤堂の気持ちが少しわかった。でも、こんなに藤堂をよく知ってるなんて、大分進展してるんじゃない。
「デートで遅刻とかされたりする?」
「昔は毎回でした」
「昔って・・・そんな昔から友達なの?」
“口説いてる最中の相手”って、そんな長い間口説いてて落とせないのか、藤堂!男を見せろ!
心の中で藤堂に一喝する。
「付き合ってたんです。大学時代に・・・てっきり、彰から聞いているかと・・・」
運ばれてきたパスタとピザを食べながら、彼女は藤堂との馴れ初めや、別れた理由なんかを楽しそうに話した。
「あ、ごめんなさい。なんか、私ばっかり話しちゃって。田部井さんのお話聞くようにって、彰に言われてたのに」
デザートのティラミスジェラートが運ばれてきて、彼女は恥ずかしそうに笑った。こんな顔もきれいで、女の子らしい彼女が羨ましくなった。
「私の話は、たいしたことじゃ・・・」
「いえいえ、聞かせてください」
ある程度藤堂から私と透のことを聞いていたらしい彼女に、私は今の超遠距離恋愛の不安や、自立しきれていない自分や、もう、どうしたらいいかわからないことを洗いざらい彼女に話してしまった。彼女は頷きながらよく話を聞いて、ティラミスジェラートが溶けるのも忘れて私の話を聞いてくれた。
「私だったら、そんな遠距離恋愛、耐えられないかも・・・でも、いいと思います。私から見たら、田部井さんて、とってもきらきらしてて、眩しいくらいです」
一通り話し終えて一息ついた私に彼女は紅茶を一口飲んで頷いた。
「どういう、意味?」
きらきらしているのは、彼女のほうだ。
「私、人生で“これだ”って、思えるものに出会ったことないんです。仕事も最初に内定をもらったところで、夢もなく、なんとなく働いて、恋愛だって、結局いつも中途半端。付き合っても長続きしないし、長続きしたと思ったら、挙句の果てには浮気されちゃうし」
私にとって“これだ”と思えるのは、やっぱり、仕事なんだと思う。透も大事だけど、最終的には仕事が捨てられないのだと思う。だから、日本にひとりで残っているんだ。
「結衣ちゃんって、とても自由なのね。私はそれが羨ましいわ。私はひとつのことにこだわりすぎて、いつもあちこちに縛られてばかり」
「私は田部井さんが羨ましいです。人生で“これだ”って思えるものに出会う人って、きっとそう多くないんだと思います。だから、それを大切にするべきだと思います。ホテルのお仕事も、恋人も」
「!」
仕事も透も。
「お仕事が大切だというのは、とってもよくわかりました。でも、それと同じくらい、田部井さんにとって、イタリアに行った彼は“これだ”って断言できる相手なんですよね?」
「それは・・・」
「信じたら、きっと方法が見つかります。私も、何かあったら、またお話を聞きます。できることがあれば、お手伝いします。彰だって、絶対そうします。だから、諦めないでください」
どうして、彼女はこんなに親身になってくれるの?今日初めてランチしたばかりなのに・・・。
「どうして、そんなに私のことを?」
「田部井さんの輝きが失われたら、彰が泣いちゃいます」
にこりと笑った彼女を見て、私はおかしくも心底藤堂が羨ましくなった。
「ジェラート、溶けちゃったわね。もう一つ頼もう」
私は店員さんを呼んだ。
「ティラミスジェラートひとつとダージリンティー、それと、コーヒーひとつ」
「田部井さん!」
「藤堂に言われてるの。必ず食後のデザートと紅茶を付けるようにって」
言えば彼女は少し頬を膨らませた。
「もう、彰ってば」
そう言いつつも、運ばれたティラミスジェラートを幸せそうに食べる彼女はとてもきれいで、私はやっぱり、藤堂が羨ましい。
「ねえ、結衣ちゃん」
「はい?」
「本当はもう、見つけてるんじゃないの?」
彼女は紅茶を飲む手を止めて首を傾げた。
「なにを、ですか?」
「結衣ちゃんの人生で“これだ”って、思える何か・・・もしくは、誰か」
羨ましいし憎たらしいけど、可愛い後輩のこともやっぱり気になるわけで、最後にちょっとだけ、訊いてあげてもいいかな、なんて。
「誰か・・・ですか?」
「そう、誰か」
「・・・田部井さん、次のランチでは私の恋の話、しますね」
「それは楽しみ」
透、早く電話頂戴。話したいこと、たくさんあるから。
その日の真夜中を通り越した午前2時。アラームかと思って手にしたiPhoneは着信画面を表示していた。
「ん・・・はい・・・?」
ごくごくまれに、真夜中の緊急事態で呼び出されることもなくはない。
「すまない。日本は真夜中だな」
申し訳なさそうに紡がれた言葉に、意識は一気に覚醒する。
「透?」
「ああ。今少し、いいか?」
「あ、うん!」
暗闇の中で毛布にくるまりながら体だけ起こしてベッドに座り込む。
「里佳、5日くらい休み、とれないか?」
「いつ?」
「2月の初めくらいとか」
「急だね・・・なんかあったの?」
「里佳に会いたくて」
ストレートな言葉に、笑ってしまう。
「なんか、透っぽくない」
「そうか?」
「明日ちょっと主任と藤堂に相談してみる」
「頼む。旅費は俺が出すから、イタリアまで来てほしい」
いつも相手を気遣ってばかりの透のこんな突発的な頼み事なんて珍しい・・・というより、初めてかもしれない。
「本当に?」
「旅費くらいは出せるさ」
「そっちじゃなくて、本当にイタリア行くの?」
「ああ」
嘘も冗談も言えない透は常に本気だ。だからこれも本気。
「なにがなんでもお休みもらわないとね」
「頼む」
電話の向こうで透が呼ばれている。
「そろそろ切るな。夜中に起こしてすまん」
「ううん。透の声聞けて良かったよ。じゃあ、またね。メールする」
「ああ。おやすみ」
透の“おやすみ”を聞いてから私は通話終了ボタンを押して幸せと興奮が入り混じったままとろとろとまどろんで翌朝を迎えた。
明日に続く・・・




