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頑固な私と誠実な貴方  作者: 白石 玲
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2015年3月19日の私

   3月19(木)からの私  ―――プロポーズと私―――


『話したいことがあるんだ』



 今日は結婚式が午前午後で入っているから忙しい。午前中はピンク、午後はブルーにチャペルを衣替えしなければならないのも結構あわただしいけど、花嫁さんはきれいでかわいいし、招待客の方もとても嬉しそうだし、こんな日はウエディング担当者はいいな、なんて、思ってしまう。どんなに忙しくても私はやっぱり人が喜んでいるのを見るのが好きで、華やかな結婚式の端っこ業務でも、参加させてもらえるのはとても嬉しい。

「田部井、間に一組衣装合わせが入ってるんだが、案内を頼めるか?」

 昼に入ろうとしたら主任に呼ばれた。

「何時ですか?」

「12時から小1時間ほどだ。ちなみに、1週間連続で入ってる」

 うん、しばらくはお昼ごはん抜きね。

「わかりました」

 ホテルの一角にウエディングプランのスペースがあって、ドレスだって目移りするほどある。今日の花嫁さんはどんな人かしら?私はウエディング担当ではないから、衣装合わせなんていう楽しい仕事が回ってくるなんて、今日はラッキーだ。花嫁さんが最高に気に入る1着が見つかるように精いっぱい頑張ろう。

「主任、お客様のプランノートがないんですけど」

「ああ、これだ」

 どれどれ・・・花嫁さんは身長165cm、髪の毛はショートカット・・・。

「主任、1時間しかないのに、希望のカラーとか型とか、なんにも決まってないんですか?」

 普通はある程度花嫁さんのリクエストがあって、それにあうドレスを準備して、試着して・・・。

「知らん。とにかく頼んだぞ」

「・・・・・・」

 時間がない!花嫁さんが早めにくることも考えられる。私はホテル内を全力疾走したい気持ちを抑えてドレスの森へと急いだ。

「花村さん!お客様まだですか?」

 ドレスがストックしてある衣裳部屋、通称“ドレスの森”につくと、ランドリー係の花村さんがドレスを並べ直しているところだった。

「今到着したみたいね。玲ちゃーん、花嫁さんいらしたわよー」

 花村さんがドレスの森に向かって叫ぶと、ドレスの間から玲ちゃんが出てきた。

「あ、花嫁さんいらっしゃい」

 玲ちゃんは私のほうを見てにっこり微笑んだので、私は後ろを振り返った・・・当然、誰もいなかった。


「玲ちゃん、1週間毎日来てくれるの?」

 何故か、ドレスを試着しているのは私で、プランナーよろしくアドバイスをしてくれているのは玲ちゃん。

「だってこんな素敵なことできるんですよ」

「でも、大変じゃない?学校とか、平気なの?」

「学校春休みで暇なんです。宗ちゃんは部活で遊んでくれないし」

 玲ちゃんは次から次へとあれこれドレスを持ってきては私を着せ替える。

「三井くん、すごい選手らしいわね」

「宗ちゃん、中学のときからキャプテンで、いっつも学校のスターなんです」

 そういう玲ちゃんは自分のことのように嬉しそう。三井くん自身はあまり自分のことを話さないし、自慢をするような子でもない。

「やっぱり、真っ白いほうがいいわ」

「そうですね。真っ白いのが里佳さんに一番似合ってます」

 そろそろ昼休みが終わるころ、私たちは最後の一着を試着したままの私を映した鏡越しにうなずき合って本日はドレスのカラーのみ決定。




 計画的な人だったはずの透は、どうも、イタリアへ行く際に、その計画性をどこかへ落としてきてしまったらしい。イタリアへ旅立ってからの透は、とても彼とは思えない衝動的な行動に出るようになった。

 時はさかのぼった3月16日。

『里佳、明後日は早番だったな?』

「うん、どうして知ってるの?」

 話した記憶もない私の勤務予定を知っている透がちょっと怖いけど私のその質問は見事に無視された。

『明後日の夜、家にいてくれ』

「いいけど、今も家よ?」

 風呂上がりにテレビを見ながら国際電話で話をする。週に1度くらいの頻度でかかってくる電話に幸せを感じながら話していれば、透は唐突にこんなことを言う。

『明後日が良いな。うん』

 よくわからないままに、ひとりで納得している透。まあ、透がいいなら、私もいいけど。

『では、悪いが仕事が立て込んでいるから、今夜はここで』

「うん、おやすみ」

『おやすみ』

 透はたぶん、おやすみなんて言う時間じゃないだろうけど、取り敢えず挨拶はいつも私の日本時間に合わせてくれているから、そう言って電話を切った。約束の“明後日”に何が起こるかなんて知らずに。



 透との約束の日。私は透が電話をくれるのだと思って、おとなしくiPhoneを握りしめてリビングにいた。

“ピンポーン♪”

「・・・宅配便かな?」

 透が家にいろといったのは、何かしらの荷物を私に送るため?

 とりあえずインターホンに出ると、やっぱりいつもの宅配便のお兄さん。

『宅配です。サインお願いします』

「はーい」

 私は判子を持って玄関に出た。

「いつもありがとう・・・えっ?」

 インターホンのカメラに映っていたのは確かにいつもの宅配便のお兄さんだったのに、玄関を開けると、立っていたのはスーツ姿の透だった。

「はい、里佳。届けものだ。サインは、ここに頼む」

 目を白黒させる私をよそに、透は“届け物”だという小さな紺のラッピングに金リボンのかけられた箱を差し出して、サインをくれと出したのは、婚姻届けだった。

「ちょっと、え、な、なに?」

「そうか、これもだ」

 思いだしたように花束も差し出される。

「ありがとう・・・じゃなくて、なに、急に?」

「俺と結婚してくれ」

 なんてことない平日の夜に、なんてことない玄関先で平然と私にプロポーズしている透。

「と、とりあえず・・・中に入ったら?」

「いや、まずサインをもらわないと」

 中に招き入れようとした私に首を振り、あくまで婚姻届けへのサインを要求する透。

「あ、でも、ペン・・・」

「使ってくれ」

「あ、うん」

 このままでは何も進まなそうなので、私はとりあえず差し出された万年筆で婚姻届けにサインをした。

「はい」

「ありがとう」

 サインを確認して、ようやく家に入った。

「結婚式は6月の終わりで。式場は最高のところを予約してきた。他は里佳の好きにしてくれていい」

「え?なに?来年の6月?」

「今年の6月だ。無理を言って空けてもらった」

「はい?」

 もう、プロポーズの感動は吹っ飛んでいた。というか、あまりの唐突さに感動する暇がなかった。

「悪いが、今夜は泊めてくれ。明日戻るから」

「イタリアに?っていうか、透、いつ来たの?」

「今朝着いた」

「で、明日帰るの?」

「そうだ」

 もう、わけがわからない。透と付き合い始めて早3年・・・私は、いまだにこの人のことが、全く何もわかっていなかったのかもしれない・・・。

「とりあえず、シャワーを借りる」

「あ、うん・・・」

 いつだって私を気遣ってくれていた紳士な透はどこへ行ってしまったのだろう。まるで藤堂並のマイペース感に私だけがおいて行かれていた。



 そしてその翌日が、初めのドレス選びの日に戻るわけだ。

 私は仕事をやめる気は全くなかったので、そう焦る必要もないと思い、まだ会社にも主任にも一言も結婚のことは話していなかった・・・にもかかわらず、主任、玲ちゃん、花村さん、当然のように藤堂や三井くんに至るまで、あのドレス選びの日まで、全員が、というか、本当のところは透が私にプロポーズをしに来る前にホテルでみんなに事情を話していたらしいので、私がプロポーズを受ける前からみんながみんなグルになって、私ひとりがおいて行かれている状態だったのだ。

 本人なのに・・・結婚って、結婚準備って、結婚式って、こんなもんでいいのだろうか?人の結婚式は何度も観て、そのお手伝いだってさせてもらってきたけど、なんか、これは私が思っていた結婚の準備とは全く違う展開になってきていた。






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