6話 驚かすのが好きな狐
「ふふ、とっても驚いてますね」
空狐が楽しそうに笑う。
「いや、まさかあの栞が護符だとは思わなくて……」
それに、初恋の女の人から貰った栞─いや、護符か─に今まで守られていると言う事実に嬉しさやら、申し訳ない気持ちやら、いろんな感情が混ざり合って、俺は複雑な気持ちになった。
それにしても、護符をくれたあの女の人は一体何者なんだろうか……。
いや、そんな事を考える前に空狐に言うことがあるな。
「すまん、空狐」
俺は頭を下げて謝った。
「え、いきなりどうしたんですか?」
困惑したような声を上げる、空狐。
「知らなかったとはいえ、守ってくれてたのに……その、割と雑な扱いしちゃったから」
「あぁ、なる程、確かに物の下敷きにされたときは参りましたね」
空狐は乾いた笑みを浮かべながら、遠い目で明後日の方向を見る。
……本当に申し訳ないことしたな。
一旦顔を上げ、もう一度謝ろうと空狐の顔を見ると、先ほどと違い、真剣な表情をしている。
「どうした、空狐?」
「主様、まだ気になることはあると思いますが、一旦移動しましょう」
突然、空狐がそんな事を言い始める。
「どうして?」
「複数の魔物がこちらに近づいています。安全な所に移動してから、続きをお話します」
「魔物?」
「はい、恐らくは後ろにある蜘蛛の血の匂いを嗅ぎつけたのでしょう」
なんで魔物が近づいてくるのが分かるのか、魔物とは何なのか、気になることばっかり増えていく……。
とりあえず、それも一旦置いとこう。
「危険な魔物なの?空狐なら、さっきの蜘蛛みたいにすぐに倒せそうだけど」
空狐は首を横に振る。
「少なくとも、十匹以上の気配を感じました。五匹くらいまでなら危険無く対処できますが、流石に十匹同時となると主様に危険が及ぶ可能性があります」
「マジか」
「はい、マジです」
「急いで移動した方がいいのか?」
危険なら、すぐに逃げた方がいいしな。
「まだ多少は余裕がありますが、早めに移動した方がいいですね」
「うん、分かった。どっちに行った方がいいかとか分かる?」
空狐は崩れた橋を背にして、右方向を指さした後、左方向を指す。
「向こう側から、魔物が近づいてくる気配がするので、反対側─左の方に行くのが宜しいかと」
「なる程…じゃ、早速移動しようか」
「はい」
俺達は魔物と鉢合わせにならないよう、足早にその場を離れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
しばらくして、空狐は歩きながら口を開いた。
「歩きながらですが、先程の話の続きをしてもよろしいですか?」
「ん、お願い」
正直退屈してたから助かる。
「分かりました。では─」
顎に手を当てる、空狐。
「そうですね……主様を主様と呼ぶ理由を説明する時に、私の事についても少し説明しましたので、私の事についての続きを説明しますかね」
「あぁ、頼む」
「私は守護獣で、主様を守っています。いつから守護してたのかと言いますと…大体、主様が中学に入学したくらいですね」
「マジで!?」
「ふふ、マジです」
そんなに俺のリアクションが可笑しいのか、楽しそうに笑う、空狐。
それにしても、三年前から守られてたのか。
全く気がつかなかったな……。
「そしてですね、実は私は地球で生まれ育ったんですよ」
「!!?」
さらっと、空狐が衝撃の事実をぶっ込んでくる。
流石に地球生まれは予想外だった。
驚きすぎた俺は、言葉を発せずにその場に立ち尽くしてしまい、それを見た空狐は再び楽しそうに笑った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
しばらくしてから─
「大丈夫ですか?」
と、空狐が俺の顔を覗きながら言う。
「大丈夫…ではないかな。大分混乱してる」
俺は気持ちを落ち着かせるために深呼吸をする。
「……よし、続きお願い」
「主様が中学に入学した時くらいに空狐という自我を持って生まれました。主様の考えが分かったのは、長い間一緒にいたお陰なんです」
「そうだったんだ……」
「はい。ところで、主様。そろそろ歩き始めましょう。後ろにいる魔物の気配が少しだけ強くなってきました」
空狐に言われるまで気がつかなかったが、足を止めて話をしていたみたいだ。
全然気づかなかったな。
「あぁ、そうだな、行こうか」
そう言うと、俺達は再び歩き始めた。