初めてのNPC
0と1が無数に並ぶ空間を経て、辿り着いた先は《GW》の世界だ。
俺は泉にある祭殿といった風情の場所にいる。
背後には水晶、そしてそれを中心に回転する輪のオブジェ。
経験上、これは転移装置に類する何かだと思う。
「チュートリアルとかないのか?」
かなり不親切なゲームだと思うが、まあ他のVRMMOと似たようなシステムだろう。
俺は指を二本立て、それを振る。普通のゲームならこれでメニュー画面が出るはずだ。
しかし、メニュー画面が出ることはなかった。
「おいおい、独自システム使うならチュートリアルは必須だろうが。無能だなあ」
掌を掲げて下ろす。口に出して要求する。視界の中でメニューボタンがありそうな空間に触れてみる。色々試したが結果は変な舞を踊るはめになるだけだった。
「まあ、誰かに聞くか」
俺は人一人いない泉を後にし、視界の先にある壁を目指す。
あの壁の先に最初の街があるのだろう。
祭壇から降りて周囲の林を越えるともう十メートル程で壁に触れられる。
入口を求めて壁に沿って歩くと、すぐに衛兵らしき男が立っていた。
「こんにちはー」
挨拶は大事だ。ひょっとしたら何か情報をくれるかもしれないし。
「こんにちは、ここは《始まりの街》だ」
衛兵らしき男は、そう端的に言い、押し黙る。
「NPCか……なあ、メニューの出し方教えてくれ」
男は怪訝な顔を浮かべるだけで応えてはくれない。
どうやらこの男のAIの中には回答がないらしい。
ならもうこいつには用はない。先へ急ごう。
衛兵に止められることもなく、壁の内側に足を踏み入れるとさすが《始まりの街》だった。
広い。人がたくさんいる。道行く人が貧相な感じ。
まず大通りの果てが見えない。
通りの両側には露店が並び、人々がそこで買物をしている。
堅牢な装備で身を守っている者は一人も居らず、俺を含めた全員言わば布の服を装備していた。
「かぁー、いいねえ。このゲーム感! それにやっぱりな」
周囲の買物客、道行く老若男女、誰もが充実した顔をしていた。
誰一人自分の境遇を嘆いているといった表情を浮かべる者はいない。
自分も早くジョブやら何かについて第二の人生を歩みたい。
「そのためにはまずヘルプか何かに目を通しておきたいんだけど……」
試しにその辺にいた男に聞いてみる。
男はもう完全にTシャツ、パンツとスニーカー。まるでリアルで街中を歩いているといった恰好だった。
「なあ、この世界のことを知りたいんだけど、どうすればいい?」
「ははーん、お前《異界人》か。なら《ギルド》に面倒見て貰いな。《ギルド》の場所はわかるか?なんなら案内してやるぞ」
どうやら偶然案内役のNPCに声を掛けたようだ。幸先がいいかもしれない。
しかしやたら砕けた話し方をするNPCだ。
「おお、頼むよ」
「任せとけ。俺は《太郎》ってんだ、お前は?」
お、ここでネーム登録か。
「刹那だ」
せっかくのゲームだ。カッコいい名前を名乗りたいし俺はそう名乗った。
これで今後《GW》内での俺の名前は刹那となるだろう。
「おっけ、刹那。じゃあ《ギルド》まで案内するよ」
俺はギルドへ向かう際中に色々と目移りしていた。
整備された大通りに敷かれた石畳は、荷馬車が通ると効果音のような音をさせる。
屋台の肉を焼く香りが鼻腔を、そして空腹感を刺激する。
コンクリートジャングルとは縁遠い古式ゆかしい建物。
なにもかもが自分の中の心を湧き踊らせる。
「この町には何があるんだ?」
「そうだな、宿屋、武器屋、防具屋、道具屋、素材――」
「――おっけ、何でもあるってことだな。後で探索するわ」
「はは、そうだな。ああでも壁の近くには行かない方がいいぜ」
「何でよ?」
太郎は少しだけためると、驚かすような口調で言った。
「貧民街だ。治安が悪い」