困惑
ハッ、として目を覚ますと、最初に飛び込んできたのは部屋の天井だった。
突然の事態に混乱しかけたが、どうやらベッドに寝かされているようだった。
身を起こそうとするが、体がまるで水の中にいるみたいに上手く動かない。
仕方ないので、首だけ動かして周りの様子を確認する。
薄暗い部屋に設えられた家具を見て、ここが何処かすぐに理解した。
大きいだけで殆ど服が収められていないドレッサー。
上に乗って遊んだ所為で、引き出しが開かなくなってしまったサイドチェスト。
窓から脱出しようとして、少し破いてしまった黒のカーテン。
花瓶類等の割れ物は、すぐに割って危険だからという理由で全く置かれない、王族の娘の部屋とはとても思えない質素な部屋。
この部屋は、プリマヴェーラの部屋だった。
でも……どうして? 私は……
ジャンヌとして、聖女として、人々を幸せにする革命に参加していたはず。
いくつもの困難を乗り越え、大切な家族を失い、それでも諦めずに前に進み続け、そしてクラフトと一騎打ちの決闘をした。
最後は、死んだはずのクラフトの手によって殺された……はずだった。
とういうことは、私は死んだのだろうか?
でも、そうなるとここにいる私は誰?
そんなとりとめもないことを考えていると、
「プ、プリマヴェーラ様!?」
突然、部屋の入り口の方から悲鳴にも似た声が上がった。
顔を向けると、眼鏡をかけた理知的な女性が驚いた表情でこちらを見ていた。
「……エ……レ…………ン?」
入り口に立つ女性、家庭教師のエレンの名前を呼んだつもりだったが、プリマヴェーラは自分の声を聞いて、驚きに目を見開く。
これが自分の声なのか? まるで年寄りの様にしわがれ、一声発しただけなのに、咽が焼け付くように痛かった。
だが、エレンが自分をプリマヴェーラと呼ぶのだから、元の体に戻ったのだろう。
「プリマヴェーラ様、よかった!」
エレンはプリマヴェーラに駆け寄ると、いきなり抱き付いた。
エレンから頬擦りまでされ、熱い歓迎にプリマヴェーラは苦しげに呻く。
「ちょ……と…………エ…………くる……しい」
「あ、ああ……すみません。プリマヴェーラ様。ささ、これをどうぞ」
エレンは謝りながら水差しをプリマヴェーラに差し出し、優しく水を飲ませてくれた。
プリマヴェーラが一息つくのを待ってから、エレンは流れてきた涙を拭いながら話す。
「すみません。こんなみっともない姿を……プリマヴェーラ様の意識が戻ったのが嬉しくて」
「私が……意識を?」
「覚えていないのも無理ありません。でも、確かにプリマヴェーラ様は長い間、およそ半年も意識を失っていたのです」
「そう……なんだ」
半年間、それは正にプリマヴェーラがジャンヌとして活動してきた日数と大体一致する。
ということは、
「ねえ、エレン。爺は何処にいるの?」
「え? クラフト様……ですか?」
クラフトの名前を出した途端、エレンの表情が曇った。
それだけで何となく察してしまったが、プリマヴェーラは涙声で尋ねる。
「教えてエレン。爺は……爺は……」
「姫様…………わかりました。落ち着いて聞いてください。クラフト様は……」
エレンが何か言いかけた途端、何かを蹴破るような音がして、人の怒号が聞こえてきた。
「な……何?」
「姫様、安心してください。姫様の身は、この私が絶対に守りますから」
「エレン……」
頭を強く抱きしめられ少し苦しかったが、エレンのただならぬ気配に、プリマヴェーラは身を硬くした。
外では窓を割る音、悲鳴や、叫ぶ声が聞こえる。
何が起こっているの? プリマヴェーラは訳がわからず、ただただ震えていた。




