表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/61

血涙

 ゆっくりと視線を落とし、動かない騎士を見て、ジャンヌはようやくアンペラールシュヴァリエの代表を倒した実感が沸いてきた。

 疲れ果て、体を動かすのも億劫だが、ジャンヌは大きく息を吐くと、よろよろと剣を天へと突き上げて、勝ち名乗りを上げる。


「私のか……」

「まだだっ!」


 勝ち名乗りを上げようとすると、倒れていた騎士が起き上がり、腰から小さなナイフを取り出してジャンヌに襲い掛かってきた。


「なっ!?」


 突然の事態に、ジャンヌは咄嗟の反応しか出来なかった。

 だから思わず突き出した剣が、鎧を失った騎士の胸を貫くとは思わなかった。


「……え?」


 予想より遥かに軽い手応えにジャンヌは驚く。

 胸を貫かれた騎士は、震える手で胸に刺さった剣を掴むと、強引に引き抜いて膝を着く。


「お、お見事……流石は……聖女………………さま」


 騎士はジャンヌに賞賛の言葉を送ると、口から多量の血を吐いて地面へと倒れた。


「………………………………え?」


 騎士の声を聞き、ジャンヌは騎士を刺した時とは違う驚きに体を震わせた。慌てて膝をつくと、騎士の兜に手を伸ばし、震える手で、倒れた騎士の兜をゆっくりと外しす。


 中から出てきた顔は予想通りの者だった。


 ジャンヌが、プリマヴェーラが敬愛してやまない、実の親以上に大切に思っていた人物、クラフトの死にそうな顔をジャンヌは呆然と眺めた。

 クラフトは今にも泣きそうな顔のジャンヌと目が合うと、顔の皺を更に深くして破顔する。


「クク、まさか……儂の人生二度目の敗北が……こんな麗しい乙女……しかも、同じ技での敗北とは……儂も寄る年波には勝てない……ということかの」

「ど、どうして……」

「どうして……と問われたら、儂にも……守るべき者があるからじゃ」


 ジャンヌの呟きを、問い掛けと勘違いしたクラフトが苦しげに喋る。


「儂は……王への忠誠は……当に尽きておった。だが……それでも……儂には守りたい……大切な人が……ガハッ、ガハッ」

「喋らないで! これ以上喋ったら、もう……」


 ジャンヌの必死の呼びかけを傷ついた老躯は手で制し、血を吐きながら続ける。


「王に見捨てられても……決して笑みを絶やさなかった……心優しき……我が姫。子供のいなかった儂が……失礼ながらも……本当の娘の様に愛した……姫」

「ああ……あああ」


 クラフトの言葉を聞いて、ジャンヌは胸が締め付けられる想いだった。

 クラフトからの愛は、プリマヴェーラをどれだけ元気にしてくれたか。

 クラフトの言葉は、プリマヴェーラにどれだけの勇気を与えてくれたか。


 全てはクラフトがいたから、クラフトからの愛があったからプリマヴェーラの今があるようなものだった。

 それが痛いほどにわかっていたから、ジャンヌは涙を止められなかった。

 ジャンヌは優しくクラフトの頭を抱くと、


「ごめんなさい。ごめんなさい」


 何度も……何度もクラフトに謝罪した。

 すると、ジャンヌの腕の中でクラフトが微笑を浮かべ、震える手でジャンヌに手を伸ばす。


「敵対した儂の為に泣いてくれる心優しき聖女様……儂の……儂の最後の頼みを……聞いてはくれないだろうか?」

「な、何?」


 涙を流しながら、ジャンヌはクラフトの手を握って話を聞く。


「姫を……プリマヴェーラ様の命だけは……お救い下さい……姫は王位継承権もなく、城に仕える民と共に生きてきたので、あなた達ともわかりあえるはずです。それに姫は今、原因不明の病で意識を失っておられる……だから……何卒……」

「うん……わかった……」

「そうか……それだけ聞ければ……儂は……満足じゃ」


 クラフトは空を仰ぐと、何かを掴むように手を伸ばす。


「ああ……姫……爺が先に逝くことをどうかお許し下さい……爺やは……姫を…………心からお慕い申しておりまし……た」


 そう言うと、クラフトの体からフッ、と力が抜けた。


「……爺」


 クラフトを抱いた姿勢で、ジャンヌは涙を流しながら震えた。


 死んだ? クラフトが……爺が死んでしまった。私の……手によって……。


 悲しみに押し潰されそうになったジャンヌは、空に向かって大声で叫ぼうとした。


「―――っ!」


 しかし、出来なかった。


「……ゴフッ!」


 声の変わりに口から出てきたのは、大量の血だった。

 何事かと思うと、自分の胸に小さなナイフが突き立てられているのに気付いた。


「ど……して?」


 突き立てられたナイフを見て、ジャンヌは愕然とする。

 ナイフを握っているのは、今しがた天に召されたクラフトその人だったからだ。

 クラフトの顔はとても安らかで、とてもこんな凶行に出られるとは思えなかった。


 ジャンヌはゆっくりと倒れながら何故こうなったか考えるが、思考が上手くまとまらない。

 体から急激に力が失われ、目の前に霞がかかった様に何も見えなくなる。

 薄れゆく意識の中でジャンヌが最後に感じたのは「おおおおおおおおお!」と言う大勢の誰かが叫ぶ声と、大地が怒っているような凄まじい地響きだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ