血涙
ゆっくりと視線を落とし、動かない騎士を見て、ジャンヌはようやくアンペラールシュヴァリエの代表を倒した実感が沸いてきた。
疲れ果て、体を動かすのも億劫だが、ジャンヌは大きく息を吐くと、よろよろと剣を天へと突き上げて、勝ち名乗りを上げる。
「私のか……」
「まだだっ!」
勝ち名乗りを上げようとすると、倒れていた騎士が起き上がり、腰から小さなナイフを取り出してジャンヌに襲い掛かってきた。
「なっ!?」
突然の事態に、ジャンヌは咄嗟の反応しか出来なかった。
だから思わず突き出した剣が、鎧を失った騎士の胸を貫くとは思わなかった。
「……え?」
予想より遥かに軽い手応えにジャンヌは驚く。
胸を貫かれた騎士は、震える手で胸に刺さった剣を掴むと、強引に引き抜いて膝を着く。
「お、お見事……流石は……聖女………………さま」
騎士はジャンヌに賞賛の言葉を送ると、口から多量の血を吐いて地面へと倒れた。
「………………………………え?」
騎士の声を聞き、ジャンヌは騎士を刺した時とは違う驚きに体を震わせた。慌てて膝をつくと、騎士の兜に手を伸ばし、震える手で、倒れた騎士の兜をゆっくりと外しす。
中から出てきた顔は予想通りの者だった。
ジャンヌが、プリマヴェーラが敬愛してやまない、実の親以上に大切に思っていた人物、クラフトの死にそうな顔をジャンヌは呆然と眺めた。
クラフトは今にも泣きそうな顔のジャンヌと目が合うと、顔の皺を更に深くして破顔する。
「クク、まさか……儂の人生二度目の敗北が……こんな麗しい乙女……しかも、同じ技での敗北とは……儂も寄る年波には勝てない……ということかの」
「ど、どうして……」
「どうして……と問われたら、儂にも……守るべき者があるからじゃ」
ジャンヌの呟きを、問い掛けと勘違いしたクラフトが苦しげに喋る。
「儂は……王への忠誠は……当に尽きておった。だが……それでも……儂には守りたい……大切な人が……ガハッ、ガハッ」
「喋らないで! これ以上喋ったら、もう……」
ジャンヌの必死の呼びかけを傷ついた老躯は手で制し、血を吐きながら続ける。
「王に見捨てられても……決して笑みを絶やさなかった……心優しき……我が姫。子供のいなかった儂が……失礼ながらも……本当の娘の様に愛した……姫」
「ああ……あああ」
クラフトの言葉を聞いて、ジャンヌは胸が締め付けられる想いだった。
クラフトからの愛は、プリマヴェーラをどれだけ元気にしてくれたか。
クラフトの言葉は、プリマヴェーラにどれだけの勇気を与えてくれたか。
全てはクラフトがいたから、クラフトからの愛があったからプリマヴェーラの今があるようなものだった。
それが痛いほどにわかっていたから、ジャンヌは涙を止められなかった。
ジャンヌは優しくクラフトの頭を抱くと、
「ごめんなさい。ごめんなさい」
何度も……何度もクラフトに謝罪した。
すると、ジャンヌの腕の中でクラフトが微笑を浮かべ、震える手でジャンヌに手を伸ばす。
「敵対した儂の為に泣いてくれる心優しき聖女様……儂の……儂の最後の頼みを……聞いてはくれないだろうか?」
「な、何?」
涙を流しながら、ジャンヌはクラフトの手を握って話を聞く。
「姫を……プリマヴェーラ様の命だけは……お救い下さい……姫は王位継承権もなく、城に仕える民と共に生きてきたので、あなた達ともわかりあえるはずです。それに姫は今、原因不明の病で意識を失っておられる……だから……何卒……」
「うん……わかった……」
「そうか……それだけ聞ければ……儂は……満足じゃ」
クラフトは空を仰ぐと、何かを掴むように手を伸ばす。
「ああ……姫……爺が先に逝くことをどうかお許し下さい……爺やは……姫を…………心からお慕い申しておりまし……た」
そう言うと、クラフトの体からフッ、と力が抜けた。
「……爺」
クラフトを抱いた姿勢で、ジャンヌは涙を流しながら震えた。
死んだ? クラフトが……爺が死んでしまった。私の……手によって……。
悲しみに押し潰されそうになったジャンヌは、空に向かって大声で叫ぼうとした。
「―――っ!」
しかし、出来なかった。
「……ゴフッ!」
声の変わりに口から出てきたのは、大量の血だった。
何事かと思うと、自分の胸に小さなナイフが突き立てられているのに気付いた。
「ど……して?」
突き立てられたナイフを見て、ジャンヌは愕然とする。
ナイフを握っているのは、今しがた天に召されたクラフトその人だったからだ。
クラフトの顔はとても安らかで、とてもこんな凶行に出られるとは思えなかった。
ジャンヌはゆっくりと倒れながら何故こうなったか考えるが、思考が上手くまとまらない。
体から急激に力が失われ、目の前に霞がかかった様に何も見えなくなる。
薄れゆく意識の中でジャンヌが最後に感じたのは「おおおおおおおおお!」と言う大勢の誰かが叫ぶ声と、大地が怒っているような凄まじい地響きだった。




