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決着

 悲観的なリバルの予想は、すぐに現実の物になった。

 足元を払おうとした長槍を飛んで回避したジャンヌは、空中で回転しながら片手で握った剣を振り下ろす。

 先程までなら長槍で受け流すであろうジャンヌの攻撃を、騎士は通常よりも一歩多く踏み込むと、甲高い音を立ててジャンヌの攻撃を肩当てで受け止めた。


「しまっ……!?」


 ジャンヌは、驚きに目を見張るが既に遅かった。

 騎士はジャンヌの攻撃を受けた肩とは逆の手で、既に長槍を引いて攻撃態勢に入っていた。そして、空中で身動きが取れないジャンヌ目掛け、騎士は引き絞った長槍を突き出した。


「あがっ……」


 腹部を長槍で穿たれたジャンヌの体が宙に舞う。

 血を撒き散らしながら三メートルも吹き飛ばされたジャンヌは、受け身も取れずに背中から地面に落ちた。


「ああ……」

「そんな、聖女様が……」


 倒れたジャンヌを見て、騒いでいた革命軍の兵士の間に悲鳴にも似た声が上がる。

 地面に落ちたジャンヌは、ピクリとも動かない。

 まさか、聖女が負けたのか? 全く予想しなかった展開に、革命軍の間に動揺が広がるが、


「ぷはっ!」


 死んだと思われたジャンヌが息を吹き返した。

 ジャンヌは反動をつけて一気に起き上がると、騎士と距離を取って剣を構え直した。

 しかし、左の腹部からは血が流れ、口角からも一筋の血が流れていた。

 ジャンヌは長槍で突かれる直前、体を無理矢理捻ってどうにか直撃は避けたが、それでも決して浅くない怪我を負ってしまっていた。

 ジャンヌは傷口に手を当てて、傷の様子を確かめる。


「クッ、痛ぅぅ……」


 出血が酷く、体を動かす度に表情が歪むほどの痛みが走る。

 奇跡的に動くのに支障が出るほどの大怪我ではなさそうだが、先程までの立体的な動きはもう出来そうになかった。それに、このまま血が流れ続けると、そう遠くないうちに戦う事すら不可能になってしまうだろう。

 先ずはこの怪我をどうにかしなければ……。

 そう考えたジャンヌは、下着が見えそうになるのも構わず、ドレスの裾部分を豪快に引きちぎると、怪我をした腰に巻いて止血を行う。

 力いっぱいに腰を締め上げ、その痛みに顔をしかめながらジャンヌは己の失態を後悔する。

 あれだけ優位に進めていた決闘が、たった一つの判断ミスで形成が逆転してしまったのだ。


「はぁ……はぁ……クッ」


 こんな万全とは言い難い状態で、ほぼ無傷の相手に勝てるのだろうか?

 考えるまでも無い。勝つ確率は限りなくゼロに近くなってしまった。


「……それでも、私は負けるわけにはいかないのよ!」


 勝てる可能性がいくら低くても、ジャンヌは諦めるわけにはいかなかった。

 ミシェルやマリータという最愛の家族を失ったあの日、革命を成功させるまでは、もう泣かないと、決して心折れないと決めたのだ。

 ここに至るまで何度も心が折れそうになった。だが、その度に仲間がジャンヌを励まし、支えてくれ、何度も立ち上がらせてくれたのだ。

 そんな仲間の為に、今度は自分が皆の支えになるんだ。

 今の自分は、革命軍に参加した全ての人間の想いを、未来を背負っているのだ。

 それに、


「ジャンヌ! 負けるな!!」


 革命軍の中からジャンヌを鼓舞する大きな声が上がった。

 声のした方に顔を向けると、包帯を巻かれた姿が痛々しいルシオが、仲間に肩を貸してもらいながら必死に叫んでいた。


「ジャンヌなら勝てる! 俺たちが束になっても適わない、俺たちの中で一番強いジャンヌが、アンペラールシュヴァリエが相手だからって遅れをとるはずがない! だから……だからいつもの強いジャンヌを見せてくれ! 俺たちの夢を潰さないでくれ!!」


 ルシオは叫び終えた途端、倒れそうになり、慌てた仲間に支えられる。

 仲間に支えられながらも、ルシオはジャンヌへ熱い視線を送り続けていた。

 その視線を受けて、ジャンヌは自分の中に力が湧いてくるのを自覚する。

 そう、自分にはまだ守るべき、愛すべき家族であるルシオがいるのだ。

 ルシオの言葉は、他の誰の言葉よりもジャンヌの心に響いた。


「…………ありがとう。ルシオ」


 ジャンヌは小さな声でルシオにお礼を言いながら、目の前に立つ騎士に向き直る。

 頭でどれだけ覚悟を決めても、この騎士の前に立つと、体が先程の恐怖を思い出し、勝手に震え出す。

 先ずは、この震える体をどうにかしなければならなかった。


「やってやれないことは無い。壁は乗り越えられるんだ」


 ジャンヌは自分を鼓舞する魔法の言葉を呟くと、


「わああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 突然、天を仰いで全力で叫んだ。

 更に、気持ちのいい破裂音を響かせ、自分の両頬を全力で叩く。

 頬を真っ赤に腫らしたジャンヌは、そのまま騎士の前まで行くと、


「すみません! 決闘の最中にお見苦しい所を見せました」


 頭を下げて謝罪して、武器を構えなおした。


「…………」


 頭を下げられた騎士は、沈黙を保っていたが、


「……クッ、クッ、クッ」


 肩を震わせ、静かに笑った。

 しかし、すぐに気を取り直すと、改めて長槍を構え直す。

 ジャンヌも油断無く剣を構え、深く深呼吸を繰り返す。

 その表情に、もう迷いなかった。

 どちらにしても、この傷では長くは動けない。ならば取る選択肢は一つだけ――


 次の攻撃で決める。


 そう決心し、ジャンヌは腰を落とす。

 長く息を吐き、軽く息を吸い込むと、


「参ります!」


 三度目の叫び声と共に、騎士目掛けて駆け出した。

 駆けながら剣を引いたジャンヌは、初手の時と同じ様に鋭い突きを繰り出す。

 今度は牽制ではない。最初から、相手を倒す為の全力の突きだ。


「はああああああああああああ!」


 裂帛の気合と共に突き出されたジャンヌの突きを、騎士は長槍の角度を変えて受け流す。

 攻撃を受け流されたジャンヌは、踏ん張って姿勢を崩されるのをどうにか耐えると、


「まだまだああああ!」


 素早く剣を引いて、再び全力の突きを繰り出した。

 その突きも受け流されるが、ジャンヌは諦めずに何度も突きを繰り出していく。

 騎士はそれにも動じず、受けては捌き、隙を見ては反撃を繰り出そうとする。

 しかし、ジャンヌはそれを許さなかった。

 騎士が反撃に出ようとする前にジャンヌはひたすら素早く、重い突きを繰り出していく。

 烈火の如きジャンヌの猛攻に、騎士は再び防戦一方となった。

 その後もジャンヌの攻撃が捌かれる音が草原に響いていく。

 革命軍も、アンペラールシュヴァリエの人間も、目の前で繰り広げられる攻防に誰一人口を挟まず、固唾を呑んで事の成り行きを見守っていた。

 そんな幾度も繰り返される攻防に、変化が起きたのは少し経ってからだ。

 ジャンヌの突きの速度が更に増し、それに騎士が対応し切れなくなってきたのだ。


 もっと速く……もっと……もっと……。


 ジャンヌの思考は極度の集中力で単純化し、目に映る視野が極端に狭まっていく。それに合わせてジャンヌの動きも、より鋭く、より理想的な形へと姿を変え、効果的な攻撃を繰り出していく。そして先程まで完璧に捌かれていたジャンヌの突きが、少しずつ騎士の黄金の鎧を削りはじめたのだった。

 それと同時に、ジャンヌの猛攻を凌ぎ続けた長槍の柄が悲鳴にも似た音を立てはじめる。

 それでも繰り返されるジャンヌの突きを受け止めた続けた長槍は――


「な、なんと!?」


 僅かな隙間から洩れ出た水で堤防が決壊する様に、長槍の柄が真ん中から粉々に砕けた。

 それを見て、ここが勝機と見たジャンヌは、残された最後の力を振り絞る。


「秘剣、エトワール・フィラント!!」


 ジャンヌの叫び声と共に、無数の銀色の刺突が騎士を襲う。

 初撃を防ごうとした手甲が、まるで馬に轢かれたかのように弾け飛ぶ。

 首への直撃を避けようとして肩当てが吹き飛ぶ。

 兜の一部が割れ、騎士の顔の一部がその姿を現す。

 流星の如く降り注ぐ銀色の猛攻の前に、騎士は防御すら儘ならず、その場にまるで縫い付けられたかのように動けなくなる。

 手足の動きを封じ、騎士が完全に無防備になったのを確認したジャンヌは全身全霊を込めた突きを繰り出す。


「これで……どうだああああああああああああああああああああ!!!!」


 次の瞬間、金属を穿つ悲鳴にも似た甲高い音が辺り一帯に響き渡った。

 ジャンヌが放った一撃は、騎士の胸を真正面から捉え、衝撃で騎士の体を宙に飛ばす。


「……ガハッ!」


 騎士は口から血を吐きながら暫し宙を舞った後、受け身も満足に取れずに背中から落ちた。

 そのまま意識が途絶えたように、ぐったりと動かなくなる。

 最後に、ジャンヌの威力の凄まじさを現すかのように、黄金の鎧が突かれた所から真っ二つに割れた。


「はあ……はあ……はあ……」


 ジャンヌは最後の突きを繰り出した姿勢で荒い呼吸を繰り返していた。

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