アンペラールシュヴァリエ
勢いに乗る革命軍は、ここもあっという間に占領すると思われたが、
「先行していた部隊が全滅ですって?」
天幕が張られた本陣で、ジャンヌは部下からの報告を聞いて驚きの声を上げた。
「はい、我々は王都へ先制攻撃を仕掛けるべく、千の部隊を率いて向かったのですが、我々の前に黄金の鎧を身に付けた部隊が現れ、善戦する間もなく、我が軍は全滅……」
「黄金の鎧……」
その単語を口にした途端、ジャンヌの脳裏に忌まわしい記憶が甦る。
オルブライト卿をはじめ、マリータやミシェル、そして大切な仲間達を殺した憎き敵。王の直属の部隊にして、この国最強と謳われるアンペラールシュヴァリエだ。
「クソッ! 奴等、何処まで俺たちの邪魔をすればいいんだ!」
アンペラールシュヴァリエの存在を知り、今回の遠征に無理を圧してついてきたルシオの顔に怒りの色が灯り、軍議用の机を叩いて大声で命令を出す。
「数で圧すんだ! そうすれば奴等だって……」
「いえ……それが敵の力が圧倒的過ぎて、彼等と戦うのを恐れる者が続々と現れています。士気の低下が著しく、このまま戦っても無駄に犠牲を出すだけかと……」
「何だと! 二十万の兵をもって、たかだか数百の軍に破れると……グッ!」
興奮して傷が開いたのか、ルシオが脇腹を押さえて蹲る。
「ルシオ、傷がまだ完治していないのだから落ち着いて」
ジャンヌは蹲ったルシオを介抱しながら、部下の男へと向き直る。
「とりあえず、一度様子を見に行きます。連れて行ってもらえますか?」
「は、はい! わかりました。こちらへどうぞ」
顔を真っ赤にした部下に連れられ、ジャンヌは戦場へと向かった。
「来たか……」
前線へに立つと、不機嫌な表情のライルがジャンヌを出迎えた。
ジャンヌは無言で頷いてライルの隣に立つと、目の前にそびえる王都へと目を向けた。
王都は、すり鉢状をした広大な平野に造られたいくつもの尖塔が確認できる巨大な都市だった。
都市の規模にも負けない巨大な城壁に囲まれた街は、近くを流れる大きな川の水を引いた巨大な堀で囲まれ、街への入り口は跳ね橋でかけられた一つだけのようだった。
そのたった一つの入り口の前には、黄金の鎧を身に纏った騎士が整然と並び、対面する革命軍を睨んでいた。光り輝く黄金の集団は、正に王の守護神と呼ぶに相応しい神々しい存在に見えた。
だが、あの姿に良い思い出がないジャンヌは、彼等を汚い物を見るように見つめながらライルに話しかける。
「先行していた部隊が全滅したって聞いたけど……」
「ああ、たかが五百人いるかどうかの部隊に、倍以上の人間で挑んで手も足も出なかった。しかも、自分たちで倒した相手を、我々にわざと回収させるという余裕すら見せてな。お陰でこちらの士気はすっかり下がり、今はどうにか膠着状態を保っている。正直、向こうから攻めてこられないだけ僥倖だろう。はっきり言って、お手上げだ」
アンペラールシュヴァリエに対する賞賛の言葉に、ジャンヌは目を瞬かせる。
「あの人たちの実力は、そこまでのものなの?」
「ここで一部始終を見ていたが圧巻、の一言に過ぎるな。全軍で突撃すれば勝てるかもしれないが、こちらの犠牲は相当な物を覚悟しなければならないだろう」
「……じゃあ、どうするのよ?」
「ふむ、ここは消耗戦に持ち込んで、相手側の……ん?」
何かに気付いたライルが双眸を細めて前を凝視する。
ジャンヌもライルに釣られて目を向けると、アンペラールシュヴァリエの中から一人の騎士が前に出て来た。
今まで見たこともないくらい黒い巨大な馬に乗った、偉丈夫の男だった。
馬に負けないくらい大きな男の腕は丸太のように太く、手に持った槍が子供のおもちゃのようだった。男のサイズも然る事ながら、放たれる威圧感も凄まじく、かなり距離が離れているにも関らず、ジャンヌは思わず一歩後退った。
なるほど、このような男がいる部隊が相手では、戦いたくないと思う者が出てくるのも頷ける。ジャンヌはそう思いながら男の動きを注視した。
男は革命軍の百メートル手前まで一人でやって来ると、懐から一枚の羊皮紙を取り出し、よく通る声で喋り始めた。
「私はアンペラールシュヴァリエ副団長を務めるコレールだ。反乱軍諸君等に告げる。我々は無駄な争いは望まない。ここでその矛を収め、大人しく軍を引けば今回の反乱は不問に処すと我らが寛大な王は仰っておられる」
一方的に話し始めたコレールの言葉に、最初は呆気にとられた革命軍の面々だったが、
「ふざけるな! 誰がそんな言葉を信用するものか!」
「そうだ! 油断させておいて後ろから他の奴が攻撃するに決まっている!」
「人数はこっちが圧倒的に多いんだ。お前等が大人しく降伏しろ!」
「それに我々は反乱軍じゃない。革命軍だ!」
火がついたように、革命軍のあちこちからコレールへ向けて罵声を飛ばした。
それらの罵声を受けても、コレールは全く動じた様子も見せない。
それどころか、大きく息を吸い込むと、
「黙れえええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」
大地を揺るがさんばかりの大声で叫んだ。
その余りの迫力に、革命軍の面々は慄き、揃って口を噤んでしまった。
静かになった革命軍を見て、コレールはゆっくりと口を開く。
「諸君らの覚悟の程はわかった。ならば、こちらから一つ提案がある」
コレールは余裕たっぷりの笑みを浮かべると、
「我々は、双方代表者を立てての一対一の決闘を提案する。我々が勝てば、はんら……いや、革命軍はここで解散し、革命軍の代表者が勝てば、我々は諸君を無傷でここを通すことを約束しよう。それどころか、諸君の革命に助力しよう。如何か?」
その言葉に、革命軍の間に動揺が生まれる。
まさかのアンペラールシュヴァリエからの提案。この決闘に勝てれば、余計な犠牲を払わずに済む。だが、その前に立つ壁は余りにも大きくて、高い。
誰もが自然と自分たちの代表、ジャンヌへとその視線を向けた。
「馬鹿馬鹿しい。何でそんな条件を呑まないといけない」
周りの視線が集まる中、ジャンヌの横でライルが不機嫌に口を開く。
「あんな奴の言葉なんて聞く必要はないぞ」
「でも……」
「あれは自分の不利を悟って苦し紛れの提案をしたに過ぎん。それに、相手が約束を守る保証はどこにもない」
すると、まるでその声が届いたかのようにコレールが叫ぶ。
「心配無用! 我々はそこらの口だけ、形だけの騎士とは違う。正式にアンペラールシュヴァリエに任命された騎士だ。一度した約束は必ず守る!」
「……チッ、余計なことを」
コレールにハッキリとした口調で宣言され、ライルは悔しげに舌打ちをした。
ジャンヌは自分に向けられる視線を受け、考える。
ライルの言うとおり、提案を受けないのが賢明なのだろう。だが、そうして革命が成功しても、ここにいる革命軍の人は自分をどう判断するだろうか? ジャンヌは勝負から逃げた臆病者。そう呼ばれるかもしれない。そうなれば、ジャンヌを中心に一つにまとまっていた革命軍に亀裂が走り、例え革命を成しても、人々に本当の幸せが訪れない可能性が残る。
それではジャンヌは英雄にはなれない。
ジャンヌが目指すのは、誰もが認める真の英雄なのだ。
「……やってやれないことは無い」
決意を固めたジャンヌは、集団から一歩前に出ると、コレールに向かって叫ぶ。
「いいわ! その提案、受けましょう!」
「――っ!? おい、ジャンヌ。突然何を言い出す」
驚いたライルがジャンヌに掴みかかる。
「貴様、わかっているのか? ここで負けたら全て終わりなのだぞ?」
「わかっているわ。でも、ここで逃げたら私は聖女に……英雄になれないわ! 違う?」
「……余計な知恵をつけおって」
苦虫を噛み潰したような顔になるライルに、ジャンヌは笑いかける。
「大丈夫。私は勝つわ。そして、聖女として革命を成功させる」
ジャンヌはライルの目を見て、自分の気持ちを真っ直ぐぶつけた。
ぶつけられたライルは、何か言いたそうに口を開いたが、諦めたように嘆息すると、
「言っておくが、貴様が負けてもこちらは軍を引く気はない。だが、士気の低下は否めないだろう。下手をしたら、たった五百の騎士相手に二十万の軍が負けることも有り得る。だから、我から言うのは一言だけだ。絶対に負けるな。死んでも勝つんだ。いいな?」
「死んでも勝てって……無茶苦茶ね」
ライルの余りの物言いに、ジャンヌは苦笑するしかなかった。
でも悪い気はしない。
ムスッとした表情のライルに見送られ、前に進み出たジャンヌは、一度革命軍の方を振り返ると、手を振り上げ、
「皆、待ってて! 私、必ず勝つから! 勝って皆と革命を成功させてみせるから!」
そう宣言すると、その声に反応するように、
「ジャンヌ万歳!! 聖女様万歳!!」
総勢二十万による鬨の声がジャンヌを後押しした。




