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空の棺

 オルブライト卿の死は、ソルの街の人々に衝撃と深い悲しみを与えた。

 その報告を聞いた誰もが涙を流し、いつもは大勢の人で賑わう大通りも、まるで言葉を忘れてしまったかのように誰もが口を噤み、静まり返っていた。


 人々は城に集まり、オルブライト卿の死を悼む為、日々祈りを捧げていた。

 オルブライト卿の死体はプラトーの街から持ち帰れなかったが、城の広場に置かれた空の棺には、オルブライト卿の民からの信望を表すかのように万を越える花が顕花され、その花で屋敷は眩しい程の鮮やかな色で彩られ、芳しい香りが充満していた。この棺が用意されてから三日が経つが、今日も城には沢山の人が訪れ、誰もが静かに黙々と祈りを捧げていた。


 そんな粛々とした空気が場を支配する中、突然、祈りを捧げていた人の中からざわめきが起こった。

 何事かと思った人々が目を向けると、城の二階、入り口の真上にあるバルコニーに久方ぶりに民の前に姿を見せるジャンヌの姿があった。

 今日のジャンヌの姿は、いつもの浅葱色の服でなく、シンプルなデザインの黒いドレスに、オルブライト卿が普段着用していた赤いマントを羽織っていた。

 いつもと何処か雰囲気の違うジャンヌに、民の間に動揺が広がる。

 人懐っこく、笑顔を絶やさないジャンヌが今は険しい表情で、まるで民を睨むように立っているのだ。

 隣にはライルとリバルが付き従うように立ち、ジャンヌの言葉を待っているようだった。


 異様な雰囲気に圧倒され、誰もが息を飲んで見守っていると、


「皆さん、私たちは今、窮地に立たされています」


 ジャンヌがやっとその重い口を開いた。


「王の蒙昧な政策によって民の生活は貧困を極め、国の至る所で罪もない人がその尊い命を散らしています。しかし、国がそのような危機に陥っても、王は民の為に行動を起こすどころか、自分の今の生活を維持する為、私達に更に重い税を課そうと画策しています」


 気が付くと、全ての人がジャンヌを見上げていた。

 そんな民たちを睥睨しながら、ジャンヌの演説は続く。


「そんな中、ソルの明主、オルブライト様は事態を打開する為、王へ無茶な政策を取り下げるように申し出ました。しかし、その願いは受け入れられなかった。このままでは、民は無能な王によって食い潰されてしまう。そう考えたオルブライト様は、民を守る為にある決断をなされました。しかし、その志半ばでオルブライト様は……」


 ジャンヌが悔しげに俯くと、あちこちから嗚咽が聞こえた。


「だから私、ジャンヌ・ダルクはオルブライト様の遺志を受け継ぎ、オルブライト様に代わって王を打破する為に立ち上がることをここに誓います!」


 右手を掲げ、叫ぶようなジャンヌの宣誓を耳にした途端、民の間からざわめきが起こる。

 オルブライト卿が民の為に、諸侯に何か呼びかけていたのは周知の事実だが、その目的が王への反乱だったとは知られておらず、誰もが寝耳に水であった。


「お、王様への反乱なんて聞いてないぞ?」

「そんな恐れ多いこと……神への冒涜に等しい行為だ」

「このままじゃ、きっと天罰が下って殺されてしまうわ!」


 王への反乱。それは企てることは勿論、思考すら許されない最大の禁忌だ。

 何世代にも亘ってそう教え込まれてきた民にとって、自分の敬愛していたオルブライト卿が反乱を企てていたというのは、衝撃的過ぎる事実だった。

 そんな民へ、ジャンヌは強い言葉で語りかける。


「皆さん、恐れないで下さい! 王は民がいくら苦しもうが歯牙にもかけないのです。そんな王に何を期待するのですか? ここで立ち上がらなければ、私たちに待っているのは、搾取されるだけ搾取されて死ぬという結末だけです!」

「だ、だけど、王様がいなくなったら、我々はどうしたらいいんだ?」

「代わりの王となる人物なんて……」

「いや、一人いるじゃないか」


 その言葉で「適任となる人物」に気付いた民が顔を上げる。

 それらの視線を受け、適任として選ばれた人物、ジャンヌはゆっくりとかぶりを振った。


「残念ながら、私は王にはなりません」


 はっきりとした否定の言葉に、民の間に落胆の声が響き渡る。

 しかし、その色もジャンヌの次の言葉であっという間に吹き飛ぶことになる。


「いえ、もうこの国に王は必要ない。これからこの国の代表となるのはあなた達です。あなた達が自分で考え、自分の未来を切り開くのです。もう、王に頼る時代は終わったのです!」


 ジャンヌが大声で宣言すると、さっきまで騒がしかった場が一気に静まり返る。

 誰もが、ジャンヌの言葉の意味を正確に理解できなかったのだ。

 王が必要ない。自分たちが国の代表になるとは、どういう意味なのか?

 貴族を差し置いて、そのようなことは可能なのか?

 もし可能なら、平民と貴族の関係はどうなってしまうのか?

 誰もがジャンヌの言葉の真意を計り兼ねていた。


「私には血の繋がりはなくとも、家族と呼べる大切な人がいました」


 すると、沈痛な面持ちのジャンヌが沈黙を破る。


「だけど、その人たちはもういません。卑劣な罠にはまり、絶体絶命の危機に陥った仲間を逃がす為に……家族である私を逃がす為にその身を犠牲にしてくれたのです」


 そこで我慢の限界が来たのか、ジャンヌの目から一筋の涙が流れる。


「……皆さんは、日々何の為に生きていますか?」


 ジャンヌはバルコニーの手すりに摑まると、震える声で続ける。


「お金の為、その日食べる食べ物の為、少しでも生活を豊かにする為、生きる目的は人それぞれかもしれませんが、少なくともその目的は、自分の為、家族の為であって、王や貴族の生活を維持する為ではないはずです。違いますか?」


 ジャンヌからの問い掛けに、静まり返った場がにわかに騒ぎ始める。


「今まではオルブライト様が私たちの盾となってくれていましたが、そのオルブライト様が亡くなってしまった以上、いつ王の魔の手が私たちを襲うかわからないのです。皆さんは自分の大事な人が、家族が不幸になってもいいのですか? 私は……嫌です。これ以上、誰かが不幸になるのを見るのは耐えられません。だから、お願いです。大切な人を守る為、未来を切り開く為に私に力を貸してください!」


 ジャンヌは「お願いします」と言うと、民衆に向かって深々と頭を下げた。


 演説を聴いた人々は、互いの顔を見合わせ、どうしたものかと相談し始める。


「あ、あの……質問してもいいですか?」


 すると、一人の男性が勇気を振り絞ってジャンヌに声をかける。


「はい、何ですか?」

「ほ、本当に私たちの力で、王を倒すなんて出来るのですか?」

「出来ます!」


 民からの質問に、ジャンヌは大きく頷きながら即答する。


「確かにここにいる一人一人の力は弱いかもしれません。戦う力も無いに等しいでしょう。ですが、力を合わせればその力は何倍にも膨れ上がり、どんな強大な力にも立ち向かえるようになるでしょう。その力こそ、これからの時代に必要な力なのです」


 ジャンヌが笑顔で締め括ると、男性は顔を赤らめて下がった。

 そこから広場は更に賑わいを増し始める。

 様々な憶測が飛び交い、今後の自分達の方針について人々は議論を繰り返した。

 近くにいた騎士がいくら「静かに!」と叫んでも、その波が治まる事はなかった。

 そんな民へ、ジャンヌは嬉々として叫ぶように語りかける。


「そうです! 自分の未来を皆による話し合いで決める。そのような国を興すのが私の目的なのです。大丈夫。同盟の貴族への話はついています。皆さん、存分に理想の未来を話し合って下さい! 私も聖女として、微力ながらあなた達のお手伝いをします。だから、私と共に新しい国を創る為に立ち上がってください。革命に協力して下さい。どうかお願いします!」


 再びジャンヌが頭を下げてお願いすると、


「皆、やろう! 俺たちには聖女様がいるんだ!」


 ついにジャンヌの意見に賛同する者が現れた。


「そうだ! 何もしてくれない王に変わり、俺たちの為に働いてくれたオルブライト様は王に殺されたんだ。そんな王に頼るより、聖女様の言う通りにした方が幸せになるに決まっている」

「行こう。俺たちの未来を、自由を勝ち取る為に」

「聖女様万歳!」

「革命万歳!」


 民の新しい国への期待の輪は街全体へ広がり、もはや手がつけられない状況へとなった。

 後は王とジャンヌ、決着がつくまで戦うだけだ。

 民の熱狂振りを見て、ジャンヌの顔に自然と笑みが零れる。

 マリータ、ミシェル、この国は私が絶対に変えて見せる。誰もが笑って暮らせる幸せな国へと……あなた達の分まで……きっと。

 熱狂する民へ笑顔で手を振りながら、ジャンヌはいなくなってしまった大切な家族へと思いを馳せていた。

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