予兆
翌朝、ジャンヌは珍しく早く目が覚めた。
隣のベッドを見やると、マリータの安らかな寝息が聞こえる。
畑を耕して過ごしてきたマリータは、騎士の世話という仕事に転職しても、昔の癖で日の出と共に起きて仕事をすることが暫しあった。
対するジャンヌは、屋敷で住んでいた頃から早起きは苦手だった。
そんなジャンヌを、マリータは文句を言いながらも優しく叩き起こしてくれた。
そのマリータよりも早く起きられたということは、これはちょっとした事件ではないかと思ってしまう。
ジャンヌは笑みが零れそうになるのを必死に押さえながらベッドから這い出ると、音を立てないようにして部屋の外へ出る。
部屋の外へ出ると、思った以上の肌寒さに思わず自分の体を抱くようにして震えるが、ジャンヌの目に、そんな事など吹き飛んでしまうような光景が目に映る。
「わあ……」
遥か彼方に見える山の向こうから、陽の光が見え始めていた。
山の向こうからゆっくりと光が街の中へと射し込み、徐々に明るくなっていく様子は、まるで陽の光を浴びる事により、街に新しい命が吹き込まれていくようだった。
街全体まで陽の光が満ちるまで、それほど時間は掛からなかった。
念願だった日の出の様子に、ジャンヌはすっかり心奪われていた。
今日も素晴らしい一日になるに違いない。
ジャンヌは今にも踊り出したくなりそうになる胸を押さえ、まだ誰も目を覚ましてこない廊下を飛び跳ねるようにして移動し、ロビーへと続く階段を下りて行った。
鼻歌を歌いながら、水でも飲もうとキッチンへの方へと足を向けた所で、
「だ、誰か……」
玄関の扉が開き、苦しげな呻き声と共に誰かが屋敷の中へと入ってきた。
「――っ!?」
スキップをしながら鼻歌を歌っているところを見られた。一瞬そう思い、気恥ずかしさで固まるジャンヌだったが、それどこじゃないとすぐさま気を取り直し、入ってきた男へと駆け寄る。
名前は思い出せないが、男の顔に見覚えがあったからだ。
ジャンヌは、扉を開けたところで力尽きたように蹲る男、恐らくオルブライト卿に仕える騎士であろう男の傍に膝を着き、肩に手を置いて話しかける。
「え……」
しかし、声をかけるより早くそれに気付いた。
男の肩から脇腹に向けて深い切り傷があり、そこから滝のように血が溢れてきていたのだ。
「はや……く、逃げ……ろ……」
男はジャンヌの寝巻きの裾を掴むと、口から血を吐きながら声を絞り出す。
「オ…………さま……し……だ……さく……は…………だ」
「え? 何て……」
「あ……は、たの…………だ」
男はそれだけ言うと、大量の血を吐いてそのまま動かなくなった。
ジャンヌは息絶えた男の手を握ったまま、暫く呆然と眺めていたが、
「ラ、ライルを呼ばないと」
小さな声で自分のやるべき事を確認すると、男を横たわらせ、目を閉じ、胸の前で手を組ませた後、目を閉じて黙祷を捧げて屋敷の中へと取って返した。




