頼れる姐御
ジャンヌたちがこの街で一番大きいであろうラパス公爵の屋敷の前まで到着すると、そこには巨大な鋼鉄の門がそびえ立つだけで、他には誰一人の姿もなかった。
「あ、あれ? 皆は何処に……オルブライト様は?」
ここにいるはずの仲間の姿が見えないことに、焦ったジャンヌはせわしなく辺りを見渡す。
「も、もしかして……もう中に入ってしまったんじゃ……」
「もしかしても何も、その通りだろう」
ジャンヌは未練がましくいつまでも屋敷の様子を伺い、今にも門に飛びつきそうなので、ライルが肩を掴んで無理矢理振り向かせる。
すると、大きな目から今にも涙が零れそうなジャンヌと目が合う。
「ど、どどどうしよう。ひょっとして皆、既に中に入っちゃったのかな」
「それはないだろう。今夜は近隣の貴族を招いて夜会を行うはずだ。おそらく騎士の連中は、既に解散となって用意された宿へ向かったはずだ」
「解散って……オルブライト様は護衛無しで公爵の屋敷に入っちゃったの?」
「最低限の人間は着いて行ったと思うが……だが、筆頭騎士様がいない所為で、本来なら皆と一緒に休めたはずの誰かがその割を食ったわけだな」
「あ、うう……い、今から行って、交代してもらうってのは……」
「後からのこのこと会場に現れて、貴様は卿の評判を貶めるつもりか?」
主より後にやって来る騎士など聞いたことが無い。そう断言され、ジャンヌは力なく肩を落とした。
ジャンヌは暫くの間、恨めしく屋敷を眺めていたが、
「ねえ、どうして私たちがオルブライト様と一緒に行ってはいけないの?」
どうしても納得いかないのか、悔しげに噛み締めた唇から言葉を搾り出す。
「お前は夜会に招かれたら、護衛をぞろぞろ引き連れて行くのか?」
「……私は夜会に呼ばれたことなんか一度もないもん」
プリマヴェーは社交界に全く縁が無かったので、そういった常識にはとんと疎かった。
子供のようにふて腐れるジャンヌを見て、ライルは思わず苦笑する。
「フン、そういやそうだったな。言うまでも無いが、夜会に招待され、そこへ護衛をぞろぞろと連れて行くのはあまり褒められたことではない。華やかに彩られた会場に無骨な格好した騎士がぞろぞろといるのは美しくないし、そして何より、護衛の数はそれだけ相手を信用していないということを意味する。卿は同盟を申し込みに来たのだ。同盟に必要なのは何よりも信頼だ。自分が相手を信用していないのに、相手からの信用が得られると思うか?」
「それは……自分を信用していない人を信用するのは難しいかも」
「そういうことだ。それに、今日の夜会に参加する全員から同盟の約束を取り付けられれば、この国の半分以上は卿の味方についたも同然となる。卿もそれがわかっているから、ラパス公爵への全幅の信頼の意味を込め、少人数で向かったのだ」
「…………そうか。そうだよね」
これから行われる夜会で、この国の運命が左右される。
その事実を知ると、ジャンヌは居ても立っても居られない気持ちになった。
「……もどかしいわね。私に出来ることは何かないのかしら?」
「だったら、馬鈴薯の皮むきでも手伝ってもらおうかしら?」
「え?」
突然響いた声に、ジャンヌが声のした方に顔を向けると、
「勝手な行動をする悪い子には、鎖で繋いでおいた方がいいかしら?」
「マ、マリータ……」
そこには、怖いくらいの笑顔を貼り付けたマリータが、腕を組んで仁王立ちしていた。
「いつまでも来ないから心配して見に行ってみたら、ジャンヌとライル既にはいないし、あのアホは騒ぎの原因と一緒になって酒飲んでるしで、連れ出すの大変だったんだからね!」
そう言うマリータの後ろには、頬に綺麗な紅葉型の痕をつけ、意識が朦朧としているミシェルと、ミシェルに肩を貸して支えるようにして立つルシオがいた。
「ジャンヌ……」
「は、はひいぃ!」
マリータに睨まれ、ジャンヌは反射的に背筋を伸ばす。
目をきつく閉じ、マリータからの次の言葉に備えていると、
「……やめた」
「は?」
突然、そんな言葉が聞こえた。
「ジャンヌはもう少し自分の立場を考えろとか、騎士らしく振る舞えとか色々言いたいことがあったけど、どうやら既にライルに散々言われたみたいだからね」
そう言ってマリータは微笑むと、懐から手ぬぐいを取り出してジャンヌの目元を優しく拭う。
「涙の跡なんかつけて、皆の憧れの筆頭騎士様が台無しじゃないの」
「あ、ありがとう」
まるで恋人のように優しく扱われ、ジャンヌは頬を赤く染める。
そのまま、恋人同士の甘い時間が流れるかと思われたが、
「よし、それじゃあ、皆で食材の調達に行きましょうか」
マリータはあっさりと気持ちを入れ替えると、ジャンヌの手を引き、男性陣に着いてくる様に命令する。
それには当然、
「ほら、ライルもとっとと来なさいよ」
「……我もか?」
自分は含まれていないだろうと思っていたライルは、三白眼でマリータを睨む。
「当然でしょ。一体、何人分の食材を買うと思ってるのよ」
「そんなの店の人間に宿まで運ばせれば……」
「甘いわね!」
マリータは大きくかぶりを振ると、ライルに人差し指に突きつける。
「最近、何処の市場でも品物が不足している所為で、店に依頼すると碌でもない物を送りつけられたりするのよ。自分の目で、足で食材を確保しないと、食卓にまともな物が並ばないけどそれでもいいの?」
「むうう、それは……困る」
マリータの作る料理はどれも絶品で、普段は大仰な態度を崩すことなく、ニコリとも笑わないライルでも、食事の時は思わず頬が緩む程だった。
「フフン、わかったら、大人しくあたしに使われなさい」
マリータは勝ち誇った笑みを浮かべると、意気揚々と歩き出した。
その後に、ジャンヌ、ルシオとミシェルの兄弟が無言で続く。
ここにいる誰よりも身分が低いはずのマリータだが、食という力を前に服従するしかない状況にライルは、
「……やれやれ、たくましいものだな」
小さく嘆息すると、豆を売っている店主に対し、早速値引き交渉をはじめたマリータの元へとゆっくりと歩き始めた。




