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家族

 その後、鍛錬の出来について話し合いをしていると、二人に歩み寄ってくる人影があった。


「あらあら、朝から精が出ますわね」


 その人影の正体に気付いた二人は、慌てて姿勢を正す。


「おはようございますアニクスィお姉様」

「おはようございます姫様。こんな朝早くから私共に声をかけて頂き、光栄ですじゃ」

「ホホホ、気にするでない。たまにはこういう戯れも悪くはあるまいて」


 二人の殊勝な態度に気を良くしたのか、アニクスィと呼ばれた女性は二人に楽にするように手振りで指示を出した。


 この偉そうな女性はアニクスィ・ヴァルミリョーネ。プリマヴェーラの三つ年上の姉で、プリマヴェーラとは異母姉妹にあたる。

 だが、二人の関係は傍から見ても姉妹には見えなかった。

 プリマヴェーラの格好は、ラシャで編まれた質素なデザインの灰色のチュニックワンピースだが、アニクスィのそれは金の刺繍が眩しい繻子で編まれた紅のドレスだった。更にアニクスィは髪を縦ロールにし、化粧もしている。首や手は数々の装飾品で飾られ、このまま何処かのパーティーにでも出席出来そうな佇まいであった。


 同じ王族であるはずなのに、プリマヴェーラとアニクスィの二人の関係が姉妹というより、主人と従者のそれに近いのには、プリマヴェーラの出生に秘密があった。


 プリマヴェーラは確かに国王の血を引いてはいるのだが、プリマヴェーラの母親は、王妃や妾の貴族でもなく、王に仕える侍女であった。

 国王の気まぐれによって寵愛を受けた母親が妊娠して、誕生したのがプリマヴェーラだった。

 母親が貴族ではない。それだけの理由で、プリマヴェーラは他の家族からぞんざいな扱いを受けていた。更に母親はプリマヴェーラを産んだ際に命を落としており、国王が産まれたプリマヴェーラに一切の興味を抱かなかったのも大きな要因の一つだった。

 幼くして自分の立場というものを突きつけられたプリマヴェーラは、物心がつくと早々に王位継承権を返上し、この国を守る騎士となる道を選んだ。

 そんなプリマヴェーラを彼女の世話を任された人間は歓迎し、彼女をまるで自分の子供のように愛し、大切に育てた。

 母親を亡くし、父親に相手にされなくても、プリマヴェーラは沢山の愛情を受けて育った。

 それ故、彼女はいくつもの憂き目に晒されても、真っ直ぐで正直な人間に育ったのだった。

 その真っ直ぐな性格は、幸か不幸か他人の悪意とか負の感情には疎いようで、プリマヴェーラはアニクスィが馬鹿にする為にここに来たとは微塵も思ってなかった。


 今もプリマヴェーラは人懐っこい笑みを浮かべ、にこやかにアニクスィに語りかける。


「お姉さまは朝早くから凄くお洒落をしていますね。何処かにお出かけするのですか?」

「あら? あなたのような下賎な者でも少しは理解できるのね。そうよ。わたくし、これからアルジャン公爵のところで行われるパーティーに参加するの。どう? 羨ましい?」

「はい、羨ましいです! ついこの間、伯爵様のパーティーに行って来たばかりなのに、今度は公爵様のパーティーに呼ばれるなんて、お姉さまはとても立派なのですね?」

「そ……そうよ。精々このわたくしを崇め奉りなさい」


 嘲るつもりで言ったのだが、プリマヴェーラが悔しがるどころか羨望の眼差しを向けてきたので、アニクスィは肩透かしを喰らってしまっていた。


「……と、ところでプリム?」


 しかし、このままでは終わらせるつもりはないのか、アニクスィの瞳に妖しい色が灯る。


「騎士になると言うくらいだから当然、狩りには出かけたんでしょ?」

「狩り……ですか? いいえ、お姉様。何ですかそれは?」

「あら、騎士を目指しているのに狩りも知らないの? いいこと、狩りというのはね……」

「お言葉ですが姫様。プリム様にそれはまだ早ようございます」


 アニクスィが嬉々として答えようとした瞬間、横からクラフトが間に入ってくる。


 思わぬ横槍に、アニクスィの顔はみるみる不機嫌な色に染まる。


「クラフト、下賎な民の分際でこのわたくしに意見をしようとするの?」

「はい、僭越ながらこと剣術に関しては、この国で儂を超えるものはいないですから……プリム様の今の腕前では、獲物に反撃されて怪我をされてしまいます」


 そこでクラフトは、屋敷の入り口の方へ顔を向け、


「そんなことより姫様、そろそろお時間ではないのですか?」

「えっ……っていけない。迎えの馬車を待たせてあるのを忘れていましたわ」

「それはいけません。あまり遅くなりますと、皆に置いていかれるやもしれませんぞ?」

「クッ、仕方ないわね……クラフト。今日の事、覚えてなさいよ!」

「はっ、姫様のご命令とあれば……」


 腰を折り曲げた姿勢の老躯を、顔を真っ赤にしたアニクスィが睨むが、クラフトは何処吹く風だった。

 そんなクラフトを睨みながら、アニクスィは口惜しそうに急ぎ足で去って行った。


 去って行くアニクスィを、二人は姿が見えなくなるまで腰を折り曲げた姿勢で見送った。

 やがて、アニクスィの姿が完全に見えなくなると、


「ぶう、爺……さっきは私の剣を褒めてくれたのに、どうして狩りに行くのはダメなの?」


 プリマヴェーラはさっきまでの殊勝な態度を一変させ、歳相応のふくれっ面を見せた。


「確かに姫の剣の腕は褒めました。ですが、それと狩りへの参加は別問題です」

「うー、でもでも……」

「どれだけ駄々を捏ねてもダメです……それより姫の方は、朝のお祈りはいいのですか?」

「え? あっ、忘れてた!」

「でしょう? ほら、後片付けは儂がやっておきますから、姫は早く教会へ向かいなさい」

「うん、ごめんなさい。じゃあ、後お願い」

「はい、お任せあれ」


 プリマヴェーラは後片付けをクラフトに任せ、日課である朝のお祈りを行う為に駆け足で屋敷のはずれにある礼拝堂へと向かった。


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