商業都市プラトー
オルブライト卿が率いる一団は、一言で言うなら豪華絢爛だった。
先頭は、陽光を反射させながら進撃する白銀の装備で固められた騎士。一糸乱れぬ姿勢で威風堂々と闊歩する様は、神話に出てくる神の軍勢がこの世に具現したようだった。
次はオルブライト卿が乗る贅の限りを尽くされた白銀の馬車。こちらは、まるでお伽の国から飛び出してきたような美しさで、見る者に思わず溜め息をつかせるほどだった。
その後ろにはルシオたち、騎士になったばかりの新米が続く。こちらは前者と比べると、いささか優雅さに欠けるが、誰もが何かをやってやろうという意欲に満ちた目をしており、頼もしさは中々の物だった。
最後は、食料を運ぶ補給部隊と、マリータをはじめとする一団を世話する女性が続いた。
そんな中、ジャンヌは一団の最前列を任されていた。
ジャンヌの姿は、いつもの浅葱色の服に鉄の胸当てと手甲、腰には柄の部分に天使の翼をモチーフにした細工が施された一振りの剣が吊ってあった。
そのどれもが顔が映るくらい見事に磨かれていた。
これらの装備は、叙任式の場でジャンヌが懇願した武具一式で、その中でジャンヌは、自分の動きの邪魔にならないようにと、剣と胸当て、手甲を選んで装備した。
それ以外の武具は、不思議なことにジャンヌに選ばれなかった時点で、まるで役目はもう終わったとばかりにボロボロに錆びて、朽ちてしまった。
その話がまた、ジャンヌが聖女の生まれ変わりという噂に拍車をかけた。
噂はソルの街だけに留まらず、今や至る所に広がっていた。
その証拠に、立ち寄った村々でジャンヌの姿を見かけた村人は、駆け寄って来てジャンヌの前に跪くと、口々に自分たちの生活を救って欲しいと願った。
誰もが決して綺麗とはいえない身なりをしており、生活が窮しているのがありありと窺えた。
ジャンヌはそんな人々、一人一人丁寧に対応し、自分が必ず救ってみせるからもう少し我慢して欲しいと伝えた。
ジャンヌの言葉で人々は涙を流して喜び、ジャンヌたちを最大限のもてなしで迎えた。
お陰で道中は物資に困ることもなく、難なく目的地であるプラトーの街に到着出来た。
国内では、王都、城塞都市ソルに次ぐ、三番目に大きいというプラトーの街は、商業の中継地点として栄えた都市だ。国内で収穫されるあらゆる農作物はこの街に一旦集められ、商人たちは商会を通じて商品を仕入れて各地へと行商へと出かける為、この街は非常に人の出入りが激しいと言われていた。
街を囲むように建てられた巨大な城壁には、東西南北に一つずつ城門が設けられ、ジャンヌたちは見張りの兵士に特使を連れて来た旨を伝え、北側の城門から街に入った。
城門を抜けると、先ず目に付くのは目を見張るほど広い目抜き通りだった。それは、数台の馬車がすれ違ってもまだ余裕がある広い通りで、流石は商業が盛んな都市ということだろう。通りの脇を固める石造りの建物は、見事なまでにデザインと高さが統一され、まるで目抜き通りには縦長の二つの建物しかないように見えた。その奥にそびえるのは、この街の象徴ともいえる石で出来た巨大な建物、集められた農作物を一時的に保管する巨大な倉庫が見えた。
だが、街を象徴する広い通りも、奥に見える巨大な倉庫も今はそれほど活気に溢れている様子もなく、目抜き通りに並んでいる商品も決して潤沢とは言えなかった。
ジャンヌの姿を見て笑顔を浮かべて手を振る店主に、手を振り返しながら、ジャンヌは隣で馬に乗るライルに話しかける。
「商業の町で活気あるって聞いていた割には、少し寂しい感じがするね」
「国中の金がないからな。商品を買いに来る商人が少ないからそう感じるだけだ」
「お金が無いっていうけど、ここの街の人はそこまで辛そうには見えないよ」
辺りを見渡していたジャンヌは、騎士団の行列を物珍しそうに見ている子供たちを見つけると、馬上から子供たちに向かって腰に吊るしたの布袋から取り出した飴を投げてやる。
それを見た子供たちは、歓声を上げて飴へ群がると、お礼もそこそこにあっという間に消えて行った。
無邪気な子供の姿に、思わず双眸を細めながらジャンヌが口を開く。
「あの子たちだって、ここに来る途中で寄った村の子供に比べれば、随分と幸せそうに見えるけど……」
「他と比べてマシだからといって、この街が潤沢というわけではないさ」
そう言うと、ライルは巨大な倉庫を顎で指す。
そこには、屈強な男たちが倉庫の前に積まれた木箱に座り、ジョッキ片手に談笑していた。
「見てみろ。日暮れには程遠いというのに、既に今日の仕事をやり終えたような雰囲気だ。あの倉庫には本来、国に納められた農作物の殆どが収納されているはずなんだ。商人はあそこから商品を仕入れ、各地へと行商へ出かける。それが、滞っているということは……」
「それだけ、あの人たちの仕事が無いってこと?」
「その通りだ。今はああして気楽に酒を飲んではいるが、仕事が無ければ、当然ながら収入は落ち込む。あいつ等だって、明日以降はどうなるかわかったものじゃないさ」
賑やかに酒盛りをする男たちを見るライルの声には、少し諦観した様子が混じっていた。
その視線の先、男たちは酔いが相当回っているのか、服装は乱れに乱れ、酒の飲み方、食べ物の食べ方は、見ていてかなり醜悪なものとなっていた。
倉庫の近くまで辿り着くと、その有様に思わず目を覆いたくなる。
先ず、何よりも濃密なアルコールの臭いに鼻が曲がりそうになる。辺りには食い散らかした破片が散乱し、こうしている間にも男たちによって、更なるゴミが生成されていく。
「……まあ、あの様子を見る限り、この街は当分の間、食料の心配はなさそうだな」
「…………」
ジャンヌは男たちの晩餐の姿を見て、眉を顰める。
ここに来るまでに、日々の生活に困る何人もの人々を見てきた。
仕事が無い。金が無いという声は当然あったが、一番多かった意見は、行商人が訪れないので食糧が碌に買えず、今日食べる物すら困っているというものだった。
ジャンヌたちは、遠征の為に充分なソルから十分な食料を持ってきてはいたが、それはあくまで総人数で百にも満たない遠征軍の人数に合わせたものだった。
それ故、物資を分けてあげる事は出来ない旨をジャンヌがすまなそうに村人に伝えると、彼等はそれに不平不満を言うどころか、自分たちを救ってくれるであろう聖女の為にと、僅かな蓄えを遠征軍の為に分け与えてくれたのだった。
そんな人々の献身的な姿を思い出したジャンヌは、馬の手綱を操作すると、行軍する輪から抜け出す。
「外ではあれだけの人が食べ物に困っているのに、あの人たちは……」
「あ、おい。ジャンヌ!」
「先に行ってて。私はあの人たちに文句言ってくる!」
ライルの呼び止める声に耳を貸さず、ジャンヌは馬から颯爽と降りると、肩を怒らせて男たちの元へと向かう。
その行動は、正義を貫こうとするジャンヌの決意の表れだったが、他の者からしたら迷惑以外の何物でもなかった。先頭を行くジャンヌが馬を置いて見当違いな方向へと進み出した為、列は乱れ、どうしたらいいのか迷った騎士が右往左往し出す始末だ。
「何事じゃ」
すると、馬車が止まったことを不審に思ったオルブライト卿が馬車の窓を開けて顔を出す。
ジャンヌが突然いなくなるという不測の事態に、近くにいた者は何と答えたらいいものかと窮しているので、ライルが代表して口を開く。
「問題ない。ただ、ジャンヌが少し癇癪を起こしただけだ」
「なん……だと?」
「他所が食糧不足で困っているのに、ここの奴等が呑気に酒を飲んで笑っているのが気に食わないんだとさ」
「むうう、それは……ジャンヌの気持ちもわからなくはないが……」
「わかっている。こんなところで事を荒立てるつもりはない」
「……彼女のこと、任せてもいいのだな?」
「ああ。卿は予定通り、公爵の屋敷に」
「うむ。任せたぞ」
オルブライト卿は鷹揚に頷くと、馬車の中に戻った。
同時に馬車が滑るように動き始め、一団はラパス公爵の屋敷へ向けて再び行軍し始めた。
「さて、ここはあいつの力を借りるか……」
列を離れたライルは一人ごちると、一団の後方へと周り、見知った顔に声をかけに行った。




