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騎士道

 見張りを倒した一向は、草むらから姿を現し、周りを警戒しながら入り口へ向かった。

 その途中、


「ねえ、大丈夫なの?」

「何がだ?」

「さっきの騎士が出て行った方にいる人のことよ。まさか見捨てるつもりなの?」


 心配そうなジャンヌの質問に、ライルは余裕の笑みを浮かべながら答える。


「フン、問題ない。あやつ等が向かった先に、人など存在しないのだからな」

「……どういうこと?」

「それについては俺から話すよ」


 今回の作戦の為、色々と活動していたらしいルシオが隣にやって来て、得意気に話し出す。


「俺たちはここ数日、近隣の村々を廻って用済みとなった家畜をありったけ掻き集めていたんだ。少し難航したけど、充分な金があったお陰で、百頭近い家畜を用意できたんだ」

「じゃあ、あそこにいるのは?」

「たいまつをつけた家畜達だ。この暗がりだと相当近くにいかないと気付かないだろうし、あれだけの家畜に囲まれたら、抜け出すのにも苦労するだろうから結構な時間稼げるはずだ」

「そっか、じゃあ遠慮なくオルブライト様の救出に行けるね」


 後顧の憂えがなくなり、ジャンヌはほっと胸を撫で下ろすと、走る速度を上げた。


 先頭へと躍り出たジャンヌが門前に取りついて中の様子を伺うと、余程慌てて出て行ったのか、門は全開で、屋敷の入り口までもが開いていた。

 これ幸いと簡単に周囲を確認した後、一向は中庭を突っ切って別荘へと足を踏み入れる。

 建物内は、ありとあらゆる燭台に火が点いており、かなり明るかった。

 まず目に飛び込んできたのは、吹き抜けのエントランスに、高い天井から吊り下げられた眩い光を放つシャンデリア。正面には、オルブライト卿と思われる人物が描かれた巨大な肖像画がかけられ、歩く度に甲高い音が響く床は大理石で、自分の顔が写るほど磨かれていた。


「ふえ~、なんだこれ? こんな世界があるなんて知らなかったぞ」


 後からやって来たミシェルとルシオは、初めて見る光景に唖然としていた。

 高価な調度品に心を奪われている二人を尻目に、ジャンヌは冷静に辺りを見渡す。


「オルブライト様は何処にいるんだろう……」

「一番上の一番奥の部屋だ」


 ジャンヌの呟きに、ライルが即答する。


「……どうしてわかるの?」

「貴族の建物は、入り口から一番遠い部屋に主の部屋を置くのが定石だからだ。緊急時に主の身を守るにも適しているからな」


 ライルの言葉に「なるほど」と頷きながら、一向は目的の部屋へ向けて駆け出した。


 ジャンヌたちは屋敷内を駆けて四階まで登り、一番奥の部屋の扉を乱暴に開けた。

 すると、


「しつこい! 儂は何度言われようと貴様等の言いなりにはならん!」


 突然、中から凛とした怒声がジャンヌたちに浴びせられた。

 二十人は軽く入れるのではないかと思われる広い部屋の奥、豪奢なソファに深く腰掛けた老躯がジャンヌの姿を見て少し驚いた表情を見せたが、数瞬の間を置かずに険しい顔をする。


「……と違う? 君は誰かな? ここに一体何の用があって来た?」

「私は……」


 ジャンヌが説明しようとしたところを、ライルが手で制す。

 ライルは一歩前に出て慇懃な態度で一礼すると、右手を胸に当てて話し始めた。


「お初にお見えかかるオルブライト卿。我はライル・デュノア。ソルの者だ。卿を救う為にここまで来た」

「君達が? いや、それよりどうして私がここにいることを知った?」

「詳しい説明は後だ。今は一刻も早い脱出を」


 ライルが急かすようにオルブライト卿へと手を伸ばす。

 何故なら、こうしている間にも、誰かが戻ってくるかもしれないからだ。

 しかし、オルブライト卿は差し出された手を見て、ゆっくりとかぶりを振る。


「そうしたいのは山々だが、動こうにも儂は動けぬのだ」

「何故だ?」

「それはな……」


 そう言うとオルブライト卿は自分の足を指差した。

 一同は部屋の奥へ行き、オルブライト卿の正面へと廻ると、


「――っ! 酷い……」


 ジャンヌは思わず口を手で押さえて悲鳴を上げた。

 オルブライト卿の両踵には白い包帯が巻かれ、赤黒く染まっていた。どうやら逃げ出さないように誰かが足の腱を切ったようだった。


「ここまで来てもらって悪いのだが、儂のことは放って逃げるんだ」


 もう諦めているのか、自嘲的に笑うオルブライト卿だったが、


「そうはいかん。卿にはここで死んでもらっては困るのだよ」


「何?」と驚きの声を上げるオルブライト卿を無視して、ライルは「おい」と声をかける。

 その声にルシオとミシェルが「おう!」と応えると、オルブライト卿を挟むように立った。

 そのまま困惑するオルブライト卿へ手を伸ばすと、二人で一気に抱え上げた。


「これで移動は問題あるまい?」

「……君は無茶苦茶な男だな」


 有無を言わせないやり方に、オルブライト卿は苦笑していたが不満は口にしなかった。

 それを肯定ととったライルは、頷いて全員に移動の指示を出そうとするが――


「そこまでにしてもらおうか」


 いつの間に現れたのか、白銀の甲冑を身につけた屈強な男が入り口に立っていた。

 見るだけで切れてしまいそうな三白眼に、百獣の王の様な長い金色の髪、野性味溢れた容姿なのに何処か気品が漂うのは、やはり洗練された騎士だからだろうか?

 男が右手を上げると、後ろから全身を覆う甲冑を身につけた騎士が三人現れ、ジャンヌたちを包囲するように立つと、各々の武器を構えた。


「ちょっと目を離した隙にこんな邪魔者の侵入を許すとは……表の騒ぎも貴様等の仕業か?」


 今にも斬りかかってきそうな騎士たちの気配に、オルブライト卿が慌てて口を開く。


「止めるんだリバル。彼等は関係ない」

「関係ない? 関係ない人間がこんな所であなたを抱えているわけないでしょう」


 それを聞いて、ライルがくつくつと笑い出した。


「当然だな。それで? 我々が貴様の言う邪魔者だとしたらどうだと言うのだ?」

「決まっている。ここで死んでもらおう」


 リバルと呼ばれた騎士は、バスタードソードと呼ばれる幅広の大剣を背中から抜くと、正眼に構えた。


「そんなこと、絶対にさせない!」


 リバルの死の宣告に呼応したように、ジャンヌが剣を抜いて前へ進み出る。

 ジャンヌは剣をリバルに真っ直ぐに向けると、よく通る声で宣戦布告する。


「騎士の癖に主に仇なす卑怯者よ。我が剣で、その腐った性根を叩き直してあげるわ!」

「……我々が卑怯者だと?」


 ジャンヌの言葉に、リバルは眉を潜める。


「そうよ。主を裏切るなんて、騎士道に反した者を卑怯者と罵って何処が悪いのよ!」

「小娘、それは我々が騎士の本懐に則って動いていると知っての侮辱か!?」


 リバルは額に青筋を立て、その鬱憤を晴らすように壁を殴りつける。

 小手で守られた拳の一撃は、壁をあっさりと粉砕してしまった。


「お、おっかね~」


 壊された壁を見て、ミシェルは震え上がる。

 しかし、ジャンヌはその迫力に物怖じせず、負けまいと怒鳴り返す。


「騎士の本懐? あなたに騎士の何がわかると言うのよ!」

「そういうお前のような小娘如きが、騎士の何を知っているというのだ。そもそも、そこにいる男がここ数ヶ月、何をしてきたのかお前は知っているのか?」

「……知らないわ」


 ジャンヌが言葉を詰まらせると、リバルは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「なら教えてやる。その男は国王へ反旗を翻す為、各地を廻って協力者を募っていたのだ」

「な、何ですって!?」

「わかるか? そいつはこの国を転覆させようとしている大罪人なのだ。我々は主君の間違いを正し、真の主たる国王を救う為、裏切り者を捕らえ、国王へ突き出すのだ! それの何処が騎士として間違っているというのだ!」

「クッ……」


 リバルの言葉に、ジャンヌは悔しげに歯噛みした。

 オルブライト卿が国王に反旗を翻そうとしているという話も驚いたが、リバルが騎士道から外れたことをしていないのにも驚いた。


 騎士道の主君に対する厳正な忠誠には、実は色々な解釈がある。

 それは主を誰と定めるか、というものだ。

 基本的に主君とは、叙任した貴族を指す場合が多いのだが、時に国王を指す場合もある。その為、多くの騎士が国王を第一の主君とし、叙任した貴族を第二の主君としている。そして、第二の主君が国王への叛意を抱いた時、それを阻止するのも騎士としての大事な勤めとして定められていた。

 つまり、リバル達は騎士として決して間違ったことはしていないのだ。


「どうだ。この事実を知って、まだ我々に何か意見するつもりか?」

「そ、それは……」


 悔しいが、ジャンヌにはリバルに言い返す言葉がなかった。

 だが、


「ジャンヌ、惑わされるな!」


 口篭るジャンヌに、ライルからの檄が飛ぶ。


「貴様はこの国の現状を見ただろう。それを見て、まだ国王が正しいと言えるのか? 我々が何の為に行動を起こしたか忘れるな。それに、騎士の本懐は主君への忠誠だけではないはずだ」

「騎士の本懐……あっ!?」


 ライルの言葉の真意に気付いたジャンヌは、ハッと顔を上げる。

 そうだ。騎士道にはもう一つ、遵守すべき大事な本懐があった。


「そうよ。私たちはこの国の民を、弱き者を守る為に立ち上がったんだわ!」


 ここで諦めるのは、彼等を見捨てることを意味する。

 ジャンヌはライルに頷くと、身に着けていた手袋を外してリバルへと投げつけた。

 手袋は真っ直ぐ弧を描き、リバルの胸へと当たる。

 投げ付けられた手袋を避けようともせず、事の成り行きを見ていたリバルは、ジャンヌに鋭い睨みを利かせる。


「……それが何を意味するのかわかっているのか?」

「当然よ。私、ジャンヌ・ダルクは、あなたに騎士としての誇りを賭け、決闘を申し込むわ!」

「小娘が……何処まで騎士を愚弄すれば気が済むのだ!」


 口だけでなく、態度でも愚弄されたと感じたリバルの顔は、今にも破裂してしまうのではないかと思うほど赤くなっていた。

 ジャンヌはその迫力に臆することなく、更に挑発するかのように口の端を上げて笑う。


「あら、まさか騎士なのに決闘を申し込まれて逃げるつもり? それが何を意味するか、わからないあなたではないでしょう?」


 決闘を申し込まれた際、それを受けずに逃げ出すのは、敵に背を向けて逃げ出すより遥かに劣る、騎士として最低の行為とされていた。

 リバルも当然それをわかっているのだろう。心境は穏やかでない様子を見せながらも、落ちた手袋を拾うと、決闘を受けた証として手袋をジャンヌへ向かって軽く放り投げた。


「……いいだろう。騎士を侮辱した罪、その身をもって償ってもらおう」


 リバルは部下へ手出しをするなと厳命し、部屋の中央へと進み出てジャンヌと対峙する。

 それを見て、ライルたちもジャンヌの邪魔にならないよう部屋の隅へと移動し、オルブライト卿を再びソファへと落ち着かせた。


「あんな女の子に任せて大丈夫なのかね?」


 ソファに落ち着いたオルブライト卿が、不安そうにライルを見上げる。

 その視線を受けたライルは、不適に笑うと、


「まあ見ているがいい。あいつは、この国を救う聖女となる存在だ」

「聖女だと? そんな……まさか!?」


 聖女。その言葉を聞いて、オルブライト卿は目を見開き、驚きと感動が入り混じった目でジャンヌを見つめていた。

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