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城塞都市ソル

「あ~、気持ちいい……」


 歓喜の叫び声と共に汚れた衣服を乱暴に脱ぎ捨てたジャンヌは、飛び込むようにしてお湯の張られたバスタブへと身を投げ入れた。


「コラッ! また脱ぎ散らかして……ジャンヌはこういうところが本当にダメよね」

「あう~、ごめんなさい」

「いいわ、もう慣れたから。それより着替え、ここにおいておくよ?」

「うん、ありがとうマリータ」

「どういたしまして。今日もお疲れ様。ジャンヌ」


 そう言うと、マリータはジャンヌの脱ぎ散らかした服を持って離れて行った。


「ふう……」


 溜め息をついたジャンヌはバスタブの中へと身を沈める。

 小さな蝋燭一つしか光源のないバスルームは、多少の孤独感を感じるが、瞳を閉じていれば関係ないし、お湯に身を任せるように手足をだらりと伸ばすと、仕事で溜まった一日の疲れが綺麗に洗い流されていくようで、ジャンヌはこのお風呂の時間が何よりも好きだった。

 だが同時に、こうしていると、今までの苦労が走馬灯のように甦ってきて感慨深くなる。


 あれから色々なことがあった。

 無事山を越えたジャンヌたちは、一週間かけて城塞都市ソルへと辿り着いた。

 城塞都市ソルは、この国の大公であるオルブライト卿が治める人口二万人ほどの都市で、都市を囲むように築かれた三つの大きな城壁が特徴だ。最初の城壁を潜って現れるのは広大な農地で、都市への入り口は、その先を進んだ二つ目の城壁を抜けた先だ。都市内は住宅区、商業区、工業区と完全に区画分けがされており、全ての道は石畳で舗装されていた。中の建造物も石で出来た物が多く、更に高さも統一されていた。似たような建物と道が何本も続くので、慣れた者ではないとあっという間に迷ってしまいそうだった。街の中心には三つ目の城壁があり、この中には都市の象徴、オルブライト卿の城があった。

 この三つの城壁と、迷路のように張り巡らされた見分けのつき難い都市の構造が、この都市が城塞都市と呼ばれる所以となっていた。


 ソルでは、オルブライト卿の計らいで、野盗の掠奪行為によって住む所を失った難民を積極的に受け入れており、難民たちは広大な農作地の一部を間借りして、小さな村を形成していた。

 また、難民の中でも戦う力を持っている者は兵士として登用され、更に実力の優れている者は、都市内の一角に住居を構えることを許された。

 アルブル村の人間もジャンヌをはじめ、ルシオやミシェル、他にも数人が志願して見習いとして採用された。その中でも、ジャンヌは実力が認められて見事、都市内への移住が認められたというわけだった。

 ちなみに、志願者の中にはマリータもいた。戦う力が無い彼女が志願した理由は、


「ジャンヌと男たちだけじゃ、遠征で地方に行ったらまともな生活が送れないでしょ? 美味しいご飯を食べられないと士気にも関わるだろうから、仕方なく付き合ってあげるわ」


 とのことだった。

 マリータの言うことは尤もなので、アルブル村の面々は満場一致で彼女の入隊を認めた。

 こうして始まったソルでの生活は、


「はぁ……こんなんで大丈夫なのかな?」


 大変だったが、退屈でもあった。

 ジャンヌは余りにも世間知らずで、普通の一般人として暮らしていくのには知らなければならないことが多過ぎた。

 炊事洗濯といった家事全般は何も出来ず、井戸での水の汲み方すら知らない。当然ながら、お金の使い方や種類に関しても何も知らない。

 その度に仲間たちをひやひやさせ、何度も助けられた。


 その甲斐あって一ヶ月も過ぎる頃には、どうにか人並みの知識は得た。

 しかし、苦労した新生活とは打って変わり、見習い兵士として与えられた仕事は見回りが主で、退屈を極めた。

 最近では増えた人口を賄う為に農地を城壁の外へと拡張している。その、外での開墾作業の監視と警護。問題が起きた時の速やかな解決を行うのが、ジャンヌの仕事だった。

 だが、ここにいるのは新たな生活を求め、生きるのに必死な難民ばかりだ。他人に構っていられる余裕がある者は少なく、いざこざといっても微々たるものだった。

 たまに兵士としての訓練もあったが、それでも退屈には変わりなかった。

 ジャンヌは焦った。他の地から逃げてきた難民の話を聞いてわかったことだが、この国の現状は最悪と言っても過言ではなかったからだ。

 ここ数年、王は自分の生活を維持する為の新しい増税案を打ち出すのに余念がなかった。

 これまでに羊毛、ビロード、ラシャ、絹等の繊維にはじまり、小麦、大麦、燕麦、魚類、バター、チーズ、鶏卵、肉類等の食品は軒並み関税率が上がり、更に、新しい税として、農作物を育てる農具、葡萄畑に使う支柱、板、桶や家を建てるための製材、果ては輸送時の荷車にまで税がかけられることが決定したらしい。

 つまるところ、生活する為の行動の一つ一つにまで税がかけられるようになったのだ。

 そして、追い討ちをかけるように野盗が頻出するようになっては、これまで文句一つ言わずに耐えてきた民でも、自分の生まれ育った土地を捨てて逃げ出してしまうのも無理なかった。


 幸い、オルブライト卿は智将と呼ばれる人物で、効率的な都市の発展を進める為、これらの無茶な税を課すことはなく、領内の民は日々の生活に従事していた。

 だが、ここ以外の場所では今も苦しんでいる人がいる。それがジャンヌには耐えられず、ライルに詰め寄って何か行動を起こすべきできはないかと何度も尋ねた。

 しかし、ライルはその度に「まだその時ではない」と言ってジャンヌに待機を命じた。


 そして当のライルは、情報を集める為にここより遠い地に隠してある別の体を使ってくる、と言って一週間前から姿が見えなくなっていた。

 ライルの本当の正体を知っているのはジャンヌ一人なので、ルシオたちにライルの居場所を聞かれても本当のことを言えず、嘘を吐くしかないのが心苦しかった。

 更に、ルシオとミシェルの二人もどういうわけか三日程前から姿が見えず、ジャンヌは皆から取り残されたようで不安で押し潰されそうだった。

 そんな不安を少しでも振り払おうと、ジャンヌは与えられた仕事に従事し、マリータから家事を教わりながらこの数日を過ごしていた。


「うう……考え事してたら頭がボーッとしてきた」


 長い間風呂に入っていたので少しのぼせてしまった。後で冷たい飲み物をマリータから貰おう。そう考えながらジャンヌは風呂から出た。


「よう、お邪魔しているぞ」


 髪を拭きながら居間へと戻ると、そこには久方ぶりに見るライルの姿があった。


「あれ? いつ戻ったの?」

「日暮れ前に、な。それで用を済ました後、ここに来たというわけだ」

「そう……それで、こんな時間にどうしたの?」


 ジャンヌたちは都市内にジャンヌとマリータ。ルシオ、ミシェルの兄弟とライルという男女に別れて別々の部屋を借りて住んでいた。

 一応、すぐに連絡を取れるようにお互い近くに居を構えたのだが、こんな夜遅くにライルが訪ねて来ることは今まで一度もなかった。

 ライルはマリータに淹れてもらったお茶を一気に飲み干すと、ニヤリと笑って告げる。


「何って決まっているだろ? 迎えに来たんだ。とっとと出掛ける支度をしろ」

「……は?」


 せっかく風呂に入って汗と汚れを落としたのに? と文句を言ってもライルは聞いてくれそうになかった。


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