アルブル村にて4
流石にあのあばら屋で一夜を過ごすのはあんまりだということで、母親と二人暮しだというマリータから「泊まりに来ない?」と誘われたジャンヌは、二つ返事で了承した。
奇しくも、ライルの言葉通りまともな食事と、キチンとした寝床を確保できたことにジャンヌは密かに胸を撫で下ろしていた。
用意された部屋は亡くなったマリータの父親の部屋で、ベッドが一つある以外は何もない部屋だった。だが、部屋の造りはしっかりしていて、隙間風が入ってこないだけでもあばら屋とは雲泥の差だった。
「ゴメンね。ベッドは一つしかないから、一人はこれを使って」
マリータはそう言って大きな布を差し出す。これを床に敷いて寝ろということだろう。
「すまない。感謝する」
ライルがぶっきらぼうに感謝の意を伝えると、マリータは驚いた顔をする。
「……驚いた。貴族様に感謝されちゃった」
「元、だ。それに、人に恩を受けて感謝するのは当然のことだろう?」
「え? ああ、うん……そうね。当たり前のこと……よね?」
マリータは頷きながらも、まるで狐につままれたかのように呆然とした面持ちで、ただ一言「おやすみ」と言って幽鬼のように部屋から出て行った。
照明器具の無い部屋は、扉を閉めると月明かりだけとなった。
ジャンヌは月明かりを頼りにベッドへと歩いて腰掛け、そのまま横になると、大きく伸びをして、顔だけをライルに向けて疑問を口にする。
「さっきのマリータ、何であんなに驚いていたのかしら?」
「簡単だ。普通、貴族は庶民の世話になっても礼など言わないからだ」
「え、そうなの?」
「ああ、貴族は庶民から施しを受けるのは当然だと思っているからな……そういう貴様にも身に覚えがあるのではないか? 厚顔不遜な身内が平民に礼の一つも言わず、むしろ世話を焼かせてやったことを感謝しろとか言う姿とかな」
「そ、それは……」
言い澱むジャンヌだったが、脳裏には声高々に笑う義姉の姿が映っていた。
「つまりはそういうことだ。英雄になりたいなら、精々言葉遣いにも気をつけることだな」
「……うん」
ジャンヌは力なく頷くと、ベッドへと顔を伏せた。
今はこれ以上、ライルの顔を見たくなかった。
アニクスィが決して褒められた人ではないのは重々承知していたが、それでもジャンヌにとっては大事な姉だったのだ。直接言われたわけではないが、それでもライルに大事な姉を馬鹿にされたみたいで、ジャンヌはふて腐れたようにベッドに潜り込んだ。
そのまま朝まで寝てしまおうと思っていたのだが、
「何を悠長に休もうとしている。本番はこれからだ」
てっきり借りた布を広げて寝床を作ると思っていたのに、ライルは布を丸めてジャンヌに向かって投げてきた。
「わっ……ぷ。本番ってどういう意味よ?」
「そのままの意味だ。この後、村に野盗の襲撃がある。お前にはそこで活躍してもらうぞ」
「な、何でライルがそんなこと知っているのよ……まさか!?」
「ちなみに、我が野盗を指揮している。などということはないぞ?」
ライルにジト目で睨まれ、ジャンヌは慌てて視線を逸らす。
図星だったんだな。とライルは嘆息してかぶりを振った。
「簡単な推理だ。隣の村が襲われたなら次はこの村が狙われるのは必定。隣の村からの距離を考えると攻めて来るなら近日中、今日の可能性が一番高いだけの話だ」
無論、そのタイミングを狙ってこの村に来た。とは言わない。
「とにかく、ここで実戦を経験しておくのは今後の貴様にとって必要不可欠だ。いいか? 鍛錬と実戦の違いというやつをその身でしっかり感じておくんだ」
「あ、うん。はい。わかりました」
ライルの勢いに押され、ジャンヌは何度も頷いた。
野盗が現れるまではまだ時間があるので、それまでは体を休めておけと言われたので、ジャンヌはベッドの上に寝転んだ。
襲撃があると聞かされてのんびり休むなんて無理だ。そう思うジャンヌだったが、思ったより疲れが溜まっていたのか、ジャンヌの意識はあっけなくまどろみの中へ沈んでいった。




