アルブル村にて2
茜色に染まった空に、甲高い音を響かせながら木造の剣が高々と舞った。
「ま、まいった」
剣を弾き飛ばされた男は、膝をついて敗北宣言した。
「マジかよ。これで十人抜きだぜ」
「おい。次、お前がいけよ」
「冗談じゃない。あんなのに勝てるわけないだろ……」
アルブル村の自警団の面々は、目の前の現実に呆然としていた。
ルシオの言葉によって集められ、並の騎士よりも強いという触れ込みのジャンヌを相手に、自警団の男たちは次々と勝負を仕掛け、その全てに敗れていた。
自警団を形成し、武装しても所詮は戦いの素人。武器に剣、槍、斧等様々な物を用いたが、構えも堂に入っておらず、一歩も動けずにジャンヌに敗退する者も少なくなかった。
「どうだ、これなら少しは役に立つだろう?」
やり過ぎないようにと審判を買って出たルシオの元へ、ライルが笑みを浮かべて近づく。
「ああ、彼女の実力も凄いが、自分たちの無力さを思い知らされたよ」
「それは仕方ない。貴様等は戦う専門ではないからな」
ライルに励まされるも、ルシオの表情は晴れなかった。
もし、あのまま野盗と戦っていたら一矢報いるどころか、相手を逆上させ、村人全員虐殺されていたかもしれないのだ。
「でも、自分の実力がわかったところでどうしたらいいんだ? 村の物が奪われるのを、指を咥えて黙って見ていろというのか?」
「その点は心配無用だ」
爪を噛み、悔しさを滲ませるルシオにライルが自信満々に告げる。
「今からでも貴様等のような素人でも、野盗相手にまともに戦えるよう、我が指導してやろう」
「何!? 本当か?」
「ああ、我は戦技より戦術の方が得意でな。人に教授出来るくらいの知識はあるつもりだ」
「そ、それは助かる。是非頼むよ!」
これで村を守れるかもしれない。希望が見えたことが嬉しいのか、ルシオはライルの両手を強く握ると、初めて心からの笑みを見せてくれた。
それからジャンヌを中心に武器の使い方を、ライルを中心に集団での戦い方の指南が、日が暮れて何も見えなくなるまで続けられた。
一通りの指南を終えたジャンヌとライルは、感謝の意を伝えたいという自警団の面々に夕食に誘われた。
自警団の小屋は、村の門の近くに作られた比較的新しい木造の建物で、十人以上が中に入ってもまだ余裕がある村で一番大きな建物だった。
元々は食糧を備蓄しておく倉庫だったそうだが、増税の影響で備蓄する食糧がなくなり、ここ暫くは空き家同然だったのを改装したそうだ。
中へ入ると、中央に大きなテーブルが置いてあり、二人はその真ん中へ案内された。
「遅くまでご苦労さん。さあ、お腹が空いたでしょ」
皆が席につくと、長い黒髪をひっつめた気の強そうな女性によって、バスケットに山盛り積まれた湯気を発する土色の丸い物体が、その横に黒パンと蒸したえんどう豆が置かれた。
これらの料理はこの村で一番のご馳走だと説明された。
「あんた凄いね。女なのに村の男共なんかより強いんだって?」
料理を運んできた女性は、ジャンヌの横へ座ると、早速えんどう豆へと手を伸ばした。
「おい、マリータ。行儀が悪いぞ」
「なんだいルシオ。男が小さいことを気にするんじゃないよ。そんなんだからミシェルの奴にいつもからかわれるんだよ」
あんたもそう思うだろ? とマリータはジャンヌへウインクする。
「え? あ……はい」
蠱惑的な目で見つめられ、ジャンヌは思わず頬が紅潮するのを感じた。
「クッ……うるさいな。兄貴は関係ないだろ」
「そうだぜマリータ。ルシオが小物なのは、俺がお袋から男として大事な物を全部持って生まれちまったからだ。生まれながらにして、身につかなかったモノを攻めるのは酷ってもんだ」
ルシオが言った負け惜しみにミシェルが追い討ちをかけると、辺りは爆笑に包まれた。
それから全員に木のジョッキに入ったワインが配られ、夕餉の時間が始まった。
皆、我先にと料理に手を伸ばして食べ始めたのだが――
「どうしたの? あんた、全然食が進んでないじゃないか」
唯一人、迷子の子供のように周りを見つめるだけで、料理に手を伸ばさないジャンヌに気付いたマリータが心配そうに声をかける。
「ひょっとして、嫌いな食べ物でもあるとか?」
「いえ……そうじゃないんですけど……」
周りの注目を一身に受け、ジャンヌは少し困った表情のまま、ぽつぽつと喋り出した。
「皆さん。食べ物に困っているのですよね? それなのに、私たちにこんな豪華な夕飯を振る舞ってしまって大丈夫なのですか?」
この村の人々は、その日食べる食事にも苦労している。ルシオからそう聞かされていたジャンヌは、前に出された食事を見て、本当に好意に甘えていいのかどうかを迷っていた。
ジャンヌの言葉に、マリータは優しい微笑を浮かべる。
「そんなのあなたが気にする必要はないわ。この後、私たちが少し我慢すれば言いだけの話よ」
「そうだ。あなたたちが来てくれなかったら、我々には明日の夕飯にありつけたかどうかも怪しいんだ。これは、その感謝の気持ちと思ってくれればいいさ」
その言葉に、全員笑顔で頷いて持っていたジョッキを鳴らす。
ジャンヌは嬉しくて、思わず涙が出そうになった。
「ありがとう。本当にありがとうございます」
「いいよいいよ。せっかくのご馳走だ。たんと食べておくれ」
「はい。あの……それじゃあついでにもう一ついいですか?」
続けて質問するジャンヌに、皆の視線が集まる。
「その……初めて見る食べ物があって、どうしたらいいのかわからないのですが……」
ジャンヌの一言に、全員が「え?」という表情で固まった。
全員が硬直する中、マリータが代表して口を開いた。
「ちなみに、どれが見たことないの?」
「……これです」
ジャンヌがおずおずと指差したのは、バスケットに盛られた土色の丸い物体だった。
一見すると、土の塊にも見える食べ物。それは何も知らない状況では、手を伸ばすのを躊躇われるシロモノだった。
「ジャンヌ。あんた馬鈴薯も知らないの?」
「ばれいしょ? ……ごめんなさい。わからないです」
ジャンヌが正直に白状すると、マリータは「ぷっ」と小さく噴き出しながら教えてくれた。
「これは、とある旅人が他所の国から持ち込んだ食べ物で、痩せた土地でも沢山育つことで話題になって一気に広まった食べ物よ。これがなかったら、私達は疾うに飢えて死んでいただろうね。こうやってゆでで皮を剥いて食べると、ホクホクしてとっても美味しんだよ」
説明しながらマリータが馬鈴薯を一つ取り、皮を剥いてジャンヌへ差し出してくれた。
「あいよ。熱いから気をつけて食べるんだよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
マリータからまだ湯気が立っている熱々の馬鈴薯を受け取り、ジャンヌはふぅふぅと息を吹いて冷ましながら、口を小さく開けて馬鈴薯を頬張った。
はふはふと口から蒸気を噴き出しながら咀嚼し、やがて咽を鳴らして飲み込むと、
「美味しい……」
頬を赤く染め、ニッコリと笑って感想を口にした。
笑ったジャンヌを見て、黙って成り行きを見守っていた自警団の面々は、一様に「乾杯」と口にしてジョッキを合わせていた。
それからはジャンヌも周りの雰囲気に負けないように、積極的に食事に参加した。
食事自体は、プリマヴェーラとして屋敷の中で生活していた頃と比べるとどれも味気なく、量も充分な量とはいえなかったが、それでもここには笑顔が溢れていた。
食事のマナーや作法なんて気にしない。喋っても誰からも咎められない、むしろ積極的に他人との会話を楽しむという今まで経験したことのない食事に、ジャンヌはこんな楽しい食事があるものかと、とても満ち足りた気分を味わった。




