プロローグ
昔、魔王と呼ばれた男がいた。
時は各国が覇権争いを繰り広げ、終わりなき戦争が百年以上も続いていた戦乱の時代。長い戦争で民は疲弊し、誰の心の中にも戦争の終結と、平和な時代の到来を待ち焦がれている時にその男は現れた。
名はサルヴェイシェン・リベラシオン。今は無き、パッツィーア王国の国王だった男だ。
各国を転々と旅をしていたサルヴェイシェンは、野盗に襲われていた当時のパッツィーア国王の一人娘を助け出し、その功績が認められて王女と結婚して国王となった。
突如現れた貴族でも何でもない平民出身の男が、いきなりその国の姫と結婚というのもかなり衝撃的だったが、彼の政策はもっと衝撃的だった。
サルヴェイシェンは政策の第一歩として妻と前国王、そして城に務める全ての者を処刑した。
権力を握った途端、周りの人間だけでなく妻にまで手をかける。ここまでなら狂気に囚われた暴君として歴史書の片隅に書かれそうだが、そこから信じられないことが起きた。
サルヴェイシェンによって殺された人々が甦り、生きている人を次々に襲い始めたのだ。
それは不死者と呼ばれ、サルヴェイシェンは不死者を用いて大陸全土に宣戦布告をした。
当初この問題はすぐに解決するだろうと思われたが、その認識はすぐに変わる。
不死者は剣で切っても槍で刺しても死なず、腕を、足を切り落としても、その身を炎で燃やしても死ななかった。正に名前の通り不死の存在だったのだ。
各国の軍は、倒せない不死者に圧倒され、国境を破られ、数多の村や集落が犠牲となった。
この緊急事態に各国は対立関係を一時凍結し、連合軍を組織して不死者討伐へ乗り出した。
それでも不死者を退けるのは容易ではなく、不死者によって殺された人々は優に百万を超えたとも言われた。
誰もがサルヴェイシェンを憎んだ。あいつさえいなければ自分の家族は、大事な人は死なずに済んだ。平穏に暮らせていたはずだと。
すると、人々の嘆きが天に通じたのか、救世主が現れた。
それは神のお告げを受けたという一人の少女。
これまでいくら手を尽くしても倒せなかった不死者を、少女は神の祝福を受けたという剣を用いて、いとも簡単に不死者の身を砂に変えて消滅させてしまった。
だが、少女の奇跡はそれだけではなかった。
暗雲立ち込める戦場で少女が天に向かって剣を掲げると、そこから一条の光が射し込み、辺り一面が暖かな光で満たされ、その光を浴びた不死者は、少女以外の人間でも簡単に滅することが出来るようになっ
たのだった。
これで形成は一気に逆転した。
連合軍はあっという間に不死者を滅し、サルヴェイシェンも少女の手によって打ち倒された。
サルヴェイシェンがどのように不死者を操っていたのかは不明だが、その摩訶不思議な力と、残虐非道の行いからサルヴェイシェンは魔王と呼ばれ、少女は世を救った聖女と呼ばれた。
こうしてパッツィーア王国は歴史からその姿を消し、国は分割統治されることとなったが、代償も少なくなかった。
元々疲弊していた各国は、この戦いで更に多くの若年層を失った為、もはやかつての様に争う力は完全に失っていた。
そこで各国は復興の為、恒久的な和平条約を結んだ。
奇しくも、百年以上続いた戦争は、魔王サルヴェイシェンという強大な敵が現れた事で終焉を迎えたのだった。
聖女は魔王を討った時を最後に歴史から姿を消したが、その姿は人々の心に深く刻まれた。
それから約半世紀、大陸からは戦争が消え、平和な時代が訪れた……かのように見えた。