第3部 ④
当時、距離的に戦闘機による半島への作戦行動が可能な海軍飛行場は、半島に近い壱岐島の他には北九州の芦屋、雁の巣、そして福岡の板付があるのみだった。壱岐島の他には、半島にもっとも近い対馬にも飛行場があるにはあったが、対馬は前述したとおり半島での作戦を終えた機の不時着用である。
従来の予想では、攻勢に転じた敵は、双発爆撃機による九州各地の主要都市や生産拠点に重点的に爆撃を行うものと考えられていた。従って防備はこれらの場所に集中し、ぼくら航空部隊もまた、そうした要所を守るための数ある防空拠点の一つとしての位置づけを為されていたのに過ぎなかった。
だが、「鷲の日」以降。攻勢に転じた敵の目標は、守られるべき都市、主要施設ではなく、飛行場などこれら九州方面の航空部隊の拠点に絞られることとなった。中国空軍は、市街地及び工業施設等への攻撃をひとまず避け、直接我が方の基地を叩くことで、我が方を間断ない消耗戦に引き込んで抵抗力を減殺し、ひいては九州上空の制空権確保を画策したのである。
ぼくらが方々の体で対馬から板付に戻った翌日から、対馬における北、南の両飛行場は間断ない空襲に晒され、その飛行場機能の大半を喪失した。作戦に投入された敵は「鷲の日」当日の内に釜山に進出した戦爆連合の大編隊であり、その事実はまた、敵の戦闘機部隊が水準に達した渡洋作戦能力を手にしていることをも示していた。
前線に現れた敵の爆撃機部隊もまた、その陣容を充実させており、従来ぼくらの知るJu―52やB―10の他、高速を以て有名なソ連製ツポレフSB―2やイタリア製のフィアットBR―20までもが続々と鵬翼を連ね、前線に現れた。
戦略面では、我々の最終防衛ラインは未だ対馬海峡の西水道ではあったが、対馬上空が敵の制空権下に置かれるという事実は、空に置ける防衛ラインが東水道にまで後退する事を意味していた。自然、九州を拠点とした、半島南部を戦域とする制空作戦は殆ど不可能となった。
――――そして、敵の攻勢は、ついに九州にまで達した。
――――攻勢が始まってはや一ヶ月。
今日もまた、敵機来襲を告げるサイレンが響き渡る。
ぼくと蔡君は将棋を指していた手を止め、また何時ものように脱兎の如く愛機の元へ駆け寄る。台湾の時と同じく、出動の時はちょっとしたお祭りだ。我々が防戦に回ってすでに一月が過ぎたわけだが、速成訓練を終えてどんどん着任してくる搭乗員の数に比して、機体の供給が追い付いているとは到底言い難い。
「九五艦戦でも九〇艦戦でもいいからどんどん機体を送ってくれ!」
とある基地司令の司令部に向けたこの要請は、それくらい機材不足を深刻なまでに物語っていた。
勿論、こうして戦っている間も機材と人員はどんどん増強され、今の時点ではすでに三個中隊分の機材が配備されるまでに至っている。そして搭乗員は、基地の保有する機材の1.5倍はいた。しかし三個中隊分の戦闘機とはいっても、その全てが常時戦闘飛行可能な状態にあるわけではなく、全力発進可能なのはその中でも八割ほど。九六艦戦も万能ではないのだ。
自然、搭乗員への機材の割り当ては歪なものとなる。一機の九六艦戦に二人、三人の搭乗員が充てられることなど稀ではなかった。必然的に、決まった搭乗割がなく、基地にいる搭乗員の誰もが実戦に出られる機会を得られる邀撃戦闘の際には、血気にはやる搭乗員の間で機体の取り合いが発生してしまう。
「少尉殿、早く、はやくっ!」
西村先任がグレートヒェンの操縦席からぼくに手招きをする。煙草を余り吸わないぼくの嗜好がここで威力を発揮し、交換条件に提示した配給の煙草に釣られた兵曹は、警報が鳴り響く遥か前からぼくのグレートヒェンをしっかりと確保してくれている。
兵曹と替わり、始動を終えたグレートヒェンに滑り込むや否や、チョークを払われたグレートヒェンはスルスルとエプロンを滑り出し、空へと向かうのだった。
飛行場を駆ける中、銀翼を触れんばかりに接近してくる僚機を回避する脚裁きも慣れたものだ。あっという間に離陸を図る九六艦戦の群れから抜きん出たグレートヒェンは尾部を上げ、天女の如く舞い上がった。
『――――こちら大島監視所。戦爆連合三〇機。芦屋へ向かう――――』
『――――玄海監視所より報告。爆撃機四〇機。南西方面へ向かう模様―――』
『――――こちら五中隊。鳥栖上空……只今より接敵――――』
共通周波帯からは、しきりに戦況を告げる声が入ってくる。上昇しながらも気が急く自分がもどかしい。
そういう場合、切迫した血気の矛先は佐世保の防空司令部に向けられる。
早く指示を出してくれ!……ぼくらは何処に向かえばいい?……
島嶼や沿岸部の防空監視所から上がってくる敵編隊の動静を佐世保鎮守府内に置かれた防空司令部に集約し、各拠点に点在する迎撃戦闘機隊を機動的かつ効率的に運用するシステムが漸く機能を始めたのは二週間前のことだ。
迎撃を搭乗員の直感と判断に負っていた当初と比して大きな進歩と言えるかもしれないが、それでも、敵機察知の方法を監視所の肉眼視認と役に立たない聴音器に頼っている現状では、戦闘のイニシアチブが未だに敵の側にあることは否めない。
約三分で編隊は基地上空で集合を終える。初めの頃は編隊を組むのに五分掛かっていたが、今では三分程度で出来るようになってしまっている。それ位、今のぼくらは現状に馴らされている。
『――――築城より五個小隊発進。芦屋へ増援に向かった』
『――――壱岐上空。空戦中――――』
そして……ぼくらの隊にも指示が飛んだ。
『―――佐賀上空まで進出……敵編隊を迎撃せよ―――』
編隊は一路有明海に達し、佐賀南岸に進入。このときの高度四〇〇〇。
雲は……そんなに高くは無い。その雲の間を縫うように進む敵編隊を前にして、編隊の挙動が乱れた。
『……まだだ、もう少し接近してから……』
古谷中尉の声は、いつもの通り……落ち着き払っている。
敵はイタリア製BR―20爆撃機一六機。それをガッチリと囲むようにホークが二〇機ほど?……ぼくらは、敵に気付かれないように太陽を背に忍び寄る。
『―――こちら壱岐。敵の数が多い。防ぎきれない!……』
『―――唐津湾上空。敵戦闘機編隊接近中。総数六〇機……!』
そのとき、中尉が叫んだ。
『―――古谷より全機へ。突撃、突撃せよ……!』
指揮官機を先頭に、一本棒になって突っ込む九六艦戦。後背からの奇襲に気付いた数機のホークが急旋回したが、全ては遅かった。
旋回に入ろうとした一機を、ぼくは捉えた。
反射的に、発射把柄を引いた。勢いよく飛び出た弾丸がホークの尾翼を、そして胴体を捉え、発火したホークは行灯に群がる蛾のように火の玉となって螺旋状に降下していく。
一部の九六艦戦が敵の護衛戦闘機と空戦を繰り広げている一方で、編隊の主力は爆撃機隊に襲い掛かっていた。
フィアットBR―20。開発したイタリア空軍でも未だ配備が進んでいないほどの新鋭爆撃機で、前評判としては高速と大きな爆弾搭載量、そして厳重な防御砲火を兼ね備えた手強い相手としてぼくらの間では認識されていた。
だが数回の手合わせを経た今では、そいつはカタログ上の性能を殆ど発揮できない、ほんの数撃であっけなく火を噴くほど脆弱な「カモ」としてぼくらの間では軽侮と憐憫の対象と成り下がっている。同じ爆撃機なら、型の古いB―10の方がまだ墜としにくい手強い相手であるようにぼくらには思われる。
一方の味方が直援のホークをひきつけている間に、もう一方の隊が爆撃機に襲い掛かる。鵬翼を掻い潜るようにして九六艦戦が射撃し上昇、下降を繰り返す度に爆撃機は白煙を吐き、高度は落ち、たちまち編隊は乱れていく。
乱戦の最中、ノロノロと眼前に出てきた一機のBR―20に、ぼくは一連射を浴びせた。射弾は敵機の左エンジンを捉え、黒煙を吐かせた。しっかりと食いついてもう一撃、さらに二撃と繰り返す内に、大きく左に傾いたBR―20はそのまま螺旋状の軌道を描きながら降下、やがて頭を下にして地上へと墜落し、激突した。
すかさず、中尉の指示が飛ぶ。
『天満っ!……後方より敵戦闘機。まっすぐ飛べ、気速を使え!』
「了解……」
操縦桿を前に倒し、スロットルを全開にする。速度計が一気に撥ね上がり、眼下の田畑が、明確な区画を持ってぼくの前に迫って来る。
『少尉、左旋回で退避をっ……援護します。』
蔡君の声だ。フットバーを左に踏み込みながら振り向いた先には、二機のホーク。その直ぐ後上方を蔡兵曹の九六艦戦が占位している。
忽ち、一機のホークが火に包まれ、背面の姿勢から降下した。蔡君の攻撃に慌てたもう一機―――黄色いエンジンカウルの一機が右急旋回で回避に転じるのを、ぼくは見逃さなかった。左旋回からぼくはホークを追尾に入り、左右に機体を滑らせるホークに一連射、二連射と射弾を撃ちこむ。だが、その悉くがかわされる……いい腕だ。
『――――敵戦闘機編隊六〇機、佐賀上空に到達』
監視所の報告は容赦が無い。十分な燃料を持っていても、手持ちの弾丸が足りなくなるかも知れない。敵はこちらの数が無いことを知っている。第一次、第二次の攻撃隊でぼくらの反撃を吸収し、第三次以降の攻撃隊で打撃を与えるのだ。そしてその効果は、攻勢が始まって一ヶ月が経つ現在、遅効性の毒物 (カンタレッラ)のようにぼくらを蝕みつつある。
三撃目をかわし、そのまま左垂直旋回に入るホーク。ぼくもそれを追う。しかし相手は旋回性能に勝る複葉機。単に食い付いていくだけではいずれ不利に陥る……わかってはいるが、戦闘機乗りとしての闘争本能がぼくに冷静な行動を躊躇わせる。
『馬鹿野郎っ……天満、上だ、上へ逃げろ!』
「…………!?」
古谷中尉の怒声を聞く頃には、眼前に敵機の姿はいなかった。慌てて上昇し背後を振り向いた先に、ピッタリと食い付くホークの、黄色い獰猛なる鼻先……!
撃たれるっ!……その直感だけは正しかった。ホークから放たれた何かがグレートヒェンの重要な部分で烈しく弾け、彼女の心臓たるエンジンの鼓動を急激に変調させ、その脈動を弱めた。
機体は上昇の姿勢―――敵機に距離を詰められる以上に、失速への恐怖が、ぼくに操縦桿を前へ倒させた。
だが……それは間違いだった。操縦桿を前に倒し、速度を稼ごうと降下に転じようとした瞬間。グレートヒェンは急激に左に傾き、錐揉みに入ったのだ。
操縦系統をやられた……!?
回転する機体の中で遠心力の豪腕がぼくを押さえつけ、急激に湧き起こってくる閉塞感はすぐに恐慌となり、追い詰められたぼくに「脱出」の二文字を思わせた。
重力の渦に揉まれ、意識の薄れ掛けたぼくの脳裏を過ぎるのは脱出への渇望――――グレートヒェンを捨て、死の恐怖から自由になることへの渇望。それはまさに、ファウストを誘惑するメフィストフェレスの囁き宜しく、ぼくの胸に語りかけてくる……!
生への誘惑に従い、知らずの内に風防を開いた操縦席に猛烈な気流が襲い掛かる。さらに逃れようとバンドに手を掛けた瞬間。猛烈なまでの羞恥心にぼくは自分の立場を忘れ、赤面する。
ぼくは、思った……壮悲までの決意を。
おれは、おまえを連れて帰り、おまえとまた飛ぶんだ。
何があっても、おれはおまえを捨てない……!
神通力を失ったエンジンからは鮮血宜しくどす黒い滑油が噴出し、風防、そしてぼくの身体を汚す。鉄を切るかのようなエンジン爆音は、まさに銀翼の戦乙女の悲鳴。
その悲鳴を聞いた……と思ったとき、ぼくは操縦桿をしっかと押さえ、フットバーを踏み出した。錐揉みが止まった操縦席の先には、眼前一杯に広がる母なる大地。
再び機を錐揉みに入れないよう、操縦桿を引いた。だが、加速の付きすぎた機体は、ぼくに容易に操縦桿を引くことを許さない。
重力の腕は、昇降舵を押さえつけて離さなかった。
どうする?……そのとき、トリムダヴ操作ハンドルに延びているぼくの腕。それはまさに、考えた末のそれではなく直感的な操作だった。
ハンドルを回すにつれ、重力の頚木を解かれゆっくりと傾く操縦桿。まさに地平ギリギリで、グレートヒェンは上昇に転じた。
首を左に振ろうとする機を、フットバー操作であやしながら、むき出しになった操縦席に座るぼくは油で汚れた飛行眼鏡をかなぐり捨て、周囲の様子を伺う。
「……天満より隊長機へ……」
そこまで言って、何の反応も無い無線器に気付く。幾ら周波数を調整しても、うんともすんともいわない。壊れたのか?
未だに輪舞を続ける翼たちの環からは、だいぶ距離が出来ていた。無線で言っていた新手の敵編隊が、戦闘に参入したのかもしれない。だとすれば元々数に劣る味方は、さらなる苦闘を強いられるだろう。
それでも……敵機に見付かる危険や意のままにならない機体のことよりも、滑油漏れによるエンジンの焼け付きへの不安が、ぼくに離脱を決心させた。
冷たく、ゆっくりと流れる風が油に汚れた頬を撫でる。
何時の間にか、ぼくとグレートヒェンの周囲を静寂が覆っている。
山がちな地形には、見覚えがあった。かつて、大村空時代に訓練飛行で散々飛んだ。嬉野の山々だ。
とにかく、海に出よう……海岸線に沿って行けば、いずれ大村海軍航空隊に突き当たることとなろう。それまで、エンジンは順調に動いているだろう。
現高度は一〇〇〇m。もう少し……二〇〇〇まで上げたい。そうしておけば、いざという時滑空用の高度が稼げるというものだ。失速の恐怖と戦いつつ、操縦桿を少しずつ引き、グレートヒェンは一七〇〇まで達した。
やがてその眼の前に、懐かしき大村飛行場の全容を眼にしたとき、エンジンはその鼓動をやめた。
止まったエンジン。そしてイカれた操縦系統。滑空をやるには、最悪の条件が揃い過ぎている。
なお左に傾く機体をフットバーで支えながら、ぼくは降下する。失速を防ぐためフラップの開度もほどほどにしつつ、揚力を稼ぎながら飛ぶうち、矩形の滑走路がぐんぐん迫って来る。着陸速度がやや速いのに舌打ちしたとき、ぼくはゴムタイヤが地面を擦る音を聞いた。
フットバーを踏む右足が痛い。踏ん張り過ぎて痙攣しているのだ。だが、耐えるのももう少し……もう少しの我慢。
烈しい振動と共に、尾部が接地するのを感じる。気を抜いてもいい頃だが、何故か気が抜けない。ふと目を転じた先、応急要員を満載したトラックがこちらに走って来るのを見る。
エンジンカット……それでも、惰性でグレートヒェンは少しの間を走り続ける。
グレートヒェンは、止まった。
操縦席を離れ、ぼくは地上に足を下ろす。どんな苦境に陥っても、地上に足を下ろすことを諦めたことなど、ぼくは未だ嘗てなかった……だから、空はぼくにご褒美をくれたのだと思う。
再び青い空を見上げることの喜びを噛み締めながら、ぼくは考える。
「足、大丈夫ですか?」
と、地上員が指摘したのは、ぼくが片足を引き摺りながら歩いて来たためだろう。踏ん張り過ぎて、ややもすれば痙攣しかける足を叩いて凌ぎながら、ぼくは勧められるままトラックの荷台に飛び乗るのだった。
飛行場の周辺は、何かが足りない……トラックに揺られながら、ぼくはそう思った。それが本来なら滑走路の隅で銀翼を休めている戦闘機の機影であることに気付いた時。ぼくは地上員に尋ねた。戦闘機は何処?……と。
「戦闘機は、全て迎撃に出ている」と、地上員は教えてくれた。
こののどかな飛行場までも、国土防空の最前線と化していることにぼくは愕然とする。
かつて、延長訓練時代にぼくの機付整備員だった寺崎兵曹は、今やこの基地の先任整備員となっていた。その寺崎兵曹から、「鬼教官」三橋中尉の戦死を知らされる。
敵の攻勢が始まった時分から、最新の二機一個小隊の編成を固辞し、旧来の三機編隊で戦い続けた中尉だったが、その中尉に最期の時が訪れたのは、先週のことだった。
唐津湾上空で優勢な敵戦闘機編隊に遭遇した中尉はホーク一機を撃墜したものの、一撃離脱を多用した敵の巧妙な編隊空戦に遂に抗しきれず、味方の撤退を援護する途中、間隙を突かれ上空から敵機にカブられたのだ。
「中尉は、『黄色い機首』にやられたんですよ」
その言葉に、ぼくはギョッとする。今日の空戦の模様を話すと、寺崎兵曹も驚いてぼくを見詰めるのだった。
「少尉殿もやられたのですか?」
「うん……すんでのところで逃げきったけど、この様さ」
そいつは「黄色い機首」、もしくは「黄色い獣」とも言われた。全体の空戦技量はさして良くない敵空軍において、度々抜群の技量を見せた黄色いエンジンカウルのホーク。空戦の度に出現し、抜く手も見せぬ速さで味方機に襲い掛かり葬り去る光景を、そいつは度々目撃されていたのだった。
「何でも、外人のお雇い操縦士が乗ってるって噂ですが」
と、寺崎兵曹は言う。実際手合わせをしたことのある者はいても、間近でその顔を見たことのある者はまだいないらしかった。
「少尉は、見ましたか?」
「いや……」
その後を基地への連絡や戦況報告に要し、続いて邀撃に上がった戦闘機隊が続々と帰還を始めたのは、それから一時間後のことだった。着地するや否や、搭乗員が負傷しているのか、それとも機が損傷しているのかたちまち針路を曲げて滑走路からはみ出す機、操作を誤って路肩に突っ込む機も出て、戦況の苛烈さを思わせた。
狭い指揮所は、たちまち空戦の殺気を収め難い搭乗員で一杯になる。乱れた服装と血走った眼をそのままに、彼らは語り合った。
「敵の第一撃で、●●兵曹と○○空兵がやられた」
「○●少尉の機が黒煙を吐いて何処かへ飛んでいくのを見た」
「二機まで墜としたやつを数えたが、あとは何機墜としたかよく覚えていない」
彼ら大村空の搭乗員が語っていたのは、その敵の多さと戦法の巧妙さだった。守るべき爆撃機からこちらを引き離す術。一機が囮となり、無線を使った連携の下もう一機が囮に食い付いた味方の死角から奇襲をかける術……機材の性能と搭乗員の技量に優れたわが方に、彼らが数の優位と連携で対応していること、そしてそれが有効な戦果をもたらしていることは明らかだった。
一方で、ここでは余所者のぼくが彼らの会話に加われようはずもなく、会話の座から距離を置き無心に九六艦戦の居並ぶエプロンを眺めていたとき、低空を駆ける聞き覚えのある爆音に気付き、ぼくは窓から空を見上げる。
「九六艦戦……」
何処の隊だろう?……ぼくの注視する中を、高度を落とした九六艦戦は見事な三点着陸で滑走路に滑り込んだ。尾部に部隊の番号が描かれていないところを見れば、本州からの補充機なのだろう。
滑るような動きで九六艦戦はエプロンに滑り込み、駆け寄ってきた整備員に支えられながら機から降り立った操縦士の風貌に、ぼくは眼を疑った。
搭乗員は、台湾で別れた柴田兵曹だったのだ。




