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第2部 ③




 時は七月一〇日。ここはすでに真夏だった。


 寝苦しさに目を覚ますのと、従兵に肩を揺すられるのと同時だったと思う。


 時間は未だ午前二時。


 促されるがままに飛行服を着込んで外に出ると、そこではすでにかなりの数の搭乗員が支度を終えて集っていた。思い思いに談笑したり、眠気覚ましに煙草を吹かしたりする様は、いつもと同じ。それがぼくを何故か、幾許か安堵させた。


 ……そして、続いて向かった指揮所。


 この基地にはこれほどの搭乗員を抱えているのかと、今更驚かされたほどに集合した搭乗員を前にして、司令は第一声で厳かに言い放った。


 「我が隊は、これより全力を上げ泉州を攻撃する」


 どよめきに包まれた部屋……皆の反応に満足したかのように司令は頷くと、さらに続ける。


 「現在台北では、友軍により福州攻撃の準備が進行している。我が隊も午前三時を期して総力出撃し、黎明を突いて泉州の敵飛行場を叩く……!」


 外では、既に準備が始まっていた。整備員の持つ懐中電灯の光が、闇にどす黒く染まった列線の周囲を行き交い、それがぼくの目にはあたかも蛍のように儚く、そして美しく見えた。列線の傍に置かれたリアカーの積荷は、おそらく爆弾か……?


 司令の言葉は続く。


 「現在、我が軍の海軍陸戦隊を主体とする攻略部隊を乗せた輸送船団が、昨日高雄を進発し一路西進している。その攻略目標は金門島である! 現在、台南の航空部隊が総力を上げて船団の護衛任務及び上陸の支援任務にあたっている。貴官らもこれらの友軍に負けず、大いに任務に精励してもらいたい……!」


 訓示が終るや否や、ぼくらは学業を終えた児童のような勢いで指揮所から駆け出し、搭乗割の書かれた黒板へと向かった。ちょっとした人だかりの山に難渋しながらも、ぼくはどうにかその中に自分の名を確認することが出来た。


 攻撃隊は第一次、二次、そして三次の三陣に分けられていた。ぼくは第一次攻撃隊の、制空第一小隊の二番機・・・・つまり制空隊指揮官の列機だ。必然的に、柴田兵曹と蔡一空兵とは離れ離れとなる。


 台湾でも、海軍自慢の八試特偵機が連日連夜のように基地を発進し、我が方に貴重な情報をもたらしていた。その情報とは、主に大陸における敵空軍の動静である。




 事前の情報に拠れば、泉州の敵飛行場には二〇機の爆撃機と、約四〇機の戦闘機が展開しているという。それを、黎明を期して空から叩く。つまり、これまでぼくらが彼らにやられたことを、倍返しにして彼らに行うわけである。


我が方の陣容は、次の通り。




泉州攻撃 第一次攻撃隊




制空隊 九六式艦上戦闘機×12


戦・爆隊 九五式水上偵察機×6


急降下爆撃隊 九六式艦上爆撃機×9


水平爆撃隊 九六式艦上攻撃機×9






 九五式水上偵察機は、今次戦役における最優秀機の一つとして数えられてもよいであろう。複葉、複座、そして単フロート式の機体はトンボのように細く引き締まった胴体とやや後退した主翼を持ち、重い下駄履き機の宿命か速度性能はあまりパッとしなかったものの、その運動性能は九六艦戦にも匹敵するとされていた。また、翼下に小型の爆弾を積み、艦爆並みの急降下爆撃までこなせるようになっている。他の機が一芸に秀でた運動選手とすれば、九五水偵はあらゆる競技をこなせるオールラウンド‐プレイヤーと言えた。


 その九五水偵隊が、爆撃と制空の二つの任務を今回の出撃でこなす。投弾した後も現地上空に留まり、九六艦戦隊と共同して敵機と空戦をするのだ。


 昨夜台湾を発進した二機の八試特偵は、未だ福州、泉州近辺の上空で監視飛行を続けている。


 彼らの任務は、敵飛行場の動静と迎撃してくるであろう敵戦闘機隊の位置、高度を攻撃隊に通報することであった。カタログ値では二四時間の滞空も可能というアシの長さを誇り、速度も国府軍の戦闘機のそれに勝る八試特偵ならではの任務だ。


 これは数に劣る戦闘機隊を効果的に運用するべく考案され、試験的に実行に移された方式で、ことの成否次第によっては全軍への導入もまた考慮されていた。また、試作された新型無線通信機の運用試験も、この任務は兼ねている。


 出撃の間際。制空隊長の黒岩中尉がぼくに言った。


 「貴様は航空進撃戦は初めてだし、経験もあまりない。いいか、死にたくなかったら絶対に俺から離れるなよ。意地でも付いて来るんだ。離れたら、命は保証せんぞ」


 いかにも歴戦の勇士といった感じのドスの利いた声は、ぼくならずとも若い搭乗員を震え上がらせるのには十分だ。


 黒岩中尉は一水兵から叩き上げた歴戦の勇士だ。「本土防空戦」以前の半島撤退戦を含め、これまでに一七機の敵機を撃墜している。それだけにその一言一言には凄みがあった。


 重い爆弾を抱えた艦攻、艦爆隊が離陸に取り掛かる中、増槽を抱いた艦戦の列線が一斉に始動を始めた。「チョーク外せ」の合図の下、制空隊長機が真っ先に飛行場に進み出、ぼくもその後に続く。


 次第に加速していく中、飛行場の沿道に目をやると、地上員や後に続く搭乗員達が声を上げ、帽子を千切れんばかりに振ってぼくらを見送ってくれる。


 その中には、第一次攻撃隊に行きそびれた柴田兵曹と蔡一空兵の姿もあった。二人は第一陣のぼくとは違い、第二次攻撃隊に回されたのだ。


 飛行帽を振る二人の前を行き過ぎたとき、「少尉がんばれ!」という二人の声を、ぼくは聞いたように思った。


 やがて、前方を行く中尉機の尾部が上がった。充て舵を踏む足が震え、手が女性の身体でも扱うかのように、少しずつ操縦桿を引いた。


 尾部が上がり、気付いた時には、機は既に宙に浮いていた。


 上昇……喩え味方とはいえ、遠方に幾重もの梯団が蠢く様は何がしかの緊張を誘うものだ。


 ―――――台湾を発って北西に飛ぶこと三〇分余り。既に編隊は台湾海峡の中程に差し掛かっていた。


 時間だ……二日前に内地から輸送機で送られ、突貫作業で機に搭載された新型受信機のダイヤルを、あらかじめ設定された数値に合わせる。やや間を置いて、空電音に続き音声が聞こえてきた。


 『―――報告。飛行場上空の雲量三。風向北西。上空に敵機なし――――』


 偵察機から送られてくる情報は、それまでと比べて信じられないほど明瞭な音声でイヤホンに入ってくる。


 「了解。感度、明度ともに良好」


 思わず口走ったものの、それを外に伝えるべき送信機は積んでいない。此方の方は未だ改良の余地ありということで数が無く、特に選び出された調子のいい機材が、偵察機や指揮官機のような限られた機にしか搭載されていなかったのだった。


 台中で第二次攻撃隊の発進準備に取り掛かっているであろう柴田兵曹と蔡君のことを思い返しながら、ぼくは眼下の光景に目を転じる。編隊は、すでに大陸の海岸線に達しつつあった。


 東方から昇り来る太陽は未だ紅く。地上もまた未だ薄暗い。それでも、土色の海岸線を少し越えた先に、同じく黄土色の荒涼とした大地が広がっているのをぼくは見た。聞くところに拠ればここ一帯は、かつては台湾の西側をも越える豊潤な稲作地帯であったという。


 それが今は……かつては田圃の広がる平野であった単なる荒野。苛烈で放漫な徴税と農業政策の失敗が、ここから田圃はおろか人影すら消し去ってしまったのだ。


 『―――報告。飛行場上空……敵戦闘機数機が始動中。まもなく離陸する――――』


 偵察機からの一言が、ぼくに機銃の装填レバーを握らせた。


 隊長機が一気に上昇した。ぼくらもそれに続く。高度を稼ぎ、優位な状態で空戦を始めるつもりであることぐらい、予科練の学生でもわかる。


 守るべき爆撃隊は?……大丈夫。水偵隊がしっかりとくっ付いている。


 その爆撃隊が速度を上げ、雁行状の編隊を崩さずに艦戦隊の前方へ出た。今頃これらの搭乗員のレシーバーには、『突撃態勢作れ』の「ト」連送が鳴り響いていることだろう。


 彼らの目指す先は、地平線の向こうに広がる人工的な矩形の空間の連なり。


 さらに進むにつれ、赤黒い雲雲を背景にして、目指す飛行場の上空を複数の黒点が飛び交っているのが見えた。迎撃に上がった敵機?


 『―――報告。敵機は一五機を確認。高度七〇〇……飛行場上空に占位しつつあり―――敵機……続々と離陸中……我、これ以上の監視不可なるを以てこれより空域を離脱す――――』


 切羽詰った声とともに切れた通信が、ぼくの背中にひんやりとしたものを投げかける。敵機に捕捉されたのか?……それとも、燃料切れ?


 飛行場上空に進入する艦攻隊に、前下方から接近する敵機。両者のずっと上方に占位していたぼくらがその姿を目にしたとき、黒岩中尉は命令した。


 『全機、増槽落とせ』


 言われなくとも、増槽投棄レバーには既に手が延びている。手応えとともに、半球状の増槽が名残惜しそうに残余の燃料を曳きながら下へと落ちていく。


 その直後、黒岩中尉機が主翼を翻し急降下に転じた。その意図するところは、とっくに制空隊の総意!……ぼくらは、敵機に襲い掛かった。


 敵の主力はアメリカ製のホークⅡ型。細長い胴体とややテーパーした二枚翼。そして空冷エンジンが特徴の機体だ。中には液冷エンジンで、操縦席の位置がやけに後退したイタリア製フィアットCR32の機影も見えた。その知名度も、性能の高さの両方も世界的に知られた二機。新鋭機とはいえ、こちらの九六艦戦が向こうよりも性能的に優越しているという確たる証拠は無く、しかも数は此方よりも多い。



 下方へ向けた機首。ぼくの眼前に向かってくるホークの機首……反射的に、ぼくは機銃の引き鉄を握る指に力を篭めた。引き鉄を引きっ放しにしながら、ぼくは真一文字に下方へと突っ込んだのだ。その時には、もう眼前など見てはいなかった。身を伏せ、そのまま敵機に真正面から突っ込んでいったのだ。


 両軍の戦闘機隊もまた正面から擦れ違い……次の瞬間には後方を取るための旋回運動に移行している。


 海中を入り乱れる魚群のような混迷と鮮やかさの融合……それはまさに空の白兵戦!


 降下から上昇に転じた「グレートヒェン」の操縦席から、ぼくは主翼を傾けて背後を仰いだ。仰いだ先、一機の複葉機の機影が火の玉となり、流星のように下へと機首を向けて降下していく。その光景に、ぼくは乱戦の最中我を忘れた。


 「墜ちた……?」


 『天満少尉何やってるんだ!? さっさと編隊に戻れ!』


 黒岩中尉の怒声に、ぼくは慌てて機首を翻す。その間も老練な中尉はすでに一機のホークを捉え、白煙を噴かせていた。


 背後に迫り来る日本機の魔手から逃れようと、緩急自在な機動を繰り返すホーク。晴天白日旗を纏った黄色い翼が、回避機動の度に、雲間に顔を出したばかりの陽光に鮮やかに映え、それがぼくには、死出の旅路へ向かう晴着を思わせたのだった。


 当然、追尾を続ける中尉を追及するぼくも大変である。これまで格闘戦訓練で追尾の訓練を徹底してやってきたのは、敵機を墜とすためではなくまさにこのためではなかったか?……と勘繰るくらいにぼくは忙しなくフットバーを動かし、スロットルを開閉し、擂粉木のように操縦桿を上下左右させる。


 中尉の三撃目で白煙が黒煙に変わった途端、ガクンと機首を下げたホークはそのまま錐揉みに入り、まっ逆さまに地上へと向かっていく。それでも、やった!……と思う間も無く、次の瞬間には中尉は次の敵機に躍り掛かっている。新たな目標は、ヨタヨタ……と中尉機の前方に出たCR32。


 その哀れな獲物に、中尉は一気に距離を詰め一連射を浴びせた。だが堪えた様子は無く平然と飛んでいる……そしてそいつは、ぼくの眼前に明確な輪郭を持って現れた。


 躊躇うまでも無かった。握りっぱなしの引き鉄。機首から吐き出される二条の射弾が、釣竿のように撓り敵機の機体を捉えた直後、CR32は弾かれたように直立し、尾部から墜ちていった。失速……?


 『少尉!……よくやった!』


 中尉の声を聞き流しながら、ぼくは下へと視線を廻らせる。主翼を傾け、座席から身を乗り出すようにして眺める先で、失速した機はやがて重い機首を下に引っくり返り、回復しないまま遥か下の地上へと吸い込まれていく……このときぼくには実感が沸かなかった。墜としたという実感が。この時ぼくを支配していたのは、当事者としての感覚ではなく、未だ傍観者としての感覚だったのだ。


 だが……墜とした機の姿がぼくの視界から完全に消えた瞬間。それもすぐに消えた。


 気が付けば、あちらこちらで単機対単機。単機対複数機。小編隊対小編隊の空戦が行われ、黒煙を吐いて墜落する機が量産されている。その死と引き換えに大空に描かれる黒いシュプールの先には、散っていく者の数だけの人生がある。


 その多くが……敵機? ぼくにはそう思われた。そう、九六艦戦はこれらの敵機に対し圧倒的に優位であり、戦況は我が方に優勢だった……!


 空戦によって生じた間隙を縫い、ガッチリとした編隊で爆撃航程に入る艦攻隊。編隊を解き、一本棒に地上の目標に突っ込んでいく艦爆、水偵隊。秩序だった水平爆撃の直後、飛行場の全容はたちまち黄土色の煙に覆われ、急降下した艦爆が上昇に転じた瞬間。爆弾の弾着により各所から炎が吹き上がった。艦爆の中には、そのまま地上掃射に入るものもいたし、水偵隊は投弾するや否や一目散に空戦の環へと向かっていく。


 三度目の敵もCR32だった。それも三機編隊。この乱戦の最中、編隊を崩していないということは……ぼくの脳裏で思考が交錯する。今迎撃に上がったばかりか? よほどの手練か? はたまた今まで何もしていなかった証か?


 その三機編隊が、一挙にこちらへと突進してくる。一葉半の複葉主翼。W字型に組み合わさった張線、そして流線型の機首から著しく後方に下がった操縦席配置までしっかりと確認できる距離だ。


 何と美しい機体! だが、美しさでは此方も負けていない……! スロットルを全開にするや否や、「グレートヒェン」の空冷エンジンがけたたましく咆哮する。まさに嫉妬に狂った女神ヘラの如く……!


 両者の主翼が交錯。そしてぼくらは旋回……ではなく上昇。運動性に優れた複葉機との空戦法はこれまでにいやというほど叩き込まれている。


 水平旋回戦闘では単葉機は複葉機に対し著しい劣位にある。だが一方では、単葉機は複葉機に加速、上昇力の面ではるかに勝る。それを利用したダイヴ・アンド・ズーム戦法の訓練をぼくらは内地や台湾で、それも練達の教員が操縦する九五艦戦を相手に散々にやらされたものだ。


 上昇、反転、その眼下には追尾するべき相手を失いウロウロする敵編隊。背後に回りこむぼくら。それに気付き、慌てて編隊を解く三機……何だ、ちょろいもんじゃないか!


 先頭を行く黒岩機が撃った。射弾に絡め取られた一機がいきなりバランスを崩し、たちまち錐揉み状態で墜落していく。黒岩中尉はさらに、反転した一機に食いつき、たちまちそれを葬った。


 三機目は?……各所に目を凝らすうちに見えたCR32は、すでに三番機の樋口兵曹機に追尾されている。黒岩中尉がその方向を指差した。「援護するぞ」という合図だ。


 急旋回で逃れようとするCR32。それを急上昇でかわし、再び追尾に入る兵曹の九六艦戦。堪り兼ねたCRが急降下で逃れようとするも、黒岩中尉はそれを逃さなかった。


 断続的に三回放たれた射弾は、いずれもCRの機首に命中し、吹き上がった白煙は黒煙となり、やがては炎となった……! 炎はやがて機体全体を包み、火達磨となった機体からは操縦士が飛び出すのが見えた。


 「逃げた……?」


 空の一点に飛び出した人影は、呆然と見下ろすぼくのはるか下方で、程無くして四角い落下傘となった。


 黒岩中尉が全機に集合を命じたのは、その後のことだ。


 蒙蒙たる黒煙に覆われた地上の光景に気付き、ぼくらはさらに呆然とする。燃え上がる爆撃機の列線は未だ燃え続け、彼らから貴重な航空機をその炎の腕で奪いつつあった。未だに炎を吹き上げる、かつては軍事施設だった場所が、ぼくらが空戦に夢中になっている間に阿鼻叫喚の巷と化していたのだ。


 編隊を組みなおしながら見下ろした眼下の光景に、攻撃の成功をぼくは確信した。周囲には、当初はあれほどいた敵機の姿は見えず、ただ味方の九六艦戦の機影のみが、淡い陽光に紅く照り映えている。


 帰還に転じて五分余り……再び生きて大陸の沿岸部に達した時、ぼくらは第二次攻撃隊と行き合った。出撃時のぼくらと同じその陣容に、ぼくらは目を見張る。これだけの大編隊があと一、二回あの基地を攻撃するのだ。これでは基地は大打撃を受けることはおろか、今日中にでも地上から消し飛んでしまうかもしれない。


 「今日は絶対に敵戦闘機を墜としてみせますよ」と豪語していた蔡一空兵の落胆する顔が、眼に浮かぶようだった。


 大陸の沿岸を抜け、さらに海壇島の南に達した時には、日はだいぶ高く昇っていた。次第に青みを増してくる空に空腹を覚え、思わず苦笑する。果たして地上では、ぼくらにどんな朝食を用意してくれているだろうか……?




 台中基地に帰還を果たし、指揮所に報告を済ませるや否や、ぼくらは即時待機を命ぜられた。本来なら食堂でゆっくりと取るはずだった朝食を、ぼくらはピストで慌しく掻き込むこととなった。朝方とはいえ、炎天下を飛行機の爆音を背景に取る食事は余りおいしくない。


 エプロンで銀翼を休める九六艦戦には燃料が給油され、機首には機銃弾が装填される。さらにその翼下には、増槽の代わりに三〇kgの小型爆弾二発。


 それは意外な光景だった。怪訝な顔を隠さないぼくに、機付整備員の谷口上整曹が教えてくれた。


 「金門島の航空支援任務に駆り出されるようですよ」


 「え、そうなの?」


 「泉州の方は第一次攻撃隊であらかた片がついてしまったそうなので、第三次攻撃隊は全て金門島に指向されました。今頃金門に立て篭もっている敵兵に爆弾を落としているかもしれんですなァ」


 と、いうことは、柴田兵曹たち第二次攻撃隊は完全な無駄足だったのかもしれない……ふと、そんな不安がぼくの胸を過ぎった。


 黎明の第一次攻撃において、ぼくら制空隊は一八機の敵機を撃墜した。彼自身三機を墜とした黒岩中尉がぼくを呼んで言った。


 「お前、二機撃墜だろ?」


 「いえ、自分は一機共同撃墜しか確認しておりませんが」


 「俺が確認した。初っ端にホークを擦れ違いざまに一機墜としたじゃないか。それともう一機はお前にやる。俺の弾は当たらんかったみたいだしな」


 あのときか……編隊が急速に接近した際、擦れ違いざまに見た一機の機影を、ぼくは思い返していた。あのとき腰だめで放った射弾が、たまたま敵機に命中していたのだ。


 一方で、攻撃隊にもやはり損害が出ている。艦攻隊に機上戦死三名。負傷四名。艦爆隊からは未帰還機が二機。水偵隊からは一機。


 内、艦爆隊のあるペアは投弾時に被弾し、帰還途上の台湾海峡上空で油圧が低下。帰還不能を悟ったペアは「天皇陛下万歳」で締めくくった決別電を打った直後、海中に突入して果てた。このとき台中基地にあって無電を聞いた通信員は泣いたという。


 ……そして、艦戦隊からは二機が還らなかった。


 二機の内の一機。相沢二等航空兵は乗機のエンジン部に被弾し、帰還不能と悟ったのか小隊長の中村空曹長の制止を振り切り、列機に笑顔で手を振りながら地上へ急降下していくのが確認されていた。若干一七歳。隊で最も若く隊長にも可愛がられていた美少年の命を、戦場の空は無情にも奪ったのである。


 朝食を終え、煙草を手に空戦時の様子についてあれこれと語りながら寛いでいる最中も、金門島での航空支援要請を受けた艦爆や艦攻が引っ切り無しに離陸する。その要請はここの実施部隊では到底捌き切れず、やがてはお門違いのぼくらにも回ってくるのだった。


 電話が鳴り響いた。黒岩中尉が電話を取り、しばらくの会話の末、中尉は厳しい眼つきでぼくらを睨みつけた。


 「ご指名だ。二個小隊出すぞ」


 その指揮官に、ぼくは選ばれた。列機とも、お互いの顔を確かめる間もないまますぐさま離陸、編隊は一路台湾海峡を西方へ進む。思えば、二機以上の編隊を率いるのはこれが初めてだった。


 大分で少し齧り、台湾でさらに少し齧った程度だったが、戦闘機による爆弾投下の要領はこうだ。まず高度三〇〇〇から目標上空に占位し、そこから一五度の角度を付けて降下し、地上スレスレに達したところまでアプローチしたところで投下するのだ。


 その際、照準は目標から一〇メートル手前の位置に合わせるようにする。そうしておけば、投下された爆弾は目標をかなりの確率で捉えることが出来る。


 ぼくらが泉州攻撃に向かっていた頃。味方上陸部隊は夜影に乗じて金門島南岸一帯及び、その西隣の小金門島への接岸上陸を果たしていた。同じく台湾を進発した軽巡二隻と駆逐艦五隻。二隻の特設水上機母艦。そして多数の海防艦艇がこれを洋上から支援した。後で聞いた話では戦艦の動員も考えられたらしいが、潜水艦による襲撃を懸念した軍令部の反対に連合艦隊司令部が折れ、戦艦の砲撃支援は実現しなかった。


 当日早朝。台南を発進した援護部隊の猛爆撃により防衛線の殆どを事前に壊滅された国府軍は一挙に大混乱に陥り、その日の午前中に小金門島の敵守備隊は全滅。海軍陸戦隊の猛攻の前に金門島の守備軍は忽ち金門島東西の北端に追い詰められたのだった。


 それから約三時間後。日本軍の奇襲を受けた形となった国府軍司令部は対岸に展開させた部隊に出動を命じた。


 従って、その南北幅6~8km程度しか無い金門島北方海域では、増援の兵士を満載した舟艇が続々と海南島へ向かうこととなった。だが、狭い海域に犇めき合い行動の自由を奪われた船は、空から見ればまさに恰好の目標だ。


 その上、最寄の泉州飛行場がぼくらの攻撃により壊滅してしまったため、空からの支援はまったく期待できず、そして防衛軍の司令部が置かれた厦門もまた、援護部隊の攻撃を受ける運命にあった。辛うじて作戦機の行動圏内にある福州も、また同じ。


 空からの脅威が消えた現在。ぼくらに課せられた任務は、空からの攻撃に直面してもなお、金門島へ殺到する国府軍上陸部隊の掃討作戦である。


 再び台湾海峡上空を越え、金門島上空に達したときも、未だ守備軍の抵抗は続いていた。そして、島の北岸――――その光景に、ぼくは目を見張った。


 いるわいるわ……商船、貨物船など大小の船舶は勿論のこと、漁船らしき小さな舟影や、大陸特有のジャンク船らしきものまでが金門島北岸を埋め尽くしている。その圧巻なまでの全容に、ぼくは一瞬散開を掛けるのを忘れたほどだ。それはまた、我が軍の進攻をあらゆる手段、方法を講じて止めようという敵側の執念にも似た決意の表われでもあった。


 その敵船団の上空を味方機が飛び交い、盛んに下方へ銃爆撃を加えている。だが暖簾に腕押しとはこのことだろうか?……各所で盛んに上がる水柱や黒煙にも関わらず、船団は低速ながらも確かな船足で北岸へと殺到しつつあった。


 編隊を解き、ぼくらは眼下の船団に襲い掛かる。浅瀬に座礁させた貨物船から砂浜に吐き出される青い制服の連なり。ぼくは銃撃とともに「グレートヒェン」を船へ向かって降下させ、低空で爆弾を投下した。


 上昇に転じた機を傾け、ぼくは背後を振り向く。火達磨と化した船。同じく炎を浴び、爆風に吹き飛ばされ、海原に突き落とされる兵士の人影……攻撃の成功を確信し上昇、そして垂直旋回から姿勢を正したぼくは、次の目標を指向する。


 機首を翻した先に飛び込んできた、兵員を満載したジャンク。それがぼくの次の獲物だった。獲物は幾らでもいる。そして、選り好みをする手間など、ぼくらには許されてはいなかった。


 発射把柄も折れよとばかりに放った射弾は、ジャンクの帆を幾重にも貫き、溢れんばかりに乗り込んでいた兵士達を昏倒させ、海へと叩き込んだ。その後は当たり構わず、ぼくらは眼下を進む船の悉くを銃撃し、全弾を撃ち尽くして帰還したのだった。


 任務を終えて集合し、全機銀翼を連ねて帰還するぼくらの一方で、金門島上空には新たな味方編隊が攻撃態勢を取って進入している。敵の反攻が頓挫するまでこの傾向は続くのだろう……と、ぼくは漠然と予想したものだ。


 金門島確保の目的は、ひとえに将来の大陸に対する反攻の足掛りを形成することにあった。そして、攻略戦初日の夜遅く。その兵士の多くを失い、交通と補給を断たれた守備軍は降伏。攻略軍は金門島の完全制圧に成功する。


 初日の段階だけでも、ぼくらは先の二回の出撃に加え、午後から夜間近くにわたる二回の出撃を経験した。上空援護と船舶攻撃は三日間に渡って続き、結果として、金門島失陥からわずか三日で、敵の上陸作戦は頓挫するに至った。


 この間、ぼくは三日間で合計一二回出撃した。平均して一日に四回の出撃……ということになる。その全てが、対岸から金門島へ向かう船舶攻撃だ。


 初日に漠然と思い立ったことではあったが、ぼくの予測は正しかった。その日から、泥沼の中を腰まで浸かって歩き続けるのに等しい、苦しい戦いの日々が始まったのだ。


 具体的にいえば、三日間に渡る増援の輸送作戦に失敗した国府軍は対岸に砲列を敷き、上陸部隊の守る金門島へ四六時中間断ない砲撃に出るという策に出た。その日から、金門島に展開する地上軍を上空から援護するのと同時に、対地攻撃で砲台を叩き潰すという任務が新たに加わることとなったのである。





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