第4部 ②
空は未だ暗いが、一度空に上がれば十分な視界を確保できる。ただ、分厚い雲を越えられれば、の話だ。気象班によれば、今日の天気は曇り後晴れ。特に朝方の雲量は一〇に達するものと予想されている。
離陸は、爆弾を抱き鈍重な九六陸攻隊から始まった。辺りは、滑走路上で離陸許可を待つ陸攻のエンジンから噴出す青白い排気炎がはっきりと見えるほど暗い。その中を僅かな灯りを頼りに、陸攻の迷彩した銀翼が次々と舞い上がっていく。
その内、尾翼の機番号がはっきりと確認できるまでに空は白み始める。そのとき、戦闘機隊の離陸が始まる。
『――――キツネよりカメへ、離陸を許可します。順次発進し、F空域の高度四〇〇〇で待機してください』
聞きなれた女性の美しい声……いつも聞き慣れているだけあって、管制官がここまで一気に指示を送ってくるのは珍しい。
本来なら離陸したところで順次針路、高度を指示してくれる。これだけの大作戦なのだから、他の編隊への指示にも追われているのだろう……と、ぼくは自分なりに納得した。
離陸……敏感な舵に任せて空に飛び上がるような九六艦戦のそれとは違い、零戦の離陸は浮き上がる、といった表現を使った方が正しい。当初ぼくらは、九六艦戦と比して機重が五割増しになったため機体が鈍重に為ったのかと勘繰ったが、むしろ抑制の効いた、機体の余裕を感じさせる離陸と言った方が正しいのだろう。
そして最大の驚きは、主脚を引き込んだ(主脚が引き込み式というだけで、ぼくらには新鮮な驚きだったが)ときに訪れる。引き込んだ途端、抵抗を排除した機体はまるで別物かと思わせるほど速度計の針が撥ね上がり、機首もまた上へ上へと持ち上がるのだ。九六艦戦の感覚では高度二〇〇〇まで昇ったと思われたときには、零戦はすでに高度三〇〇〇以上に達している……それも、増槽を抱いた状態で。
目指すF空域とは、志賀島上空一帯の空域のことだ。先年の末、効果的な防空体勢を構築する必要性から空域管制の概念が本格的に導入され、九州全域の空は地図上ではアルファベット記号を冠した複数の矩形に分割された。迎撃時には矩形のエリア内に戦闘機隊を割り充て、空域の防空を担当させるのだ。
高度は四〇〇〇……ビロードのように分厚い灰色の雲が、板付上空をすっかり覆い隠しているのを、ぼくらは白みかけた空の下で眼にする。その忌々しい雲の上、その機影ははっきりと見えないが、零戦各機の放つ識別灯が宝石のように赤青の光を瞬かせている。
『――――隊長より全機へ。全機異常ないか?』
古谷中尉の声がした。ぼくの眼前を飛ぶ銀灰色の零戦だ。
ぼくも含め、飛び上がった各機が報告を挙げてくる……整備員の一つの隙も漏らさぬ整備点検の威力か、引き返さねばならない程の異常など見られようもなかった。
『―――上出来上出来……』
と、無線機の向こうで中尉も笑う。
『―――気象予報じゃ向こうは晴れと言っているが、この分じゃ信じられんなあ。このまま雲を辿っていけばそのまま京城まで行けるかも知れんぞ』
反攻作戦の初日、それも何時またトラブルを起こすかも知れぬ新鋭機を駆っているというのに、この余裕ぶりはどういうことだろう? 自分の列機の主が超人であることを、ぼくは今更ながらに思い知らされる。もしかしたら、部下と彼自身とを奮い立たせるための精一杯の強がりなのかも知れないが、喩えそれでも部下に対する配慮を忘れないという点でぼくらの中隊長は指揮官としては最上に位置する人間であろう。
増槽を抱き、燃料を満タンにした状態では、零戦の航続距離は二〇〇〇km以上。一説には三〇〇〇kmに達するとされていた。それは日本列島をほぼ縦断できる距離である。これほどの距離を無給油で飛べる航空機は、当時の列国では同級の戦闘機はおろか主力爆撃機にも存在していない。
このアシの長さを朝鮮半島に当て嵌めれば、九州の基地から発進した零戦は対馬海峡を越え、釜山や光州などの南部主要都市はおろか韓国の首都京城、半島北部の平壌や元山までをその作戦行動可能距離に収められるということを意味する。そして、零戦を開発した日本海軍の首脳は、そのための意図をその開発当初から十分に持っていた。零戦から標準装備になった電波で適切な帰路を導出できる無線帰投方位指示機などは、まさにそのための装備だったのだ。
零戦の出現は、これまで地上軍の戦術支援の一環としての制空という域を出なかった戦闘機の任務に、戦略的任務ともいうべき遠距離制空という新たな境地を開いたという意味で画期的なものだったが、当のぼくらがそのことを自覚するのに、まだまだ長い時間と経験が必要だった。
爆弾を抱いた陸攻隊は有明海上空で他の基地から発進した隊と集合を終え、F空域に向かう手筈になっていた。板付のみならず、半島を伺う陸攻隊は大村と鹿屋にその主要基地を置いている。それら爆撃隊の行動は戦闘機隊とは別に、全てが鹿屋に本拠地を置く陸攻隊司令部の管制下に置かれていた。
――――そして、F空域上空。
各基地より発進した零戦により、ぼくらが到着して三、四分の内に空域は埋め尽くされていた。人為的に区切られた空の狭い領域を、戦闘機が群れを作って十重二十重に飛び交う様は、突風に舞い上がり、渦を捲く落穂をぼくに連想させた……それはまさに、近付くものを捲き込み、粉砕する鋼鉄の竜巻。
その中でぼくは、出撃前に地上員が持たせてくれた弁当にパクついている。干瓢捲きとお茶という簡単な献立。お茶は全部飲まず、作戦終了後帰路に付いた時に残りをゆっくりと頂くことにする。
司令部の管制官は、刻々と情勢を伝えている。
『――――爆撃隊、糸島上空通過。玄界灘に出る』
そして情勢の伝達は、間を置かずして指示に変わった。
『――――全戦闘機隊へ告ぐ。3―2―0に転針。爆撃隊を追尾し合流せよ』
命令一下、一斉に変針を始める零戦隊。追いつくことなど、わけが無かった。高度六〇〇〇から、零戦隊は爆撃隊の後方に進入する。爆撃隊の飛行高度は五〇〇〇。東寄りから注ぐ陽光に紅く染まった雲が、ぼくらの眼下で鵬翼を連ねる陸攻機の機影を浮かび上がらせている。一、二機ほど、爆弾を抱いていない身軽な陸攻が、ぼくらの前方に占位する。万が一の事態を想定し、機位を失った戦闘機を誘導するのが、彼らの役目だった。
スロットル、ペラヒッチ、混合気比調節……エンジンコントロールを預かる左手が微かに震える。それが高空の寒さのせいではなく緊張のせいであることに、ぼくは今更ながら気付く。巡航時、エンジン回転は一八〇〇程度に……というのは機種転換訓練時代に喧しく叩き込まれた零戦操作法の一つで、これを体得するべくぼくらは何度も横須賀から青森まで無着陸で飛び、そして還って来る訓練をやらされたものだ。
眼前に広がるは往復二〇〇〇km近くの航程。内半分は敵地の上空を飛び、さらに半分近くは洋上飛行。こんなことができる戦闘機は、世界広しといえども零戦しか存在しない。
第一次京城攻撃
・制空隊
零戦×四八(進撃途上で二機エンジン不調。引き返す)
・爆撃隊
九六陸攻×三九(他、戦闘機誘導機四機)
・空母機動部隊
空母「赤城」飛行隊より五七機
空母「加賀」飛行隊より四九機
空母「龍驤」飛行隊より四七機
空母部隊は一週間前に根拠地たる横須賀を出港。すでに黄海洋上に展開し朝鮮半島の西岸を伺っている。今日は我々零戦隊の初陣であるのと同様、新編成った空母機動部隊の最初の実戦でもあった。
『―――対馬監視所電探より報告。西水道上空に機影を認めず』
電探の威力は凄まじい。一五〇~二〇〇kmほど先から敵機を察知できる電波の眼は、調子のいいときには釜山や大邱上空の動静まで判別してしまう。
その対馬北端を、ぼくらは通過する。晴天ならば北端の小島である海栗島に円形に並ぶ鉄塔―――電探アンテナ―――が見えるのだが、悪化する天候はここにまで妨害の手を延ばしている。その事実はまた、ぼくらに目標上空の天候に対する不安を呼び覚ますのだった。
発進から一時間半程度でぼくらは釜山上空を通過し、さらに北上する。今頃、黄海洋上の空母も攻撃隊の発艦を始めている頃だ。空はすっかり白み、太陽は遠い角度から白金のような淡い光を投掛けている。その光を受け、銀灰色の零戦がキラキラと輝いている。その姿はまさに、銀色の鎧を纏った空の騎士!……抵抗を無くし、燃料消費効率を高めるため、塗装は敢えて為されなかったという事実を後で知るまで、ぼくらはその真意を敵機に対する性能の優越とばかりに思い込んでいた。
明けきらぬ闇の漂う空に轟々と連なる戦闘機の爆音は、未だ来ぬ夜明けを呼び覚まそうとするかのようであった。
灰色の雲の絨毯の上を、漂うようにぼくらは進む。眼下は、見渡すばかりの雲、雲……雲!
目標を捕捉出来ないという不安の一方で、敵に察知され難いという利点もまた、悪天候は持っている。その上に航法能力の高い陸攻機に随伴しているだけあって、航法では心配をせずとも良い。しかし一度苦境に陥り、陸攻機の支援を受けられずに帰路に転じたときはどうか?……などと、飛んでいる中でいろいろと思案が浮かんで来る。
腿の上に拡げた航空図に、ぼくは眼を落とす。敵機を発見し、それを駆逐することが任務の戦闘機乗りに、長距離双発機並みの精緻な航法能力が求められるようになってどれくらいの月日が経っただろうか?
ぼくは最近になって思う。戦闘機乗りがプロフェッショナルたるだけでよかった時代は既に過ぎ去りつつあるのではないか? これからの戦闘機乗りはむしろゼネラリスト―――平たく言えば、「なんでも屋」―――たらねばならないのではないか?……と。
作戦機の性能向上は、その性能増加分だけ搭乗員にそれを手の内に入れる能力を求めるようになっている。その性能は、何も空戦に関係する性能とは限らない。「斬り込み」のような、九六艦戦でやった対地攻撃などはこれまでの戦闘機の感覚では到底考えられなかったものだ。無線や電探のような、機体の周辺にあって機体の作戦を支えるような機材の普及と発達もまた、一層その傾向を促進しているではないか?
――――さらに、二時間が過ぎた。
『―――爆撃蕎導機より全機へ。間も無く目標上空』
通信と共にぼくらは編隊の間隔を開き、エンジンコントロール関連のレバーを握り返した。同時に、機銃弾を装填。特に主翼内の二〇㎜機銃弾を装填する時、名刀の鯉口を切るような、冷厳な緊張をぼくは感じた。
そして、零戦を戦闘機たらしめるためのもう一つの儀式……最新の光像式照準器のスウィッチを入れる。フィルターの中で黄色く輝く照星が眩しく、そして頼もしい。
その時、編隊のはるか前方……見渡すばかりの層雲の向こうにポッカリと開いた穴に、ぼくは座席から思わず身を乗り出すようにした……航空図に拠れば、そこは京城の位置! あくまでぼくの計算が正しければ、だ。
その雲の切れ間――――眼下に広がる光景に、ぼくは思わず眼を見開いた。何条にも広がる広大な矩形の空間。その傍らに何列にも居並ぶ大小の機影。そして日本のそれよりも巨大で充実した各種施設……敵の首都郊外は大陸と米国の支援により、敵空軍の一大拠点と化していた。
『―――目標を確認した。全機、左旋回用意』
目標確認のため一旦目標上空を航過すると、陸攻隊は一斉に旋回を始めた。その隊列には、一糸の乱れも見せていない。鍛え上げられた陸攻隊の技量の高さに、今更ながら驚愕を覚えるぼくがいた。
『―――編隊は只今より爆撃航程に入る』
爆撃は、蕎導機が編隊の先頭を飛び、目標への照準、爆弾投下を最初に行う。編隊の各機は蕎導機に倣ってそれら一連の動作を行うわけである。これは多数の爆撃機が秩序立った、そして目標に対する効果的な爆撃を行うための最も有効な方法だった。
当然、列機に指標を示す以上、蕎導機には技量優秀かつ経験豊富な搭乗員と、優れた爆撃照準技術を持つ偵察員が充てられる。そしてこの二人の息が合っていないと正確な爆撃は期し難い。
水平爆撃を行う陸攻や艦攻の乗員で、実の兄弟以上に息の合った熟練ペアは、海軍では文字通り至宝級の扱いを受けていた。蕎導機に乗るような偵察員は、一般の搭乗員からさらに特修科練習生として選抜されて専門的な訓練を受け、配属された部隊の中核として活躍するというわけであった。日本海軍において偵察員は操縦士と同等に扱われ、部隊によっては先任下士官や飛行隊長を偵察出身者が占めることも珍しくは無い。
―――再び、零戦の機上。
無線機の目覚しい発達は、照準する蕎導機偵察員の様子まで、ほぼ実況状態でぼくらのイヤホンに伝わってくる。
『――――もうちょい右……二度左……ハイヨーソロ……投弾よぉーい、テェーーー……!』
『――――時計発動……よぉーそろー……ちょい左……ヨーソロー……てぇー……』
照準開始……そして投弾を告げる声。声が上がると同時に、爆撃編隊からボロボロと細かい、黒い粒のような爆弾が投下される。それはあたかも鋼鉄の雨であった。そして鋼鉄の雨は地上に降り注ぐや鋼鉄の嵐を巻き起こし、それの叩き付けられた周囲に在る全てを無に帰す。
着弾の瞬間……実際には聞こえないはずだが、怒涛の如き轟音を聞いたようにぼくには思えた。渦のように吹き上がる土煙と赤い炎は一帯を覆い、ぼくはといえば飛行場を、格納庫を、そして戦闘機の列線を凄まじい勢いで飲み込む黄土色の嵐を、上空から固唾を飲んで見守っていただけだった。
『――――投弾成功。全機、帰還せよ』
大した抵抗も無く、投弾を終えた陸攻隊は鵬翼を翻し帰路に付く。迎撃に舞い上がる敵機との攻防戦を予期していたぼくらにはそれが何とも物足りなく、拍子抜けしたものに思えた。
だが、この時点で敵機の追撃を心配する必要は無かったのかも知れない。170ノット/時というぼくらの巡航速度自体、敵が第一線に配備する戦闘機の全速と殆ど同じだったからだ。これほどの速度差では帰投にうつったぼくらを敵の残存戦力が追尾し、捕捉することなど先ず不可能に近い。急報を聞きつけて大田や大邱から上がってきた敵機が待ち伏せを仕掛けている可能性も考えられたが、それらの隊は今頃西方から来襲してきた空母機動部隊の迎撃におおわらわなはずである。
帰路に転じて一度も敵機との接触を果たすことなく一時間ほど南下し、編隊は大邱近辺の空域に差し掛かった。
そのとき、古谷中尉機が小さくバンクを振った。ぼくだって伊達にこの人の列機をやってはいない。彼がこのまま真っ直ぐ帰るような男ではないことぐらい、ぼくには直ぐに察しがついた。機体を寄せ、お互いの顔が見える位置にまで接近する。こちらを覗く古谷中尉が、待ってましたとばかりに手信号を送ってきた。
『―――今から大邱の方まで下りて、敵機を二、三機ばかり食ってやらんか?』
手信号でそう語りかける彼の顔は飛行眼鏡と酸素マスクに覆われてはいたが、その内面はきっと悪戯っぽい笑みを浮かべていたことだろう。
そして、ぼくもまた彼が止めて聞く様な男ではないことを知っているから、笑って「了解」の合図を送るしかない。
「了解」
の合図を受取るや否や、古谷中尉機はいきなり横転から急降下に転じ、下方の雲へと突っ込んで行った。それを目で追うぼくの駆る零戦もまた、背面の姿勢で急降下。みるみる速度計の針が撥ね上がり、軋む零戦の操縦席で、高度計が不気味なまでにその数値を下げていく。
飛び込んだ雲は思ったより薄く、視界は直ぐに開けてきた。そのまま比高五〇〇まで高度を下げ、ぼくと中尉は北西からなつかしき大邱飛行場に進入する。
かつては見事な田畑だった一帯は、薄茶色に荒れ果てた大地となってぼくらを迎えた。その様にぼくは唖然とする。未だ冬場とはいえ、それらは農業用の土地という雰囲気ではなかった。何と言うか、休耕地というより単なる荒地という感触を飛びながらに受けたのだ。平地だけではない、かつては日本と同じ緑が生い茂っていたはずの山々の連なりも、久しぶりで来た今現在では無残な禿山に変わり果てている。
その光景は、日本が半島に干渉する以前の、李朝時代のそれと生き写しであることをぼくは後に知った。大陸の、その古来より特有の、刹那的で野放図な思考は、殆ど収奪に近い農耕となって具現化し、大地よりあらゆる木々を持ち去り、木々の下に蓄えられた水を蕩尽させ、そして堆肥を枯渇させた。土地を枯死させた大陸の人々は未だ肥沃な他の地に移住し、そして再び同じ事を繰り返した。
その結果、足りなくなった豊かな土地を廻って人々は合い争い、人間間の土地と資源の奪い合いの歴史は、やがては凄惨なまでの抗争と諜略の歴史となった。母胎の如く広大なる風土は、決して聖人や永続的な文明を生み育む土壌とはならず、むしろ広大なるがゆえに、そこに生きる人々の心を荒廃させたのだ。
それが、大陸、半島の隠された歴史である。
それが、大陸に古代の賢人や士大夫の善行録しか連想できぬ我々の知らない、大陸の真の姿である。
我々は、徒に性善説を振り回す余り、彼らの真の姿に眼を瞑り、国を富ませ、民を潤す為の全てを教えた。略奪農法しか知らぬ半島に日本式の計画的、永続的な農耕を教え、栄光ある古代のように自ら文化や技術を生み出すことを忘れた大陸に、生み出し、創ることを教えた。
だが、彼らはそれら自体をも、学ぶべき対象としてではなく奪うべき対象と見做した。そして、自分たちがそれらを十分に習得し、独自に発展させうると判断した段階で、我々を追い出しにかかったのだ。その我々も実際、争いと欺瞞に満ちた彼らの本性を知らなかったわけではない。ただ知っていても、それを変えようとしなかっただけだ。
それが、我々の失敗である。
その結果が、今次の戦争である。
大邱近郊の農耕地帯の例に漏れず、我々から奪うことに成功したのにも拘らず、我々が去るや否や、彼らは再び彼らの有るべき姿に戻ったのだった。彼らは、彼らの奪ったものを、その後如何に発展させるべきかということまでは、学ぶ(奪う?)ことが出来なかった。
何故かというに、それは短日時の内に学べる技術や農法とは違い、その地の人々の文化的、或いは民族的な根源に関わるものであったからだ。人は、時によっては発展するにあたって未来へ持っていくに相応しい文化を保持し、そうでない文化を捨てねばならぬ。そのためには、少なからぬ勇気が要る。我が国の例を挙げてみても、嘗ての明治の元勲が為した改革はまさにそうであった。たとえそれが物理的なものであっても、精神的なものであっても、犠牲なき発展など人類の歴史上存在しなかった。
彼らには、それが理解できなかった。
従って、我々が去った後、全ては元に戻った。戻らざるを得なかった。
そして……目指す大邱飛行場。
元々あった飛行場の隣にはもう一本、大きさの変わらない飛行場が完成していた。その端では大極のマークを付けたホーク戦闘機が数機、薄汚れた状態で放置(駐機ではなく、ぼくにはそう思えた)されている。突然の来襲だったのか、慌てて走り回る人々。何処へ行くともなく走り回る車。稼動を始める対空銃座……何もかもが、ぼくには手強い、と言うより懐かしく感じられた。
古谷中尉機が機首を下げ、忽ち一機を炎上させた。二十ミリの威力はもの凄く、旧来の複葉機なら一斉射で炎上させてしまう。ぼくもまた、手始めに七.七ミリの一連射でトラックを転倒させた。
ふと、何となく騒がしく感じられた背後を振り向くと、ぼくと中尉だけではない、中隊の全機がちゃんとぼくらにくっ付いて飛行場の掃射を始めている。建物や倉庫の各所から不吉な黒煙が上がり、銃撃を受けた戦闘機が炎を上げて引っ繰り返った。久しぶりでのご挨拶を一通り終え、ぼくらは大邱飛行場の上空で一旋回し、編隊を組み直して帰路に着く。
板付に帰り着いた時には、時刻はすでに正午を過ぎていた。ここで、ぼくらの他にもう一中隊が、独断で戦列を離れて釜山飛行場を銃撃したことを知る。ここでも、大した抵抗は無かった。
当然、古谷中尉とぼくは基地司令にこってりと油を絞られた。
「貴様らのような馬鹿が死ぬのはどうでもいいが、機体が勿体無い」
新入りの搭乗員に、古参の搭乗員が言うような小言の前に、さすがの空の兵も形無し(?)である。
反攻第一日目の戦果は大きかった。主目標たる京城周辺の飛行場群だけを見ても、格納庫、司令部等諸施設を完全破壊。また、大小の敵作戦機を少なくとも五〇機ほど、地上で破壊したことも確認された。特に、燃料集積所と思しき施設は、我が隊が全機帰着しても未だに炎上を続けていることが戦果確認に飛来した偵察機により報告された。
西海岸に展開する機動部隊もまた戦果を上げている。黎明を期して行われた光州飛行場への攻撃は三次に渡り、想定した地上目標の半分を破壊。空中、地上でも合計約二〇機の撃墜破を記録したのだ。
以降、京城空襲は二週間に渡って続いた。制空隊にとって楽だったのは初日だけで、翌日からは針路途上の基地から上がってくる敵戦闘機との空戦が待っていたのである。だが、そこにかつてのように九六艦戦を駆り、迫り来る敵機を本土で迎え撃ったときのような悲壮感はなかった。
何故なら零戦の性能は、それほど敵戦闘機を圧倒……否、彼等と隔絶していたからだ。
その片鱗は、攻勢開始二日目。二月一四日で早くも現れた。
初日で大損害を受けた敵は、京城周辺の仁川や水原の飛行場に戦闘機を集中させ、我々を待ち構えていたのだ。その数およそ六〇機。数にしてぼくらの倍である。
陸攻隊の前方。砦のように聳え立つ層雲を背景に浮かび上がる敵編隊の姿を、ぼくら戦闘機隊は陸攻隊の遥か上方から見詰めていた。
『―――隊長機より全機へ、攻撃を開始せよ』
指揮官の指示は明快。全機は編隊の間隔を開き、高度の優位を生かして敵編隊に突っ込んで行った。先頭を行く二機が背面の姿勢から敵編隊の下へと抜けて行った次の瞬間。敵編隊の二機が黒煙を噴いて絡み合うように墜落していった。それが合図だった。飢えた狼の群れ宜しくぼくらは次々と敵機の背後を取り、叩き墜としていく。
第一撃を外した中尉に従い上昇に転じたぼくが、背面の姿勢から見定めた一機―――我々の襲撃から逃れるように単機で直線飛行をするI―16―――の背後に付くまで、一瞬だった。照準機のファインダー一杯に重なるズングリとした機影に、ぼくは反射的に二〇㎜機銃の発射把柄を引いた。
ドッドッドッ……腹に溜まるような轟音と共に吐き出される二条の光弾は西瓜のように大きく、重そうに撓った弾道を描くのだった。それでも外しようのないほど、ぼくは敵機と接近し、そして撃った。
命中の瞬間、I―16の分厚い主翼が折れた。僅か一連射で……?
「こちら天満、われ一機撃墜……!」
バランスを失い、糸の切れた凧のように錐揉みしながら視界から消えていく敵機の姿。それを目の当たりにしつつも、撃墜の喜びを感じるよりも二〇㎜の凄まじい威力に驚愕するぼくがいた。
再び、上昇……逃げ惑うI―15二機を追尾する古谷中尉機を追求する。機番号をはっきりと視認できる距離までぼくが近付くのと、中尉が一機を葬るのとほぼ同時。7.7ミリ、二〇ミリの同時一連射にI―15は火達磨となり、大きな破片を撒き散らしながら独楽のように回り高度を落としていく。
そしてもう一機……複葉機特有の、零戦の付いて来れないほど小さい水平旋回で追尾を逃れようとするI―15を、中尉の零戦は上昇。再び旋回を終えた敵機の背後に付く。その密着振り、まさにイヤらしいほどピッタリ……という表現が似合う。
中尉機が7.7ミリを放った。わずか二秒の間に放たれた射弾は面白いほどI―15の胴体に命中し、破片を撒き散らす。左エルロンと水平尾翼の大分部が千切れ飛んだI―15はガクリと機首を落とし、そのまま錐揉みに入って二度と回復できない急降下に転じた。
「お見事、中尉」
編隊を整え、ぼくは周囲を見回す。銀翼を翻し、辺りを飛び回っているのは全て零戦。零戦……また零戦。当初はあれほど居た敵戦闘機は掻き消えたようにいなくなり、味方機が勝ち誇ったように旋回と上昇を繰り返している。あまりの壮観に、ぼくは思わず噴出してしまった。
『――――なに笑ってんだ。バカ』
「つい……いい景色なもので」
イヤホンに、総隊長が集合を命じる声が聞こえる。編隊を組み直し、陸攻隊の上空に占位したところでぼくは味方機の数を数えてみる。一、二、三……全機いる! あらためて、零戦の高性能と皆の技量の高さにぼくは舌を巻いた。
『……天満少尉。増槽が落ちてませんよ?』
と、柴田兵曹の声。
「…………」
増槽は落ちなかったのではない。ぼくが、落とすのを忘れていたのだ。救いといえば、ぼくと同じように増槽を落とさずに空戦をやった者が他にも数名いた……というぐらい。ぼくははっとし、そして赤面する。
陸攻隊はがっちりと編隊を組み、大した抵抗も受けないまま目標上空に進入した。雲間に覗く漢江に沿い、西進を続けた先に目指す飛行場群がある。
『―――全機へ、間も無く爆撃航程に入る』
ふと見ると、編隊のやや下方で黒煙が咲いては、汚い痕を残し消えていく。敵は川沿いに高射砲を据え付けていたようだ。だが、こちらの速さに付いて行けないのか、遥か明後日の位置で虚しく炸裂するばかり。
投弾……爆弾の雨は容赦なく施設を打ち砕き、炎に包んでいく。目標一帯を包む着弾の土煙は、まさに死と破壊の象徴……!
変わり果てた目標上空。そこを悠々と旋回する爆撃編隊を横目に帰路に付く編隊の中、何気なく眼をやった燃料計……翼内、胴体内ともに底を付きかけていることにぼくは愕然とする。
燃料切替コックは胴体内を示していた。急に、不気味な響きを立てて乱丁になるプロペラの回転に、ぼくは心臓を握り潰されるような思いに囚われる。すわ、自爆か!?……揚力を失い、急激に前方につんのめり出す零戦の操縦席で、ぼくは反射的に燃料切替コックを翼内に変換する。
その瞬間、エンジンは再び元の快調な鼓動を奏で始めた。揚力を取り戻す愛機の操縦席で、額に流れ落ちる冷や汗もそのままにぼくは周囲を見回したものだ。機は何事もなく、しっかりと飛んでいる?
「…………?」
燃料計の針は、やはり二つとも底を突いている。妙と言うより、狐に抓まれたような感覚。その一方で、何時止まるか判らないエンジンに、ぼくの背中を冷たいものが滑り落ちる。空戦の勝利を祝うどころではなく、胃を締め付けるような悪寒と共に飛ぶこと三時間余り……帰着してすぐ、その原因は判明した。
進撃中、先に増槽内の燃料を使い切ったところに、増槽を投棄しないまま空戦に入ったとき、何らかの原因で空っぽになった増槽内に翼内タンクの燃料が流入し、さらに胴体内の燃料をも使い切った結果、ぼくは全ての燃料を使い果たしたように錯覚してしまっていたのだ。
地上で調べた結果、残余の燃料は全て翼下の増槽に溜まっていたことが、疑問の解決の決め手となった。当然その際、増槽もちゃんと落下することまで証明されてしまったわけで、増槽を抱いていたのを忘れたままぼくが空戦に入ったことも、明るみになってしまったわけだ。
ぼくとしても、中隊の皆としても、笑うしかない悲劇(?)だったが、一歩間違えればぼくは零戦隊の戦死第一号となっていたかもしれないわけで、実際ぼくが自爆を選んでいればこれほど恥ずかしく、馬鹿馬鹿しい死亡理由もないであろう。
「天満、命拾いしたなあ。このままあの世に行っていたら靖国の英霊はおろか閻魔様にも笑われていただろうぜ」
と、古谷中尉はぼくをからかったものだ。
「あーーーー……笑いたきゃ笑えコンチクショウ。これじゃあそのまま自爆した方がまだマシだった」
その日の夜の宿舎。不貞腐れたぼくのところに柴田、蔡両兵曹が手土産を持ってやって来た。
「自家製の紹興酒です。うちのオヤジが内地に行く親類に持たせてくれたんですよ」
と、蔡君は紅い液体を満たした一升瓶をどっかと畳みの上に置く。
「懐かしいなァ……」
「……でしょう?」
湯飲みに並々と注がれた酒を、ぼくらはまず一気に飲み干した。酒の味はあの頃と変らず強烈だったが、その懐かしい味はたちまち回ってくる酔いと共にぼくらを魅了するのだった。
「酒を持って来た人、よく無事に内地まで来れたものだな。感謝するよ」
「ええ……最近はあの辺もすっかり平和になったって話だし……潜水艦なんか、影さえも見えないそうで」
ここ数年の間に、我が軍の航空戦術が飛躍的に発達したのと同様、海上航路防衛に必須の対潜作戦能力もまた、著しい進歩を遂げていた。
まず、劇的に進歩したのが護送船団方式だった。その陣形自体、元来欧州大戦における大西洋通商路防衛のために編み出されたものであったが、そこに統計に基く科学的な分析が加わった。戦争開始以来、これら護送船団の一航海ごとの総数とその護衛戦力の規模、敵潜水艦との遭遇頻度と敵潜の数とを数値として纏め上げ、さらに詳細な統計的処理を加えた結果、そこに一定の法則が存在していたことが発見されたのである。
船団の規模に関係なく、それを守る護衛部隊の規模こそが、船団護衛作戦の成否を決する!……法則から導き出された結論は単純だが、従来の日本海軍の護衛作戦に対する認識を一変させた。単に輸送船を幾ら並べて航行させても何の効果も無く、強力な護衛戦力の編成こそが、日本の命綱たる南方通商航路を守るための至上命題となったのだ。
具体的な事例として、初期の民間船舶徴用の簡易駆潜艇は殆ど姿を消し、性能、武装共に遥かに向上した専用の対潜艦艇が短日時の内に続々と就役。実戦においても高い戦果を上げ始めた。さらに、徴用船舶を改造した特設水上機母艦に加え、同じく商船を改造した護衛空母が任務に付くことにより対潜網はさらに厳重となった。また、空からは九州南部や南西諸島、そして台湾の基地に根拠を置く海軍の陸攻や陸軍の旧型爆撃機を改造した対潜哨戒機が護衛戦隊をカヴァーする。
自然、敵潜の活動はほぼ完全に封じられ、通商路は戦前のように潤沢な物資を本土までもたらしてくるようになった。護衛作戦の成否とそれに伴う物資供給にほぼ安定した見通しが立ったことで、かつてのような民間への規制はその殆どが撤廃され、人々の生活にも瑞々しさが戻り始めていたのだ。
紹興酒に顔を赤らめ、柴田兵曹が言った。
「少尉殿……戦争は、何時終るんでしょうねぇ」
その声は小さく、寂しさに満ちていた。ぼくもまた湯飲みに満たした液体に眼を落とし、溜息をつく。
「そうだな、爆撃がある程度進めば、半島に上陸するかもしれないし……もっと長引くのかなあ」
蔡兵曹が言う。
「そりゃあ、収容所にいる同胞を解放するまで続くでしょう。でないと、誰もお国のことを信じなくなります。同胞を見捨てるようなマネはできません」
「蔡君は若くていいなぁ。おれは、もう疲れたよ」
酔いとも疲れとも知れぬ衝動に駆られ、汚い畳の上にぼくは横になった。そして、自然と口に出た言葉。
「ナアみんな、この戦争が一区切りついたら……三人で台湾に転属願いを書かないか? ここに比べたら、楽園だろうし」
「少尉殿、敵前逃亡ですか?」
と、蔡兵曹が苦笑する。
「違うよ、おれたち自身にご褒美をあげるのさ。これまで十分に働いて来たんだ。一区切り付くまで生きていられたら、それぐらいの権利を行使してもいいだろう?」
そのとき、柴田兵曹が言った。
「少尉殿、少し寝た方がいいですよ。呑み過ぎです」
「そうかな……」
応じつつも、ぼくは深いまどろみの中に墜ちていく……




