兄、拒絶
「いやだ!!絶対に嫌だ!!」
行人は頭を抱えて喚きはじめる。
「何でだよ、もしかしてお前はアレか?実はただのヘタレか?」
「ヘタレで何が悪い!!」
「いや、悪いことはないんだがな…」
「そもそも勇者というのは大体モンスターとか倒さなきゃならないだろ!?」
当然である。
「あ、まずそっからか…」
雪は大きく息を吐き行人を見据える。
「そっからに決まってる!!スライムさんを倒すのにもあんなに心が苦しんだのにメタルスライムさんやキングスライムさん。ホイミスライムさんにスライムナイトさんなんかが出てきたらどうするんだ!!俺は罪悪感から死んでしまう!!」
「お前相当スライム好きだな…」
「スライムじゃない!!スライムさんだ!!」
どっちも一緒である。
「まぁ、別にスライムさんだろうがスライムだろうが別にどっちでも…」
「スライムさんだ!!」
こだわりが理解できない。行人は雪を強く睨みつけ目に涙を浮かべながら力説する。そもそも行人の脳内にはスライムしかいないようである。
「とりあえずスライム以外の敵はどうするんだ?」
「抹殺する!!」
支離滅裂である。行人はとにかくスライムと名のつくモンスターにだけ心痛むようである。
「そうか、じゃあスライムにエンカウントしなければいい。それにスライムにエンカウントしてもマリィやお前の妹あたりが何とかしてくれんじゃないか?」
「あの、お言葉ですが神父様…」
マリィが申し訳なさそうに口をはさむ。
「ん?どうした。」
「及ばずながら私の魔法ではスライムさんと相性が悪くてほとんどダメージは与えられませんでした…」
「は?」
「あ、私も丸腰ですし武器はさっきスライムさんと戦ったときはまったく効きませんでした。」
佐奈も口をはさむ。
「…」
とうとう行人は黙り遠くの方へと目を向けた。
「マリィ…」
「は、はい…」
「お前には後日みっちり稽古をつけてやる。」
「ヒッ…!」
マリィが小さく悲鳴を上げる。
「じゃあ、スライム倒したのって…」
佐奈とマリィがそろって行人を指さす。
「はぁ…」
雪はひときわ大きなため息をついた。
「おい、お前倒せたんだろ?スライム…」
雪は振り返って行人に問いかける。
「私が町長です。」
行人は無表情でそう返す。
「は、お前何言って…」
雪が少し首をかしげながら様子をうかがう。
「私が町長です。」
行人は無表情に、そして機械的にそう返す。
「おい、お前まさか…」
雪は若干あきれたように雪を見る。
「私が町長です。」
行人はあくまで無表情に、そして機械的に。死んだ魚のような目をしながらそう返す。声にも精気が無く、心なしか小刻みに震えているようにも見える。
雪はくるりと振り返り佐奈とマリィに向かってホールドアップをする。
「どうしたんですか?神父様…?」
「兄さんに何があったんですか!?」
佐奈とマリィはそれぞれ不安そうに雪を見上げる。
「お前ら二人のどっちでもいい。そこの現実逃避してる自称町長を現実に引き戻してくれないか?」
雪はめんどくさそうに行人を指さし言い放つ。
「「へ?」」
「私が町長です。」
どうやらあまりの重圧から行人の頭のネジが何本か吹っ飛んでしまったようだ。
「「「はぁ…」」」
三人の重苦しいため息が晴れ渡る快晴のもと響く。