兄、入店
道中何度かスライムに遭遇しかけた行人たちだったが何とかそれをかいくぐりその日のうちにガレットの村にたどり着くことができた。
「無事に着きましたね、兄さん。」
佐奈は小さく息を吐き行人に話しかける。
「ああ、5回目にスライムさんに出会った時にはさすがにもう駄目だと思ったな…」
ちなみに道中12回スライムにエンカウントして気付かれずに撤退したのが11回。つまり5回目のエンカウントの時だけスライムに見つかってしまったのである。
「あのときばかりは藁にでも何にでもすがりたい思いでしたね…」
「あんなに死にもの狂いで走ったのは2年ぶりです、出来ることならばもう2度と会いたくないですね…」
行人たちにとってスライムは難攻不落の超強敵ポジションに収まっているようだ。
「生きてガレットにたどり着けたんですからとりあえずお店の方を探しましょう。」
仕切り直すようにマリィが口を開く。
「そうですね、まずは情報収集を…って何逃げようとしてるんですか?兄さん。」
「ほら、俺人見知り激しいし緊張すると最悪泡吹いて倒れるし人怖いし人怖いし人怖いからお前たちに任せようかと思ってな…」
「まったく…しょうがないですね。それじゃあ兄さんはそこで待ってて下さい。マリィさん行きましょう。」
「あ、はい。」
佐奈とマリィが相談してるのみ微塵も興味を示さない行人はあたりを見回し一つの看板を見つけた。
「『Eine Waffe』…ドイツ語で武器って意味だな。明らかにこの世界の言語とは違うし…おい、佐奈、マリィ。神父の言ってた武器屋ってここじゃないのか?」
そうは言ってみたもののすでに佐奈とマリィはどこかに行ってしまっているようであたりには誰もいなかった。
「はぁ…とりあえずここであいつら待ってても始まらないし気乗りしないが入ってみるか。」
そう言って行人は『Eine Waffe』と書かれた看板の建物の扉を開ける。そこで行人が目にしたのは…
「おかえりなさいませ、ご主人さま!!」
「お、おかえり…なさいませ…あ、あの…その…ご主人様…?」
メイド×2だった。
「すまん、間違ったようだ。」
行人は何もなかったかのようにあくまで冷静に扉を閉めようとする。しかしそれは快活なメイドによって阻止される。そう
「お客さん、それはないよ。勝手に入ってきて間違いましただぁ?なんなんだよまったく。舐めてんのか、やる気あんのか、つかやんのかコラ!!」
随分と喧嘩腰なメイドである。
「ちょ、ちょっと舞ちゃん…私たちがこんな格好でお客様の前に立ったらそれはお客様だってメイド喫茶と勘違いしちゃうよ…」
おとなしそうなメイドが発狂寸前のメイドを諌める。そして咳払いをしてから行人の方に向き直り口を開く。
「申し訳ございませんお客様。誤解を招いてしまったのであればお詫び申し上げます。武器工房『Eine Waffe』へようこそ。本日はどのような御用件でしょうか?」
あまりにも落ち着いた優雅な動きに行人は見蕩れる。そして思いだしたかのように口を開く。
「ああ、雪という神父から連絡があったと思うんだが…」
「雪様から…ですか?」
「ああ、あいつから連絡を入れてもらってる筈なんだが…」
「そ、それでは少々お待ちいただけますか?舞ちゃん、マスターに確認してきて。」
「あいあいさー!!」
快活な方のメイドは奥の方へと走り去って行った。
2分後…
「うん、連絡あったみたいだよ紅。」
「ありがとう、舞ちゃん。あれ?マスターは?」
戻ってきたメイドと待っていたメイドが話し始める。
「んー?なんかあの格好じゃ出たくないんだって。」
快活な方のメイドがニヤニヤしながら言う。
「あ、そうか…でもお客様をお待たせするわけにもいかないし…舞ちゃん、一緒に引っ張ってきましょう?」
「おぅいぇ!!」
「あの…それではお客様、もうしばしお待ちいただけますか?」
「あ、ああ…」
5分後…
「さぁ、マスター。そんなに駄々をこねないでください。お客様がお待ちですよ。」
「分かってるよぉ…それでもこの格好だけは嫌なのにぃ…」
「まぁまぁ、一時の恥ですって。誰も気にしませんよそんなの。」
「や、やっぱりこの服は嫌!!」
先程のメイドたちがマスターと呼び引っ張ってきたのは…
「うぅ…いらっしゃいませ…」
メイドだった。